三十五歳。気持ちの問題です・
観覧席のざわめきが、次第に大きくなっていった。
訓練場の真ん中で、俺――リーザス・モートンが立っている。
審査官たちの冷たい視線の奥に、わずかな興味が混ざっているのがわかる。
だがその上――見下ろす観覧席には、今をときめく**四人の騎士団長**の姿があった。
「……リーザス!?」
低く唸るような声が響く。
見上げれば、腕組みをしていた巨漢――第4騎士団団長・**鬼騎士セルゲオ**が、目を見開いていた。
「嘘だろ、俺たちが卒業したの、もう八年以上前だぞ?」
セルゲオが呆れたように言うと、隣のコーネリアが肩をすくめる。
「引退して、今回の戦争で再志願したとか? まさかねぇ……」
パルバーチ所長は無言で腕を組んでいる。
「あ、僕、一回だけ見たことあるよ」
可憐な声が響く。第12騎士団の天才――**セルエル・リリス**が指を伸ばした。
「ああ、そうか。お前が卒業したのは五年前くらいだったな」
「確か、“落ちて故郷で木こりになった”って聞いたけど?」
その言葉に、観覧席の笑いが小さく走る。
所長パルバーチが、隣の男に視線を向けた。
「アルベルト、君は覚えていないか?」
「……すまない。私はもう十八年前に卒業した身でね」
白銀の鎧を纏った男――第1騎士団長、**勇者アルベルト**が穏やかに答える。
その口調には誠実さが滲んでいた。
「ああ、でも……十八年前、同年代で“リーザス”という才気ある少年がいた気がする」
「そのリーザスだ」
「……え?」
パルバーチの言葉に、四人の団長が一斉に目を見張った。
「そのリーザス少年はな――十八年間、**毎年**騎士採用試験を受け続けている」
「ええっ!?」
場の空気が一気に沸騰する。
「しかも落ち続けている」
「はあああああっ!? 十八年連続!?」
「すげぇ……あの人、いくつだ?」
「三十五だ」
パルバーチが淡々と答えると、場に笑いが走った。
「うわ、僕、絶対その年になったら引退してる」
「お前今いくつだっけ?」
「十八」
「若っ!」
コーネリアが鼻で笑う。
「てかさ、なんでそんな簡単な試験、十八回も落ちんの?」
「お主が天才すぎるんじゃ。三ヶ月で卒業したからな」
「まぁね」
パルバーチは静かにうなずく。
「だが、入団当初、リーザスはお主らに引けを取らぬ才能を持っておった。
――だが、奴には欠点があってな」
「欠点?」
「“ノミの心臓”だ」
一同がざわめいた。
「才能は確かにある。だが本番では緊張で実力が出せん」
「そういうタイプねぇ……戦場じゃ真っ先に死ぬ奴だわ」
コーネリアが鼻で笑い、セルゲオが頷く。
「確かにな。仲間を巻き添えにする危険もある」
そんな声が聞こえていた。だが俺は、耳を塞がなかった。
聞こえていい。聞こえた上で、越えていく。
「おい」
アルベルトが身を乗り出した。
「そのリーザス、始まるぞ」
審査官の声が響く。
「受験番号32、リーザス・モートン!」
俺は剣を構えた。
目の前に並ぶ三つの岩。
「斬岩剣、開始!」
息を整え、肩の力を抜く。
手にした剣が空気を裂く音が、久々に心地よかった。
「――はあっ!」
一瞬の閃光。岩が真っ二つに裂けた。
土煙が上がり、歓声がどよめいた。
「おっ、綺麗なフォームじゃん」
「闘気の流れも悪くないわね」
セルエルとコーネリアが口々に言う。
パルバーチが目を細めた。
「珍しいのう……今年は成功させおったか」
「だが三十五歳か」
セルゲオが腕を組み直す。
俺はその声を背に聞きながら、一歩前に出た。
「試験官! もう一つ、技を見ていただけませんか!」
「……なに?」
さらに観覧席の方へ向き直る。
「できれば、上の騎士団長の方々にも、見ていただきたい!」
「うわ、こっちにアピールしてきたぞ」
セルゲオが眉をひそめる。
「いいじゃない、やらせてあげましょ。
ここまで来て落ちるのも、可哀想だし」
「うむ、許可しよう」
パルバーチが丸を描くように手を上げた。
試験官がうなずく。
「許可が下りた。やってみたまえ」
「ありがとうございます!」
俺は一歩前へ出た。
(斬岩剣程度じゃ通らない。見せるなら、もっと上――)
広場の端に置かれた岩の山へ歩み寄る。
「この岩、使わせていただきます」
周囲がざわめく中、俺は両腕でその岩を抱え上げた。
筋肉が軋み、地面が鳴る。
「おお……馬鹿力」
「いや、闘気で身体を強化してる。すごい集中力だ」
アルベルトが驚きの声を上げた。
「だが、なんで岩を持ち上げるんだ?」
俺はそのまま、岩を空へ放り投げた。
ざわめきが一瞬で静まる。
剣を構える。
「――飛竜剣!」
光の弧が走った。
空中で岩が真っ二つになる。
「嘘だろ……!」
「飛竜剣!? あれは聖騎士の技じゃ……!」
観覧席がざわつく中、俺はさらに構えを変えた。
(ビアンカ、力を貸してくれ……!)
胸のペンダントが光る(ような気がする)
紅い石――“竜の心臓”が熱を帯びる(ような気がする)
「竜爪剣!」
剣が閃光を放ち、無数の斬撃が空を駆けた。
格子状の光が走り、風を裂く。
轟音。
訓練場全体が震えた。
次の瞬間、目の前の巨大な岩が、**網目状**に切り裂かれた。
塵が舞い、陽光がその隙間を通り抜ける。
「な、なんだあれ……」
セルエルが呆然と呟く。
コーネリアがガタッと立ち上がった。
「嘘でしょ……! あれは私たち竜騎士の技じゃない!」
観覧席の誰もが息を呑む。
砂煙の中、俺は剣をゆっくりと下ろした。
紅い石が胸の前で、淡く脈打っていた(ような気がしていた)
(見てたか、ビアンカ。
お前の“竜の心臓”が、俺に竜の力をくれたんだ)
風が止まり、静寂の中で砂が落ちる。
その音が、まるで心臓の鼓動のように響いていた。




