15,行き違いと温かな涙
「パーティー?お披露目?それって、どういう……」
「この前の、令嬢達の離宮突撃があったでしょ?」
スティは眉を下げ、うんざりとした声を上げた。その瞳だけはしっかりと苛立ちを帯びている。
「えぇ」
「三人の令嬢と、護衛二人の拘束。その一人が、帝国でもそれなりに力のある公爵家の令嬢だったせいで、『軟禁だなんて重すぎる!』と公爵が直々に抗議しに来てね。自分の娘が仕出かした不祥事だというのに、腹立たしいことこの上ないよ……」
ギリッと奥歯を噛み締めたスティの表情に、ミュシュは竦み上がる。いつも温和な美人が怒ると怖いというのは本当ねと、怒りを顕にするスティの背中をぽんぽんと宥めるように叩いた。
「あまりにも腹が立ったから、『お前の娘が何をしたのか、見せてやるから覚悟しておけ』って、啖呵切っちゃったんだよね。……えへっ」
「スティーー!?」
えへっ……じゃないわ!何てことを言っているの!?
「まぁでも、いつまでもミュシュの存在は隠しておけないし、ミュシュをずっと離宮に閉じ込めておくのも難しいからね。あの一件のせいで、貴族達や使用人達もここに何かあるんじゃないかと勘繰って、遠目に見に来る者達も増えてきているみたいだし」
「えっ」
「ラダや他の影達からも、そう報告を受けてる。今のところ、令嬢達がまだ軟禁されているのもあって、馬鹿なことをしようとする者は居ないみたいだけど」
いつも通りの毎日……と思っていたミュシュには初耳の事態で、少し怖くなる。ミュシュの顔色に気付いたスティは、髪を指で梳きながら安心させるように微笑んだ。
「大丈夫。ミュシュのことは、必ず私が守るから。……まぁ、ミュシュを“私の婚約者”と紹介するのに、その上で手を出すような愚かな真似をする奴は居ないだろうけどね」
「………………えっ?今、なんて……」
突然落とされた衝撃に、ミュシュは目を見開いて固まる。……今、スティは何て言ったの?聞き間違い……?え?
「ん?愚かな真似をする奴は居ない、ってところ?」
「ち、違うわ!その前!」
「ミュシュを私の婚約者と紹介する……ってところ?」
「そう、それ!え?ど、どういうこと……?」
「……え?」
ぽかんと顔を見合わせる二人。
ミュシュは、いつ婚約者になったの?と思っており、スティは、まさかやっぱり婚約が嫌なの!?と思っていて。
完全に話が噛み合っていなかった。そこへ、空気のように控えていたラダがスッと近付いてきた。
「申し訳ございません、アポスティル殿下。大変僭越ではございますが、状況確認と双方の行き違いについて、私から説明しても宜しいでしょうか?」
「ゆ、許す!えっ、なんで!?どういうこと!?」
スティも理解が追いついていないのか、目を白黒させている。ミュシュはただ首を傾げるしかない。
「殿下はこの二週間、かなり根を詰めておいででした。帝宮内で護衛をしている者達から報告を受けておりますが、第二皇子としての執務と帝宮楽師長としての執務、例の聖杯に関する調査、捕らえた令嬢方の管理と報告、ミュシュ嬢へのプレゼントやお菓子選び」
「うわあああぁぁっ!?ラダ!それは言わなくてもいいでしょう!?」
「……受けた報告通りに説明したのですが」
「あぁもう、分かった!そこは流してくれ!続き、続きを早く!」
ラダの一撃により、これまで見たことのないほど顔を真っ赤にして慌てるスティ。ミュシュも釣られて頬を染め、「プレゼント……?お菓子……?」と小さく呟いた。
「コホン。それらの多忙な中で、ミュシュ様の身分と今後について、皇帝陛下や皇太子殿下に交渉され、話がまとまったのが三日前。離宮に戻ってミュシュ様にお話しされるご予定だったところ皇妃殿下に捕まり、ミュシュ様について根掘り葉掘り聞かれたのでは?」
「……あぁ、そう言えばそう…………え?」
「ミュシュ様。三日前の夜を覚えておいてですか?殿下が珍しく、ベロンベロンに酔って帰ってこられた日を」
ラダに質問され、そういえば……と思い出す。スティは「ベロンベロン!?そんなに酷かったの!?」と焦っている。
「皇妃殿下は大変酒癖が悪ぅございまして。暗部の者も時々命じられて絡まれるのですが、それはそれは……いえ、それは本題とは関係ございませんね。失礼いたしました。その夜、殿下はかなり皇妃殿下に飲まされたご様子で、『私はミュシュにこうやって想いを伝えようと思ってるんだ!』と熱弁なさったそうでして」
「わあああああぁぁぁっ!?」
「どうやらその時点で、ご本人にも伝えたつもりになってしまわれたのではないかと。ミュシュ様、殿下は離宮にお戻りになってから、甘えた様子で膝枕を強請ったあと、寝落ちてしまわれましたよね?」
そういえばそうだった。スティはそんなにお酒は弱くないらしいのに、あまりの酔い方に驚いたのだ。
へにゃへにゃの顔で「みゅしゅ〜〜」抱き締められた時は、ちょっと可愛いと思ってしまった。
「えっ?待って、え?ってことは、私は……」
「殿下は、何一つミュシュ様にお伝えになっておりませんし、当然ながら何の返事も受けておられません」
「嘘だろう……!?」
スティは頭を抱え、呻き声を漏らす。ミュシュは「えーと……?」と目を瞬きながら、頭の中で話を繋げていく。
(三日前に、私についての何かが決まって、それをスティが伝えようとしてくれていた。でも、皇妃殿下にお酒を勧められて酔っ払ってしまって、私に話そうとしていたことを言ったつもりになっていた。それが……婚約者ってこと!?)
