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(8)きっと学生として当たり前の日常(ただし変なヤツと)

前回のあらすじ

夜の社で、葦裁神社に祀られていたのは善良な縁切りの神であったことを突き止めた。

が、それをわざわざ隠そうとした『彼女』の本当の正体と目的を突き止めるため、三咲は調査を続ける。


 葦裁という神、そしてそれを祀る神社。

 人殺しを願われし切り裂き魔に見せかけながら、その社の床下には別の真実が意図的に隠されていた。


 意図があるなら理由を知る必要がある。僕は放課後のチャイムが鳴ると同時、足早に教室を出る。

 だが半ば小走りで下駄箱へ来た時、僕の肩を不意に誰かが叩いた。少し驚きながら見やった僕の頬に、人差し指がむにっと刺さった。


「あはっ! こんなベタなのにイマドキ引っかかってくれるんだ!」


 悪戯っぽく明るい笑顔。瀬々良木蛍だった。


 今日は教室を特に急いで出たが、わざわざ追ってきたのだろうか?


「どうかしたのか? 瀬々良木」

「あそぼっ?」

「…………は?」

「いやいやそんな意味不明なこと言ってないでしょ? あーそーぼって」

「遊ぶ……? 瀬々良木と、誰が?」

「不来方くんが」

「今から?」

「今から」

「どこで?」

「どっかで」

「どうして?」

「遊びたいから」


 ……。

 …………。

 …………どうして?


 必要事項は全て訊き、全て答えてもらったはずなのに、瀬々良木がなにを言っているのかわからない。いや、もちろん言葉の意味はわかるのだが……。


 瀬々良木が放課後の遊び相手として僕を誘っている。さっさと教室を出た僕を、わざわざ追いかけてきてまで。


 …………どうして?


 僕がよっぽど間抜けな顔でもしていたのか、瀬々良木はケラケラ笑い出す。


「あはっ! なんにでも理由を求めると生きづらいよー? 世の中、理不尽なことばっかりなんだから」

「これくらいの道理はあって欲しい」

「前に約束したじゃん」

「……そんな約束したか?」

「したよー! お願いを一個聞いてくれるって約束! それに今日も追加で手伝ったし!」

「ああ……その話か」

「その権利を今……行使ッ!」


 手を掴まれた。瀬々良木の少し冷えた指先と僕の手が、強引に繋がる。

 一体いつの間に靴を履いたのか、瀬々良木が僕の手を引いて駆け出そうと引っ張る。


「いや、ちょっと。靴だけ履かせてくれ」

「じゅーう。きゅーう。はーち。なーな……」


 瀬々良木の目は本気だ。まったく待つ気がない。慌てて靴の中に自分の足を嵌め込む。

 それを見届けた瀬々良木は本当にそれ以上待ってくれず、散歩が待ち切れない犬のように駆け出した。


 瀬々良木蛍の妙なテンポの良さに巻き込まれて、僕は有無も言えずに引っ張り出された。




 あっという間に玄関、校門を出ると、最寄り駅へまっすぐ向かう通りを外れ、細い裏側へ入っていく。交差点を二つほど駆け抜けた辺りで、瀬々良木は急に足を止めた。軽く辺りを見回すと、くるりとこちらに笑顔を向けた。


