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(9)現場検証

前回のあらすじ

蒼の話を元に三咲が再度現場調査に行こうとした放課後、瀬々良木に捕まって帰路を共にさせられた。



「おー、おかえり三咲……って、もう出かけるのか?」


 学校から帰宅し、鞄だけ自室に置いて出ようとした僕をシキが引き止めた。


「情報収集だよ。遅くなったし、行っておきたい場所が少なくとも三ヶ所あるから、すぐにでも」

「わしも行……」


 妙な箇所で変に言葉を切ったシキは大きく首を傾げた。かと思うと、僕の足下に寄って来て、鼻を近づけてスンスン鳴らす。


 にやーり、と湿度の高い笑み。


「女じゃあ……! 女の匂いがするぞぉ?」

「妖怪か」

「妖怪じゃて」

「……そうだった」

「カノジョか? なぁ、そうなんじゃろ? イチャイチャしながら放課後の送り迎えしてきたんじゃろって? 相手はどんな奴じゃ? どーゆーとこが好きなんじゃ?」

「そんなんじゃない」

「またまたぁ誤魔化すなってぇ! わしは茶化すけど!」

「…………」


 野次馬根性丸出しでにまにましながら、勝手に肩に乗ってくるシキ。そして至近距離で根掘り葉掘り詰め寄ってくる。


 鬱陶しい……。厄介なのは、正直に話したところで彼女の需要を満たすような話題にならないところだ。

 小憎らしい狐をよっぽど下ろしてやろうかと思ったが、僕は大人の対応でぐっと堪え、自室を出た。




 あの日もシキと共に歩いた古道。ひとけのない黄昏には今日も静謐な空気が流れている。

 ……静謐じゃないのも一名いるが。


「のぉ~ぉ三咲ぃ。聞かせてくれってばぁ。恋人でも友達でもよいから、具体的な話を聞かせてくれってぇ。わしそういうの好物なんじゃってぇ」

「まだ言っているのか。本当に何もないよ。お前が期待するようなことは」

「ちーがーうー! 本人がくだらんと思っておることほど、周りにとっちゃ甘酸っぱくて妄想しがいのある美味しい部分なんじゃってぇ! 特に馴れ初めの関係値は大事なんじゃってばぁ!」

「…………」


 ずっとこの調子だ。僕らは知り合ったばかりのただのクラスメイトで、本当になんでもないと再三言っているのに。『周り』とか言っているが、こんな話に興味を持つのはシキ以外の誰もいないに決まっている。


 とはいえ、このまま駄々をこねられても話が進まない。……仕方ないか。

 これ見よがし、ため息。


「…………はぁ。わかったよ。今度ゆっくり話してやるから、今は事件に集中してくれ」

「お、ホントか! うひひっ、楽しみじゃのう」


 変な約束を取り付けさせて満足したのか、シキはようやく気持ちを切り替えて、冷静な口調で事件に意識を戻した。


「で、行きたい三ヶ所ってのはどこなんじゃ?」

「急に落ち着くな」

「お前が落ち着けって言ったんじゃろうが」

「……僕らが葦裁を見た現場。学校の周辺。それと、蒼が被害に遭った現場だ。まずは学校以外の二ヶ所に向かう」


 まずは古道の先、僕らが実際に葦裁と邂逅した現場だ。


「学校で聞き込みを頼んだ結果、被害者達にはある共通点が見つかった」

「お、わかった! 『縁に関する悩みを抱えておった』じゃろ?」

「ハズレだ。正解は『縁に関する悩みを抱えていなかった』だ」

「え? か、抱えておらんかった? どういうことじゃ?」

「まず自分の教室の生徒に話を聞く。その次は知り合いの被害者を教えてもらう。そうやって交友関係を追う形で情報を集めてもらったが、悩みを抱えていたという話は出なかった。自分からも、他人からも」


 これは今日、瀬々良木に協力してもらって集めた情報だ。彼女の助けがなければ得られなかっただろう。


「それは打ち明けんかっただけかもしれんじゃろ? 見ず知らずのお前だけでなく、友達にも言えん悩みかもしれん」

「どうかな。ただ、由比凪の鎌鼬のおかげで快復したという話が出なかったことは事実だ。つまり、被害以前と以降で、知り合いの目線では様子に差は見られなかった」

「葦裁は蒼の苦悩は解決したが、今度はそうではない……」

「この事件は三つに分けられる。蒼が救われた一件、生徒を狙った連続切り裂き魔事件、そして僕らが目撃した未遂事件だ。その内、蒼の件と連続切り裂き魔事件は全く別物のように見える。時期、場所、被害者、動機……なら、犯人さえも違うのかもしれない」

