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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第二章 軍事大学校編
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炎竜エルニード

「ルーカ・ミルヴァン、帰着しました!」

「クレオ・クラヴィル、帰着しました!」


 二人の声が、朝焼けに染まる訓練場に響いた。

 肩で息をしながら敬礼をすると、審査官の教官が頷く。


「よし、休め!」

「はっ!」


 命令とともに張りつめていた空気が緩み、二人は顔を見合わせて笑った。


「つ、着いたぁ……死ぬかと思ったぜ」

「でも、僕たちは速かったほうですよ」


 クレオは伸びをしながら辺りを見渡す。

 訓練広場のあちこちで学生たちが倒れ込んでおり、医療班が走り回っている。

 ルーカが眉をひそめた。


「とはいえ、僕らより帰着が早かった人がいるのは事実ですが……」


 二人の視線が自然と一点に集まる。

 そこには、既に到着して休息を取っているメルナ・カストラと、無表情な青年ゼファルド・ライオンの姿があった。

 どちらも第一陣で戻ってきた実力者だ。


          ◇


 彼らの様子を、高台の塔から見下ろす二つの影があった。


「今年の新米騎士は、なかなか豊作だな」

 重厚な声で呟いたのは、壮年の男。

 金糸で縁取られた黒い外套の胸元には、学院の紋章。


【グランバキア軍事大学校 校長 ヴィクトール・ブレイズ】


 その隣で腕を組むのは、短髪の鬼軍曹――副校長ダミアン・ローベルだった。


「意外ですねぇ。あの魔物もどきが1位で帰ってくるとは」

 唇の端を上げながら、ダミアンが吐き捨てる。

「てっきり魔物嫌いの竜に喰われるかと思いましたよ」


「言葉に気をつけろ。元帥閣下直属の研究室出身者だ」

 ヴィクトールが眉をひそめる。


 だがダミアンはまるで意に介さず、鼻で笑った。

「元帥直属だろうが、騎士団長推薦だろうが、アタシは贔屓なんてしません。むしろ平等に……いや、しっかりイジメてやりますよ」


「……お前の“平等”は怖いな」

「戦場に出れば、アタシの罵声なんて子守唄みたいなもんですって」


 二人が言葉を交わす間、訓練場には次々と生徒たちが戻ってくる。

 だが、校長の表情がふと曇った。


「……おかしいな。勇者アルベルト推薦の内定者が帰ってきていない」


「はっ、あのデブチンですか? 勇者も物好きですよ。何であんなのに内定出したのか」


 ダミアンが肩をすくめる。

 さらに口を歪め、面白そうに続けた。


「あと、校長知ってます? 一人だけ“おっさん”の内定者が混じってるんですよ」


「おっさんの内定者?」


 その時だった。


 ――バサァッ!!


 耳を劈く羽音。

 同時に、訓練場全体に竜の影が落ちた。


 学生たちのざわめきが波のように広がる。

 教官たちが一斉に空を仰いだ。


「な、なんだ!?」


 朝日を背に、巨大な飛竜がゆっくりと降下してくる。

 紅い鱗が太陽を反射し、炎のように光った。


「バ、バカな……!」

 校長ヴィクトールが息を呑む。

「あれは……炎竜エルニードだ」


          ◇


 砂煙が舞い上がる中、飛竜が着地した。

 その背に乗っていたのは――


「いやぁ〜、みんな流石だなあ。オラたち以外、ほとんど帰ってるべ」


 満面の笑みで手を振るアブラナ・ルーエン。

 そして、その後ろで気まずそうに立つ男。


 リーザス・モートン。


 訓練場にいた全員が、目を丸くした。


「リーザスさん……!?」

 ルーカとクレオが同時に叫ぶ。


 ダミアンと校長が慌てて駆け寄ってきた。

「おい貴様ら! どういうことだ、説明しろ!」


 アブラナが「えっと、その……」と口ごもる中、

 ヴィクトールが竜を見上げ、目を見開いた。


「な……なんでお前らがエルニードと一緒に……!」

「まさか……」


 その時、竜の瞳がわずかに光った。

 校長の脳内に直接、声が響く。


【久しいな、ヴィクトールよ】


「……!?」


【我はこのアブラナ・ルーエンと契約したのだ。顔見せ式の前ではあるがな】


 校長の顔が一気に蒼ざめた。

 その場にいた全員が息を呑む。


「ま、まじかよ……そんな事例、開校以来初めてだぜ」

 ダミアンの声が震えた。


 アブラナは照れくさそうに後頭部をかく。

 リーザスは彼女の隣で、いたたまれず俯いた。


「ま、まさか……このおっさんも契約したのか?」

 ダミアンの疑惑の視線が刺さる。


「いや、私はですね……」


【この者は契約しておらん。アブラナの願いで“ついでに”乗せてきただけだ】


「……ですよね」

 ダミアンがため息をつく。


 リーザスの顔が、見事に青ざめた。

 訓練場の歓声の中で、ひとりだけ影を落として立ち尽くしていた。


          ◇


【アブラナ・ルーエンよ】

 炎竜エルニードが彼女に語りかける。

【我が必要な時は、いつでも呼べ】


「いんや、俺はここの教練が終わるまでは呼ばねえ!」

【……ほう?】

「オラ、必ずトップの成績で卒業するからよ!」


【分かった。ならばそれまで静かに見守ろう】


 竜が翼を広げた。

 熱風が訓練場を包み、学生たちの服がばたつく。


 羨望と嫉妬、驚愕と恐怖――

 その全てが入り混じった視線が、アブラナと竜に注がれた。


 エルニードが再び空へ舞い上がる。

【さらばだ】


 巨大な翼が陽光を裂き、赤い閃光が砂漠の空を走る。


          ◇


 「お、おい、貴様! 話を聞かせろ!」

 ダミアンが怒鳴る。

 校長がそれを制して言った。

「校長室に来たまえ」


「かしこまりましたでっす!」

 アブラナが敬礼して駆けていく。


 ダミアンと校長も続き、リーザスだけが残された。


 どんよりとした沈黙。

 そこへルーカとクレオが駆け寄る。


「リーザスさん!」

「ははっ、おっさんも乗せてもらってラッキーだったじゃねえか!」


 リーザスは無言のまま二人を見た。

 目の焦点は合っていない。


「おっさん?」


 肩を落としたまま、リーザスはぽつりと呟いた。

「……おっさんで、悪かったな」


 そのまま、背を向けて歩き出す。

 クレオがきょとんとし、ルーカは胸の奥がチクリと痛んだ。


          ◇


 渡り廊下を歩く。

 窓の外では、竜の飛行影が遠ざかっていく。


(……)


 心の中に、さっきの記憶が浮かんだ。


【うーん、ちょっと歳が行きすぎであるな……】

「そんな……歳行きすぎって言ったって」


 あの時、冗談めかして笑いながら答えた。

「何千年も生きる竜族から見れば、人間の歳の差なんて誤差じゃないですか……」


 だが、竜の声は冷たかった。


【貴様は分かっとらんな。我ら竜と人間の関係を――】


 リーザスは拳を握りしめた。

 胸の奥で、竜の言葉の続きを思い出そうとしていた。

 それはまるで、“何かの前触れ”のように思えた。


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