六話 『空気』
ティアミンより南南東に約五キロメートル地点。
ユゲル荒野東部 魔粒子汚染エリア ポイントC―1 濃度レベル1
先ほどまでポイントB―1のエリア境界にいたユディタ、ヒルダ、アルミロの三人は、そのまま西へ二キロほど移動し、ユゲル荒野東部の入り口に立っていた。
「おーしっ! ポイントCに到着!」
飛行系魔法エアフライトで飛び越えてきたエリア境界の林を背に、目の前の荒野を眺める。
乾いた風で砂は舞い上がり、歩く先の大地はヒビ割れ、草木などは一つもない。
あるのは身の丈を越えるほどの数々の大岩と戦時中に使われていた兵器の残骸。
まさに荒廃という言葉がぴったりな場所で、三人は肌に張り付く不快さを感じる。
「いつ来ても気持ちわるい場所だわー」
「ここから汚染の影響で魔粒子濃度も上がるから仕方ないよ」
「やだねー死の大地」
「もう何十回もきてるんだから慣れなさいよ。いいかげん」
「いや、むしろ慣れちゃダメっしょこんなの」
「……それも、そうかもしれないわね」
ユディタはスマートデバイスを取り出すと、カルラから送られてきた指示書を再確認する。
ユゲル荒野北部に設置している震動監視計、その異常に関する追加任務だ。
「このまま真っ直ぐに一キロメートルといったところね」
「ここからは周囲の状況を確認しつつの行動だね。プロティアンと遭遇すると厄介だし」
「んじゃ、ちゃっちゃと済ませちゃおう! あたし先頭ね」
「先頭なのは間違いないけど、ヒルダが仕切らない」
「むはは」
苦笑いするヒルダ。
「行動を開始するわ。アルミロはいつでも飛べるようにしておいて。あと、『魔スク』の着用を忘れないで」
「「了解」」
人体に影響を与える魔粒子は水に似ている。
空気中を漂う湿気が快適な濃度と不快な濃度があるように、魔粒子も濃度の濃さによって、肌で感じる感覚が大きく変わり、濃度が高くなるほどに不快感は増していく。
そして、その濃度はエリアによってレベル分けがされている。
一から五段階でレベル分けがされており、エリアレベルが一、二の場合はプロティアンの危険はあれど魔粒子自体の危険性は少ない。
だが、エリアレベルが五ほどになると、まるで水中にいるような感覚に襲われ、活動は困難を極める。
物理的には、目に見えるものがあるわけではないのに、感じる不快感だけで神経伝達回路――脳から発せられる神経ネットワーク――が暴走し、呼吸すらままならなくなる。
痛覚などの感覚器官もまともに動作しなくなり、体を動かす事が出来なくなる。
魔粒子汚染が酷い場所では、専用の装備や魔法がなければ、人はおよそ数分と持たず命を落とす。
外傷もなく、内側から崩壊する……それも肉体面ではなく精神が死に至る。
踏み入れただけで死んでしまう……それは、この場所が《死の大地》と呼ばれる由来だった。
三十年ほど前まで起きていた魔法大国モースランドル共和国と機械の国パルスリート君主国との戦争は、両国の国境線全てが戦争の舞台となっていた。
当時、両国が競うように開発が進められていた、魔粒子を利用した兵器。
これが魔粒子汚染を引き起こす要因となり、限定的だった汚染地域も徐々に侵食され、今では「死の大地」と呼ばれるほどに広大な汚染域が両国との間に広がっている。
プロティアンは、両国が終戦する三年ほど前に突如として現れるようになる。
プロティアンは、汚染域を生き延びた動植物が変化したものと考えられ、その姿形は多種多様に存在する。
そして、汚染域は中心にいくほど魔粒子濃度が濃く、凶暴なプロティアンが多い。
地形などの環境によってエリアレベルは点在するが、中心に行くほどエリアレベルが高い傾向にある。逆に、死の大地の端に行くほどエリアレベルが低くなっていくが、時折、プロティアンによる被害や地殻変動などでエリアランクが変動することがある。
ヒルダ達が今回の任務で訪れたユゲル荒野は、エリアレベル一の場所。
三人はベルトポーチから携帯用の魔粒子阻害装備『魔スク』を取り出して、鼻と口周りを覆うように装着すると、ヒルダを先頭にユディタ、アルミロと互いにフォロー出来る距離をとりながら目標地点に向けて駆けるように行動を開始した。
ふざけ半分で会話していたのが嘘のように、三人の空気がピシリと張り詰める。ハンドサインやアイコンタクトを使って行動する三人は訓練された兵士そのものだった。
ヒルダが周囲を確認しながら上方確認の為に見上げた空は、青と緑が混ざり合った色をしており、明るい日中でも惑星メア――ヒルダ達が住まう星――を周回する大きな恒星が目立ち、そのさらに奥にもう一つの周回する恒星が小さく霞んで見える。
濃度が高いと毒となる魔粒子は惑星メアの大気中に漂っている粒子の一つだが、本来は人が酸素を吸って体を動かすように、魔粒子も体内に取り入れることで、魔法というエネルギーとして放出する源でもある。
そして、魔粒子は惑星メアの環境下で自然現象的に発する物ではなく、今、ヒルダが見ている恒星から光のように降り注いでいる粒子だ。
惑星メアの空は、魔粒子の濃度や光の加減で青くなったり、緑になったり、また混じり合ったような色になったりと複雑な空模様を描く。
――なんだか、今日は空がキレーな気がする……。
大岩を背に進行方向の安全確認を取るヒルダは、見上げながらそんなことを思った。
そしてヒルダの視線を追ったアルミロも同じように言葉をこぼす。
「少し、空がいつもと違う……ようなきがするね」
「あ、やっぱ? なんかキレーだよね」
「……そうかしら、私には分からないけど」
「ユディは、そういう感性は皆無だからねームハハ」
「うるさいわよ……大体、空をまじまじとなんて見てな――」
大岩の先を覗いて状況を確認したヒルダが立ち止まると、ユディタの言葉を遮るように行動停止のハンドサインを二人に出した。
続けてユディタにプロティアンがいることを知らせるサインを方角と共におくる。
ユディタはアルミロに周囲の警戒を指示すると、アルミロは飛行系魔法エアフライトで空にあがる。
ユディタはヒルダの元に駆け寄り、プロティアンを確認する。
「フワフワね……」
「うん、指定ポイントはこの先だし、どうすんの?」
「エアフライトで飛び越えてもいいけど、迂回しても……」
迂回をして目的地の周辺を調査するにしても、指定ポイントから近すぎる。
もしかしたら、このプロティアンが自分たちの背後を取ってくるかもしれないとユディタは考えた。
「……仕方ないか」
「決まりだね、んじゃ、ちゃちゃっと種まいちゃおう」
ヒルダは、ベルトポーチから手のひらサイズの袋玉を取り出し、投球フォームで構えた。
《毎週金曜日に更新予定》
ご感想、ご指摘、ご評価いただけると作者が歓喜します。
さあ、遠慮はいりませんよ。よしなにお待ちしております。




