二話 『時代遅れ』
周りの民家より大きい乳白色の建物、その入り口の上部に『Wizard&Nature ティアミン支部』と煉瓦を掘られて作られた看板が掲げられている。
木製の玄関ドアを開いて中へ入ると木の温かみに包まれたフロアが広がり、いくつもの棚が部屋を囲う。
正面には乳白色の煉瓦を積み上げて作ったカウンターと、その奥には木の机と椅子が並び、数名の隊員達が朝から忙しなく働いていた。
――まだ朝の七時を回ったばかりだというのに、なんだか今日は皆、忙しそう……。
ユディタ・ピェクナーはそう思いながらもすれ違う支部の仲間達に朝の挨拶をしながら自分の席に向かう。
イエローゴールドのくせっ毛のあるボブディの髪型。
毅然とした態度が宿るその瞳は、精悍さを感じる萌黄色の双眸。右手には黒い手袋、左手は素手、背筋の伸びた姿勢の良い体つきはスラリとしていてスレンダーだが、大人へと変わろうとしている十八歳の幼さを残す。
シンプルな黒いTシャツと膝丈のイエローのトレンチスカートを履いているが、白いタイツも履いており、露出はほぼない。
ユディタはウィッチャーのロゴマークがあしらわれた白いジャンパーを脱ぐと椅子の背もたれに掛けて席に着く。それに気付いた同じ隊員のコームが、ぽっちゃりとしたお腹を揺らしながら近づいてきた。
「ユディくん、いたいた、よかった。おはよう、今日って早かったんだね」
「おはようございます。コーム先輩、どうしましたか?」
「うん、隊長がユディくん達が来たら隊長室に来るようにって言ってたんだ。たぶん、任務じゃないかな」
見えているのか不思議なくらいの細い目が常に笑っているように見える。
のんびりとした口調で話すコームの言葉に、ユディタは顎に手を添えながら数秒間考え込み、表情を変えずにコームに返答する。
「分かりました。さっそく隊長室に行ってみます。ありがとうございます」
「うんうん、それじゃあ、伝えたよー」
ユディタはポケットからすぐに魔携端末を取り出すと、アルミロの連絡先を開きコールボタンをタップする。
数回のコールの後、アルミロの声が魔携端末のスピーカーから聞きえてくる。
『ユディタ? 早いね、おはよう』
「おはよう。早くに悪いわね」
『大丈夫だよ、起きてたし。何かあったの?』
「それをこれから隊長に聞きに行くところ。で、悪いんだけど、ヒルダの所に行って連れてきてくれない? 集合場所は南東門でいいわ」
『あー……なるほど。了解。南東門ね。あ、でもヒルダはまだ寝てるんじゃないかな』
「電話で起こしておくわ」
『わかった。じゃあ、準備したら向かうよ』
「早めにお願い……そうねヒルダの所まで二十分で」
「え、それは無――」
ピッ――。
ユディタは有無を言わさず通話終了ボタンを押すと、続けてヒルダにコールを入れながら隊長室へ足を運んだ。
‡‡
コンコンコン――。
ユディタが扉をノックすると間を置いて扉の向こうから男の声が返ってくる。
「入っていいぞ」
「失礼します」
ユディタが扉を開けると、部屋全体を明るくする角窓から差し込む光が出迎えた。
入室した部屋は、同じ木肌色で統一されたフローリングと木製の棚やテーブルでレイアウトされており、木の風合いが乳白色の壁と良く合い、ほどよく落ち着いた空間を作り上げていた。
「ユディタか、今日は十時からだったはずだが……まあいい、朝からすまないが任務だ。手の空いているチームがお前達しかいなくてな」
「やることもなかったのでいつも通りに来ました。任務も問題ありません」
金髪にオールバック、ジャケットの上からでも分かるほどに目立つ筋肉質で大柄な体型。
白の部隊の白いジャケットにインサートしたアイボリーのデニムシャツ。その胸元はV字にはだけており、七分丈の焦げ茶色のグルカパンツは、足下の黒いスリッパサンダルを強調する。
体つきに似合った服装が、ガラの悪い金持ちのチンピラにしか見えない彼は、フィランダー・パルマ。
その見た目通りの腕っ節と、見た目にそぐわない聡明さを買われ、ウィッチャーの白の部隊の部隊長を務めあげている。
「そうか、まぁ、ほどほどにな。でだ、これが任務の詳細になる」
「拝見します」
ユディタが任務の資料を受け取ると、フィランダーは一息つくように、熱い珈琲をすする。手に持つマグカップは特大だ。
ユディタは表情を変えることなく淡々と資料に目を通すと、スッと顔をあげる。
「距離的にもプロティアンがすぐに見つかれば昼までには終わりそうですね。このあとすぐに向かってもよいでしょうか」