そこに辿り着いた瞬間、ミュシュは雷に打たれたような衝撃を受けた。スティを見つめながら目を瞬く。
スティはというと、自分の失態に顔を覆って悲痛そうな雰囲気を出している。
「す、スティ……?私、スティの婚約者になるの?」
「……ごめん。こんな格好悪いことになるなんて。第二皇子としても、帝宮楽師長としても、こんな間抜けな失敗をしたことないのに……っ」
スティがあまりにも打ちひしがれていて。普段こんな姿を見ることのないミュシュは、少し笑ってしまった。
「ミュシュ……。酷いよ、笑うなんて」
「ご、ごめんなさい……!だって、私、ずっと『恋人でも婚約者でもないのに、こんなに距離が近いのはどうしてだろう』って悩んでたんだもの。それがまさか、そんな話を進めてくれていて、もう婚約者に決まってたなんて」
知らないところで、スティが自分のために動いてくれていた。それが分かった安心からか、気が抜けたように笑ってしまう。
「皇帝陛下や皇太子殿下からミュシュとの関係を反対されたって、絶対に言いくるめるつもりではいたんだよ?でも、もしそれが適わなかったら次の手を考えないといけないし、ミュシュに期待させるだけさせて駄目だったなんてことをしたくなかったから、中途半端な状態では言いたくなくて」
「えぇ」
「思ったより二人ともあっさり認めてくれてね。喜んでいたら皇妃殿下に呼ばれて、飲まされて……。あの日、言ったつもりになってただけ……?あぁ、自分が信じられないよ」
再び顔を覆うスティの肩に、ミュシュはそっと寄りかかる。のそりと顔を上げたスティは、おずおずとミュシュを抱き締めた。
「ミュシュは我が国の公爵家、皇妃殿下の生家に養女として迎え入れられることが決まったんだ。その上で、私の婚約者に……と。こんなみっともない醜態を晒してしまって、一生の不覚なんだけど……どうか私の婚約者になってほしい」
ミュシュはスティの胸元に顔を埋め、しがみついた。宙ぶらりんだった気持ちが、ようやく地に足がついたような心地になる。
しかし、ミュシュがスティに返せるものは歌しかない。いざ婚約者の座が手に入るとなると、途端に臆病になってしまう。
「私で、本当にいいの?帝国の人間ですらない、歌うことしか出来ない私でも……」
「ミュシュがいいんだ。それに、ミュシュは自分が思っているよりずっと優秀だよ?これから、それを知る機会が沢山あると思う。その時に、私にミュシュを守らせてほしい。私の隣を歩いてほしいのは、ミュシュだけだから」
鼻の奥がツンとして、瞳が潤んでいく。本当に、願ってしまってもいいのだろうか?
『……本当に?今の私は、歌うだけで幸せになれると思っているの?』
――いいえ。私は、歌だけじゃ足りなくなってしまった。今の私は、スティの隣で歌っていたいのだもの。
「私も、スティの隣に居たい。スティの隣に居させてほしい……っ」
ミュシュの思いに、スティの腕の力が強まる。気付けばスティの体も震えていて、ミュシュも同じようにぎゅっと抱き返す。
温かな涙が止まるまで、二人は暫くの間、ずっと抱き合っていた。




