1,奪われた歌姫の声と追放
ご覧下さり、ありがとうございます( .ˬ.)"
約半年ぶりの新連載です!
完結まで書ききっておりますので、安心してお読みいただけます。
本編をどうぞお楽しみください!
――お願い、返して。私の生き甲斐を。
私には、もう歌しかなかったのに……。
「歌姫でありながら声を失うなど、筆頭歌姫が聞いて呆れるわ!歌えぬお前に何の価値がある?この場をもって、イルジナ嬢を新たな筆頭歌姫とし、婚約を破棄する。お前は即刻、王宮から立ち去れ!」
「歌えなくなった貴女では、レヴィン殿下のお力にはなれませんもの。本当に、残念だわ。……ごめんなさいね、ミュシュ」
――ごめんなさいって、何?
誰の仕業でこうなったと思っているの?
玉座の間の赤い絨毯の上で、ミュシュはまるで罪人のように膝をついていた。散らばった黒髪が、無残に絨毯に広がっている。
国王は終始無言を貫き、王妃に至っては目すら合わせてこない。こちらを見下ろしている元婚約者と令嬢は、ゴミでも見るかのような目で嘲笑っていた。
ミュシュの胸の内では、これまで必死に鎮めてきたどす黒い感情が、静かに渦を巻く。溢れそうになるこの心と、目の前に居る二人の心、一体どちらが醜いのだろうと思いながら。
しかし、声を失ったミュシュには、その問いを口にする術すらない。
王族直属の近衛騎士に腕を掴まれ、その場から引きずり出される。抵抗する気も残っていない体は、勝手にまとめられた荷物と一緒に、門の外へと放り出されて、地面に転がった。
本当は立ち上がる力すら残っていない。
けれど、このままここに倒れていても、誰一人として手を差し伸べてはくれない。せいぜい、門をくぐる馬車の車輪に、音もなく轢き殺されるだけだろう。
(どうして、こんなことになってしまったの……?)
潤みそうになる視界を振り切るように、一度ぎゅっと目を瞑る。ミュシュは質素なドレスに付いた土を払うと、旅立つにはあまりに心許ないバッグを手に、よろよろと歩き出した。
このミミシーン王国を含むグリース大陸は、『音楽の神の加護を受けた地』と言われている。
ミミシーン王国と隣国ディーロス帝国を境に、大陸の東側では女神エディオラを、西側では男神オリュロンを崇めている。
東側では、女神に選ばれた歌姫が時折現れ、その歌声によって国が潤い、民に恵みがもたらされると信じられている。
ミュシュもまた、“歌の加護”を授かった一人だ。王宮で筆頭歌姫という、名誉ある地位を授かっていた。
もっとも、ミュシュ自身はそれを誇らしげに掲げたことはない。
貴い称号よりも、自分の歌で誰かの傷が癒え、干からびた土地に緑が戻り、安堵の笑みが零れる。その瞬間にしか、己がここに居てもいい理由を見出せなかった。
けれど今は、その歌も、声すらも奪われた、ただの娘に過ぎない。
ミュシュは、片田舎の小さな男爵家で生を受けた。
この国では、年頃の令嬢はみな、歌姫としての力があるかを調べるため、王都の大神殿へ赴く決まりがある。
両親はミュシュに何の期待もしていなかったが、そこでミュシュは歌の才を見出された。そんな両親の前に、大神殿の神官は大金を積んでみせた。
「遠い土地から娘を王都に通わせるのは大変でしょう」
とても耳障りのいい、人当たりのよさそうな微笑み。けれどそれは、端的に言えば「金をやるから娘を寄越せ」と……そういうことだった。
両親はミュシュの気持ちを聞くこともなく、差し出された金に飛びついた。「嫡男の弟が居るから構わない」と笑いながら。
(お父様、お母様、どうして……!?私も、貴方達の子供なのに……っ)
そんな悲しみに暮れる暇も与えられないまま、ミュシュは大神殿からすぐに王宮へと移された。
そこから始まったのは、寝ても覚めても歌い続ける日々。歌姫の称号を持つ数少ない令嬢や夫人は、ほとんどがミュシュよりも格上ばかり。
仲良くしてくれる子も居たが、それは似たような家格や境遇の子爵令嬢や男爵令嬢で。波風を立てないよう、令嬢達と共に息を潜めて静かに生きていた……はずだった。
――筆頭歌姫の座に就いている、王妃から呼び出される、その時までは。
成長を重ねるごとに、ミュシュの歌の力は驚くほど伸びていった。
人の怪我や病の治りを早め、痩せた土地に実りをもたらし、恵みの雨を降らせる。彼女の歌はそんな力を持っていた。そのため、
