探偵といえば
注文していた服が出来上がったという知らせを受けて、俺は朝イチで仕立て街に飛んで行き、商品を受け取ってきた。
受け取りのときにもサイズなどを見るために試着はしたが、家に帰ってから改めて、出来立て新品の服に袖を通す。
その服というのは、トレンチコートだ。
と言ってもこっちの世界に同じ名前のコートは存在していないので、形状などはすべて俺から注文して作ってもらったものだ。
そういえば、今世ではスーツも俺の思っているよりジャケットの裾が長かったり、結構形状が違っていたので、あちこち注文をつけて変えてもらっている。
「おおお……我ながらなかなか良いんじゃないか?」
姿見の前に立って腕を動かしたり、ポーズを決めたりして、具合を確かめる。
スーツにトレンチコートでビジネスマンっぽくなるかとも思ったが、思ったよりもハードボイルド風な仕上がりについつい頬が緩む。
「コーヒー入れたわよ」
そこにマグカップを持って現れたクロエが、眉をひそめる。
「なにそのコート、見たこと無い形してる」
「フフフ、お察しの通り特注品だぜ……どうだい、キマってるだろう?」
「何その変な喋り方。カッコいいとは思うけど……いくらしたの?」
「……四桁」
「はぁ……またそんなムダ遣いして」
「無駄じゃないって! こういう押し出しの利く服があると仕事にも役立つんだって!」
「確かにどことなく軍服っぽい感じで強そうには見えるわね」
「でしょ? それに注文した時に前金で払い終わってるから……五年前に」
「五年も待ったの?」
「色々と普通にない注文をつけた手前、急かすこともできなくてさ……」
仕立て服というのは、手仕事なのだから当然時間のかかるもので、数ヶ月待たされるなんて当たり前だったりはする。
作りのしっかりしたコートを頼んだ上に、オリジナルの要素が大量に盛り込まれているわけで、一年、いや二年くらいは待つかもしれない覚悟はしていた。
それがまー伸びに伸びて、注文していたことを忘れかけた頃に完成したと聞いて、俺が朝早くから急いで受け取りに行ったのも当然と言えるだろう。
正直、値段を聞いた時はだいぶビビったのだが、ちょうど仕事が軌道に乗ってわりと余裕が出始めていた頃で、思い切ってそのまま頼んでしまったのだった。
運良くそのまま順調に行って現在も十分に稼げているが、もし貧乏していたら完成後、即質入れになっていたかもしれない。
「とりあえずほら、コーヒー」
「ああ、ありがとう」
受け取ったマグカップを口元に持っていく……のに、手がプルプルと震える。
まだ熟れてないコートの袖が固くて肘が曲げにくいのに加え、精神的にも「こぼしたらウン十万円のコートが汚れる」という緊張で体が思うように動かない。
仕事着のスーツもそこそこ金はかかっているのだが、このコートはさらに一回り上なので怖くて仕方がなかった。
「……まだコートを着るには暑い時期だし、とりあえず仕舞っておくか」
それなりに稼げるようになったものの、前世からの庶民感覚はなかなか抜けないものだ。
俺は一旦マグカップを置いてコートを脱いで、自分で木を削って作った特製ハンガーとスタンドにかけて部屋の隅に置いておく。
今世にはまだハンガーも存在しておらず、吊るして収納するクローゼットなども無かった。
「ズズズ……ふぅ、いやぁでもようやく探偵らしくなったなぁ」
「探偵なんて保安官と似たような仕事でしょ? ルイスの探偵のイメージってどうなってんのよ」
「ああ、前世では探偵といえばなぁ……」
ちなみにクロエには前世の記憶を俺が持っていることは話している。それをどの程度信じているのかはわからないが、今世の常識とかけ離れた話が出てくることははっきりと認識していると思う。
「隠されている犯罪の秘密を暴いて事件を解決する天才的なイメージだな。それでいて悪人が襲いかかってきても撃退できるほど腕っぷしも強い」
「そんなスゴイ人間がたくさんいたの?」
「たくさんってほどではないけど、それなりには居たかな」
創作の中にだけど。
「本当は鹿撃ち帽とパイプとインバネスコートのほうが本家本元のイメージなんだが、俺はタバコ吸わないしな。刑事モノとかハードボイルドなほうが印象に残ってるからトレンチコートにしたんだ」
「けいじものってなによ?」
「あーそうだな、保安官と似たような仕事なんだが、もっと大勢の人間がいる組織でさ」
「それって軍隊とは違うの?」
「軍隊と違って武装は最低限しかしてないんだ。普段は鎧とか着てなくて、それこそ俺のこのスーツとコートみたいな格好でね」
「あなたの前世って魔法も無い世界だって言ってたわよね? 魔法防御も無くそんな無防備な格好で犯罪者と戦うなんて危険じゃない」
「それはー……確かに危険だな、うん」
別にいつでも戦いになるわけではないけども、逆上した犯人が襲いかかってくるなんてことも無くはない話だ。
警察にも銃や防弾チョッキなどはあるけど、それも常に身につけているわけではないし、実際危険な仕事だと思う。
危険だからこそ、ドラマなどにもなるし、格好いい姿で描かれるのだろう。
「フフ、強くて格好いい男の傍には常に危険がつきまとう……ってところかな」
「高いお金出してまで自分から危険な格好してるのはただのバカだと思うけど」
「ぐっ……おっしゃるとおりで」
ご同輩の探偵や警備兵たちはもう少し軍装っぽい格好をしていて、胸当てを着けたり剣や槍を携行していたりする。
俺自身が魔法使いだから軽装でも問題なく戦えるのだが、見た目のイカツさなら他の探偵たちのほうが上だろう。
そこまで考えたところで、はたとあることに気付いてしまう。
「もしかして、俺の格好いいスーツはむしろ押し出しが弱い……?」
「今更気付いたの? どう見ても貴族みたいなおしゃれ着じゃない。そのまま夜会に行けそうな感じ」
「だからスラムの不良どもにもよく絡まれるのか……!?」
いや、前からおかしいとは思っていたのだ。
他の探偵たちと話していたら、スラムで襲われることなんてめったに無いと言っていたのに、俺はスラムに行くたびにケンカを売られてしまうのだ。
毎回返り討ちにしているから余程恨まれているのかと思っていたのだが、弱くてカモに見えていただけだったのか。
「でも探偵と言ったらこの格好なんだよ……鎧とか重くて着たくないし」
「ルイスならそれでも大丈夫だからいいんでしょうけど……」
剣や槍にしても軍で練習させられたけど、ほとんど身につかなかったので持つだけ邪魔だ。
「お洒落はやせ我慢って言われてたしな」
「誰の言葉なの」
「わからん」
クロエのジト目を受け流しつつ、甘めのコーヒーを啜る。
その時、来客を告げるベルが聞こえてきた。
俺はスーツの襟を整えて玄関に向かい、覗き穴から外を見る。
三〇代と思しき獣人の女性で、なにやら眉根を寄せている。
「いらっしゃいませ、ルイス・ロイス探偵局へ」
「夫のことを調べて欲しいんです」
ドアを開けて声をかけるなり、女性が発した第一声がそれだった。
声には抑えきれない怒りが滲んでいる。
これは浮気調査かなぁ。
「お話は中で聞きますね。どうぞこちらへ」
いくら格好から入ろうとも、華麗に事件を解決する名探偵への道は遠いようだ。