炎の狐団
シェルウェイという街はおおよそ三つのエリアに分けられる。
埠頭や桟橋、倉庫などの集まった港湾部。
そこから少し内陸側、倉庫街から積荷を運ぶのに不便の少ない距離にある鉄道駅、およびその周辺の商業区。
そしてそれよりさらに内陸、少し山がちで坂の多い居住エリアだ。
居住エリアの中でも、西寄りにある山のほうにかつての領主館があり、その周辺には高級住宅地が集まっている。俺の住むアパートメントはこの山側、坂の途中にある。
ちなみにアパートというと前世では二階建て程度のイメージだったが、五階建てのそこそこの大きさの集合住宅になっている。
山から見て東側は一般的な市民が多く暮らすエリアだ。そちらには大きな川が通って海の方に流れ込んでおり、川の両岸にはかつては畑が広がっていたらしいが、いまはすべて住居で埋め尽くされている。
さらにその川を挟んで東西では少々、住民のタイプが異なり、西は庶民、東は多少言葉を選んで言うなら貧民が暮らしている。
灰月通りというのは、その貧民街にある通りの一つだ。
通りといっても馬車や魔導車の入れないくらいの路地で、そこにさらにいくつかの露店が並んでいるのでかなり狭い道だった。
「……ふむ」
通りに入った途端、複数の視線が俺に集まり、そしてすぐに逸れていく。突然紛れ込んできた異物に対する、ごくありきたりな反応だ。
露店に並んでいる品はパッと見は酷いもので、ゴミから漁ってきたと思しき小汚い日用品などがズラリ。
ただ、中には見るからに高級そうな金銀の細工や、魔道具と思しき品もある。おそらく、というか高確率で盗品だろう。
ひとまず見渡した限り、猫やその他の動物を売っている露店は見当たらない。
あとは通りに面したどこかの店で売り出されているかもしれないが……問題は、一般的な商店のように看板などを出したりはしていないということだ。
どれも普通の一軒家に見え……いや、普通ではないな。大半の窓はガラスが割られて吹きさらし、もしくは板を打ち付けて中が見えないようになっている。壁もあちこちペンキを塗りたくられた落書きだらけだ。
ボーッと見ていてもしょうがないので、さっさと通りに踏み込み、とりあえず道端に座り込んでいる男に声をかける。
「炎の狐団ってのはここにいるかい?」
「……」
返事はない。こちらをしっかり見上げているので気付いていないわけはなく、ただ無視しているのだろう。
仕方がないので諦めて別の奴に同じように尋ねるものの、やはり完全スルーされたり舌打ちされたりという対応がしばし続いた。
ただ、そんな虚無聞き込みをしていると、通りにある建物の一つから、人影が出てくるのが見えた。
それは三人の獣人。全身を毛深い体毛に覆われ、顔だちも動物のそれに近く鼻先のマズルは突き出している。この世界では動物に近い種から人に近い種まで、様々にいるので一口に獣人といっても見た目は千差万別だ。
ヒューマン種からは、見ただけではわかりにくいがおそらく若い。
一人は狐人だろうか、赤茶色の体毛に覆われた体に小さめのジャケットと短パンという格好で、尖った耳には複数のピアスをジャラジャラと付けている。
もう一人は狸……いや、アライグマ……ハクビシンかもしれない、とにかくそのへんの獣人っぽいのでとりあえず狐と一緒にいるし狸人ってことで。こちらも素毛皮の上に小さいジャケットを着ている。
最後は女性。スラリと細身の猫獣人で、こちらもシャツもなにも着ていない体毛の上に小さなジャケットを付け、短パンを履いている。体毛があるから肌色が見えているわけではないのだが、その格好はさすがにセクシー過ぎる気がする。
三人ともお揃いの格好をしていることから、同じグループなのだろうことはひと目で分かる。
先に立って歩いてきた狐人が、俺を睨みながら声を張り上げる。
「おう、そこのオッサン! 俺達を探してるみたいだな!」
「声デッカ……お前らが炎の狐団か?」
オッサン呼びに少々傷ついていることは顔に出さず聞き返すと、三人は俺から少し離れた位置で立ち止まり、
「俺がリーダー、火炎使いのジリ!」
「俺は怪力のダリ!」
「そして私は俊足のゼフラ!」
それぞれ順番に名乗りを上げると、バッと斜に構えたようなポーズを決め、
「三人揃って、炎の狐団だ!」
「ヒュー!」
「やったぜ!」
「いいぞバカども!」
それまで俺が何を言っても静かに座っているだけだった通りの連中が、一斉に手を叩き、口々に囃し立てた。ちょっとバカにしてるやつも混じってなかったか。
