第31話『新たな勇者候補』
「まったくもう……どうして聖女降臨式の直後に……」
不満そうな声を漏らすカナンさんに先導され、俺たちは謁見の間へとたどり着く。
そこには式典時の賑やかさはなく、玉座に座って困惑顔の国王陛下と、彼と対峙するようにひざまずく男女の集団があった。
「……お父様、聖女様と、勇者候補様たちをお連れしましたわ」
カナンさんがよく通る声で言うと、ひざまずいていた彼らが一斉に顔を上げた。
……その顔は全員、俺の知った顔だった。
「……高木ぃ?」
そしてリーダーらしき彼も俺の存在に気がついたらしく、小馬鹿にしたような声を上げた。
いかにも勇者らしき赤い鎧を身にまとっていたものの、その性格は全く変わっていないようだった。
……彼は神宮寺 天。俺や橘さんのクラスの委員長で、この世界に来た直後、俺たちを追放するように仕向けた張本人だった。
「え? あの、お知り合いですか……?」
そのやり取りを不思議に思ったのか、カナンさんが俺と天を交互に見る。
「ええ、彼らは我々と同郷です。オルティス帝国から追放されたはずですが、心優しき国王陛下に拾われたようだ」
再び平伏しながら言うも、天は含み笑いを浮かべながら俺たちを盗み見ていた。
「あなたたち、追放されたくせに、勝手に勇者候補を名乗ってたの? お願いだから、天の邪魔だけはやめてよね」
その時、新田さんがため息まじりに言い、佐々木さんや井上さんがそれに続く。
「……別に、そんなつもりはないけどさ」
唐突に向けられた侮蔑の視線に耐えながら、俺は言葉を紡ぐ。
「俺たちだって、いつの間にか勇者候補と呼ばれるようになったんだ。自分から吹聴しちゃいないよ」
「ふん。陰キャのくせに口答えするのか」
俺のセリフが気に食わなかったのか、天が立ち上がりながらそう口にする。
「陰キャとか、関係ないと思うけど」
対する俺も、不思議と強気な言葉が出てきた。これまでの旅が自信をつけさせてくれたのだろう。
「はっ、言うようになったな。それで、橘さんとは合体したのか?」
続けてそう言って、いやらしい目で橘さんを見る。そんな視線から守るように、俺は彼女の前に出る。
「陰キャ同士、それなりに仲良くなったってか? ま、お前らのことはどうでもいい。俺たちの目的は聖女様だ」
失笑しながら天は言い、ゆっくりと希空もとへと歩いてくる。
そしてその場に膝をつきながら右手を差し出す。
「聖女様、お迎えにあがりました。ぜひとも我らとともに、魔王封印の旅へ参りましょう」
「うっせー、ばーか」
「……は?」
うやうやしい態度の天に対し、希空は明らかに怒りを露わにしていた。
「こ、これは手厳しい。勇者と聖女は惹かれ合う運命にあるのです。そう仰らずに」
「ぜんっぜん惹かれないけど? あんた、真の勇者じゃないんじゃない?」
「なっ……!」
希空の言葉の刃が、ザクザクと天の心を削っていた。
そんな彼の背後では、新田さんたちが唖然とした表情をしている。
「ちょ、ちょっと! いくら聖女だからって、言って良いことと悪いことがあるわよ!」
「幼馴染のとーやを散々貶しておいて、なーにが一緒に行きましょう……よ。絶対にイヤ」
先程の天の動きを大げさに真似したあと、希空は腰に手を当て、ウインクでもしそうな勢いで言い放った。
それによって天は呆け、その仲間たちはざわついていた。
「は、はは。まさか、高木と聖女様が知り合いだったとは。これはとんだ失礼を」
天は姿勢を正しながら取り繕うも、見てわかるほどに動揺していた。
先程俺をこけおどしたツケが、こんなところで回ってくるとは思いもしなかったのだろう。
「彼女の言う通り、聖女とともに魔王封印の旅をするのは真の勇者のみ。所詮、我らは勇者候補だ」
一度かぶりを振ったあと、天は続ける。
「そこで、この場で真の勇者を決めようと思うのですが、いかがでしょうか」
その言葉は俺たちではなく、国王陛下に向けられたものだった。
