三十五歳、鬼騎士の試練
訓練場が静まり返っていた。
岩を格子状に切り裂いた俺の“竜爪剣”に、誰もが息を呑んでいる。
「あれは、私たち竜騎士の技じゃない!?」
第七騎士団団長、鳳眼のコーネリアが立ち上がった。
白い外套が翻り、片目が驚きに見開かれている。
「別に専用スキルってわけじゃないでしょ。僕だって訓練生の時から使えたし」
若い声。第十二騎士団の天才、セルエル・リリスが肩をすくめる。
「訓練生で? あいつも訓練生じゃないの?」
「あいつはおっさんでしょ」
コーネリアが呆れ、セルエルが鼻で笑う。
「……ただ、少なくとも闘気の練度は竜騎士クラスってことは間違いない」
重い声でそう評したのは第4騎士団長、鬼騎士セルゲオだった。
観覧席の空気がわずかに和む。
パルバーチ所長が静かに頷いた。
「どうだね、諸君。みんなの騎士団に欲しくはないか?」
その言葉に、団長たちは顔を見合わせる。
パルバーチはさらに口を開いた。
「あれだけの腕前なら、アルベルトさんの第一騎士団にでも……」
所長の目が、第一騎士団長アルベルトに向く。
銀鎧の勇者は、軽く微笑して言った。
「……じゃんけんにしよう」
その瞬間、訓練場がざわめいた。
見上げれば、観覧席で騎士団長たちが何やら構えている。
「リーザスさん、すげぇ……!」
「マジかよ、俺らの先輩が……!」
下からガストンとミルドの興奮した声が聞こえる。
(ふう、上手くいってよかった)
胸の鼓動がようやく落ち着いた。
(これで、合格は確実だ)
その時、頭上から声が響いた。
「じゃんけーん!」
観覧席を見上げると、四人の団長が揃って構えている。
セルゲオが不器用に拳を握り、セルエルが器用に手首を回している。
「ほい!」
四人の手が一斉に開かれた。
石と紙と鋏が舞う。
「うわっ、あぶね!」
「セルゲオ! あんた遅出しでしょ!」
「違うわ!」
(ま、まさか……俺を取り合ってる?)
信じられない思いで空を仰ぐ。
だが次の瞬間、事態はもっと妙な方向へ転がっていった。
「いいか!? 勝っても負けても恨みっこなしだぞ!」
アルベルトが高らかに宣言する。
「分かっている!」
他の三人も声を揃える。
どうやら、この勝負の勝者が俺を引き受ける約束らしい。
胸が熱くなる。
(俺を、あの伝説の騎士たちが奪い合ってるなんて……)
パルバーチ所長は、にやにやしながらその様子を見ていた。
「あいこで……」
四人がまた同時に構える。
(まさかとは思うが……)
「あいこで……しょ!」
再び引き分け。
団長たちの額に、うっすら汗が浮かんでいる。
(え……全員、負けようとしてないか?)
冷静な目で見れば、その手の出し方は妙に緩慢だった。
第1騎士団・勇者アルベルト。
国内最強と称される男は心の中で呟いていた。
(自分と同い年は……流石にきつい)
第4騎士団・鬼騎士セルゲオ。
重装兵を束ねる彼は内心で呻く。
(おっさんは……扱いづれぇ)
第7騎士団・鳳眼のコーネリア。
飛竜を操る彼女も眉を寄せた。
(おじさんは、ちょっと無理だなぁ)
第12騎士団・天才セルエル。
最年少団長は、苦笑しながらつぶやく。
(僕のお父さんと同じ歳とか……勘弁して)
そう、誰も俺を欲していなかった。
しかし、次の瞬間――
「あっ!」
勝負がついた。
コーネリアの手が、他の三人を打ち負かしていた。
「おめでとう、竜爪剣の竜騎士候補が採れてよかったじゃないか!」
セルゲオが皮肉混じりに笑う。
「ちょ、ちょっと待って! 今のナシ!」
コーネリアが慌てて立ち上がる。
観覧席の騒ぎを、俺は下から見上げていた。
(え? 押し付け合ってる……?)
頭の中で何かが崩れる音がした。
そして悟る。
(……そうか。おっさんを押し付け合ってるんだ)
恐るべき、おっさんの勘だった。
◇
「いやいや、みんな、それはないだろう」
パルバーチが困ったように笑う。
「リーザスは試験で優秀な成績を出したんだぞ」
「でもあの人、うちに来たら次の補充が後回しになるでしょ?」
コーネリアが口を尖らせる。
「うち第七騎士団は前線部隊よ。人材は慎重に選ばないと」
その時、俺は一歩前に出た。
「皆さん!」
一同が一斉にこちらを見る。
「……リーザス」
パルバーチが声を漏らした。
気まずい空気が観覧席に流れる。
「多分、皆さん……俺の年齢のことで困ってるんですよね?」
誰も返事をしない。
ただ、視線を逸らす音だけが聞こえた。
「それを理由に、合格をうやむやにしようとしている」
言葉が空気を震わせる。
セルゲオ以外、全員が下を向いた。
「おかしいじゃないですか! 今年から年齢制限なくなったんでしょう!?」
怒鳴る声に、観客席の騎士候補たちまで息を呑む。
「年齢は決定的じゃねぇよ」
低い声が響く。
セルゲオが立ち上がっていた。
巨大な影が俺の前に落ちる。
「ノミの心臓。そう呼ばれてるらしいな?」
圧迫感が増す。
「いざって時に勝負弱い。日和る。最悪、敵前逃亡。戦場じゃ一番迷惑なんだよ」
観覧席が静まり返る。
パルバーチが止めようと口を開いたが、セルゲオがそれを遮った。
「違うか? パルバーチさん。
こいつが変に器用だから、見捨てきれずにここまで引っ張ったんじゃねぇのか?」
「いや、私はだな……」
「ちょっと待ってくれ! 今度こそ俺は!」
「黙れ、チキン野郎」
胸倉を掴まれた。
息が詰まる。
「てめぇみたいな奴は、見てるだけでイラつくんだ」
オーガの血を引くという噂は本当だった。
セルゲオの体が軋み、骨が鳴る。
筋肉が膨張し、皮膚が紫に染まる。
「今すぐ引退を宣言しろ」
「……!」
「じゃなければ、俺がここで――」
握り締めた拳が変形する。
皮膚を破って、黒い角が生えた。
彼はもう人の形ではなかった。
鬼騎士――その異名の由来が目の前で具現化する。
「殺す」
セルゲオの咆哮が、訓練場を震わせた。
そしてその腕が、俺の首を掴んだ。
足が浮いた。
呼吸ができない。
視界が揺れる。
(……ここで終わるのか?)
ビアンカの声が遠くで囁いた気がした。
――リーザスさん、あなたは世界で一番かっこいい騎士ですから。
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