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第2話『初めての、合体』


 謎の光が収まると、俺は薄暗い森の中にいた。どうやら本当に追放されてしまったらしい。


 思わず周囲を見渡すと、隣に(たちばな)さんが呆けた表情で立っていた。ふいに目が合う。


「……あ、ごめん」


 慌てて視線をそらすと、彼女も顔を背けていた。


「ここ、どこなのかな」

「転移先は、プレンティス王国の外れ……みたいなこと、皇帝が言ってたけど」


 言いながら、今一度周りを見る。見渡す限り、木しかなかった。


「わたしのせいで、追い出されちゃったね」

「いや……橘さんのせいじゃないよ。それに俺、あいつら苦手だったから。ある意味、清々したというかさ」


 なんとか言葉を返すも、妙によそよそしい。

 それもそのはず。俺と彼女は今日初めて話したのだ。それに、お互いに陰キャ。会話が弾むはずがない。


「と、とにかく、この森を出よう。ゲームだと、こういう場所には必ず魔物が徘徊しているんだ」

「そうなの? わたし、ゲームとかやらないから。魔物って、ああいうの?」


 橘さんは声のトーンを変えずに言い、少し離れた木々の間を指差した。

 するとそこに、首が三つある巨大な黒犬がいた。


「げ」


 俺は思わず息を呑む。あれはどう見てもケルベロスだ。

 地獄の番犬と呼ばれるだけあって、大抵のゲームでそれなりの強さを誇る魔物。場合によってはボスとして登場するし、少なくとも、こんな序盤に遭遇していい魔物じゃない。


「橘さん、見つかる前に、逃げよう」


 声を押し殺しながら、そう伝える。彼女が頷いたのを確認して、静かに足を踏み出す。


 ――パキリ。


 その時、隣から枝を踏み割る音がした。


「あ」


 視線だけを隣に向けると、彼女は足元を見ながら固まっていた。

 それと時を同じくして、ケルベロスは俺たちの存在に気づいたらしい。のっそりと体の向きを変えた。


「う、うわあああぁぁ!」


 その直後、俺たちは声にならない声を上げて駆け出した。



 体の大きなケルベロスの妨げになるよう、俺たちは木の隙間を縫うように森を駆ける。


 けれど、奴はその巨体で木々をなぎ倒しながら追いかけてくる。


「た、高木(たかぎ)くん、あの犬、だんだん近づいてくるよ」

「なんとかして逃げなきゃ。橘さん、木に登れる?」

「ス、スカートだし無理」


 言われて気づく。俺たちは制服姿のままだった。俺はともかく、橘さんは動きづらいに違いない。


「……わっ!?」


 そんなことを考えていた矢先、木の根に足を取られ、橘さんが盛大に転んだ。


「だ、大丈夫!?」


 俺は足を止め、振り返る。地面に突っ伏した彼女の背後に、木を押し倒しながら迫り来るケルベロスが見えた。このままじゃヤバい。


「早く、この手を掴んで!」


 橘さんを引き起こそうと手を差し伸べると、彼女も手を伸ばしてくる。

 その時、彼女の右の手のひらに俺と同じ紋章があることに気がついた。


 ……これって、もしかして。


 ある可能性に行き着いた俺は、意を決して彼女の手を握る。


 ――次の瞬間、重ねた手のひらの間から緑色の光があふれ、その眩しさに俺は思わず目をつぶった。


 次に目を開けると、俺の体には驚くべき変化が起きていた。


 腰ほどまで伸びた白い髪に、見慣れぬ真っ白い鎧。右手には翡翠色(ひすいいろ)の大剣が握られている。


 緑色のオーラまでまとっていて、普段の俺の容姿とは似ても似つかない。まさに勇者の覚醒といった感じだった。


 続いて魔物に目をやると、奴は容姿の変わった俺を警戒するように、少し離れた場所からこちらを見ていた。


『……え、なにこれ』


 その時、橘さんの声が頭の中に響く。


『な、なんか体の感覚がないし。どうなってるの』

「あの、橘さ……うわっ!?」


 混乱した様子の彼女に声をかけようとした時、突如として膨大な情報が脳内に降ってきた。


 それは『合体』スキルの説明書のようで、合体中は身体能力が格段に引き上げられることや、多くの特別な能力が付与されることを一瞬で理解できた。


「二人が一体化して、高い戦闘能力を得る……これが俺たちのスキルなのか。なんていうか、すごいな」

『そ、そうだね。合体っていうから、わたし、てっきり……』


 そこまで言って、橘さんは口ごもる。

 どうやら彼女にも、俺と同じ情報がもたらされているみたいだ。


 そして現状だと、橘さんは意識だけの存在になっているらしく、この体の優先権は俺にある。

 ……つまり、俺が戦わないといけないってことだ。


 一つ深呼吸をして、俺は目の前の魔物を睨みつける。

 すると、奴の三つある首や足先に、まるでロックオンするようなマークが見えた。


『高木くん、あれって何?』

「えっと、攻撃可能な箇所や、弱点部位を示してるんだ。ゲームとかだとよく見るんだけど」


 橘さんは俺と視覚情報を共有しているらしく、そう尋ねてくる。本当にゲームの知識はないんだな。


「この剣は……ライオットソードっていうのか。属性は雷で、装備中は移動速度アップのバフがかかる……と」


 俺は右手の剣を握り直しながら、その性能を確認する。

 試しにその場でジャンプしてみると、信じられないくらいに身が軽かった。


「まるで自分の体じゃないような感覚に、この視界……まるで、ゲーム世界に入り込んだみたいだわ」

『え、高木くん……?』

「……目の前には、いかにもボスらしいケルベロス。相手に不足なし。いっちょ、やってやるか!」


 そう言うが早いか、俺は眼前のケルベロスに向けて、猛烈な勢いで駆け出していた。


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