「オルティス帝国の勇者召喚の儀式で呼び出されたのは、この六名で全員です。そしてこの場には聖女様に加え、プレンティス国王陛下がいらっしゃる。是非とも、真の勇者決定の瞬間に立ち会っていただきたいのです」
天はさも当然のようにそう言い放つ。
「ううむ……確かに、伝承にも勇者は一人とあるな。そうだろう、姫よ」
「そ、そうですわね。聖女と勇者は二人で魔王封印に向かう……それがこれまでの歴史ですわ」
なんとも言いにくそうに、カナンさんが続ける。勇者オタクの彼女のことだし、その情報は間違ってはいないだろう。
「だが、どうやって真の勇者を決めようというのだ?」
「簡単なことです。候補者同士で戦い、最後まで生き残った者を真の勇者とすればいい」
「なるほど。そうなると、今この場でというのはさすがに無理があるな。明朝、城の中庭にて執り行うことにしよう」
「承知いたしました。……高木、逃げるなよ」
天はうやうやしく頭を下げたあと、俺を睨みつけながらそう言った。
それから仲間たちを連れて満足顔でその場から去っていく。
そんな彼らの背を見送ったあと、その場は解散となった。
俺たちはなんとも言えない緊張感のまま、客室へと戻ってきた。
「はぁ……まさか、ここにきて天たちが出てくるなんて。せっかく存在を忘れかけていたのに」
俺はソファに腰を下ろし、頭を抱えながらそうぼやく。
そんな俺に続くように、橘さんと希空もソファに座ってきた。
「あの自称勇者候補、とーやたちの知り合いなの?」
「ああ、うちのクラス委員長だよ。その後ろにいた女子たちも全員クラス役員で、俺や橘さんと一緒にこの世界に飛ばされてきたんだ」
「そーなんだぁ……あたし、クラス違うからよくわかんないけど、性格悪そうだったね」
「否定はしないよ」
希空の歯に衣着せぬ物言いに呆れていると、表情を曇らせる橘さんが目に入った。
「……明日、本当に神宮寺くんと戦うの?」
「国王陛下が認めちゃったからね。さすがに避けられないと思う」
「あたし、とーやがどんなふうに戦うのか知らないんだけど。なんかスキル持ってるの?」
「あるにはあるんだけど……俺と橘さんは二人で一人なんだ」
「どーいうこと?」
「説明するより、見せたほうが早いかな……橘さん、いい?」
「うん」
俺はおもむろに立ち上がると、橘さんに声をかける。彼女もわかっているのか、すぐに手を差し出してくれた。
次の瞬間、俺たちは合体する。
閃光のあとに現れた俺たちの姿を見て、希空は目を丸くしていた。
「すごい……とーやが女の子と手を繋いだ」
「いや、そこ?」
『あ、あれは違うし! 合体するための手段で、不可抗力なの!』
その反応を見て、橘さんが俺の中で叫ぶ。いくら大きな声を出したところで希空には聞こえないし、頭が痛くなるからやめてほしいんだけど。
「不可抗力とか言っちゃってー。彩音ちゃんもまんざらでもないんじゃない?」
『……あれ? 柊さん、わたしの声、聞こえるの?』
「へっ? 聞こえてるけど……?」
周囲を見渡しながら、希空は橘さんの言葉に反応する。本当に聞こえているようだ。
「彩音ちゃん、どこにいるの?」
『えっと、高木くんの中というか、なんというか。攻略本担当です』
「攻略本? とーや、あんた彩音ちゃんに妙なこと教えたんじゃ」
「何も教えてないから!」
ジト目で見てくる希空に、叫ぶように言葉を返す。
どうして彼女に橘さんの声が聞こえるのだろう。これも聖女の力なのかな。
「それにしても、二人で一人……って、そういう意味だったんだねー。なんか見た目もカッコいいし、多分勝てるって」
そんな俺たちを見ながら、希空はサムズアップしてみせる。
「戦うの、俺たちなんだけど。その自信はどこから出てくるのさ」
「だって勝ってくれなきゃ、希空さんはあの連中と一緒に行くことになるんだよ? どーせ異世界を旅するなら、とーやとがいいよ」
そう言った希空は、ほんの一瞬だけ、物悲しい表情を見せたのだった。