「貴女の歌の力は本当に素晴らしいわ。これからは筆頭歌姫として、みなを導いてちょうだい」
と王妃から告げられ、何の前触れもなく“筆頭歌姫”の座が与えられたのだ。
王宮で過ごすようになって、約十年。十八歳の成人を目前に控えた、早春のことだった。
不安と懸念を訴えるミュシュの言葉に、王妃は「大丈夫よ」と軽く流しただけだった。あれよあれよと準備を整えられ、筆頭歌姫の継承の儀を執り行うことになる。
王都の大神殿に建てられた女神エディオラの像の前で歌を捧げ、前筆頭歌姫である王妃から杯を賜り――女神の加護に満ちた聖水を飲む。
何の変哲もないはずの透明な水が喉を伝い落ちていく、その一瞬。女神像が淡い光を纏ったように見えた。胸の奥がじんわりと熱を帯び、肺に澄んだ空気が満ちていく。
(……きっと緊張で、そう見えただけね。女神様が喜んでくださっていると、私が思いたいだけ。これから待っているのは、きっと素敵なことばかりではないもの)
それでも微笑みを崩さぬように、ミュシュは静かに一礼し、筆頭歌姫の座に就いた。
その結果、予想通りミュシュの立場はみるみる悪くなっていった。
ミミシーン王国では『筆頭歌姫が王太子と結ばれ、次期王妃となる』決まりがある。歌の力を褒められたことは素直に嬉しかったが、格上の令嬢達を差し置いて王妃だなんて、ミュシュは一切望んでいなかった。
「どうしてお前なんかがレヴィン殿下の婚約者に選ばれるの!?」
「そうよ!殿下に相応しいのは、歌姫としての力も貴族令嬢としての魅力も兼ね備えていらっしゃる、侯爵令嬢のイルジナ様だわ!」
「どうやって王妃殿下に取り入ったのかしら。身の程知らずにも程がありますわ!」
これまでは小言程度だった令嬢達が、揃ってミュシュに対して牙を剥いた。
平民と大して変わらない令嬢が、まさか筆頭歌姫に選ばれ未来の王妃の座を射止めるなど、到底許せなかったのだろう。否定すればするほど逆効果になり、黙りを決め込めば責め立てられた。
そして、王太子であるレヴィンもまた、
「美しく咲き誇る花々が揃っているというのに……何故俺が、野草のようなお前と婚約せねばならぬのだ」
と、ミュシュに冷たく言い放つ。王妃の顔もあるからと、形式的に催されるお茶会は終始無言で。
(こんな時間があるなら、怪我をした人達のために歌っている方が、余程有意義なのに……)
最初は両親に売られる形で王宮で過ごすようになったミュシュ。それでも、歌によって誰かの力になれる――そのことに意義を感じられるようになっていた。
筆頭歌姫や王妃の座なんて望まない。誰かのために歌える日々があればそれでいい。心からそう思っていた。
――しかし、そのささやかな望みさえ、一方的に踏み躙られた。
「……っあ、あ゙ぁ゙……っ!?」
ある日の午後。いつものように部屋で喉を休めながら、お茶を口に飲んだ瞬間だった。喉に火がついたような激痛が走り、息が詰まる。
助けを呼びたくても、声を出せる状態ではなく。とにかく部屋の外に出て、誰かに縋らなければ。そう思って扉を押すも、何故か固く閉ざされていた。
ミュシュは、なりふり構わず扉を叩いた。
(どうして……?誰か!誰かっ!!私の声が、喉が壊れてしまう……っ!!)
その時、外に人の気配を感じた。更にミュシュは強く叩く。けれど聞こえてきたのは、こちらを馬鹿にしたような嘲笑だった。
「あはは!上手くいったわね。……お前が悪いのよ?分不相応にも筆頭歌姫の座に就き、レヴィン殿下を手に入れようとしたのだから」
それは間違いなくイルジナの声で。彼女の取り巻きだった令嬢達の笑い声も聞こえる。彼女達の仕業だと気付いても、ミュシュにはどうすることも出来ない。
(そんな……!?私が望んだんじゃないのに……っ。誰か助けて!私の喉が!私の声が……歌、が……)
必死の願いも虚しく、視界は白く霞み、グレーの瞳から光が失われていった。
次に目を覚ました時、ミュシュに残されたのは焼け爛れた喉だけ。かつての美しく澄んだ声は、もうどこにもなかった。
投稿初日のため、本日はあと3回の投稿を予定しております!
基本的には、毎週土日・12:30と20:30の週4本更新でお送りいたします。(明日もこちらの時間で2本更新いたします)
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