第30話『聖女降臨式』
その翌朝、俺は廊下で朝を迎え、掃除にやってきたメイドさんに驚かれた。
頃合いを見計らって部屋に戻ると、そのまま慌ただしく聖女降臨式の準備が始まる。
大層な名前がついているけど、つまるところこの世界にやってきた聖女――希空を国の関係者にお披露目する式典らしい。
その主役は聖女である希空なので、正直俺や橘さんはやることがなかった。
「確か、お城の中に図書室あったよね。読ませてもらえないかな……」
「あ、彩音ちゃん、いたー」
手持ち無沙汰の橘さんがそう口にした時、メイドを引き連れた希空がやってきた。
「え、柊さん、どうしたの?」
「式典に出席する女性は全員ドレスを着るらしいんだけど、どれ着るかもう決めた?」
「う、ううん、わたし、出るつもりないし。必要ないよ」
「まーまー、そう言わずにー。着るだけ着てみようよ!」
明らかに一歩引いた橘さんの腕をがっしりと掴み、満面の笑みを浮かべながら希空は言う。
「えええ」
そして驚愕の表情を浮かべる橘さんを引きするように、部屋から出ていく。
これは、そのままなし崩し的に式典に出ることになるんだろうなぁ……なんて考えつつ、俺はその背を見送る。
「とーやも衣装、見繕っといてよー」
その去り際、さらっとそんなことを言われてしまった。
……橘さんが出るとなれば、当然パートナーである俺も出席することになるのか。
正直気が乗らないけど、バックレたりしたら後が怖いし。
俺はため息をついたあと、入口で待機していたメイドさんに声をかけたのだった。
それからしばらくして、衣装の試着を終えて部屋に戻る。
するとそこに、式典の衣装に着替えた希空の姿があった。
「お、ちょうど戻ってきたー。どうよ、この衣装」
俺を見つけた希空は嬉々として駆け寄ってきて、その場でくるりと一回転してみせる。
おそらくシルクであろう純白のロングドレスで、所々に花のような形をした銀細工がついていた。聖女の清楚さをイメージした衣装なのだろう。
「似合ってるよ。馬子にも衣装だ」
「あんがとー……って、それ褒めてない! むしろ貶されてるッ!?」
思わずそう口にすると、希空は一瞬笑顔になったあと、鬼の形相で俺に迫ってくる。
「うわっと!?」
その矢先、希空は何もないところでつまずきそうになった。俺はとっさに前に出て、その身を支える。
「ちょっと、何やってんのさ」
「うう……このサンダルみたいな靴、歩きにくいの。せめてスニーカーにしてほしい」
俺から離れたあと、スカートをわずかに持ち上げて、とんとん、と靴の先を整える。
いや、スニーカー履いた聖女はいないと思う。服装が変わっても、聖女らしさは欠片もない。異世界にやってきても、希空は希空だった。
「……あの」
その時、希空と似た衣装を身にまとった橘さんが、おずおずといった様子で部屋の入口から顔を覗かせる。
「一応、着替えてきたけど……変じゃない?」
「いや……そんなことないよ」
少しうつむき気味に俺たちの前にやってくるも、その長い銀髪も相まって、息を呑むほどの美しさがあった。
「……ちょっととーや君、あたしの時とずいぶん反応が違うんでないかい?」
俺が見惚れていると、希空が隣からジト目で見てきた。
「え、そう、なの……?」
「そうそう。あたし、茄子にも衣装って言われたんだから」
「ええ……?」
いや、俺が言ったのは馬子にも衣装だ。まぁ、茄子に衣装着せたところで、同じような意味になりそうだけど。
「うーん、それにしても、女のあたしから見ても惚れ惚れするほどの美人だねぇ」
「そ、そんなことない、し……」
「せっかくだからさ、その前髪もアップにしてもらったらよかったのに」
橘さんをしげしげと眺めていた希空はそう言って、彼女の前髪に手を伸ばす。
「……っ!?」
次の瞬間、橘さんは目を見開いて、背後の壁にぶつかるほどの勢いで後退した。
「へっ? どうしたの?」
「……希空、ちょっと」
橘さんの心中を理解した俺は、呆気に取られる希空の手を掴むと、部屋から連れ出した。
「うぇ? なに? ちょっと、痛いってば」
「詳しくは話せないんだけど、橘さん、理由あって髪で顔を隠してるんだ。だから、希空も触れないであげてほしい」
「そうだったんだ……知らなかったとは言え、危うく地雷踏むとこだった」
神妙な面持ちでそう伝えると、さすがの希空もしおらしくなる。
「異世界に来たもの同士、仲良くしたいしねぇ……とーや、教えてくれてありがと」
けれど、そう言ってすぐ笑顔になった。
なんだかんだで希空はしっかり気配りができるやつだし、これで大丈夫だろう。
「それにしても……とーや、彩音ちゃんのこと大事に思ってるんだねー」
「え、どうしてそうなるのさ」
「ん、なんとなく」
最後にどこか悪戯っぽく言って、希空は部屋へと戻っていく。
「彩音ちゃん、さっきはごめんなさい」
それからすぐに、希空は橘さんに謝っていた。
軽口が多いけど、自分の非を認めてすぐに謝れるところは、昔から変わっていない。
やっぱり、異世界にやってきても希空は希空だった。
◇
……その日の午後。謁見の間で聖女降臨式が執り行われた。
といってもお披露目の意味が強いので、集まった国の重役たちや騎士たちに向けて、国王陛下やカナンさん、希空が挨拶をする……という、簡単なものだった。
……それにしても、この世界に来てからというもの、希空は本当に丁重に扱われている。
異世界転移と同時に追放され、魔物に追われて生死の境をさまよった俺たちとはえらい違いだった。
「いやー、終わった終わったー。めっちゃ緊張したー。死ぬかと思った」
そんな式典も終わり、普段の服装に着替えた俺たちは、客までつかの間の自由を楽しんでいた。
ちなみに希空は俺たちと似たような青色の法衣を身に着けている。これからはあれを普段着にするのだろう。
「夜はダンスパーティーだってさー。ダンスなんて中学以来? 絶対無理なんだけど」
誰にともなく呟いた希空の言葉に、俺と橘さんは同時に青い顔をした。
俺たちは陰キャだし、ダンスには嫌な思い出しかない。
「……み、皆さん、少しよろしいですか?」
そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされ、慌てた様子のカナンさんが飛び込んできた。
「カナンさん、どうしたの?」
皆を代表して俺が尋ねると、彼女はしばし目を泳がせたあと、意を決したように口を開く。
「……勇者候補を名乗る方々が現れたのですわ。大至急、謁見の間にお越しくださいまし!」




