14,歌姫、再び声を失う?
離宮に令嬢達が乗り込んできてから、二週間。ミュシュの生活は、それまでと変わらず穏やかだった。
けれど、それはあくまで表面上で、スティはこれまでよりも更に忙しくなってしまったようだ。
帝宮でミュシュの存在を知っているのは、皇帝陛下と皇妃殿下、そして皇太子殿下。しかし、そんな方々の手を煩わせるわけにはいかず、あの日離宮に侵入してきた五人の対応と処遇を、スティが引き受けているという。
曰く、元々ミュシュの知る聖杯についての対応も、スティが全権を握り調査を進めていたそうで。皇帝陛下から影を借りても手が足りないほどらしい。
時々、付き合いや会食でお酒を飲んで帰ってくる日もある。
――それでも。
「ミュシュ、ただいま!」
「おかえりなさい、スティ」
「はい、今日は、はちみつたっぷりのチーズタルトだって。ミュシュの喉にもいいんじゃないかな」
「ありがとう」
どれだけ忙しくても、スティは離宮に帰ってきてくれた。
夕食が一緒にとれない日もあるけれど、スティは毎日欠かさずお菓子を持って帰ってきてくれて。それを一緒に食べながら雑談したり、少しだけ一緒に演奏するのが今の日課になっていた。
ミュシュにとって、歌うことが、話すことが、いつしか怖くないものになっていた。
声を失った日々の痛みや、向けられた言葉の数々は、まだこの胸に深く残っている。けれど、スティが喜んでくれるから。歌ってほしいと、声を聞かせてと、望んでくれるから。
「ミュシュは今日、何をしていたの?」
ぼんやりと考え事をしていたミュシュは、スティの問いかけにハッとする。
「えぇと……帝国の文化と土地の本を読んでいたわ。それから、スティが好きって言っていた、『音と歌のゾーエ』に、歌のメロディーを足していたの」
「あの曲に歌のメロディーを!?うわぁ、是非聞かせてほしいな!私が演奏するから、あとで歌ってくれる?」
「ふふっ、勿論よ」
目をキラキラと輝かせるスティを見て、ミュシュはほっと胸を撫で下ろしていた。
スティの音楽好きは嘘偽りではなく、根っからこんな人らしい。そもそも、肩書きを黙っていた以外、ミュシュに対する言動に取り繕ったものはなかったそう。事件があったあと、カリオルがわざわざ離宮に来て教えてくれたのだ。
「あやつは皇太子である、兄のマルスミール殿下をとても慕っておってな。自分を皇帝に担ぎ上げようとする貴族共には辟易しておるんじゃ。自分も国の皇子だというのに、兄の政敵になる可能性を一つでも潰すため、才のあった楽師として道を極め、長まで上り詰めおった。婚約者も決めずに仕事に打ち込んでおったのは、そういうわけなんじゃ」
「そうだったんですね……」
「お陰で予定よりも十年早く儂が隠居出来たから、感謝しておるがのぅ!ただ、若くして長になるというのは、妬み嫉みの的にもなる。特にスティ……いや、アポスティル殿下は皇族。権力でその座に就いたと言っておる愚か者も居るからのぅ」
ミュシュは、その言葉に胸が締め付けられるようだった。
かつてのミュシュは、身分が低く立場が弱かったために攻撃されていた。しかしスティは身分が高いが故に、身勝手な陰口を叩かれている。結局はそんなものなのかと眉を下げた。
「あやつ、容姿も整っておるじゃろう?いろんな意味で言い寄られてきたせいか、令嬢とは一線どころか二線三線引いて接しておるんじゃ。帝宮楽師の道を選んだ理由も、男ばかりじゃったからというのもあるからのぅ」
そうでなければ、騎士にでもなっておったんじゃないか?というカリオルの言葉に、それはそれで似合いそうだから、訓練場にファンが殺到しそう……なんて想像をしてしまった。
正体を知ってしまったミュシュに対し、スティの接し方が変わってしまうんじゃないかと少し恐れていた。
