収奪の魔眼
出入り口は塞がれ、三方から囲まれた状態で相手の一人は魔法使いという、なかなかピンチの状態に陥ってしまった。
ファンタジーなこの世界においても、魔法使いというのは特別な存在だ。
まずどの程度の魔力を扱うことが出来るか、生まれつきの素養が大きく関係してくる。そしていくら魔力を持っていても、それを操るには修練が必要だ。
今目の前で、手から炎を出して見せている狐人のジリ。彼自身はどうも高度な教育は受けているとは思えないが、それでも魔法を使えているということは、魔法を使える師に付いて学んだということになる。
誰だよこんなバカに魔法を教えた迷惑なアホは……。
「二万ラニーなんていまの持ち合わせじゃ足りないな」
「だったら持ってる分だけ全部置いていきな!」
そんなことを言っている間に、ダリがじりじりと俺との距離を詰めてくる。
自分で自分を怪力のダリと言っていたが、果たして本当にどれくらいの力があるのかわからない。だが、たとえ非力だろうと組み付かれでもされたら面倒だ。
あと一歩の距離まで近付いてきたところで俺は自分からダリに向かって踏み込み、小さいジャケットの襟首を掴みながら足を引っ掛けた。
「ぬがっ!?」
短い声と共にダリはすっ転び、ドシンと背中から倒れた。受け身なんてまったく取れておらず、後頭部を思い切り打ち付けて悶絶する。
「てめえ!? やりやがったな!? <フレイムアロー>!」
ジリが右手の炎をこちらに向けて呪文を叫ぶと、ゴウと炎が強まり、矢のような形にまとまっていく。……のだが、
「……遅いなぁ」
炎の矢がきちんと出来上がるまで十秒以上の時間がかかった。
その間に俺は右手で目を塞ぎ、
「起動――<収奪の魔眼>」
再び目を開くと、俺の視界には普通の視野と重なるように魔力の世界が見えていた。
魔法使いであれば魔力を肌感覚で感じ取ることはできるし、視覚を強化して魔力を見えるようにする魔法というものもあるのだが、普通なら魔力は目に見えるものではない。
それを見えるようになるというのが、俺が転生した時から持っている能力のうちの一つ……のおまけ部分だ。
魔眼を通した見えている視界には、ジリの右手に魔力が集まり、魔法の組成を組み上げて炎の矢という結果を生み出す過程がはっきりと見て取れた。
俺の目には魔力による糸が編み物のように組み上がっていくように見えているのだが、この魔力の編み方が、個人個人でかなり違ってくる。
魔力編みがキレイで早いほど、魔法使いとしての腕前も高いと言える。
ジリに関しては言うまでもなく、非常に魔力編みが雑で汚い。魔法として発動できているのが不思議なくらいだ。
「くらいやがれ!」
ようやく編み上がった魔法がジリの手を離れ、俺に向かって飛んできた。いくら拙い魔法とは言え、黙って直撃すればそれなりに危ないはずだ。
俺は目に魔力を集中して、魔眼の本来の能力を呼び起こす。
「<デプリデイト>!」
そう唱えた俺の目は青白い光を放った、はず。自分からは見えないので、人から聞いた話だ。
次の瞬間、俺に向かって飛んでくる炎の矢を構成している魔力の支配権が、すべて俺のモノになった。
右手を上げると炎の矢はするりとこちらの手の中に入ってくる。
「な、なにが起きた!?」
「フ……お前の魔力を奪っただけだが?」
「はぁ……!? なんだそりゃ、訳が分かんねえぞ!?」
魔法を別の魔法で防がれるのではなく、まるっと乗っ取られるという経験は、おそらく俺と出会ったことのある魔法使い以外には皆無なはずだ。
魔力を奪う魔眼。対魔法使いにおいてこれほど強力で厄介な能力は無いだろう。
こんなチート能力を転生した時から持っておいて、無双もハーレムも出来なかった俺は運がいいのか悪いのか。
「よーし、こいつは返すぞー自分で撃った魔法なんだからしっかり防御しろよー」
「は? ちょ、待て待て待て! いまから防御魔法を組むから……」
