内定者品評会
訓練場の朝は、まだ砂の匂いが強かった。
地面には汗と闘気の匂いが混ざり、熱気を孕んでいる。
「引き続き格技を続ける!」
ダミアンの怒号が響いた。
彼の背後では、生徒たちが腕立て伏せをしながら息を荒げている。
「まず戦うのは……ピーナッツち○こ、ことルーカ! そして不気味くん、ゼファルド!」
列のあちこちから苦笑が漏れた。
続いて、教官の指が別の列を刺す。
「次! デブチン竜騎士アブラナと、そばかすメガネのメルナ!」
ざわり、と訓練生たちが動揺する。
リーザスは思わず眉をしかめた。
「普通に名前呼べねえのか、あの人」
「仕方ねぇさ」
隣で腕を組んだクレオが肩をすくめた。
「ダミアン教官は“内定者”ってやつが大嫌いなんだ」
「内定者?」
リーザスが首を傾げる。
「知らなかったのか? 俺たち六人、全員がどっかの騎士団から内定をもらってる。
教官がああして目の敵にしてんのは、そのせいだ」
クレオは指を折りながら列挙した。
「アブラナが第1騎士団、ゼファルドが第6、
お前が第7、俺が第8、ルーカが第12、そしてメルナが第13騎士団。
この六人が“内定組”ってわけだ」
「……なるほどな」
「入学式の時から当たりがキツかったろ? あれが証拠だよ」
リーザスは苦笑した。たしかに初日の“老け顔いじり”を思い出す。
その時、アブラナの前にメルナが歩み寄っていった。
真面目な顔で礼をする。
「飛竜との契約、おめでとうございます。アブラナ殿」
「あんたは空を一人で飛んでった魔法騎士だべ?」
「メルナ・カストラと申します」
アブラナは腰に手を当ててにかっと笑う。
「オラと戦えんのけ?」
「ええ。力比べといきましょう」
一方、別のエリアではルーカとゼファルドが対峙していた。
「えっと、君は……?」
「ゼファルド・ライオンだ」
薄い影のような男だった。肌は青白く、無表情。その立ち姿に不気味さすら漂う。
その様子を眺めながら、クレオがぼそりと呟く。
「今回の入学者は百二十名。そのうち騎士団内定持ちは俺たち六人だけ。
つまり、この格技は……」
「俺たち内定者を、見極めるための戦いってわけか」
リーザスの言葉に、クレオがうなずく。
「そう、百人の正騎士合格者たちの前でな。
いわば――内定者品評会ってやつだ」
◇
「ではまずピーナッツと不気味くんからだ!」
ダミアンの怒鳴り声が訓練場を震わせた。
「思う存分やり合え! 骨は拾ってやる!」
ルーカとゼファルドが中央へ出る。
聖騎士と暗殺者、対照的な二人。
ルーカが両手を構えながら小さく笑う。
「まいったな、僕、格技は得意じゃないんだけど……」
その言葉が終わる前に、ゼファルドが地を蹴った。
音がない。
ただ、空気の流れが変わった。
瞬間、縦拳がルーカの顔面を捉えた。
鈍い音。
ルーカの身体が後方へ吹っ飛ぶ。
「速ぇっ!」
クレオが思わず声を上げる。
リーザスも目を細めた。
(今の動き……あれは騎士の剣術じゃねぇ。あれは――)
「ゼファルドの所属は第6騎士団。
あそこは偵察、潜入、暗殺を専門とする隠密部隊だ」
クレオが続ける。
「生まれつきそういう一族もある。たぶん奴はそういう出身だ。
あのおチビちゃんには勝ち目ねぇだろ」
「……いや、わからないぞ」
リーザスは視線をルーカへ戻した。
「ルーカは聖騎士志望。しかも第十二騎士団の内定者だ」
「聖騎士……?」
「ああ。神聖術を操る若き天才集団さ」
ルーカは鼻を押さえながら、ひょいと立ち上がる。
「イタタ……全然見えなかった」
手のひらで鼻を押さえたまま、彼は小さく笑った。
その掌が、淡い光を放ち始める。
「……まいったなあ」
光が鼻筋を包み、血が引いていく。
瞬く間に傷が塞がった。
「……無傷?」
クレオが目を見開く。
リーザスは腕を組み、静かに言った。
「つまり――天才的な神聖術の使い手ってことだ」
ゼファルドは表情一つ変えない。
だが、彼の足元の砂が音もなく沈んだ。
殺気が膨れ上がる。
ルーカは小さく息を吸い込み、微笑んだ。
「そっちが本気で来るなら、僕も少しだけ……本気出します」
次の瞬間、訓練場の空気が変わった。
白い光が爆ぜ、神聖な風が吹き抜ける。
暗殺者の影と、聖騎士の光。
真逆の二つの闘気が、今、正面から激突しようとしていた。




