第21話『王都プレンティス 後編』
フードを被った少女に導かれるまま、俺はカフェの一番奥の席に腰を落ち着ける。
対面に座った少女は、ここにきてようやくフードを取る。その頭にはケモミミが生えていた。
……この子、獣人族だったのか。
「……? わたくしの頭に、何かついてます?」
その獣耳を見つめていると、彼女は緩いウェーブのかかった金髪を整えながら不思議そうな顔をする。
「あ、いえ。すみません」
かわいらしいケモミミがついてます……なんて言えず、俺は視線をそらす。
獣人族が当然のように存在する世界だし、ここは気にするだけ野暮だろう。時々ピコピコ動いているし、すごく気になるけど。
「いらっしゃいませー。ご注文はお決まりですかー?」
「ローズヒップティーを二つお願いしますわ。あと、ハチミツも」
やがてやってきた店員さんに、彼女は慣れた様子で注文を済ませる。
「さて、勇者様のお話でしたね。どこから話しましょうか」
……そして品物が来るより早く、身を乗り出して語り始めた。
「この世界では数百年に一度、封印された魔王が復活するのです。その魔王を封印するために異世界から呼ばれるのが、勇者様と聖女様になります」
人差し指を立てながら言う彼女に、俺は頷く。グリッドさんが以前、似たような話をしていた気がする。
「過去に異世界から呼ばれた勇者様はいずれも好青年で、正義の心に溢れた方だったと伝わっています。中でも、250年前に現れたタケルという勇者様は、歴代最高の美男子との呼び声も高く、未だに王立劇場では彼を主役にした演劇が大人気で……」
説明を続ける彼女の声が、次第に熱を帯びてくる。
……あれ? この人、もしかして勇者オタク? ヤバい人に捕まっちゃったかな。
「勇者タケルの英雄譚は王立図書館の歴史書に詳細な記録が残っていまして、この世界に召喚された彼は、同じく聖女召喚によってこの世界にやってきた聖女ミトマ様と出会い……」
「あ、あのー、俺、その『聖女召喚』について詳しい話を聞きたいんですが」
「あら、そうでしたの」
延々と続きそうな勇者語りを全力で遮り、ようやく本来の目的を告げる。その声のトーンが若干下がった気がした。
「だいたい250年周期で復活する魔王に対抗すべく生み出されたのが『勇者召喚』と『聖女召喚』の技術ですわ。どちらもこの世界に古くから存在する召喚術を応用したもので、勇者召喚をオルティス帝国が、聖女召喚をここ、プレンティス王国がそれぞれ担当する習わしになっています」
「そうなんですね……少し気になったんですが、なんで別々の国でやってるんです? 勇者と聖女、同じ場所に召喚すればいいのに」
「召喚術式が違いますの。どちらも国家機密ですし……唯一無二の技術なので。公にするべきだとは思うのですが」
少女はケモミミをわずかに倒し、伏し目がちに言った。
その言い方から、この世界では勇者と聖女が魔王に対抗する唯一の希望であることは理解できた。
「それで、他に聞きたいことはございますか?」
「そ、そうですね。えーっと」
……その後も、運ばれてきたお茶を飲みながら、彼女の話はいつまでも続いた。
そして気がつけば、すっかり日が暮れてしまっていた。
「……あら、もうこんな時間。トウヤ様、大変有意義な時間でしたわ」
窓の外を見た彼女は綺麗な所作で一礼すると、フードを被り直して去っていく。
……あれ、いつの間に名前教えたんだっけ。彼女のマシンガントークに圧倒されていて、よく覚えていない。
……俺はあの子の名前、知らないままなのに。
「あ、お茶のお金!」
そこで我に返って叫ぶも、すでに支払いは済まされていた。
明らかに年下の子に奢らせてしまったことに罪悪感を覚えるも、今から追いかけて支払うというのも情けない。
後味の悪さを感じながら立ち上がると、近くの窓が目に入る。
……するとそこに、俺をじっと睨みつける橘さんの姿があった。