「うん! 人目も少ないし、この辺でいいかな!」

「……消されるのか、僕は?」

「いや消さないよ!? バラバラにしてそこのコンビニのゴミ捨て場に棄てたりしないからね!?」

「そこまでは言っていないんだが」

「あはっ! ま、デート現場を誰かに見られたらあれかなって」

「デート?」

「男女が一緒に遊んでる、となればそれはもうデートだよ。カレシカノジョだよ」

「そうはならないと思うが……」

「ノンノンノンの助。こっちにその気がなくても、周りがそうだと言ったらそう決まっちゃうアルよ。んで、誤解と邪推と嫉妬がめっちゃ飛んできます。何故かあたし達に」

「……迷惑な話だ」

「てかそんだけイケメンなんだから、不来方くんこそ慣れてそうだけど?」

「……僕は人間とは馴染めない方が強かったから」

「あっ、とと。これは地雷を踏んじゃったかな。ごめんね?」

「いや、いいんだ」

「じゃいっか」


 けろっと笑った瀬々良木が僕の手を握る。そしてまた強引に、コンビニの店内に引っ張り込んだ。僕は息つく間もないし、状況整理の時間ももらえていない。

 コンビニの中は狭いから、とでも言わんばかりに、瀬々良木のひんやりした手は僕を離さない。


「不来方くんはなに飲む?」

「いや僕は」

「じゃあ一緒のでいいね」


 本当に有無を言わせてくれないテンポ感で、紙パックのカフェオレを器用に片手で二つ取る。そのまま今度はレジに。


「すみませーん。コロからくん一つくださーい」


 コンビニホットスナックの定番、からあげを一つだけ注文。店員が用意してくれている間に、こちらを向いてにっこり。


「じゃあ買って?」

「……僕が払うのか?」

「うん! そだよー」


 満面。屈託なし。


 まぁ……別にいいか。ただ、大した金額じゃないとはいえ、お金を払わされると新手の詐欺のように思えてくる。

 あれよあれよと買わされた軽食を持たされる僕。当の瀬々良木はとっくにコンビニの外にいて、会計を済ませる僕を急かす。


「不来方くん! はやくはやく!」

「わかったから」


 急ぐことなく外に出ると、瀬々良木はリードの外れた子犬のように躍っていた。顔を少し赤くしながら嬉々として、ずいぶんとご機嫌な様子だ。幼くはしゃぐその表情は、教室で見せる笑顔とはまた別の魅力で溢れている。


 だが。


「……!!」


 その幼気なご機嫌が、彼女を危険に巻き込もうとしていた。


 子供っぽくはしゃぎ過ぎた瀬々良木は交差点に飛び出そうとしていた。そしてこちらばかりを見ている彼女は、車が来ていることにも気づいていない。

 レジ袋を取り落とし、僕は駆け出した。その焦燥を見てやっと事態に気づいた瀬々良木の表情が戸惑うのがほんの一瞬だけ見えた。

 僕は瀬々良木の手を掴み、引き寄せ、強く抱き寄せた。


「あ…………」


 制服越し、瀬々良木の体温。その背中越し、車が猛スピードで通過していく。

 ドップラー効果も遠ざかり、静寂が訪れてようやく……安堵の一息。


 ……よかった。


 瀬々良木をそっと放す。僕と比べれば背の低い彼女。まだ突然の出来事に驚いているのか、放心したように僕の胸元をぼうっと見ていたが、ゆっくりと顔を上げて、目が合った。


 それでもまだ状況を飲み込めないでいる彼女に、僕はなんと声をかけるべきか迷い、結局、一言だけ。


「馬鹿」

「えっ…………ぁ……」


 瀬々良木は顔を背けた。さらりと流れた髪の隙間から、真っ赤になった耳が覗く。さっきまでのはしゃぎようが嘘のように大人しくなり、しおしおと僕から離れた。


 そわついた笑みをぎこちなく浮かべて。


「や、やはーっ……さすがの瀬々良木さんも、ど、ドキドキしちゃいますな」

「ケガは?」

「い、いやあ、だいじょぶだいじょぶっ。不来方くんが助けてくれたおかげで」

「そうか」


 真っ赤な顔で落ち着かない瀬々良木に、僕は拾い上げたレジ袋からカフェオレを取り出し渡す。触れあった手まで赤く、熱かった。普段そつのないはずの彼女は覚束ない手つきでストローを差して、平静を装おうと必死だ。