けれどそれは、別の方向に裏切られた。
――距離が、更に近くなったのだ。
たとえば、「ミュシュ、疲れたよぅ」と帰ってきて抱き締めてきたり。「ミュシュ、少し仮眠したいから膝枕して子守唄歌って」と強請ってきたり。「ミュシュが遠いの、嫌だなぁ。ねぇ、もう少しこっちに来て」と、食堂で向かい合わせは遠いと言って、席を近くに変えさせたり。
そのたび、ミュシュはドキドキしっぱなしなのだ。
相手は皇族。しかも国の第二皇子。気に入られている……のだとは思うけれど、それは一体どういう意味合いでなのかと、ミュシュの心は少しモヤモヤしていた。
(思わせぶりな言葉は言ってくるけれど……きちんとした言葉で言われたわけじゃないもの。期待して思い上がって、私の勘違いだったら……もう生きていけないもの)
そんなふうに一喜一憂しながら、ミュシュは日々を過ごしていた。
「はぁ……。いつ聞いても、ミュシュの歌声は素敵だなぁ。疲れた心と体に、優しく沁み渡るよ」
「それならよかったわ」
スティに至近距離で褒められ、ミュシュは顔を赤らめる。ソファで隣に座り、しかも腰を抱かれているので逃れられない。
(近すぎるわ……!婚約者でも恋人でもない者同士の距離ではないと思うのだけれど……)
頑張って姿勢を正していないと、背もたれごとスティに沈みこんでしまいそうな状況。ミュシュは体が火照って仕方がない。
「それにしても、『音と歌のゾーエ』にメロディーを足すなんて、本当にミュシュは凄いね」
「これは、その……実はオリジナルじゃないの」
「え?」
「王国にある『ムスィキの生命』という歌があって、それが『音と歌のゾーエ』によく似ているの。継承の儀で捧げた歌も、それだったわ。もしかしてと思って合わせてみたら、ピッタリだったの」
「え……?」
そこで、スティの表情がすっと真剣なものに変わる。考え込む彼の顔を覗き込むと、スティはミュシュの肩に手を置いた。
「ミュシュ。その楽譜、書き起こせる?」
「え?えぇ……大丈夫だと思うわ。歌のメロディーは全て覚えているから」
「もしかしたら、これで色々と解明出来るかもしれない。ミュシュ、お手柄だよ!!」
感極まった様子で、ぎゅっと抱き締められるミュシュ。「ひゃっ!?」と変な声を出してしまい、スティはくすくすと笑う。
そんな二人を制するように、ラダが咳払いをする。スティは眉を下げて、少しだけ距離をとった。
「可愛いなぁ、もう」
「……そんなことないわ」
「そんなことあるの。いやぁ、ミュシュのおかげで、ずっと頭を抱えていた問題が解けるかもしれないなぁ。はぁ〜〜、よかった。明日は休んじゃダメかなぁ」
だらりとミュシュに寄りかかるように倒れてくるスティ。ミュシュはあわあわと慌てながら、倒れないようその体を支える。
「ミュシュはその『ムスィキの生命』を全部歌えるんだよね?」
「え、えぇ。覚えてるわ」
「私も『音と歌のゾーエ』なら覚えているから、いつでも合わせられるね。それなら早速段取りしようかな」
「……えっ?」
段取りって、何の?と、きょとんとするミュシュ。スティはにっこりと笑みを深め、ミュシュは嫌な予感に冷や汗を流す。
「ミュシュ。ちょっと次のパーティーで、ミュシュのお披露目をしよっか」
ひくりと頬が引き攣り、ミュシュは声を失う。もう声は失いたくないのに、何を言い出すのこの人は!?と、ミュシュは固まった。
スティの糖度に拍車がかかってますが!?
なんでこの二人、まだ婚約者じゃないの……?
そんなじれ甘をお楽しみくださっている方、そんな疑問をお持ちくださった方、来週もお楽しみに!
毎週土日・12:30と20:30、週4本更新しておりますので、是非またご覧いただけますと幸いです( .ˬ.)"




