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18,小鳥は止まり木を得る


 ストレイツ公爵は、自分の娘が離宮に侵入したにも関わらず文句を言ってきた人物だ。仮に、ミュシュ以上の機密情報が離宮にあれば、即座に極刑になっていてもおかしくなかったのに、である。


 スティにはニコニコと擦り寄るような声を出しているが、こちらには感情のない冷ややかな目が向くばかり。夫人や令息はまるでこちらに見向きもしない。


(皇帝陛下が、今日は挨拶も交流も控えるよう仰ってくださったから、流石に話しかけてはこないでしょうけれど)


 出来るだけ空気に徹しようと、ミュシュは静かに笑みを浮かべ続ける。そんなミュシュに向けて、ストレイツ公爵は厭らしく口角を釣り上げた。


「いやぁ、先程の演奏は実にお見事でした!我が国が誇る帝宮楽師長様の音色とあらば、酒を飲んでおらずとも酔いしれてしまう。――そうは思わんかね?」


 問いかけられたのは、紛れもなくミュシュだった。皇帝陛下が断りを入れてくれたにも関わらず、その言葉を無視して。


 しかもその口調は、明らかにミュシュを軽んじているものだった。


 ラーンスキー公爵家がミュシュに声をかけるのは、家族だから問題ない。次に、宰相もミュシュに声をかけてはいたものの、歌を褒めるだけで返答を求めるような言葉ではなかった。だからミュシュは、ありがとうと心を込めて笑みを返したのだ。


 ――だが、目の前の男は違う。


(……この人、やっぱりこういう人なのね)


 敬意の欠片もない視線と言葉。ミュシュは気を乱さぬよう、無言で笑顔を作る。


「……なるほど。歌姫殿は、お疲れのご様子。先程の一曲も、やはり殿下のお力あればこそ。いや――」


 ストレイツ公爵はそこで言葉を切り、ニタリと目を細めた。


「あれは殿下の音色があればこそ、小鳥の(さえず)りも美しく聞こえただけでしょう。あぁ、小鳥は止まり木のような下支えがなければ、空を飛ぶだけで(さえず)ることすらままならないでしょうからなぁ」

「――っ!」


 スティが顔を歪め、今にも立ち上がろうとする。ミュシュはすかさずその腕を掴み、制した。そして、じっとストレイツ公爵を見つめ返す。


 どうやらこの男は、先程披露した曲をスティのみの功績だと言いたいらしい。


 スティの演奏が素晴らしいことは疑いようもない。しかし、ここでミュシュがその発言を肯定すれば、「恩恵に預かって、いい気になるな」と嘲笑われ、否定すれば「帝国の楽師を軽んじている」と侮蔑を向けてくる算段だったのだろう。


 だからこそ、ミュシュは笑って流そうとした。けれど、望んだ返事を返さなかったからか、更に追撃してきたようだ。


 ――国を跨いでやってきた、スティの力がなければ満足に歌も話も出来ない娘。


 この男は、そう言っているのだ。


(今の私を軽んじるということは、スティを含めた皇族の方々、そしてラーンスキー公爵家をまとめて軽んじているのと同じこと。ひけらかすような物言いは好きではないけれど……、参考に出来る人達なら、嫌というほど見てきたもの)


 ミュシュは頬に手を当てて、ふぅとこれ見よがしに溜息を零す。そして、憐れむような目を向けた。


「ストレイツ公爵様は、太陽の温かささえ理解なさっていないようですのに、歌や音の美しさはお分かりになるのですか?」

「なっ!?」

「休ませていただいている小鳥でさえ、その輝きを理解し、敬愛していると思いますけれど」

「……くっ、くく」


 太陽――それは、この国の象徴たる皇帝陛下のこと。


 皇帝陛下がミュシュに向けてくれた配慮の言葉さえ聞き流したストレイツ公爵。そんな耳の持ち主なのに、「歌の善し悪しなど語る資格があるのか」と、ミュシュは告げたのだ。


 自分は“ただの小鳥”だと認めた上で、太陽の光への理解を怠り、敬愛の念を失しているのは貴方の方だと。


 かなり辛辣な言葉を向けたからか、隣でスティが肩を震わせる。ストレイツ公爵も同じように震えているが、その意味はまるで違った。


「……スティ」

「あぁ、ごめん。……ふふっ。確かに、公爵に曲の善し悪しを語る資格はないよね。貴族達の模範となるべき公爵が、まさか太陽の温かさも分からないだなんて」


 意地の悪い顔で笑うスティ。ミュシュ相手なら言い返せたかもしれないが、スティからそう言われれば否定も出来ない。皇帝陛下の言葉を無視したのは事実なのだから。


 ストレイツ公爵は笑顔を繕いながらも、口の端が僅かに歪んでいた。


 未だ面白そうに笑っているスティが、ミュシュの肩を抱き寄せた。後続の貴族達からわっと声が上がる。仲睦まじさを見せ付けるつもりなのだろうが、ミュシュは恥ずかしくて顔が赤らんでいく。


「あぁそれと、公爵。色々と言ってくれているようだけど、その言葉は全部、己に帰ってくると思っておくことだ。ご令嬢のことも含めて、ね」

「殿下!それはっ」

「後がつかえている。早く行け」


 普段のスティからは想像もつかない、厳しく冷えきった声色。柔らかな言葉遣いを崩さないスティが、ここまで荒々しい言い方をするのは余程のことだ。


 冷たい視線を向けられたストレイツ公爵とその家族は、ぐっと言葉を詰まらせながら立ち去っていった。


 


 それからは、平和な挨拶が続いた。スティが何度か要注意と知らせてくれることはあったものの、先程の一件を見ていたからだろうか。誰もが当たり障りのない祝いの言葉だけを述べ、すぐに引き下がっていく。