 僕も彼女と同じようにカフェオレにストローを差す。飲んでみたところで味などわかりはしないが、同じことを隣でしているだけでも、落ち着くきっかけくらいにはなるだろう。

 それが功を奏したか、瀬々良木暴走特急もようやく息継ぎをする気になったようだ。


「ふぅー……ちょっとはしゃぎすぎましたわ。もう大丈夫ですことよ」

「急に誰なんだ」

「あはっ、ちょ、ちょっとまだ本調子じゃないでゲス~。でもお喋りしてたら元の瀬々良木さんに戻ると思うでゲスな~」


 上流階級なのか、したっぱなのか。階級がころころ変わる独特な照れ隠し。……本当に変なヤツだ。


 こんなにも明るい人気者タイプのくせに、僕に絡んでくる点も含めて。


「こほんっ。じゃあ出発しよっ」

「どこに?」

「あ、駅まで送ってくれたらいいよ。ちょっと裏道を歩きながら、由比凪の鎌鼬に遭えないか試そ? やっぱさ、こういう隙間時間もデートにしたいよね?」

「デートは誤解だって言っていなかったか」

「そだっけー? あはっ! 昔のことは忘れちったぜ」


 なんというマイペース。僕の返事を待たずして、瀬々良木は僕の手からレジ袋をひったくって歩き出す。やはり普段教室で見せる印象とは大きく違う感じだ。品行方正というより自由奔放。


 僕は無言でその後をついていく。時間がもったいないと言わんばかり、瀬々良木はすぐに喋り出す。


「いやはや、はしゃぎ過ぎたでござる。幻滅されてないか心配だな?」

「確かに瀬々良木は人に好かれる印象だった。けど、現実の方がよほど魅力的だ」

「え、こ、不来方くんって……あたしのこと好き?」

「冗談を言う余裕が戻ったならよかったよ」

「あはっ! バレちった」


 まだ頬は少し赤いが、どうやら一息置けて、自分のペースを取り戻しつつあるようだった。

 一瞬の沈黙。瀬々良木が不意に笑みを漏らした。


「……ふふっ」

「どうしたんだ?」

「あぁ、ごめんね? あたし、不来方くんの前だと素の自分でいられてるなーって思って、つい」

「……?」

「不来方くんには気を遣おうと思えなくて……ああいや、いい意味でね? ありのままの自分でいても安心出来るからさ、すごく居心地いいんだ」

「そうか」

「まだ会ったばかりなのに、変なこと言ってるよね? ……あー、えっと……あはっ、ちょっと気が抜け過ぎちゃってるかな? 話のオチが見つからないや」

「いいよ別に。瀬々良木の話したいことを、瀬々良木が話したい分だけ話せば」

「……うん」


 瀬々良木蛍は潤みを帯びた瞳で、はにかみに頬を染めながら、こくんと小さく頷いた。向日葵のような彼女には珍しい、恥じらう睡蓮のような顔だった。


 しかしそれも刹那。瀬々良木はまだ少し赤いままの顔をパッと上げた。


「いやっは、調子狂わされちゃいますな! とにかく帰ろっ? いつまでも突っ立っててもしょうがないし!」


 高校生の男女が放課後二人、帰路を共に。確かに傍から見ればデートにしか見えないのかもしれない。けれど実際、瀬々良木がどう思っているかは瀬々良木にしかわからない。


 そして僕が……まさかこの僕が、穏やかな帰路を同級生と喋りながら歩くという人間らしい時間を過ごせる日が来るなんて。それも他人の方から声をかけてもらって、居心地がいいとすら言われて。

