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フランコ親方

 まずは聞き込みから始めるとしよう。

 件のケルビンが仕立て屋の下職ということなので、知り合いの仕立て屋から当たってみることにする。

 今朝もコートを受け取りにいった店に、その日の夕方に再訪問だ。

 コートのお礼も兼ねて手土産に焼き菓子を持っていく。


「おう、今朝ぶりだな名探偵、コートになにか不具合があったかい?」

「いやいや、コートは満足の出来でしたよ。ありがとうございました。ちょっと別の話でね」


 仕立て屋オーゲルのフランコ親方は、俺が店先から覗き込むとすぐ、気さくに話しかけてきた。

 白髪交じりの黒髪の中老男性。ドワーフかと思うようなずんぐりした体型だがヒューマンだ。

 仕立て街というと、貴族もよくやってくるような場所なので、折り目正しく礼儀礼節もばっちりといったお店も多いのだが、フランコ親方は豪快な職人気質といった感じで、肩肘張らない付き合いやすい人だ。

 俺のイメージに合わせるために何度か無茶な注文をつけたスーツを作ってもらったりもしているが、そういう無理を受け入れてもらえるのも親方の性格ゆえだろう。

 手土産を渡しつつ、早速本題にはいる。


「仕立て屋ブラウンズってあるでしょう? プラタナス通りにある」

「おう、そりゃわかるぞ。なんだ、そっちに注文出すつもりか? やめとけやめとけ! お前の変態オーダーなんか聞いてもらえないお堅い店だぞ!」

「変態オーダー言うなよ! それを受けてる親方は変態職人ってことになるぞ」

「がっはっはっは! おもしれえな、それも!」


 俺の文句も豪快に笑い飛ばされてしまう。

 気持ちの良い人ではあるが、貴族や富豪商人相手にもこの対応で商売してると思うとなかなかすごいことだ。

 アスワックス共和国という名前から分かる通り、この国は共和制で貴族といっても別に好き勝手強権を振るえる立場でもないので、無礼討ち斬り捨て御免とはいかない。

 とはいえ金と力はあるので、庶民から見たら怖いことは怖いわけだ。

 そこをいくとフランコ親方はこんな態度ではあるが、その腕前でそういう人たちも納得させているのだろう。

 親方自身の服装は、ジャケットを脱いだベストとパンツのスタイルだが、しっかり体型に沿っており皺が少なく隙がない。素人目にはどんなレベルの仕事かは語れないが、かっこよくキマっていることだけは確かだ。