とりあえず俺もパチパチと手を叩いておく。
「おー……おひねりでもやったほうがいいか?」
「大道芸人じゃねえぞ!? だがくれるってんなら貰っておくぜ!」
一ラニー硬貨を投げてやると、ジリと名乗った狐人は律儀に受け取ってポケットにしまう。
「おいおいマジかよ、これ毎日やってりゃ金持ちになれるんじゃねえか?」
「バカね! そうやって稼ぐ奴を大道芸人って言うんだよ!」
「痛っ!? 叩くこたねえだろ!」
頭をはたかれたジリが抗議するのを無視して、ゼフラはこちらを見る。
「で、オッサンはなんの用だい?」
「珍しい猫を売ってるって話を聞いたんだが、どんな猫なんだ?」
「お、あれの話か? へへへ、聞いて驚けよオッサン。なんと、人の言葉を喋る猫だ!」
「喋る猫……」
言われた瞬間、ゼフラのほうに目線がいきそうになったのを堪える。
獣人に対して、元の動物扱いするというのは失礼な話になる。人間を猿扱いするのと一緒だ。
「あ、言っておくがゼフラが売り物なわけじゃねえぞ!」
「当たり前だろ! 一言余計なんだよ!」
「いってえ!?」
今度はゲンコツで殴られるジリ。このようになるので失礼な言動は控えよう。
しかし喋る猫か。探している猫、ナーマンの資料にはそんなことは書かれていなかったが、実物を見てみるまでは当たり外れがわからないな。
「興味があるね、見せてもらえるかい?」
「おう、こっちだ! ついてきな!」
意気揚々といった感じで先導するジリについていくと、ダリが俺のすぐ横、ゼフラが後ろに回ってくる。
間抜けなやり取りをしていたわりになかなか、しっかりした警戒をしてくる。いや、抜けてるのはジリだけか。
「オッサン、猫の話はどこで聞いたんだい?」
そんな事を考えていると、ゼフラがじっと俺を睨みながら訊ねてくる。
「情報屋からだ」
「どこの誰?」
「それを漏らすわけがないだろ」
「フン、それもそうだね……」
ジリがドアの外れた建物の中に入っていく。外から見た限りはただの一軒家で、他の建物と同じように窓は割れっぱなし、落書きだらけだ。
屋内も酷い有様なのは同じで、壁や床板がところどころ割れている。紙袋や空き瓶といったゴミがテーブルの上や部屋の隅の方に溜まっているし、全体的に埃っぽい。
「そこで待ってな」
ジリが一人で奥の部屋に入っていき、ダリは相変わらず俺の横、ゼフラが扉の無いドア枠に寄り掛かって出入り口を塞ぐ。
「こいつがその猫だぜ!」
すぐに戻ってきたジリが、テーブルの上のゴミを適当に払って床に落とし、空いたスペースに金網でできたカゴを置いた。
カゴの中には確かに一匹の猫が居た。長毛種で、一見すると写真に似ている気がする。首輪もつけているのだがうつ伏せになっているため、チャームがついているかどうかは見えない。
「ほら、なんか喋ってみろ!」
「……ニャー」
「おい、違うだろうが! こないだみたいに言葉を喋るんだよ!」
「グルルル……」
ジリがカゴをガンガンと叩くと猫が煩わしそうに耳を動かして唸る。
「……喋らないな」
「いや、本当に喋るんだって! 捕まえた時にはペラペラ話してたんだよ!」
さらにガタガタとカゴを揺らされた猫は「フシャアアア」と怒りながら起き上がる。
星型のチャームがぶら下がっているのがはっきりと見えた。
「……で、この喋らない猫はいくらだ?」
「お、おう、一万ラニーだ!」
「それはまた、吹っ掛け過ぎだろ……」
「喋る猫なんだからそれくらい払ってもいいだろ!」
「でも喋らないしなぁ。見た所毛並みは良いが、ただの猫だ。せいぜい百ラニーがいいところだな」
「そいつぁあんまりだ! せめて九千!」
「まずスタートの桁が間違ってるんだよ……交渉になってないぞ」
「え、ええと、じゃあそのぅ……」
ジリは助けを求めるように仲間に視線を送る。
するとゼフラが溜息を一つ吐き、
「ただの猫だなんていうくせに、値段交渉しようとするってことは……そいつを手に入れたい事情があるんじゃないのかい?」
おっと、気付かれてしまったか。
「だとしたら?」
「二万ラニーよ。交渉はナシ。払えないっていうんなら……」
ニヤリと笑ったゼラフは、腰からスルリとナイフを抜き出した。
それを合図とするようにジリとダリも身構える。二人は武器は持っていないようだが、ジリが右手を掲げると、その手の中にボウと炎が燃え上がった。
「ハッハァッ! どうすんだオッサン!」
さて、どうしたものか。