竜爪爆撃掌
拳が閃いた。
爆音のような衝撃波が、空気をひき裂く。
俺の掌底が、クレオの顎を正面から捕らえた。
闘気が爆ぜる。竜の咆哮のような衝撃が波紋になって彼の体を貫く。
竜爪爆震掌――竜爪剣を徒手格闘に転化した俺の渾身の一撃。
クレオの体がくの字に折れ、ゆっくりと宙を舞う。
砂埃の中で、その影が地に叩きつけられる音がした。
「……そ、それまで!」
教官の叫び。
俺は静かに息を吐いた。
あたりの空気が、完全に止まっている。
「嘘だろ……」「なんであんな強い奴が、今まで騎士に受からなかったんだよ……」
誰かがつぶやく声。
ルーカが、口を押えながら目を見開いていた。
アブラナが拳を震わせ、頬を紅潮させている。
「オラも戦ってみてえ……」
ゼファルドは無言で腕を組み、
メルナ・カストラは、メガネの奥の瞳を光らせた。
砂の匂いの中で、俺はゆっくりと拳を下ろした。
ここまで、俺は圧倒的優勢だった。
だが――これ自体、決して“異常”ではない。
三十を過ぎてから、俺はようやく“体と闘気の流れ”を掴んだ。
闘気コントロール。
若い頃にできなかった呼吸の切り替え、筋肉の微細な調整が、今の俺にはできる。
俺はもともと、いつだって主席で合格できる“ほどの”素養を持っていた。
ただ、試験のたびに心が暴れていただけだ。
十年分の失敗が、今ようやく血肉に変わったのだと思う。
長すぎた屈辱の日々。
それが終わる。
ようやく、俺の人生が報われる――
……のか?
その瞬間、砂の中で、倒れていたクレオが小さく呻いた。
◇
「……っ!」
クレオが目を開けた。
気がつくと、俺はその前に立っていた。
彼の肩に影を落とすようにして見下ろす。
「俺は……おっさんに負けたのか……?」
かすれた声。
「クレオ」
俺は手を差し出した。
「俺の名前はリーザスだ」
一瞬、彼は唖然としたように俺を見つめ――それから、ゆっくりと笑った。
その笑みは、若者らしい悔しさと、どこか清々しさの混じったものだった。
俺はその手を引き上げた。
クレオの体が軽く揺れ、立ち上がる。
「……リーザス。あんた、おっさんのくせに強ぇな」
「おっさんは余計なんだよ」
俺が笑って言い返した瞬間――背後から怒声が落ちた。
「気をつけええええええええええ!!」
反射的に背筋が伸びる。
隣のクレオも同じく跳ねるように姿勢を正した。
鬼のような形相の教官・ダミアンが、ずかずかと歩み寄ってきた。
「なーに乳繰り合ってるんだこのアゴとおっさんはぁ!!」
「!」
俺は思わずビクリとした。
「……教官殿。先ほどは“勝ったら名前で呼ぶ”と約束を」
抗議する俺の言葉に、ダミアンは鼻をほじりながら目を逸らす。
「はぁ? そんな約束したか? 知らんなぁ」
耳まで真っ赤になる。
「……」
「それよりも! 無様な戦いを見せた負けアゴは腕立て一万回ッ!」
「なっ!」
クレオが絶叫した。
「そして! 連帯責任でおっさんにも一万回を命ず!」
「な、なんで!?」
ダミアンは満足げに顎を撫でる。
「では、腕立て伏せ開始ッ!」
俺たちは思わず声を揃えた。
「はっ!!」
砂の上に手をつき、腕立てを始める。
クレオが息を切らせながら叫んだ。
「なんだよこの教官、めちゃくちゃだろ!」
俺も呻く。
「……マジで殺す気だ……」
遠くで、ルーカたちが見て笑っている。
地面の熱と汗の匂い。腕の震え。
それでも、なんだか不思議に気分は悪くなかった。
――久しぶりに、“生きている実感”があったからだ。
ダミアンが前に出て、声を張る。
「引き続き格技を続ける! まず戦うのは……」
彼が腕を振り上げて叫んだ。
「ピーナッツち○こことルーカ! そしてブキミくんことゼファルド!」
俺とクレオは腕立ての姿勢のまま顔を見合わせた。
「……どんな呼び方だよ」
「しっ、聞こえるぞ」
次の試合が始まる。
砂の上で繰り広げられる若者たちの戦いを、俺は息を整えながら見つめていた。
――ああ、ようやく、俺はスタートラインに立てたのかもしれない。




