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第32話『真の勇者を決める戦い 前編』


 その翌日。俺たちは城の中庭へと足を運ぶ。


 そこにはクラス委員長の(てん)を筆頭に、クラス役員の皆がすでに揃っていた。


 周囲には無数の騎士たちが俺たちを見守るように立っており、一段高い場所には国王陛下とカナンさんの姿も見える。


高木(たかぎ)、逃げずに来ただけでも褒めてやるぜ」


 昨日と同じ赤い鎧を身にまとった天は、他のクラス役員たちの先頭に立って、自信に満ちあふれた声を上げる。


 一方、俺の背後に隠れるようにしている(たちばな)さんは自信なさげだ。

 正直、俺も心臓がドキドキしていたけど、それを悟られないように必死だった。


「二人とも、頼むよー。希空(のあ)さんの運命もかかってんだからねー」


 その時、わずかに声を震わせながら希空が言い、俺たちの手を握ってきた。

 次の瞬間、ほのかな虹色のオーラが俺たちを包み込む。


「え、ちょっと希空」


 思わず声をあげるも、彼女は口元に指を立てたあと、俺たちにしか聞こえない声で『保険』と呟いた。


「ほーれ、頑張ってこーい!」


 打って変わって笑顔になった希空に背中を押され、俺たちは天たちの前に立つ。


「女に励まされないと前に出られないのか? 国王陛下、そろそろ始めてよろしいでしょうか」


 小声で俺を皮肉ったあと、天は壇上の国王陛下に問いかける。


「そうだな……皆の者、準備は良いか?」


 会場全体を見渡しながら投げかけられた言葉に、俺たちは頷く。


 最後の一人になるまで戦い、真の勇者を決める……なんて言ってはいるものの、彼らはパーティーを組んでここまでやってきたようだし。俺たちを集中的に狙ってくることは容易に想像できた。


 それは橘さんにも伝えてあるし、それなりの対策も考えてある。


「それでは……始め!」


 ややあって、国王陛下の声が高々と響き渡った。

 俺たちの間に流れる空気が、一瞬にして緊張したものに変わる。


 天は無数の剣を操るスキルで、新田(にった)さんは召喚術、井上(いのうえ)さんは各種属性魔法、佐々木(ささき)さんは回復魔法がそれぞれ使えたはずだ。


 ……この世界にやってきてすぐ、俺たちは彼らのスキルを一通り見ている。

 その一方で、彼らは俺たちのスキルの詳細を知らない。


 つまり、開幕が勝負の分かれ目になる。

 俺と橘さんは瞬時に目配せし、右手を重ねる。


 ……次の瞬間に閃光と衝撃波が走り、俺たちは合体した。


「……!?」


 突如として姿の変わった俺たちを見て、天たちは一瞬うろたえた。俺たちはその隙を見逃さない。


『あの四人との距離はだいたい10メートル。フォトン・ブレイズの射程圏内。防御魔法の展開はなし』


「ありがとう。威力は中程度で、気絶させる程度に……!」


 橘さんから情報を得た直後、俺は彼らに向け光弾を飛ばす。


 四人はそれぞれ、高速で飛来する光弾を避けようとするも……自動追尾能力のついたフォトン・ブレイズからは逃れられず。井上さんと佐々木さんが光に弾かれるように地面に転がった。あの二人は脱落と見ていいだろう。


