三話 『魔法適正(マジックセンス)』
ティアミンの町、南東門の柱に腕を組んでもたれ掛かりながら、ユディタは一人立っていた。
「遅い!」
朝の弱いヒルダの準備に三十分、ヒルダの家から南東門まで十五分。
ヒルダのズボラさを考えてわざと急かすように起こして、時間を多く見積もって電話をしたのに、いまだに現れないヒルダとアルミロに、ユディタは憤懣を隠せず足の裏で地面をコツコツ叩いていた。
――ハァ……。
イライラしても仕方がないとポーチから携帯食を取り出したユディタは、袋を開けて中身を取り出して口にする。
食べながら門扉の少し先にある畑を眺めてみると、畑の周りで二人の子供達が全身泥だらけになりながら遊んでいて、それを近くで畑仕事をしていた母親に見られて咎められている。
よほど泥遊びが楽しかったのか、子供達は叱られても笑顔のまま反省の色はなく、母親は頭を抱えていた。
その光景を見ていたユディタは、先ほどまで感じていた苛立ちがうすれて、顔つきが少しだけ優しくなった。
「ユディーー!!」
上空から聞こえるヒルダの声に反応して、ユディタはもたれ掛かっていた身体を起こし、声の方へと見上げる。
ヒルダとアルミロの二人を確認したユディタは、食べかけの携帯食を口に放り込み、魔携端末を取りだす。
デジタル時計が表示されたトップ画面の時刻は八時四十分。
「……はんふっふん、おほい!」
もぐもぐと咀嚼しながら指摘するユディタの言葉はヒルダには届かず、のんきに魔法で大きくした傘にぶら下がりながらパラシュートのように降りてくる。
アルミロは、ヒルダが傘でフワフワと降りられるように、隣で飛行系魔法 《エアフライト》を操作していた。これをしないと、空気抵抗とヒルダの腕力だけでは重力に勝てずに落下してしまう。
「いやー、朝から最高だわー」
「それはよかった」
ゆっくりと降下を続けて、あと数メートルの所まで地面が近づいてくると、アルミロは着地のために魔携端末を握りしめる。
魔携端末を魔法展開杖として扱うアルミロは、その中に《エアフライト》の魔法を組み込ませてある。
《エアフライト》は魔法としての機構が複雑なため、この魔法を使う者のほとんどは、魔法展開杖に組み込ませたものを使っている。
モースランドル共和国はそんなことが実現できるほどに魔法技術が発展している。
そして、魔法展開杖はモースランドル共和国の集大成の塊ともいえる。魔法展開杖が発明されるまでは、個々人の修練やその技量が全てだったが、魔法展開杖が普及したことで適正さえあれば多少の修練だけで空が飛べるほどになった。
その魔法展開杖は、不得手な魔法や制御の扱いが大変な魔法または、得意な魔法をより制度を高めて発動するための手段として使われているため、現在では皆一様に自分にあった魔法展開杖を持っている。
ヒルダは傘、ユディタは弓、アルミロは魔携端末とフレイルの用に、形も用途も様々だ。
「ヒルダ、あんた、パンツ見えてるわよ」
「んな、わざわざ見んなし! ユディのえっちすけべワンタッチ!」
「なによその呪文……」
「アルミロ! ユディがワンタッチになったからすぐ下ろして、ナウ!」
「はいはい」
傘にぶら下がるヒルダにとっての至福の「傘パラシュート降下」は唐突に終わりを向かえてしまう。
それはユディタがパンツを見たからではなく、《エアフライト》を隣で操作しているアルミロの手によって……。
「あ――」
「ちょっお――――っ!!」
ヒルダに急かされたアルミロは、着地を急ごうとスピード調整をすると、誤って浮遊状態をゼロにしてしまった。
ヒルダは、ふわふわと揺れながら降りていたのが仇となり、バランスがとれないまま落下して、お尻を地面に強打する。
だが、アルミロ本人は真っ直ぐと飛んでいたため、きれいに着地していた。