 僕の内心が表現しがたい微妙な戸惑いで満ちていることも、僕にしかわからない。


 そうか……これから『ごく普通の人間の日常』を過ごしていくことになるのか、僕も。


「不来方くんってさ、落ち着きがあって大人っぽいよね」

「まだ十五だよ」

「ホントでござるかぁ? 人生二周目だったり、過去に戻ってやり直してたり?」

「しない」

「ふぅん……? 嘘は吐いてなさそう。残念ぜよ」

「本当に信じているんだな、そういうの」

「前も言ったでしょ? ホントにあった方が面白いじゃん」

「そうかもしれないな。都市伝説探しもそれで?」

「そのとーり!」


 瀬々良木は我が意を得たり、という顔でいながら、声色はどこか冷静にこう言った。


「子どもっぽくて、くだらなくて、誰の評価にも繋がらない。熱心に探したって報われなくて、徒労に終わるかもしれない。……でもね、あたしはそれで構わないんだよ」

「…………」

「他人ウケだけ気にしておけばさ、社会に紛れるのって難しくないんだよ。人生も恙なく進められる。……けど」

「けど?」

「あたしは自分が楽しいと思ったことは『やる』。それだけさ」


 どこかで聞いたような言い回しだった。言い切った瀬々良木の目に灯るのは、夜闇を煌々と照らす蛍の火。

 学校での彼女は目立つ人気者で、それこそいつも明るく輝いている。しかしそれは彼女にとって、本心を隠す仮の姿だと言う。


 誰にも見せたがらなかったのであろう、子供っぽく無邪気な素顔。けれど僕には、今この瞬間の瀬々良木蛍の方が、ずっと眩しく見えた。


「あはっ! みんなとカラオケ行って、バーベキューして、駄弁って、一人の時はおしゃれしてショッピング行って、漫画の立ち読みして、都市伝説の調査を熱心にして、珍獣にダル絡みだってする。酸いも甘いも陰も陽も全部盛りの欲張りセットってわけ!」

「忙しいな」

「へへ。忙しすぎりゃ心を亡くす、楽に溺れりゃ堕落する。ってね! 楽な生き方が楽しいとは限らないんだぜ?」


 ……あぁ、もしかすると。


 瀬々良木蛍は案外、僕と似ているのかもしれない。……なんて表現をしたら失礼かもしれないが。


「というわけでコロからくんちょうだい。代わりにゴミあげる」

「え? あ、あぁ……」

「ありがとっ。……んー! んまんま! あたしこれ大好きー。愛情こもった家庭料理よりよっぽど美味しくない? コンビニって罪だよねぇ」

「……どうかな」


 それから。

 瀬々良木は他愛ない話を続け、僕がそれに頷くだけの時間が過ぎていった。雑談の苦手な僕の反応は淡白だったが、瀬々良木はその分だけ笑みを深め、愉快そうに話を続けた。


 先を歩く瀬々良木。僕は明るい蛍火に引っ張ってもらうかのように後ろを歩く。

 駅に近づけば当然、同じ由比北の生徒の姿があって、僕らは駄弁りながら一緒に歩いているのを目撃される。が、瀬々良木はそんな視線は眼中になく、自分らしい世界を謳歌満喫していた。

 そんな瀬々良木を見ているだけで、日向ぼっこのような温かさに胸が覆われていく。そんな気がした。


 北由比凪駅が目と鼻の先になってきた頃、ふと思い出したように瀬々良木がポンと手を打った。


「あっ、そうだ思い出した! 不来方くんに変なこと訊いていい?」

「どうぞ。答えるかどうかは内容によるけど」

「あはっ! あたしと不来方くんって友達?」


 瀬々良木は宣言通り変なことを言い出して、僕は思いがけず立ち止まる。


 僕と瀬々良木が友達かって? 急に訊かれても困る。そもそも出会って一ヶ月未満、まともに言葉を交わしたのも由比凪の鎌鼬が出てからだ。


 駅前通りの人々が、僕らを置いて流れていく。

 キョトンと純粋な回答待ちの瀬々良木に、歩みを再開した僕は無難な返事。


「……どうかな」

「あはっ! じゃあじゃあ次のクエスチョン! 友達ってどこからが友達になるのかな?」

「それは友達のいない人のセリフなんじゃなかったか?」

「ってことは、不来方くん的にはあたしに友達がいるってこと?」


 ……違うのだろうか?


