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10,正体が暴かれても


 ふと、笛の音が消えていることに気付いて、ミュシュはそっと目を開けた。


 すると、エウテが何故かポロポロと涙を流している。ぎょっとして、慌ててエウテに駆け寄った。


「ど、どうしたの……!?」

「ご、ごめんっ!涙が、止まらなくって。凄く、凄く感動したの!ミュシュお姉ちゃんの声、とても綺麗だった!スティさんは本当に演奏上手だし、二人とも息ピッタリで……あぁもう、言葉に出来ないよぅ!」


 エウテは自分の中の感情を上手く言語化出来ず、ガシガシと頭を掻き混ぜた。ぶわっと膨れ上がった髪を、ミュシュは笑いながら整える。


「ズジェイ。今日のことは、くれぐれも他言無用じゃ。ええな?」

「…………」


 真剣な声色のカリオルと、考え込むように無言で頷くズジェイ。何かあったのだろうかと、ミュシュはスティへと視線を向ける。しかし彼は苦笑するだけで何も言わない。

 

「お前は、ここから先の話を聞かん方がいい。分かるじゃろう?」

「……はい」

「こんな状態で追い出されてもモヤモヤするじゃろうが、こればかりは諦めてくれ。お嬢ちゃんとは、また会えるように計らってやるからの」

「分かり、ました。俺はここで失礼します」


 ズジェイは一度だけ心配そうにミュシュを見た。それから全員にペコッと頭を下げ、店から出ていく。


「いったい、なにが……?」

「うーむ。本人の自覚がないのが一番厄介じゃなぁ。エウテ、お前はそれを片付けてこい。二人は茶を入れてくるといい」


 言われるまま、それぞれ動き出す。ミュシュは自分が何かしてしまったのか、のびのびと歌えていたつもりだったが、実は酷い歌声だったのではと不安になる。


「エウテの言葉はお世辞なんかじゃない。ミュシュの歌は間違いなく上手かったよ」


 また表情に出ていたらしい。スティが慣れた手つきでお湯の準備を始めたので、ミュシュはさっき教えてもらった場所からティーポットや茶葉を取り出す。

 

「ほんとう……?」

「本当。私もね、こう見えて興奮しているんだよ?一周回って冷静……いや、違うな。まだきっと夢見心地のままなんだと思う」


 スティは頬を赤く染めて、思い耽るように溜息を吐く。その艶やかな色香に、ミュシュは思わず視線を逸らした。


 お茶の準備を済ませて戻ると、エウテがカリオルに演奏の感想を捲し立てていた。スティが「ね?言ったでしょ?」と笑う。


 ミュシュがお茶を配って椅子へと腰かけると、カリオルの横ではしゃいでいたエウテがそそくさとミュシュの隣に座った。


「……エウテ?」

「なぁに?スティさん、そっちが空いてるよ?」


 両者の間で、再び火花が散る。諦めたようにカリオルの横に座ったスティは、じとりとエウテを睨んだ。


「はっはっは、人気者は大変じゃなぁ。……さて、何から話したもんかのぅ。そもそもスティは気付いておったのか?」

「まさか!とても歌の上手い子だとは思ったけど、これほどだなんて分かるはずないじゃないか」


 二人のやり取りが分からず、置いてけぼりを食らったミュシュとエウテ。顔を見合せて首を傾げる。


「ふぅむ。まずは、きちんと名乗っておこうかの。儂はカリオル・ヘルモルト。これでも元伯爵家当主であり、元帝宮楽師長を務めておった者じゃ」

「え!?」

「この店の両隣は、儂の護衛達がやっておる店でな。色々なしがらみから解放され、残りの時間を謳歌しておる。まぁ、知る人ぞ知る……というやつじゃ。スティとはその繋がりで知り合いでのぅ」


 ミュシュは突然の情報量に唖然とした。エウテは知っていたようで、ふんふんと話を聞いている。


「帝宮楽師だけが使える響奏棟(きょうそうとう)という建物があってな。そこでみな、腕を競い合い、技術を磨くんじゃ。その中でも極一部の者のみが閲覧出来る、特別書庫がある。そこには古く貴重な過去の楽譜原本や、グリース大陸の加護についての記録などが残っておるんじゃが……」


 言葉を切ったカリオルは、じっとミュシュを見つめる。


「お嬢ちゃん、お前さんは東側で歌姫じゃったな?しかも、相当な力を持った」

「……っ!」


 ミュシュの肩がびくりと震える。

 

「ミュシュお姉ちゃん、東側の人だったの!?」

「…………あ……」


 ミミシーン王国では、西側の人達を嫌っていた。女神エディオラこそ唯一神であり、男神オリュロンを信仰する国々を敵対していたから。


 王国よりも栄え、繁栄している帝国への対抗心もあるだろう。


 それとは反対に、帝国や西側と呼ばれる国々が、王国や東側の人間をどう思っているか分からない。カリオルには元々知られていたが、二人に嫌われてしまっただろうかとミュシュは俯いた。


「大丈夫。私達は東側出身者というだけで嫌ったりしないよ」


 スティの言葉に、二人も力強く頷く。


「だからそんなにお歌が上手いんだね!東側の人が西側に来ることなんて滅多にないし、びっくりしちゃった!」

「そうじゃなぁ。最初に歌を聴いた時、もしやとは思ったが……。歌姫ともなれば、あちらでは国が徹底して囲っておると聞く。普通、こちらに来るはずもない。……ミュシュのように、声を失ったなどの理由がなければのぅ」


 その言葉で思い出したのは、王国の歌姫達の顔。みんな王宮で囲い込まれて生活をしていた。


 自由な外出はあまり許されず、外出時は必ず報告を義務付けられていた。逃げ出さないよう管理されていたから。


 地方貴族出身で、生家の近くにある神殿で務めを果たす場合のみ、王宮ではなく地方の神殿に移ることを許されるくらいだった。

 

「お嬢ちゃんにとっては不幸なことじゃから、言葉が悪くなるがな。そのおかげで、儂らは“言い伝えの奇跡”を目の当たりに出来た気がするのぅ」

「きせき?」

「そうじゃ。これは……東側で暮らしてきた者達には受け入れ難い話やもしれんが……聞いてくれるか?」


 カリオルから気遣うような目を向けられ、今から何が語られるのかとゴクリと唾を飲み込む。おそるおそる視線を向けると、スティが力強い目で頷いた。


(きっと、私が知らなければいけないことがあるのね)


 ミュシュは大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。


 ここには自分を軽視し、悪質な態度を取る人は居ない。東側の人間と知っても嫌悪することも、歌姫と聞いても品定めするような目で見ることもない。


 彼らが、理不尽なことや嘘をつくことはない。そう信じたい。


 長く過ごした王国の人達よりも、たったひと月しか関わっていない彼らの方が信じられる。その思いを大切にしたいと、膝の上で手をぎゅっと握る。


「きかせて、ください」


 覚悟を決め、ミュシュも力強く頷いた。


 



ミュシュ、みんなに受け入れられてよかったね!

これからカリオルは何を語るの?


そんな感想を抱いてくださった方、来週もお楽しみに!

毎週土日・12:30と20:30、週4本更新しておりますので、是非またご覧いただけますと幸いです( .ˬ.)"


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