 中でも、同じように離宮に押しかけてきた令嬢達の生家である伯爵家や子爵家は、みな顔色を悪くし、目を合わせることも出来ない様子だった。

 

 人の波が途切れたところで、スティが再び思い出したように笑った。


「ミュシュ、最高だったよ。令嬢を捕らえている家の者達の顔を見た?まさかストレイツ公爵が言い負かされるなんて思ってもいなかったんだろうね。……いい気味だよ」

「よかった……咄嗟に上手く返せて。あの時、王国で令嬢達から言われた言葉を必死に思い出したわ」


 ふぅ……と胸を撫で下ろすミュシュに、スティは目を丸くしたあと、眉を下げた。


「……考えてみれば、ミュシュはあんなことを言う子じゃないよね。今となっては、それがきっと武器にもなるだろうけど……これまで、本当によく頑張ったね」


 ぽんと頭に置かれた手が、優しく髪を撫でる。それが気持ちよくて嬉しくて、ミュシュはつい瞼を閉じて、その手に身を委ねてしまった。するとすかさず「可愛すぎる」という言葉が降ってきて、ハッと我に返る。


(みんなが見てる前で、私は一体何を……っ)


「随分見せ付けているじゃないか」

「兄上!」


 振り返ると、皇太子マルスミールと、その隣に寄り添う皇太子妃カトカリナが立っていた。これから始まるダンスのため、階下へ向かうようだ。


「お前達は今日踊らないんだろう?」

「ミュシュはしっかり練習していたので、大丈夫だと思うんですけどね。ただ、歌を披露したばかりですから、彼女を狙って令息達が群がってきても嫌ですし。揚げ足を取ろうと絡まれるのも面倒ですから」

「そうねぇ。今日は特に大変だと思うわ。二人とも、とても素敵な曲をありがとう。あとはゆっくり楽しんでいればいいわ」

「身に余るお言葉です。お二人のダンスを、ここから拝見しますね」


 ミュシュがそう言うと、二人は柔らかく微笑んで、優雅にフロアへと降りていった。

 


 スティの婚約者になるにあたって、己の出自や王国で何があったのかを全て明かしたミュシュ。


 本来、皇族の婚約者が元男爵令嬢など有り得ない。


 それに、ミュシュの存在は諸刃の剣でもある。ミュシュは歌えるように戻れただけで、王国を出た今、“歌の加護”がいつまで続くかも定かではないのだから。


 国内の高位貴族のように強固な後ろ盾があるわけでも、高い教養を身に付けているわけでもない娘。


 だから、スティには認めると言った彼らも、ミュシュを前にすれば厳しい目を向けてくるのだろうと覚悟していた。


「スティ」

「なぁに?」

「私を帝宮(ここ)に連れてきてくれて、ありがとう。また歌えるようにしてくれて……私に居場所を与えてくれて、本当にありがとう」

「最初はかなり強引だったけどね。今となっては、自分の英断を褒めてあげたいよ。……ミュシュも、私を選んでくれてありがとう」


 予想とは反し、帝国はミュシュを温かく迎え入れてくれた。


 暫く曲を生み出せず悩んでいたスティが、ミュシュの歌に触れてスランプから抜け出せた。それは、彼の加護の恩恵を受けるこの国にとって、十分な功績だったらしい。


 更には、彼の婚約や結婚など半ば諦め気味だった周囲からすると、あのスティが婚約者を決めるだなんてと、反対どころか感謝されたくらいで。

 

「次は、家族になろうね」

「えぇ……!」


 そうして褒めてもらっているのに、過去故に臆病なミュシュを、彼らは責めることなく理解してくれた。ゆっくりお互いを知っていこうと、そう言ってくれた。


 祖国でさえ心休まる瞬間は少なく、王宮でも居場所のなかったミュシュ。ストレイツ公爵は皮肉で言ったのだろうが、必死に羽ばたくしかなかったミュシュにとって、スティや帝国はようやく見付けた止まり木そのものなのだ。


 羽を休め、身を委ね、思うままに歌える場所。


(この国に来て、スティと出会えてよかった。――私、もっとこの国のために歌いたい)


 フロアで舞う皇太子夫婦を見下ろしながら、ミュシュはぎゅっと手を握る。いつか自分も、スティと共にあの輪の中へと足を踏み入れる時に、誰にも『身の程知らず』と言われないために。

 

(聖杯について、私もスティと一緒に調べさせてもらおう。この国のために、そして、私の加護を失わないために)


 この日、ミュシュの心には新たな決意が灯った。


 こうして一波乱あった祝賀パーティーは、美しい余韻と共に幕を閉じていくのだった。



 


これにて、亡命編が完結となります!


ミュシュ、よく言った!これからも負けないで!

スティ、ミュシュをもっと甘やかしてあげて!


――そんな期待に応えた帰還編は、1/31(土)から連載再開予定(完結まで執筆済/現在確認作業中)です。

更に登場人物を追加し、溺愛・真相究明・ざまぁ・ドタバタハプニングなど盛り沢山でございます!


また、翌週1/17(土)は

"悲恋×救済"をテーマにした連載型短編、

【花と刃のエピタフ ~罪と赦しの果てで、もう一度君に会いたい~】

挿絵(By みてみん)

こちらも更新予定で、1日で本編完結します!

(更新時間 12:30・14:30・16:30・18:30・20:30)

初の悲恋作品(救済あり)となります。

泣ける物語がお好きな方は、来週も是非ご覧ください!


宜しければこの機会に、お気に入りユーザーに加えていただき、帰還編・次回作もご覧いただけますと幸いです。


ブックマークや☆評価をいただけますと、非常に励みになります!何卒お願いいたします( .ˬ.)"


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