熱闘
夜の杉林は静かだった。だが、その静けさは破られた。
――ずん、ずん。
地面を踏み鳴らす振動が、木の根を通して伝わってくる。
足音ではない。山そのものが呻いているような重みだった。
斜面を見やれば、影のような巨体が木々の間をずるずると進む。
ぴろ、ぴろ。赤黒い舌が空を舐めるように伸び、木の幹をかすめては熱を残す。
そいつの名は――サラマンダー。
体長は四、五メートルほど。ずんぐりとした胴体に短い四肢、濡れた石のような肌。ウーパールーパーを巨大にして、その背に炎を宿したような異形。
動きは緩慢に見えて、一歩ごとの重みで地面は揺れ、通り過ぎた後は炎が残る。落ち葉が燃え、火が線のように斜面を走った。
「なんて大きさと熱だ……近づいただけで燃えちまうぞ」
「でも、このままじゃ杉林が丸ごと焼けちまう!」
槍を握った木こりたちが、恐る恐るその後ろに立つ。顔は汗に濡れ、目は炎を映して揺れていた。
「みんな離れてくれ!」
ニッキーが叫んだ。真剣な声が夜気を裂く。
「サラマンダーは――この人が対応する!」
指差されたのは、俺。
村に戻ってきたばかりの、落伍者の男――リーザス・モートンだ。
「ではお願いします。お義兄さん」
「……う、うむ」
喉の奥で声が震えた。
だが、後には引けない。村人たちの視線が背に突き刺さる。剣を抜き、歩みを進めた。
「まじかよ……剣一本であんな化け物を?」
「無茶だろ……」
「大丈夫です! お義兄さんは王国で騎士をしていたんです! サラマンダーなんて余裕ですよ!」
(いや……万年見習い騎士だったけどな!)
「絶対、山火事は起こさないでくださいね! サラマンダーは殺すと――」
「わかってる!」
心の中でうなずく。
(サラマンダーは死ぬ瞬間、核が溶けてマグマになる。この場で倒せば杉林が火に包まれる。――谷へ誘導し、そこで仕留めるしかない)
深呼吸。息を整える。
(俺にできるのか? ……いや、やるんだ)
(ここで俺の“居場所”を作る!)
「――飛竜剣!」
剣気が弧を描いて走る。だが動きはわずかにぎこちなく、膝が固い。焦りが腕を鈍らせていた。
◇
刃は届かぬ距離から、サラマンダーの背に白い線を刻んだ。
「!」
巨体がのけぞる。虚ろな目がこちらを振り返った。
(落ち着け。勝てない相手じゃない)
「すげえ……離れた場所から切りつけたぞ!」
「さすがお兄さん!」
村人たちの目が、尊敬と驚きに染まる。
(俺を――見ている。俺を称えている! よし、このまま釣り出せ!)
「おい、トカゲ野郎! 相手はこっちだ! 谷へ来い!」
叫びながら後退する。斜面を谷に誘い込むように。
だが、そのとき――サラマンダーの腹がぐにゅりと膨らんだ。
(来ない……? 嫌な予感!)
咄嗟に腕をクロスし、闘気を纏わせる。
「――っ!」
ごうっ!
炎の奔流が吐き出された。
視界が白と赤に塗りつぶされ、肌が焼ける。呼吸が奪われ、肺が悲鳴を上げる。
「お義兄さん!」
「死んだーー!」
「……いや、生きてるぞ!」
(あっつーーーー!)
全身を闘気で覆って、なんとか耐えた。だが皮膚の下は焼けるように痛む。
(こんなの、二度も受けられねえ!)
足を踏み込み、姿勢を立て直した瞬間――サラマンダーの背がしなり、巨体が宙へ跳んだ。
◇
(なんて跳躍力……!)
頭上から影が覆いかぶさる。牙、爪、熱気。
必死に身をひねり、紙一重でかわす。
地面に叩きつけられたサラマンダーの口から、かはぁと煙が上がった。
(に、逃げろ!)
斜面を転げるように駆け下りる。背後で木がなぎ倒され、炎が舞う。地鳴りが足裏を叩き、心臓と重なる。
「だ、大丈夫かな……」
遠ざかるニッキーの声がかすかに響く。
時間が削られた後、俺は岩場に飛び降りた。
「よし、ここだ!」
そこは河原。流れる水が火を洗い流す。
サラマンダーも石を砕いて降り立つ。水が蒸発し、白い湯気があがる。
(ここなら燃え広がらない。ここで決着をつける!)
「飛竜剣!」
剣気の弧が再び走り、巨体の胴を断ち切ろうとした――が。
「…………」
サラマンダーの体は傷ひとつついていなかった。
皮膚が炎を纏っている。火が膜となり、全身を守っている。
(火の衣……! ブレスを捨てて、防御を固めてきた!)
(なら――近づいて、斬岩剣で頭を叩き割るしかない!)
足が前へ出る。だが熱気が肌を焦がす。息を吸うたびに喉が焼け、汗が瞬時に蒸発した。
(この熱で近づけるのか……?)
そのときだった。
ぴろっ。
サラマンダーの口から舌が伸び、蛇のように空を走った。
「しまった!」
舌が俺の剣に絡みつく。
きゅっ、と締め付ける力が伝わり、次の瞬間――柄が赤熱した。
「――あっじーーーーー!!」
掌が焼ける。皮膚が裂け、血が滲む。
剣を握る指が痺れて力を失いそうになる。
(落とすな……落としたら、終わる!)
歯を食いしばり、左手も柄へかける。
皮膚が裂け、闘気が焦げつく。それでも、離さない。
サラマンダーの舌はさらに力を込め、剣の熱は限界まで高まる。
――負けるか。
居場所を作るために、ここで折れるわけにはいかない。
河原の風が、わずかに涼しさを思い出させた。
(俺は、俺は――ここで証明する!)
読んでくださってありがとうございます!
次号、今度こそ覚醒したリーザスは!?
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