戦帰り
朝焼けの中、牧場の風は冷たく、乾いた草の匂いが漂っていた。
柵の中では、六人の内定者たちがそれぞれに選んだグランスと向き合っている。
かすかに蹄が鳴り、鼻息が白く揺れた。
――リーザス班の“相棒”選びは、こうして始まった。
クレオは自分のグランスのたてがみを撫でながら、いつもの調子で笑っている。
「へへっ、やっぱイケてんなお前。俺と並んでも遜色ねぇぜ」
グランスが得意げに「ギュヒイン」と嘶いた。
一方、ゼファルドは黒いグランスと向かい合い、静かに目を合わせていた。
「命令するまで勝手に動くな。戦場じゃそれが死につながる」
グランスは何も言わず、わずかに頷くように首を垂れた。
アブラナは縞模様のグランスにエサを与えている。
「な、食ってけろ。これ村で採れた“甘ニン”てやつなんだ」
「ガリガリガリ」
グランスは音を立てて喜んで食べる。アブラナはそれを見て満足げに笑った。
そんな中、メルナは胸を押さえ、周囲を見渡していた。
他の誰よりも静かで、冷たい光をその目に宿している。
リーザスはまだ柵の中を歩き回っていた。
「お前か? いや、お前か? ……ピンとこねぇな」
「直感も大事ですよ」
背後から声をかけたのはルーカだった。
ルーカはすでに白いグランスにまたがっている。
「それにしたのか?」
「はい。僕の神聖力に反応してくれたんです。聖騎士と相性が良いみたいで」
「なるほどな……俺も早く決めねえと」
そう呟いた時、リーザスは柵の外に一頭のグランスを見つけた。
その体は傷だらけで、片耳が欠けている。
毛並みも荒れ、背の古傷が痛々しい。
「……お前、傷だらけだな」
リーザスが近づくと、グランスは低く鼻を鳴らし、警戒して身を引いた。
「リーザスさん、そのグランス……」
ルーカが声を潜める。
「ああ、分かってる。“戦帰り”だ」
リーザスは静かに言った。
「過去に戦場に出て、主人を亡くして戻ってきたグランスだ」
◇
そこにクレオがやって来る。
「なんだよ、そんなヨボヨボ選ばなくてもいいだろ」
「グランスの寿命は長い。こいつはまだまだ戦えるさ」
リーザスはグランスを見つめ、微笑んだ。
「それに……この傷だらけの体には、経験が詰まってる。むしろ武器になるかもしれねえ」
その言葉にクレオは一瞬だけ黙り、やがて苦笑した。
「……おっさんらしい理屈だな」
リーザスは柵を越え、ゆっくりとグランスに近づいた。
「俺の名はリーザス。もしお前がまだ闘い足りないんなら……俺と行こうぜ」
右手を差し出す。
掌から放たれた闘気が空気を震わせた。
グランスはリーザスを睨んでいたが、次第に瞳が柔らかくなり、静かに鼻を寄せてきた。
――ボウッ。
闘気が光に変わり、二つの存在が一瞬だけ一体化する。
リーザスの肩まで風が吹き抜け、胸の奥で何かが響いた。
「ははっ……今日からお前は俺の相棒だ。そうだな、名前は――」
その時だった。
バリバリ、と耳をつんざく音がした。
リーザスとクレオが顔を上げる。
放牧地の反対側で、メルナが魔法を放っていた。
「――【束縛】!」
青白い光の鎖が走り、彼女の前のグランスを包み込む。
その異様な光景に、周囲の学生が騒然とした。
「げっ、アイツ、グランスに魔法使いやがった!」
クレオが眉をしかめる。
ダミアンも腕を組み、難しい表情を浮かべていた。
メルナは心臓を押さえながら、かすれた声で囁いた。
「……はい、いい子ね。そのまま動かないで」
彼女の額から汗が落ちる。
それでも強引に手綱を握り、グランスの首を撫でた。
「貴女が、私のグランスよ」
黒髪を揺らしながら、メルナはその背にまたがった。
彼女の瞳には、静かな狂気のような光が宿っていた。
◇
「メルナ! 違う、闘気だ! 闘気で順応させるんだ!」
リーザスが叫ぶ。
メルナは息を荒げ、心臓を押さえる。
「と、闘気……?」
「グランスは“闘気に心を開く”生き物だ!
押さえつけるんじゃなく、通じ合わなきゃ動いてくれねぇ!」
「……わかったわ」
メルナは目を閉じ、深く息を吸い込む。
――ドクン。
心臓の鼓動が異常なほど高鳴った。
その瞬間、彼女の体から紫色の魔力が漏れ出す。
「ああああああああああああっ!!」
牧場全体が風圧に包まれた。
メルナのグランスが黒いオーラに覆われ、獣のような唸りを上げる。
「おい、なんだありゃ!?」
「嘘だろ、魔物かよあのグランス!?」
騎士たちがざわめく中、ダミアンだけが目を細めていた。
「……違う。あれは――」
グランスの嘶きが空気を裂く。
黒い翼のようなエネルギーが背中に浮かび上がり、暴走の兆候が明らかだった。
「ギョエエエエエエエエ!!」
黒いグランスが跳ね上がり、メルナを乗せたまま走り出した。
蹄が地面をえぐり、砂煙が大きく舞い上がる。
リーザスが手を伸ばした時には、もう彼女の姿は遥か遠く。
「メルナ!!」
ルーカが息を呑む。
「まずい、東の砂漠の方に向かっている……! あそこは強力な魔物が棲む地域だ!」
ダミアンが怒鳴った。
「何ボサっとしてやがる! すぐに追え!!」
「えっ、俺たちが!?」
「捕まえられなければ――全員除籍ぇぇぇぇぇ!!!」
怒号が響く。
リーザスは即座にグランスにまたがり、仲間たちもそれに続いた。
砂煙を巻き上げながら、六人の影が東の荒野へと駆けていく。
風が冷たく、砂が熱い。
暴走する黒い騎獣の蹄跡を追い、リーザスたちの“初任務”が始まった。




