騎獣グランス
――かつて、セイラム王国は瘴気に覆われた死の大地だった。
大地から立ち上る黒煙と腐臭。そこでは、瘴気に侵され狂暴化した二足獣の魔物たちが群れを成していた。
そんな地に、天より舞い降りたとされるのが女神エーリアである。
伝説によれば、彼女は竜たちと共にこの地の瘴気を浄化し、人々に光と秩序をもたらしたという。
多くの魔物はその光に焼かれて消えた。
だが一部は適応し、人と共にこの地に根付き、新たな生態系を築いた――。
その中でも、最も人と親和性を示した種がいる。
◇
牧場の中央。
乾いた風が吹く中で、ダミアン教官が声を張り上げた。
背後には柵の中で走り回る数十頭の獣――それは馬のようで、馬ではなかった。
「そんな魔物の変異種として生まれたのが――この《グランス》だッ!」
教官は見事な鞍にまたがり、誇らしげに手綱を掲げる。
しなやかな肢、炎のように赤いたてがみ、蹄からは微かな光が漏れている。
瞳は人のように知性を帯び、鼻息が白く弾けた。
ダミアンが胸を張る。
「グランス――セイラム王国騎士団専用の騎獣だ!
魔力炉は持たねぇが、瘴気や魔力への耐性が抜群ッ!」
さらに自身の闘気を爆発させる。
闘気がグランスの体を包み、たてがみが光を放った。
「見ろ! 騎士の闘気と共鳴し、能力を引き上げる特性を持つ!」
観覧していた学生たちから歓声が上がる。
「いいかぁ、貴様ら! お前らの多くは竜騎士志望だろうが、
竜騎士になれるのはほんの一握りだ!」
砂を蹴って馬上で一回転。
「そもそも飛竜は夜を嫌う。飛行も危険で、普段使いには向かねぇ。
だから竜騎士でも、日常の任務ではグランスに乗るんだッ!」
ダミアンはにやりと笑う。
「つまりこのグランスを乗りこなすことこそ、セイラム騎士の本懐だ!」
彼は大げさに両手を広げた。
「というわけで――お前らに国からありがた〜いプレゼントだ!
内定者、つまり“おっさん班”から順に、自分に合うグランスを選べッ!」
ざわり、と周囲がざわつく。
「おっさん班……?」とルーカが呟く。
ダミアンが顎でリーザスたちを指した。
「そうだ。そこの内定組ども――まずは入れ!」
一般学生たちの間に、ざわめきと嫉妬が広がる。
ダミアンはさらにあおるように笑った。
「本当はな、俺は贔屓なんて嫌いなんだが、上からの命令だ。
こいつらが先だ。……みんな納得してくれよなぁ?」
その言葉に、一般生徒たちの視線が鋭く突き刺さる。
「でもみんな! ズルいと思うだろう?」
煽るような声に、あちこちから冷笑と野次が飛んだ。
リーザスが小さくため息をつく。
◇
柵の中に入る内定者組。
ダミアンが適当に呼び名を付けたその班は、いつの間にか“おっさん班”と定着していた。
ルーカが苦笑しながら呟く。
「おっさん? 僕まだ十八なんだけど……」
クレオが頭を掻く。
「なんで俺たちまでまとめておっさん扱いなんだよ。おっさんなのはリーザスだけだろ」
「……悪かったな」
リーザスは頬を掻き、気まずそうに笑った。
「まあまあ」
ルーカが取りなす。
「リーザスさんが班長って意味ですよ」
「……そういうことにしとく」
アブラナが腕を回してにかっと笑う。
「それより早ぐ選ぶべ! オラ、気がはえーんだ」
「俺はもう決めた」
ゼファルドが黒い騎獣を指差す。
「行くぞ!」
彼は柵を飛び越え、黒いグランスの前へ躍り出た。
闘気が砂を巻き上げる。
黒いグランスが警戒して後ずさるが、ゼファルドは素早く印を結ぶ。
「――はっ!」
闘気が爆ぜ、グランスの全身を包む。
その瞳が金色に染まり、やがて従順に頭を下げた。
「これから頼むぞ、相棒」
黒いグランスが嘶く。
近くで見ていたクレオが口笛を吹いた。
「すげぇな。何が決め手だった?」
「色だ」
「……色!?」
クレオは呆れつつも笑った。
「じゃあ、俺はあいつにする!」
彼が選んだのは、立髪が金色で、どこか自分に似た派手なグランスだった。
「オラはこのシマシマの!」
アブラナが縞模様の個体を指差す。
リーザスはメルナの方を見る。
しかし彼女は少し顔色が悪く、胸に手を当てていた。
「大丈夫か、メルナ」
「……連日の疲れが出てるだけですわ。おかまいなく」
「でも――」
「おかまいなく」
ぴしゃりと遮られ、リーザスは口を閉ざす。
「わ、わかったよ……」
他の仲間たちはそれぞれの騎獣を探しに散っていった。
リーザスは独り、柵の中で途方に暮れる。
「さて、俺はどれにするか……」
その背後で、ふいに風が止んだ。
メルナがしゃがみ込み、胸を押さえている。
彼女の指先からは薄く光が漏れ、心臓の鼓動がドクン、ドクンと高鳴っていた。