手の中の炎の矢の魔法組成を一部だけ編み替えて……編み替え……編み……元が雑すぎて上手く編めないじゃないか。
どうにか自分の魔力を加えて魔法組成を追加し、それをジリに向かって投げ放った。
「はいどーん」
「うおおおお!?」
奥の部屋へと慌てて逃げていったジリを、炎の矢はノロノロとゆっくりしたスピードで追いかけていった。
背後から微かな音と共に空気の動く気配を感じて、俺は振り向きながら状態を沈めるようにその場に屈んだ。
ひゅんと空を切る音が頭上を通り過ぎる。
「チッ……」
いつのまにか背後に近付いていたゼフラが空振りしたナイフを閃かせながら舌打ちをする。
俺は床に倒れる寸前まで下がった体を跳ね起こすようにして、勢いをつけて飛び上がりつつナイフの柄を蹴り上げる。
ゼフラの手を離れたナイフは、そのまま天井板に突き刺さった。
「ぐっ……クソ!」
続けて回し蹴りを放ったが、するりと飛び退いて躱された。
距離が離れたところで追撃はせず、俺は猫の入ったカゴを取り上げた。今日の仕事はチンピラ退治ではなく猫探しだ。
「まったく、欲張らずに小金稼ぐだけに留めておけば平和に交渉成立したってのに」
「ケチな稼ぎじゃ、このスラムから抜け出すことなんて出来ないんだよ……」
「ぎゃあああ!?」
奥の部屋からジリの悲鳴とバタバタと暴れるような音が聞こえてきた。床に転がって火を消そうとしているのだろう。
ゼフラに睨まれながら、俺はカゴを持って店(?)を出ていった。
魔導馬は高級品だ。こんな場所で放置するような真似をすれば、あっという間に盗まれるだろう。
魔力を使えなければ魔導馬も動かすことは出来ないが、だから安心とはいかない。動かせないならパーツをバラして持って行くというのがスラム流だ。
そのため川をまたいだ住宅地に停めてあった。
そこに向かうまでの途中、改めてカゴの猫を見てみる。
俺の手に揺られているというのに、だらっと呑気に寝そべっている。
写真と見比べても、その毛の長さや顔立ち、首輪にぶら下がった星のチャームも、間違いはないだろう。
チンピラと一波乱あったとはいえ、これで無事依頼は終了だ。
結果的には普通の猫探しの範疇で終わり、どうにも肩透かし感が否めない仕事だった。
「やぁナーマン、わざわざ軍からの依頼で捜索しに来たんだが、お前さんは一体どんな大物なんだ?」
先程のジリの言葉、人語と喋る猫というのを思い出し、そう話しかけてみる。
とはいえ獣人ならともかく、こんな普通の猫が喋るわけが……、
「おお、なんだ軍の関係者か。それならそうと早く言ってくれたまえよ」
「しゃべったあああああああ!?」
驚きのあまり、取り落としそうになったカゴを慌てて抱えるようにしっかりと持ち直す。
「おっとっと気をつけてくれ」
「な、なん……あんたは一体……?」
「聞いていないのか? 吾輩はナーマン教授。軍事魔法の研究者だ」
だいぶ渋い、老人のような声で、猫がそんなふうにのたまう。
「なんだそりゃ? どうして猫が教授に……」
「この体は依代でな。本当は……いや待て、君の所属と階級は?」
「元特殊魔法士隊、いまは退役して私立探偵だ」
「ほう、あの変人部隊の……だが今は部外者か。それでは詳しいことは話せないな」
猫にまで変人部隊って言われるのか。
「ところで、なにか食べる物は持っていないかね? あの連中ときたら日に一度、少量のパンしか寄越さぬものだから腹が減っていてな」
「食べ物……食いかけの焼き魚サンドイッチならあるけど」
昼に屋台で買った焼き魚サンド、味はいいんだけどボリュームがありすぎて半分くらい残してしまった。昔は無理すれば全部食えたんだが……。
「焼き魚は好かん。ビーフサンドイッチは無いのかね?」
「グルメな猫だなぁ……」
その後、大佐のところへ猫を届ける前にマーケットに寄ってソルトビーフサンドイッチ玉ねぎ抜きピクルス多めを買っていくことになった。