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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第二章 軍事大学校編
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グレートロックマウンテン

 夜の砂漠を照らすのは、淡い半月だけだった。

 その光を受けて、城塞都市グランバキアの巨大な学舎が静かに眠っている。


 寮の二人部屋では、リーザスとルーカが穏やかな寝息を立てていた。

 リーザスは毛布を股に挟み、口元を緩めながら寝言をもらす。

「むにゃむにゃ……ビアンカ……」


 その瞬間――。


 ゴォォォォォン!


 重低音が、学舎全体を揺らした。

 壁が震え、窓の外では衛兵が大きな銅鑼を叩いている。


「な、なんだ!?」

 リーザスは跳ね起きた。

 鼓膜を打つ轟音が止まらない。

 通路では生徒たちが一斉に戸を開け、寝巻き姿のまま顔を出している。


 スピーカーから声が響いた。

「全新入生諸君に告ぐ!」


 副校長ダミアンの声だ。


「三分以内に制服・木剣装備のうえ、訓練広場へ整列!

 遅れた者から除籍とする!」


 廊下が一瞬静まり、次の瞬間には悲鳴のような怒号があがった。

 各部屋の扉が開き、生徒たちは我先にと制服に袖を通す。


「ルーカ! 行くぞ!」

「はいっ!」


 リーザスは靴を引っつかみ、帯を締めながら廊下を駆け抜けた。

 あちこちで転倒音と罵声。

 まだ眠そうな顔をした者、片足だけ靴を履いたまま走る者。

 混沌そのものだった。


          ◇


 三分後、訓練広場。

 月明かりの下に並んだ生徒たちの顔は、皆青白い。

 ダミアンは木剣を肩に担ぎ、薄く笑っていた。


「気持ちよく寝てたろう?」


 沈黙。

 誰も答えられない。


「だがな!」

 ダミアンの声が一気に跳ね上がる。

「戦争で敵が“起きてますかー?”と聞いてくれるとでも思ったか!?」


 数人がびくりと肩を震わせる。


「これより、地獄の野外訓練を開始する!」


 遠く、砂の地平線の向こうを指差した。

 そこには黒々とした巨岩の山が月光を浴びていた。


「各自、夜明けまでに“グレート・ロック・マウンテン”の頂上に自分の木剣を突き立て、ここへ戻ってこい!

 間に合わなければ――除籍だ!」


 ダミアンの怒号が夜空を裂いた。

 その声に砂が震え、遠くの飛竜が羽音を立てて飛び立つ。


          ◇


 生徒たちはざわめき始めた。

「グレート・ロック・マウンテンって……」

 リーザスは隣のルーカに尋ねる。

「はい。この街の北にある、飛竜が住む聖山です」

 月光を受けて、遠くにそびえるその山の輪郭が見える。

 まるで巨大な爪が大地を貫いているようだった。


「……行くぞ」

 リーザスが言うと同時に、全員が一斉に駆け出した。

 砂漠を踏みしめる靴音が重なり、風が巻き上がる。


 夜風は冷たい。

 だが呼吸するたびに砂を吸い込み、喉が焼ける。


(走るのは昔から得意だ。若い奴らには負けん)


 横を走るルーカは息ひとつ乱さない。

(流石だな……この若さでこの持久力か)


 その時、後ろから軽い声がした。

「おい、おっさん。無理すんなよ」


 振り返ると、長身で整った顔立ちの青年がニヤついていた。

「夜中に急に走ると、中年には心臓に負担がかかるんじゃないのか?」


「余計なお世話だ。誰だお前は?」


「クレオ・クラヴィル。第八騎士団内定、竜騎士志望だ」


 彼は軽く顎を上げた。

 足並みを合わせながらも、涼しい顔をしている。


「食堂で聞こえたぜ。あんたも竜騎士志望らしいな?」


「……仲良くしたいのか?」


「まさか。飛竜の数は限られてる。あんたみたいなオヤジには、辞退してもらいたいだけさ」


 その言葉に、リーザスの口元がわずかに吊り上がる。


「ふん」


 次の瞬間、砂を蹴る音がした。

 リーザスが加速する。

「なっ……!」クレオの目が驚きに見開かれた。


 風を切りながら、リーザスは心の中で語る。


(竜騎士が少ないのは、竜と契約できる人間が限られているからだ。

 その枠をめぐって、騎士たちは競い合い、時に蹴落とし合う)


 唇が笑いを浮かべる。

(もしかすると、“汚い真似”をする奴もいるかもしれないな)


 一瞬、胸の奥に不安がよぎる。

(竜騎士志望なんて言うべきじゃなかったか?……いや、そもそも俺は高所恐怖症だろうが)


 だが、すぐに首を振った。

(もしビアンカが敵国に捕らえられているのなら、敵陣深くに潜り込める竜騎士になるしかない)


 拳を握る。

(逃げるな、リーザス。もう“ノミの心臓”は卒業しただろ!)


 次の瞬間、彼は声を張り上げた。

「俺は竜騎士に――絶対になる!」


 その声が砂漠を渡る風に乗り、後方を走る生徒たちの耳にも届いた。


          ◇


 やがて、夜明け前の冷気が肌を刺す。

 リーザスは肩で息をしながら、黒い巨岩の前に辿り着いた。


「一位で着いたぞ……ここがグレート・ロック・マウンテンの麓か」


 背後から足音。

「ははっ、おっさん、やるじゃねぇか」

 クレオが笑いながら追いついてきた。

「リーザスさん、元気すぎですよ……」

 ルーカも息を切らせて膝に手をつく。


 リーザスは二人を見て、苦笑した。

「二人も随分早いな……引き離したと思ったが、甘くはないか」


 続々と他の学生たちが到着し始める。

 その中で、リーザスは空を見上げた。

(休んでいる暇はない。登るぞ)


 岩肌に手をかける。指先に砂がざらつく。

 息を整え、登り始めた。


(グレート・ロック・マウンテン――多くの飛竜が住まう聖なる地)


 だが夜の今、彼らは眠っている。


(飛竜は昼行性。夜のうちは襲われることはない)


 リーザスは肩越しに東の空を見る。

 わずかに明るみ始めていた。


(だが……日が昇った瞬間、縄張りに侵入者がいることに気づけば――)


 冷たい汗が背を伝う。


(飛竜は、人を喰う)


 それでも彼は、岩を掴む手を止めなかった。

 空の彼方には、かすかに光る星。

 そしてその向こうに――ビアンカの笑顔が浮かんでいた。


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