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19,帝宮での生活と不穏な笑み


ご覧くださり、ありがとうございます( .ˬ.)"

帰還編、スタートです!



 祝賀パーティーの夜から、ミュシュは離宮ではなく帝宮で暮らすことになった。


 離宮は元々、スティが作曲に行き詰まった時の休憩場所として与えられていたらしい。掃除は定期的に入っていたが、警備は薄かったとラダが教えてくれた。


 では、それまでのスティは帝宮で生活していたのかといえば、実はそうではない。


 帝宮楽師達が日々技術を磨いているという響奏棟きょうそうとう。その最上階にある帝宮楽師長の執務室兼居住スペースに、ほとんど引き籠っていたというのだ。


「ミュシュが帝宮に移るなら、私も自分の部屋に戻ろうかな」


 スティがさらりと言った瞬間、近くに居たマルスミールはぎょっとした顔でスティを見つめた。


「あれだけ周りが戻ってこいと言っても、楽師長の部屋から出てこなかったアポスティルが……?」


 唖然とした声に、


(スティはどれだけ心配をかけていたのかしら)


と、ミュシュは思わず苦笑してしまった。


 


 用意されていた部屋は、白を基調とした明るい空間だった。あまりの眩しさに「わぁ……!」と声が漏れる。


 お茶用のテーブル、勉強机と本棚。更には、譜面台まで既に揃っている。奥にはベッドルームやバスルーム、フィッティングルームも扉で区切られ、全て整えられているようだ。


(なんて素敵なの……。本当に、ここが私の部屋?)


 ミュシュが王宮で与えられていた部屋は、使用人用の部屋より少し広いくらいの、リビングとベッドルームが一緒になった、こぢんまりとした部屋だった。


 それは王太子の婚約者になっても変わらず、今思えば最初から軽んじられていたのだ。ミュシュを褒め、筆頭歌姫に指名してくれた、王妃殿下にも――。

 

 これまでと差がありすぎて、ミュシュはそわそわしてしまう。おそるおそるソファに腰かけると、あまりにもふかふかで驚いてしまった。


 その様子を見て、スティはくすりと笑う。


「落ち着かない?」

「こんなに広くて綺麗な部屋が初めてで……。離宮の部屋にも驚いていたけれど、あの時はそれどころじゃなかったから」

「離宮は暗めの調度品ばっかりだったからね。気に入らないなら変えさせようか?」

「い、いいえ!慣れ……るかは分からないけれど、凄く綺麗な部屋だと思うから」


 居心地が悪いのではなく、単に慣れないだけだと伝える。スティはそれ以上何も聞かず、「そう?」と首を傾げた。


「スティがこの部屋の用意をしてくれたんでしょう?本当にありがとう」

「私は、『こんなものがあった方がいいんじゃない?』って伝えただけだよ。離宮には女性らしい部屋がなかったから。これからは、ミュシュが好きなように部屋を変えていいんだからね?」


 そう言って立ち上がり、スティは優しくミュシュの頭を軽く撫でた。


「今日はお疲れ様。明日からも宜しくね。朝はいつも通り迎えに来るよ」

「ありがとう。私こそ、宜しくね」


 ミュシュの新しい部屋まで付いてきてくれたスティは、自室へと戻るため扉へと向かっていく。


 見送ろうと、その背にとことこと付いていく。ミュシュは、なんだか本当に婚約者みたいだと、ふわふわとした感覚を抱いていた。


 既に署名も済ませ、婚約者には違いない。しかし、どうしても実感が伴っていなかった。


 そのせいか、こんな夜遅くまで異性と――スティと過ごしていることにドキドキしてしまう。


「じゃあ、また明日。おやすみ、ミュシュ」

「おやすみなさい、スティ」


 これまで何度もこんな挨拶をしたはずなのに、なんだか(くすぐ)ったくて頬が緩む。はにかむミュシュを見て、スティは髪を掬ってそこにキスを落とした。


「す、スティ!?」

「男を前に、そんな顔をしちゃ駄目だよ。このまま食べてしまっていいなら……って、これ以上はラダに怒られそうだ」


 降参を示すように、パッと手を離すスティ。


 冷たい視線が突き刺さり、そろりと後ろを振り返る。いつの間にかラダが背後に立っていて、スティにじとりと目を向けていた。


「……アポスティル様?」

「冗談だよ。言うだけで我慢してるだろう?……はぁ。いつの間にラダの主人は君になったんだろうね?きっと結婚するまで許してくれないんだろうな」

「え……?え?」

 

 ぽんぽんと頭を撫でられて、ミュシュは困惑する。何故か火花を散らすスティとラダへ、視線を行き来させる。

 

 「……仕方ない。ミュシュ、また明日ね」


 スティは肩を竦めて、颯爽と部屋から去っていった。ミュシュはというと、スティの言葉を思い出して顔を真っ赤にしていた。


(そんな顔って、どんな……!?食べるって、スティってば何を言ってるの!?)


 人からの好意に慣れていないミュシュにとって、唯一そういった言葉を素直に受け取れる相手はスティだけ。だからこそ、スティの言葉だけは効果覿面で。


 耳まで赤らめたミュシュを見て、ラダは「……ミュシュ様は私がお守りしないと」と溜息混じりに呟いていた。



 

 帝宮に移っても、ミュシュの生活の骨格はあまり変わらなかった。


 スティとメロディーを練り、それを楽譜に起こす。歌を歌い、教養を学び、文献を読んで、大陸の加護や神具についてを調べる日々。


 一つだけ大きく変わったとすれば、料理だろう。帝宮では流石にスティの料理ではなく、料理人の用意した食事が運ばれてくる。


 それでもスティは、ミュシュに離宮の時と変わらない距離を望んだ。


「スティ、本当にいいの?私がここに座っても……」

「ミュシュは私の婚約者なんだから、もう気にする必要ないでしょう?向かい合って食べるのも悪くはないけれど、距離が遠すぎるからね」


 帝宮の食堂に置かれているのは、見事な長テーブルだ。婚約者に決まった今となっては、この近しい距離でも文句は言われないだろうが。


(離宮でもこの距離で食事をして、しかもその頃はまだお互いの気持ちを知らなかったなんて言ったら……きっと驚かれるわよね)


 ミュシュは、このことは秘密にしておかなくちゃ、と密かに決める。


 なお、その秘密は、ラダ含め影が皇帝陛下にも報告していた上、スティ本人も惚気けるようにミュシュの話をしていたのだが――そんなことを知りもしないミュシュは、健気にその秘密を胸の奥に仕舞った。

 

 


 そして半月ほど経った、ある昼下がり。


「ミュシュに落ち着いたドレスを着せて、連れてきて」


 にっこりと笑うスティが、ラダに命じた。作ったような意味深な笑みに、ぞくりと背中が冷える。


(一体何があったの……?)


 ミュシュは急いで支度をして、温かなコートを羽織らされた。そうしてスティにエスコートされ、馬車へ乗り込んだ。


「ねぇ、スティ。どこへ行くの?」

「ん?お待ちかねの悪撲滅裁判かな?」

「あく……ぼ…………え?」


(聞き間違いかしら?なんだか不穏な言葉が聞こえた気がするのだけれど)


 ぽかんとするミュシュに、スティはにやりと笑う。


「今から向かうのは――法廷だよ」

「……え?」



 

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