 僕から見た瀬々良木は誰とでも仲良くしているし、瀬々良木のことを友達と呼んでくれる人は多いはずだ。少なくとも嫌われてはいないと思うのだが。


「……もしかして心配なのか? 実は嫌われているのかもしれない、と」

「んーん全然。あたしって顔と性格とノリがいいから」

「すごいこと言うな」


 やはり人気者はこういうところが違うのだろう。僕には一生真似出来そうにない。

 瀬々良木は情熱的な研究者のように続けた。


「あたしさ、連絡先はとりあえずクラスと部活全員分、他クラスの子でも交友関係があれば全然持ってたりするの。ゴールデンウィークにはバーベキューにも呼ばれてるよ。別々のグループから二回もね。引っ張りだこで困っちゃうぜよ」

「なら……」

「でも『一緒に由比凪の鎌鼬に遭いに行こう』って誘える人は一人もいないんだよね」

「…………」


 空気が変わったように感じたのは、僕の気のせいに違いない。ただ僕が彼女の言わんとするところを勝手に察してしまっただけで。

 実際、瀬々良木の日常の駄弁り感に変わりはない。


「妖怪の話もしないよ。あたしなんかの話には誰も興味持ってくれないから」

「あぁ……ああ、僕もそんな話を他人にはしないな」

「そんなみんなはあたしのことを友達って言う。なのに、不来方くんだけはあたしを友達かどうかわからないって言う。ねぇ、不来方くん。友達ってなんなんだろうね?」

「……さあ。僕は詳しくないからわからない」

「あはっ! だよねー? あたしもー」


 瀬々良木はどんなことを思いながら、どんな答えを期待しながら問いかけたのだろうか? その期待に僕は応えられたのだろうか?


 わからない。わからないが……その時見た瀬々良木の表情は、今日一番の楽しそうな笑顔だった。


 これがこの日最後の会話になる。これ以上踏み込めば駅の構内。たとえお願いされてもついていくわけにはいかない。

 僕は由比凪の鎌鼬の正体を調べなければならない。それが僕のやるべきことだから。


 ……ただ、少しだけ。

 ほんの少しだけだが、人との別れを惜しいと感じた。初めてのことだった。


「今日は付き合ってくれてありがとね不来方くん。予定とかなかった?」

「……次からは先に訊いてくれ」

「あはっ! 善処しまーす」


 瀬々良木は一切の悪びれなく笑うと、その両の手で包むようにして僕の手を握った。僕とは明確に違う柔らかな少女の手の温度は、心の温かさと反比例するという迷信のように冷たい。

 その目は僕をまっすぐに見る。


「これは今日のお礼。ホントはハグしたいんだけど……人目があるから。今日のところはこれで許して?」

「いや、そんなのは別にいい」

「あはっ! 見え見えの冗談だったとはいえ、その言い方は瀬々良木さんに失礼じゃないかにゃ?」

「けど……よければまた誘ってくれ」

「え……?」

「瀬々良木が嫌じゃなければ」

「……あはっ! 誘う誘う! 誘うに決まってるさ! でもそう言ったからには、不来方くんの方こそお誘いを断っちゃやだよ? 責任はちゃーんと取ってもらうからね?」

「……大袈裟な言い回しをしないでくれ」

「あはっ!」


 まるでおかしな犬でも見たような笑いっぷりを見せる瀬々良木。一頻り笑った後、彼女はどこか落ち着いた表情に戻り、言った。


「じゃ、また明日ね」


 僕の返事も待たず、少しの名残惜しさも感じさせず、瀬々良木は背を向ける。まるで次の遊び場へ向かう子供みたいに。

 遠ざかる背中。陽に揺れる髪は雑踏に消えていった。


「…………変なヤツ」


 独り、残された僕も帰路に就く。そして沈もうとする太陽を見ながら名残惜しさが膨らんでしまわないように。


 これから日が落ちて、いずれ夜が来る。

 人間の時間は終わり、妖の時間が来る。

 戻ろう。僕のあるべき場所へ。



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