ビアンカの遺品
朝の訓練場。
陽光が剣身を白く照らしていた。
俺――リーザス・モートンは、息を整え、腰を落とす。
「だあっ!」
振り抜いた一撃で、前方の木が**三本**に裂けた。
飛び散る木片を避ける暇もなく、次の一太刀。
「はあっ!」
岩肌に剣が走る。
その瞬間、目の前の岩が**方眼状**に線を刻み、
次の呼吸で――**粉々**に崩れた。
「……まさか、自分がこんなことが出来るようになるなんて」
思わず笑いがこみ上げる。
肩で息をしながら、剣先を見つめた。
(ついに俺は――この国の騎士の最高奥義、“竜爪剣”をマスターした)
信じられなかった。
十七回も騎士試験に落ちた単なる雑兵の俺が
騎士の奥義でも最高峰と言われる竜爪剣をマスターできたなんて・・・
セイラム王国には、三つの騎士階級がある。
正規の“騎士”。
神の加護を受けた“聖騎士”。
そして、空を駆ける最上位――“竜騎士”。
それぞれの象徴が“奥義”だ。
「騎士の奥義は“斬岩剣”」
岩を一刀のもとに断つ、基礎にして到達点。
「聖騎士の奥義は“飛竜剣”」
闘気を刃と化して離れた場所に斬撃を飛ばす、常人には決して届かぬ大技。
そして――
「竜騎士の奥義が、この……竜爪剣だ」
俺は天を仰ぐ。
次の瞬間、空へと無数の斬撃が走った。
風が裂け、稲光のような軌跡を描く。
「飛竜に乗って、空中から無数の斬撃を放つ竜騎士は、戦場では一騎当千の働きをする」
イメージの中で、竜に跨った騎士が旋回しながら斬撃を飛ばしていく。
戦場を舞うその姿はまさに伝説。
(竜騎士の奥義を使える者など、全騎士の中でもわずか数%。
その技を俺が習得するなんて――)
胸が高鳴った。
もう、迷いはない。
(試験は来月。落ちるわけがない!)
◇
訓練場を堂々と歩く自分が、少しだけ誇らしかった。
鎧の金具が陽を返し、足音が響く。
「待ってろよ、ビアンカ。
来月、俺は竜騎士になって、お前を助けに行くから――」
その時、ガストンが駆け込んできた。
顔色が悪い。
「おい、リーザスさん、聞いたかよ!」
「何がだ?」
「南部戦線で……ゾラがとんでもない魔道兵器を使ったって。うちの騎士団が**全滅**したらしい!」
「……!」
胸の奥で何かが弾けた。
耳の奥で風の音が遠のく。
「ついに竜騎士団が投入されて、なんとか戦線を維持してるって話ですけど……」
「ビアンカは……」
「え?」
喉が勝手に震えた。
「ビアンカはどうなったんだよ!」
「全滅だって言うから、そりゃ――」
「嘘だ!!」
足が勝手に動いた。
走り出していた。
(嘘だ、嘘だ、嘘だ!)
風を切る音が、叫びに変わる。
ビアンカの笑顔が脳裏を埋め尽くした。
泣き顔、怒った顔、あの夜の顔。
全部が混ざって、形を失っていく。
「もう会えないなんて……あるわけないだろ!」
俺は天を仰いで、喉が裂けるほど叫んだ。
「ああああああああああああああああああ!」
周囲の兵士たちが振り返るが、どうでもよかった。
その足で上官の部屋に踏み込む。
「上官殿!」
部屋の奥で書類をまとめていた中年の男が顔を上げた。
「おお、リーザスか。ちょうどいい、探していたんだ」
「……?」
男は机の引き出しから封筒と小包を取り出す。
「これをお前に渡すように言われていてな」
「これは?」
「ビアンカ君からの手紙と――小包だ」
心臓が凍りつく。
「……は?」
男はゆっくりと目を伏せた。
「ビアンカ君の**遺品**だよ」
◇
思考が吹き飛んだ。
次の瞬間、上官の肩を掴んでいた。
「遺品ってどういうことですか! ビアンカは……ビアンカはどうなったんですか!!」
「落ち着け、リーザス!」
上官の声が遠くで響く。
「ビアンカ君は……名誉の戦死を果たした」
頭の中で何かが崩れた音がした。
「そんな……!」
「ビアンカは後方支援のはずだったと聞いたが?」
「そのはずだった。だが――ゾラの新型魔導兵器が恐ろしいものでな」
上官は深く息をついた。
机の上の地図を指でなぞる。
「無人の飛行モンスターを改造した兵器だ。
大群で空を覆い、撃っても撃っても数が減らん」
記録書に描かれたスケッチには、羽を持つ異形の金属獣が群れていた。
その眼孔には紅い魔石が埋め込まれている。
「一般兵はもちろん、正騎士すら歯が立たなかった」
「……」
「だが、ビアンカ君は立派だったそうだ」
上官の目が、少しだけ誇らしげに細まる。
「彼女、なんと斬岩剣をマスターしていてな。
二十八機もの魔導兵器を切り倒したそうじゃ」
「……斬岩剣?」
「そうだ。そのおかげで、特例として正式に騎士に昇格した。
前線での働きは見事だったそうだ」
嬉しそうに語る上官の声が、遠く聞こえる。
視界の端が霞んでいく。
(……俺が、教えたんだ)
頭の奥で、訓練場の光景が蘇る。
「脱力しろ、無心で斬るんだ」――あの日の声。
初めて岩を割った瞬間、泣きながら笑っていたビアンカの顔。
あれが、彼女を戦場へ押し出したのか。
俺の教えが、彼女を前線に。
という事は…
【俺が、殺した?】
心臓が破裂しそうな程、鼓動を重ねる。
ノミの心臓には、無理な衝撃だ。
ダメだ。立っていられない!
血の気が引いていく。
足の力が抜け、肩が落ちた。
「……そう、ですか」
俺はその場にへたり込んでしまった。
上官は気づかないまま話を続けている。
「いやあ、若いのに立派な娘だった。彼女のような者が、次代を支えるのだろう」
俺は答えなかった。
封筒と小包が、手の中で重く沈んでいた。