「――っ!!」
強打したお尻の傷みが声にならない。
顔を地面にうずめ、尾てい骨の周りを両手で押さえながら悶絶するヒルダと、デバイスを持ったまま固まって冷や汗を流すアルミロ。
そして、その一部始終を見ていたユディタ。
「なにやってるのよ……」
ユディタの呆れ声とイタい視線が二人に刺さる。
「いやー、高度があるとデバイスが補正してくれるけど、着地は、ね? むずかしいよね。あっはっはは…… ……ごめん! あっはっは」
流す冷や汗の割りにはわりとライトな謝罪をするアルミロ。
ヒルダは、傷みで未だに顔を上げられない。
「いや、うん、私が使えないのがね、エアフライト……でも落とされるとは思わないじゃん? いや、急かしたのアタシだけどさ……めっちゃイタぁ……」
魔法適正の問題で、ヒルダが扱える魔法は、物体の形状や性質を変えるのが得意な《物体干渉魔法》のみ。
空の移動の時は、いつもアルミロに《エアフライト》を傘にリンクしてもらい、アルミロに追従する形で移動している。
ヒルダは、傘に乗っているだけで、魔法のコントロールはアルミロ任せだ。
アルミロは《物体干渉魔法》も扱うし、《物質操作魔法》が扱える魔法適正があるが、決してマルチで多彩な使い手とはいえない。
どちらかというと器用貧乏であり、その要因は、彼が細かい魔力コントロールを苦手とするためだ。
ヒルダは反省する。もう、アルミロを急かすのはやめよう、と……。
「決めた、もう傘パラシュート降下はしない……」
「今まで散々した後でいわれてもね……アルミロがお人好しすぎなのよ」
「いやあ、コントロールの練習にもなるし、いいかなーって。あっはっは」
「まあ、他人を空輸できるほどに魔力を使えるのあなたくらいだから、いいけどね……よし、もう大丈夫そうだし、行くわよ、三十五分遅れ」
ゆっくりと立ち上がったヒルダだったが、まだお尻がジンジンと響き、歩き方がどこかぎこちなかった。右手は傘で体重を支えて、左手でお尻を抑える姿はまるで、腰を痛めた年配の歩き方をしていた。
アルミロは「歩きながら、浮かせて運ぼうか?」とヒルダに話しかける中、ユディタはスタスタと歩いて行く。歩速の早いユディタを制止するように、届かない手をヒルダは伸ばした。
「ちょま、まって、まだ痛いんだけど……」
「自業自得でしょ、任務中に遊ぶのが悪い」
頬が膨らむヒルダ。
「ユディの鬼!」
魔携端末の画面を見せながらトントンと指をさすユディタ。
その画面に表示されている時刻は――。
「……三十六分遅れ」
分刻みで催促してくるユディタに、ヒルダは頬をさらに膨らませて、むくれた。
「ふんっ、細かい女はモテないんだよっ」
「そんなことないわよ、細やかな女性はもてるわよ、ねぇ? アルミロ」
「え? あ……え??」
二人の会話の矢が急に飛んできて、アルミロは言葉に詰まった。
ヒルダとユディタのジッと見てくる視線に、アルミロはますます困ってしまう。
女性の好みの話や下の話などがすこぶる苦手なアルミロにとって、この会話の振られ方は試練そのものだった。
アルミロは二人を交互にキョロキョロと視線を動かして必死に正解を探す。
「えー……どう、だろうね? 相手によるよね、きっと。あっはっは」
結果、とても当たり障りのない返答をするアルミロに、ヒルダとユディタは笑い出す。
「ムヒヒ、アルミロきょどりすぎ!」
「フフフ、おっかし……」
ヒルダもユディタも、アルミロがこういった手合いの話が苦手なことを知っていたはずだ。
アルミロはそこで、二人に弄られていた事に気付いた。
「二人ともひどくない!?」
《毎週金曜日に更新予定》
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