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1 入学式と起きる時間

「チュンチュン」

「チュチュン」


「……んんん……うるさい……」


 カーテンの隙間から光が差し込む光が、容赦なく瞼を刺激する。頭まで毛布を被りベッドの中でうめき声を溢した。朝を告げる鳥達の(さえず)りは癒しでもなんでもない。ただの耳障りにしか聞こえなかった。


 眠い瞼を閉じたまま手探りでスマホを探す。

……がなかなか見つからない。


 枕の周りやシーツを撫でてもどこにもない。ふわふわしてる物に手が当たると何となくの感覚で分かった。ベッドの横に置いてあるぬいぐるみだ。ぬいぐるみの周りにもなさそう。指先は空を切るばかり。


 ドシーン

「うっ、いっ……たぁ……」

 

 気づいたら床にいて天井を見上げていた。それと同時に体のあちこちに痛みが走り落ちたことを知らせる。


 バーン!!

 勢いよく扉を開ける音が隣の部屋から聞こえてきた。

 

「ノアー! 大丈夫かーー!!」

 

 大学に行く準備をしていた兄の(つばさ)は、ガチャガチャと扉を開けようとする。鍵が閉まっているので開くことはない。

 

「……なんとか……」

「凄い音したぞ」

「ごめーん……大丈夫……」

「ならいいが……気を付けろよ」

 

 心配そうに言うと音は止んだ。

 

「俺はもう出るけど何かあったら、電話でもメールでも何でもいいから知らせてくれ」

「分かった、いってらっしゃーい」

「いってきまーす」


 痛みに耐えながら気だるい体を起こして眼鏡を掛けた。そして再びスマホを探す。枕元に置いたはずのスマホは朝になったら消えていた。一瞬焦ったが床に転がっているのを発見すると時間を見る。


……まだ、寝る時間じゃんと思いながら二度寝をした。時刻は6時56分。 


 コンコンコン。

 

「失礼します」

 シエロは持っている鍵で扉を開け中に入ってくる。

 

「おはようございます。ノアさん、朝ですよ。起きてください」


 そう言いながらシエロはカーテンを開けた。


「……眩しい……」


 眩しさのあまり毛布を頭まで被る。その様子にシエロは毛布を剥がそうとするが私は抵抗する。

 傍から見れば引っ張り合いの、ただの綱引きだが私は必死だった。


「いや、まだ寝る時間……っ!」 


 “一秒でも長く寝ていたい”

きっとこれは朝が苦手な人にとって共通する切実な願い。 


「何をおっしゃっているんですか? 遅刻しますよ……っ」

「いいの、まだ寝るの.....っ!」

「我儘言わないでください、起きてください……っ」 


 シエロが力ずくで毛布を剥がそうとする。私はそれに抵抗し、ベッドから落ちた。

 

 お互いに呼吸を整えながら出方を伺う。毛布の行方はシエロが握った。落ちたときの衝撃で私は毛布を離してしまったのだ。

 シエロの足下から無数の茎が伸びて頭上で毛布を縛り上げている。

手を伸ばしてジャンプすれば指先がギリギリ届くか届かないかくらいの距離だ。


「お願い……あと5分……3分でいいから寝かせて……!」

 

 私が出した答えは、床におでこを擦り付けて頼み込む。


「ダメです」


 必死に土下座までして懇願(こんがん)してみたものの聞き入れてはくれなかった。


 シエロはため息を落とした。

「今、7時ですよ。志郎さんとのお約束をお忘れですか?」 


「……覚えてるよ」 

 寝起きで機嫌が悪い私は不貞腐れたように答えた。 


「では、昨日した会話を覚えていますか?」 

「……会話?」 

 首を傾げる私にシエロは昨日したらしい会話を話し始める。 


 

「『明日からいよいよ学校です。なので、これを渡しに来ました』


志郎の手に何かあるが、ぼやけと瞼が重くてよく見えない。睡魔との戦いに敗れ志郎を横目に私は適当な返事をした。

 

『ハイハイ、明日ね、おやすみ』」


  

 何となくそんな話をした気がしたが、前の日はオールしたためベットに入った瞬間からバタンキューで記憶が飛んでいた。 


「志郎様さんから伝言を預かっています。『帰って来たらフルーツタルトを用意しておくので召し上がってください。くれぐれも一人で全部召し上がらないで皆さんと分けてくださいね』と、おっしゃられていました」 


「フルーツタルト?」

私は声を弾ませて聞き返した。

(聞き間違えでなければ今、フルーツタルトと聞こえたが!?) 


 私はフルーツタルトが大好物。色々なケーキがあり、どれも好きだがフルーツタルトが断トツで大好きだ。


「はい、フルーツタルトです。ノアさんが学校に行って、帰って来る頃には出来てると思いますよ」


 私の頭はフルーツタルトのことでいっぱいになった。


 様々な種類の入ったフルーツは、生地の上にキラキラと散りばめられた光輝くダイヤモンド。果肉を噛むと甘味と酸味が喉を潤うし、生地はしっとりとし食べれば口いっぱいに広がる旨味。外側はサクサクした食感で一つのケーキで色々楽しめる、あのフルーツタルト。


「本当は喜んでほしくて作ろうと思ったのですが、今回は志郎さんにお任せしました」


 申し訳なさそうに言うシエロだが私は内心ガッツポーズをしていた。


 シエロは掃除や家事は完璧で志郎から任されているのだが、本人は気付いていないのか料理が壊滅的なのだ。 


「頭の中がタルトのことでいっぱいになるのも良いですが、これから入学式ということも忘れないでくださいね」

「……分かってるよ」

  

 学校という名の監獄は先生に監視された閉塞空間。友達を作らなければ孤立し、グループやカーストと呼ばれるものもありとてもめんどくさい場所。タルトでいっぱいの頭は違う情報が占領していく。


「それともう一つ、左手の人差し指のことですが……志郎さんの伝言で『指輪は絶対に外さないでください』とおっしゃられていました」

「ん? 左手……」


 左手に目を向けると指輪がはめられていた。1センチほどと幅の広い銀色のリングに、アクアマリンのような水色の石が埋め込まれている。とても綺麗で輝いている。言われるまで気づかなかった。


「これなに?」

「ノアさんを守る物と聞いてます。詳しいご説明は志郎さんから夕食の後に、ありますので聞いてくださいね。身支度が整いましたらダイニングルームへいらしてください」


 ベッドに毛布を丁寧に置いてシエロは部屋から出ていった。


 シエロは私の身の回りの事をお世話してくれるメイドさん(あやかし)で料理以外なら何でも出来る。絹髪の白髪で腰まであるストレート。美人で170センチと背が高くスタイルも良いし性格もいい。おまけに巨乳で隣に居るだけで私の自尊心は鰹節のように削られていく。


 三度寝をするためにベッドに足を運ぶ。目を(つぶ)り寝ようとした時にシエロは扉を開けた。 


「ノアさん、素直に起きてください。起きてくださらないなら朝食は私が食べちゃいますよ?」

「わ、分かった。起きるよ」 


 軽く脅され素直に起きるしかなかった私は毛布と未練を断ち切った。 


「でも、何で分かったの? 三度寝するって」

「ノアさんのことは何でも分かりますよ」

「……あ……さ、流石シエロ」 


 日頃からお世話してくれるシエロは私の思考が手に取るように分かるらしい。


「シエロ、おはよう。まだ言ってなかったよね?」

「おはようございます」


 起こすという任務を終えたシエロは扉を閉めた。 


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