「犯人さえも違う……か」


 神妙に反芻するシキ。昨夜僕の語った想像を今一度繰り返す。


「わしらの会った葦裁は偽者。蒼を救った縁切りの神とは別人、というやつじゃな?」

「……仮説の段階だが。そう考えれば辻褄は合う」

「由比凪の鎌鼬の犯行と蒼の証言の食い違い。わしらにあえて不信感を抱かせ調査させ、縁切りの神という答えに誘導した事実。それに、神体であるはずのハサミが割れていながら活動していることもそうじゃ。そう考えると、別人の証拠は揃っておるよな」


 シキの言うように様々な情報がそう示しているが……。


 考えを巡らせる前に、古道の明けに辿り着いた。僕とシキが切り裂き魔と遭遇した場所。逃走を図ったその始点。


「……けどその推理では、僕らの見た未遂事件が浮いたままになる」

「んー? まさにここで見たあれのことか?」


 古道が開けると細い通りに面している。車のすれ違いも苦しい細道だ。だが人通りが全くないわけでもなく、民家や小さな個人商店も建ち並ぶ。古道を含め僕は通学路として使っているが、知る人ぞ知る抜け道、といったところだ。

 ちなみに葦裁神社へ向かった昨夜も、同じようにここを通っている。


「確かあの時は、ここでハサミを構えた葦た……切り裂き魔を見たんじゃったな。見られたと気づいたあやつは逃げ出し、わしらは追った」

「ここは駅の周辺でもなければ、狙われていたのは生徒でもない。だが、彼女が葦裁の名を騙る偽者とするならば、蒼の事件は由比凪の鎌鼬とは無関係だ。ならばここで起きた未遂だけが、由比凪の鎌鼬の法則と反することになる」

「別に深い意味などないのではないか? 神社からならここの方が駅より近いし」

「いや、意味は必ずある」

「何故言い切れる?」

「いいか? 行動には必ず『目的を果たす』という芯が通る。どれほど不可解で常軌を逸し理解を越えた行動だとしても、目的を果たすという意志は一貫する。衝動的な暴行も、愉快犯でさえ、自身の欲求を満たすという目的に突き動かされての行動だ。一挙手一投足に必ず目的が伴うのは人間も妖も変わらない」

「……じゃからって、他人を傷つけてよいはずはない」

「そう。だから僕はここにいる」


 話が逸れたな。辺りに手がかりが落ちていないか、少し探そう。


「葦裁はあくまでも由比凪北高の生徒をターゲットとし、手当たり次第に人を襲いはしなかった。それは被害者を適当に選んでは目的を果たせないか、あるいはそれが最も効率のよい方法である……少なくとも彼女自身はそう考えたからだ」

「逆に言えば、この一度だけ非効率を選んだということか? 目撃者を慌てて消そうとしておったとか?」

「どうかな。あの時狙われていた人物は、葦裁に気づいているようには見えなかった。あの時、葦裁は初めから、ここで犯行に及ぶ気で来ていたんじゃないか」

「餌場を変えたのかもしれんな。わしらが食い止めなかったら、今後はここで犯行を続けておったのかもしれん。要はあやつにとって条件を満たしておればいいってことなんじゃから……」


 シキが不自然に言葉を切った。理由はすぐにわかった。通りの向こうから人が歩いて来ている。

 時は黄昏。人通りはまだある方だ。喋る狐を見られるわけにはいかない。通り過ぎるのを待ってから僕らは辺りの調査を再開する。なんとなく途切れた会話は途切れたまま。


 だが結局、それらしい成果は得られなかった。


「別に何も見当たらんのう?」

「葦裁が痕跡を残さなかったか、回収したか。どちらにせよ、ひとところにこだわっても仕方がない。次に行こう」

「蒼が切られた現場じゃな? ……ん? じゃがあれは葦裁……ああ! ややこしいのう! 本物の葦裁がやったことなんじゃから、偽者の犯行とは関係ないんじゃなかったのか?」

「彼女が葦裁を騙っているというのもまだ推測だ。次へ行こう」



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