 見る人が見れば良い職人だとわかるわけだ。


「ブラウンズで下職をやってるケルビンって男がいるんですけど、わかります?」

「あー、ケルビン……ケルビンか、あー知ってる知ってる。うちの下職も前にやってもらったぜ」


 若干、曖昧で不安になる言い方だが、この人はだいたいなんでもこんな調子なので、知っていると言うなら参考にはなるはずだろう、たぶん、おそらく。


「どんな人でした?」

「どんなってお前、ありゃあ……下職としちゃ優秀だったが、つまんねえやつだったな」

「つまらない……」

「遊びがねえんだあな。とにかく真面目で、針にも性格が出てたぜ。まっすぐ四角は得意だが、どうも余裕が無いんだ余裕が」


 親方が遊び心ありすぎる人なのでどの程度なのかはわからないが、あまり遊び好きな印象では無さそうだ。

 そんな男が浮気なんてするのか……とも思うが、真面目な人間だからこそ、ちょっと水商売に引っかかった途端にズブズブと深みにハマるなんて可能性もある。


「なにか悪い遊びを覚えたとか、悪い友達が出来たって話は聞いてます?」

「どうだろうな、聞いたことはないが……ああいや、待てよ」

「なにか?」

「ケルビンに限った話じゃないんだがな、このところ仕立て街の若手が商業区のほうに頻繁に行くようになったって話は聞いたぜ」


 仕立て街は山の上、シェルウェイ内では高級住宅街と呼べる区域にある。

 対して商業区と呼ばれるのは、山を下って海寄りにある。鉄道駅や港に近く、大量のヒトとモノが行き交う場所だ。

 大きな市場もあり、商店も集中しているため、言葉通り、この町の商業の中心地となっている。

 客層も庶民から貴族まで区別なく人種も問わず、そのためトラブルも尽きない場所なので、俺の同業者も結構商業区を拠点としている奴は多い。

 そんなカオスな商業区なら、下働きの旦那の小遣いでも遊べる店はたくさんあるだろう。


「夜遊びが悪いとは言わねえけどな。むしろそういう楽しみも職人として必要なこった」

「職人としてですか?」

「仕立て屋は客の注文に合わせた服を作るのが仕事だ。お前みてえな変人でも、金さえ払ったら言われたとおりに作って納めてやる」

「ちょいちょいこき下ろしてくるな本当」

「だからあまり感じないかもしれないが、仕立てにも個性というか芸ってのはあるもんでな。素人目には大差ないように見えても、意外と違いがあったりするわけよ」

「はぁー、なるほど?」


 あまり意識したことはなかったが、出来上がりが良いか悪いかというだけでなく、良い物の中でも個性があったりするわけか。


「別にその芸を客にも理解しろとは言わないがね。しかし、理解できなくても感じ取れるものってのはある。そこいくと、遊びを知っているのと知らないのとでは、芸の差が出てくるわけだな」

「その話から行くと、ケルビンは芸がちょっと乏しいと?」

「そうだなぁ、まだ若いんだしこれからだとは思うが」

「……なるほど、ありがとうございます。参考になりました」

「おう、また来いよ。今度は普通の注文しな!」

「またいつものスーツ頼みに来ますね」

「普通のだっていってんだろうが!」


 親方の怒鳴り声に追い出されて、他の仕立て屋に聞き込みに行く。

 ただ聞き込みは三件ほどでやめておく。あまり人に話を聞いて回ると、話が職人の中で回ってしまうだろうから、ほどほどにだ。

 他の店で聞いた限りでも、フランコ親方の言っていたのとほぼ同様の話を聞くことになった。

 ケルビンは相当に真面目な男で、そういう意味でそれなりに信用されているらしい。

 そして、他の店も若手が最近、商業区の方で夜遊びしているという話は出ているみたいだ。

 聞き込みを終えた後は、路地や物陰を確認したり、仕立て街の周辺をよくよく調べていく。

 ひとまず怪しい人間などは見当たらない。貴族も頻繁にやってくるようなエリアは警備兵の巡回などもあったりするので、良からぬ輩はそうそう現れない。

 その代わりというわけではないが、狭い路地に入ってみると、壁にべたべたと大量のチラシが貼られている場所があった。

 ちょっと怪しく見えてしまうのは前世の感覚なのか、街中のいたるところに当たり前にこうしたチラシゾーンがあり、頻繁に新しいチラシが貼られているみたいで真新しい物もちらほらと見つかる。

 最近貼られたらしいチラシを確認してみると、商業区のバーやキャバレー、ホステスバー、さらに娼館なども貼られていた。

 書かれている通りならお値段も安いところは結構ある。が、ぼったくりは普通に横行しているのでどこまで信用できるか。

 こういうチラシは一部を切り取れるようになっていて、そのちぎった切れ端には店への行き方が書かれている。

 一応、若手職人が行きそうな店のチラシをいくつかちぎっておく。別に俺が通うわけではないよ、と心の中のクロエに断っておく。

 あとは夕方まで時間を潰して、仕立て屋ブラウンズの裏手を見張った。

 ケルビンの人相は奥さんから聞いてあるので、後は彼が出てくるのを待って尾行だ。

 日もとっぷり暮れた頃に、数人の若い男が裏口から出てくる。

 その中に、お目当てのケルビンが混じっていた。

 金髪でひょろっと背が高いヒューマン。顔立ちもなんというか、すごく真面目そうだが整った顔立ちでなかなかのイケメンである。ただちょっと前傾というか猫背ぎみなのは職業病なのか本人の癖なのか。

 若者たちは二、三なにごとか言葉を交わすと解散して、それぞれの方向へ歩き出した。

 俺はケルビンの後を、少し離れてついていく。

 物陰に隠れたり、箱を頭からかぶったり、なんてことはもちろんしない。普通の通行人として歩いていくだけだ。変な行動をしたら逆に周囲から注目されてしまう。

 特に気付かれる心配もなく、ケルビンは普通にアパートメントに入っていった。そこは事前に奥さんから聞いていた彼らの自宅の住所に間違いなかった。

 少し待っても再び出てくるようなことはなかったので、今日のところは何事も無しかな。

 こういう調査での空振りはよくあることなので、いちいち気にしたりはしない。

 依頼者からするとあんまり空振りで無意味な金を払うことになると気分が悪いとは思うが、その点はさすがにこちらの落ち度とされても困ってしまう。

 この尾行を数日続けて、何事もなければその時点で奥さんに続行するかどうか打診することにしよう。

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