竜騎士
◇
この世界において“竜”とは、上位世界から来た異質の存在。
彼らが使う力は、瘴気を生まない。
神でも魔でもない、純粋なエネルギー体。
ゆえにその力は“古代魔法”と呼ばれる。
竜と契約した竜騎士は、その力の一部を行使できるとされている。
「おいおい……ってことは、あのメルナ、すでに竜騎士だってことかよ?」
クレオが目を見開く。
「それは考えにくい」
ゼファルドが首を振った。
「通常、竜騎士が使える異能は一種類だけ。だが奴は“飛行”“拘束”“雷撃”の三つを使っている」
「……異常だな」
リーザスは息を呑んだ。
その時、アブラナが呻き声を上げて立ち上がった。
「くぅ……いてぇ……油断した!」
メルナの目が見開かれる。
アブラナは焦げた服のまま笑っていた。
「村で魔物を相手にして、魔法耐性はけっこうつけたつもりだったんだけどな。
でも……もう覚えた」
ズシッ。
足音が砂にめり込む。
アブラナが再び歩き出す。
「――【バインド】!」
メルナの声。
再び光がアブラナを包む。
だが、彼女は止まらなかった。
「なっ……!?」
アブラナはゆっくりと息を吸い込み、胸を張る。
全身から圧が放たれ、光の鎖が悲鳴を上げて砕け散った。
「オラを邪魔すんなぁぁぁぁっ!!!」
怒号と共に覇気が爆ぜた。
闘気が吹き荒れ、バインドの結界が破裂する。
メルナは慌てて右手をかざした。
「【エレキショット】!」
稲妻が閃き、アブラナを包む。
しかし――。
ばちばちと火花を散らしながら、アブラナは不敵に笑っていた。
「……それも、慣れた!」
砂塵の中、光の中、
竜の力を宿す者と、竜の魔法を使う者が――激突の時を迎えた。
稲妻が弾ける中、アブラナは笑っていた。
メルナの右手から流れる電流を、そのまま掴み取っていたのだ。
「――つかまえた!」
掌から上がる火花を無視して、アブラナは握り込む。
バチバチと青白い火花が彼女の腕を焼くが、闘気の光がそれを押し返していた。
次の瞬間、アブラナは肩と腰を同時にひねる。
筋肉が爆ぜ、メルナの身体が宙に浮き上がった。
「うわっ……!」
メルナが驚きの声を上げた時には、すでに空中。
アブラナは片腕で彼女を振り上げ、全身を捻る。
まるで一本背負いを空で放つような動作だった。
周囲の騎士たちが息を呑む。
ダミアンでさえ、目を丸くして声を失っていた。
遠くで腕立てをしていたリーザスたちも手を止める。
「お、おい……今、浮いてねえか!?」
「空中投げだと!? どういう筋力だあの女……!」
砂が舞い、空の二人を照らす。
だがアブラナの表情が一瞬で変わった。
「……あれ? 地面がねえ!」
勢いよく叩きつけようとしたが、地面が遠い。
彼女自身の闘気が爆発的に高まり、周囲の重力が乱れていたのだ。
気づけば、二人とも宙に浮かんでいる。
「空気中のマナを……固定している?」
ルーカが驚愕に声を漏らす。
その時、メルナが冷静に身をひねった。
回転しながら、アブラナの背中へ蹴りを放つ。
「ふっ!」
つま先が背中を突き、雷撃の光が散る。
アブラナの体が僅かにのけぞり、二人はそのまま落下した。
地面を抉る衝撃音。
砂煙の中、両者はすぐに立ち上がった。
「……」
互いに無言で睨み合う。
「拮抗しているのか……?」
クレオが呟く。
リーザスは腕立てを止め、真剣な目で戦場を見つめた。
アブラナは拳を鳴らし、歯を見せて笑う。
「おめー、器用だなぁ。オラ、戦いづれえ」
メルナも肩で息をしながら、メガネを押し上げる。
「こっちの台詞です。あなた、出力が違いすぎて……勝てる気がしません」
「ほんとけ?」
「ええ――“今のままでは”」
その一言に、周囲がざわめく。
彼女の瞳の奥に、一瞬だけ竜のような光が宿った。