「ちいっ……!」


 その一方で、寸でのところで巨大な剣を盾にした天と、その背に庇われた新田さんは無傷だった。


「な、何よ今の……遠距離攻撃なんて聞いてないわよ! いでよ、ティアマット!」


 顔面蒼白の新田さんがその右手で魔法陣を描くと、それは一瞬で巨大化。そこから深緑色の巨大なドラゴンが姿を現した。


 以前、オルティス帝国の召喚の間でも見た竜だ。


『ティアマット。竜族の上位モンスターだね。麻痺効果のあるブレス攻撃が怖いけど、ここだと自分たちにも被害が出るから使わないと思う』

「ありがとう。防御面は?」


『硬いウロコは脅威だけど、両足は比較的柔らかい。動きも遅いから懐に飛び込めればなんとかなるよ』

「わかった。やってみるよ」


 続く橘さんの説明を頭に入れながら、俺はライトニングギアを発動した。


 これはライオットソード装備時専用のスキルで、一定時間超高速での移動を可能とするものだ。一度使用するとしばらくリキャスト時間があるのが欠点だけど。


 俺は一瞬でティアマットに肉薄すると、目にも留まらぬ速さでその両足を斬りつける。


「グアァァ……」


 神経の集まる足への攻撃が堪えたのか、ティアマットは苦しみ悶え、頭を下げてくる。

 それを見逃さず、俺は跳躍。その眉間に剣を突き立てた。


 直後に雷撃が巻き起こり、目の前の巨竜は光の粒子となって消え去る。


「うそ……召喚獣を倒しちゃうなんて」


 粒子をかき分けるように地面に着地すると、唖然とした表情の新田さんがそう口にした。

 以前のカナンさんの話からして、これでしばらくあのドラゴンは呼び出せないはずだ。


「くそっ……使えねぇやつだな。新田、下がってろ。俺がやる」


 ティアマットに対してなのか、新田さんに対してなのかはわからないけど……天はため息まじりに言って、俺と対峙する。


「お前ら、『合体』ってそういうことだったのかよ」


 赤と青の二つの巨大な剣に守られながら、天はせせら笑うように言う。

 あの剣、フォトン・ブレイズを防いでいたし、かなりの防御力を誇っているようだ。


「……ま、これでいい勝負ができるんじゃね?」


 そう言うと、彼は右手を斜め下へ薙ぎ払う。直後、攻撃を知らせるアラームが鳴り響く。


「……!?」


 見ると、俺の左上の空中にいくつもの剣が出現していた。


『高木くん、前に避けて!』


 橘さんが叫ぶように言うも、回避は間に合わず。俺は盾を出現させ、雨のように降り注ぐ剣をなんとか防ぐ。


「あっぶなかった……」


 地面に刺さった無数の剣に目をやると、それは光となって霧散していった。


「よく避けたな。これはどうだ?」


 天は続いて右手を斜め下からすくい上げる。

 すると再び警告音がし、今度は斜め下から無数の剣が飛んできた。


「……くっそ!」


 盾と反対方向からの攻撃に、俺は前転しながらそれを回避する。

 合体スキルの攻撃警告機能がなかったら、とっくの昔に貫かれて終わっていたかもしれない。


「そら! そら!」


 その後も、天は絶え間なく攻撃を続ける。

 それこそ上下左右から、幾度となく剣の雨が襲いかかってくる。


 まったく近づけない。なんて攻撃だ。


『右に薙ぎ払うと……その逆は……下からで……』


 そんな中、橘さんが何かぶつぶつ言っていたけど、今の俺に気にする余裕はなかった。


「このやろっ……!」


 無数の剣雨の間を見て、光弾を飛ばしてみるも……彼の周囲を守る剣の盾に防がれてしまう。


 先日の実績解除でチャージ時間が短縮されたとはいえ、現状チャージする時間すらない。このままだとジリ貧だ。


「はっはー、ゲームではお前に勝てなかったが、こっちの世界では俺のほうが上のようだな!」


 余裕を見せつけながら、天は上機嫌にそう口にする。


 あいつとゲームで直接戦った記憶なんてないんだけど、何を言ってるんだろう。


 その矢先、天が右手を振り下ろす。

 やがて降り注いだ剣を前方に駆けて回避した時、天が左手を突き出した。


「……うわっ!?」


 すると、俺の前方に無数の剣が出現した。回避行動中で方向転換ができず、やむなく盾を前面に出して防御する。


 なんとかその攻撃を防ぎきるも、エネルギーが尽きてしまったのか盾は消滅してしまった。


「ちっ……やったと思ったのに。防ぎやがったか」


 ……あいつ、左右の手で剣を操ることができるのか。


 盾もなくなったし、これは本気でまずいかも。

 俺が絶望的な感情に支配されかけた時、橘さんの声が頭に響いた。


『……うん。攻撃パターン把握した』



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