「ああ、問題ない。だが二人はまだ来てないだろう?」
「はい、先ほど電話で叩き起こして、南東門で集まるようにしました。それまでに必要なものを私で用意します」
「そうか、わかった。ただ、無茶はしなくていい」
「了解しました」
「くれぐれも、慎重にな。以上だ」
フィランダーはユディタに釘を刺すように忠告を加え、ユディタは片眉をヒクつかせると平静を装って返答する。
「……了解しました」
話しが終わると、ユディタは左手で握りこぶしを作り、それを水平に胸に当てて尊敬の意を示す。フィランダーは広げた左手を胸に当て答礼を返した。
ウィッチャーを組織するモースランドル共和国で使われている敬礼の一つ。ウィッチャー以外の軍部や警邏隊などでも使用され、体内を巡る魔粒子を相手に向けず、敵意が無いことを示す。
実際にこのとき、魔法使い達は体内の魔粒子の巡りを止め、放出を抑える。
それは、重々しくなく、日常的に行われる挨拶のようもの。
隊長室を後にしたユディタは、廊下を歩きながら先ほどフィランダーから釘を刺された言葉を思い返す。
「慎重に……ね……」
ユディタはおもむろに、先ほど敬礼で抑えた魔粒子の巡りを右手に放出させると、蜃気楼のような靄が手のひらの上に集まる。
ただの空間の乱れのように見えるソレを眺めながら意識を込めると一本の矢に形を変えた。
魔力によって作り出された矢は、矢羽がコンパクトな卵形をしており、鏃が雁股の形状をした獲物を狩るのに特化した形状をしていた。
全体が黒色で統一されている矢はユディタにとっての強さのイメージが反映されている。
《物体創造魔法》。
ユディタが得意とする、体内の魔粒子と空気中の魔粒子をコントロールして物体を作り出す魔法技術の一つ。モースランドル共和国では主に技術職人が様々な形状の道具を作るのに利用する魔法となっている。
武器を作りだし、戦うことも出来るのだが、接近戦を強いられる《物体創造魔法》はプロティアンの様な怪物相手に対して積極的に使う魔法使いはあまりいない。
人間相手ならまだしもプロティアンが相手となると決定打に欠けるのもまた事実だった。
魔法には大きく3つの種類がある。
物体を作り出すことができる《物体創造魔法》。
物体の形状や性質を変える《物体干渉魔法》。
そして、物質そのものを操る《物質操作魔法》。
ウィッチャーのみならず、警邏隊や軍部などの戦闘で使われる魔法は物質操作魔法がほとんどだ。
そこに、戦術的、戦略的な要素があれば物体創造魔法や物体干渉魔法が入り込む余地はあるが、戦闘の常用として使われることは現在ではほとんどない。
そして、修練云々ではどうしようもできない個々人が持つ魔法の適正。
ユディタの場合、その適正が生産に向いた魔法、物体創造魔法だった。
物体創造魔法は空気中に存在する魔粒子を手のひらに集め、それを何かしらの形にすることが出来る。ユディタは魔粒子で矢を作り出し、それを弓で射ることで戦闘手段としていた。
「なんだ、古くさい臭いがすると思ったら時代遅れが居るじゃねぇか」
黒いダメージジーンズにゴテゴテとした赤いベルトと骸骨のバックル。グレーのYシャツを着た男がユディタの向かいから歩いてくる。
「バトラ……」
ユディタの前に立ったバトラ・アーモンドはユディタを挑発するように話しかける。ユディタはその挑発に乗るようにバトラに向き合った。
「別に、時代に遅れているとは思わないわ……それに毎日つっかかってきて、あなたも暇ね」
「ハッ、接近戦しか能のねぇお前等が時代遅れじゃなかったらなんなんだ。剣や槍で戦う時代じゃあねぇんだ。怪我する前に職人にでもなったほうが賢明だと思うけどな?」
「こらこらバトラくん、言い過ぎ言い過ぎ。ユディ君は弓で戦ってるじゃないの、遠距離だよ遠距離」
コームがバトラの肩に手を置きながら仲裁に入る。
ユディタはコームの少しズレたフォローに、バトラの言いたいことは魔法そのものの話しだろうに……と思う。
「コーム先輩、構いません。バトラの言う事はもっともですので」
「分かっててやってるんじゃあ世話ねぇな」
「バトラ、その言葉は私じゃなくて、ヒルダにでも言ってあげて。まぁ、といってもあの子に伝わるかは微妙だけど」
挑発し、貶し、突っぱねる様に話すバトラの言葉全てが、ユディタにはどうでもよかった。
バトラの言うことは最もだと思っているし、分かっていてユディタは物体創造魔法で戦っている。
才能と適正。魔法には個人個人にあった適正がある、戦いに向いた魔法か、生産に向いた魔法か。
自分の魔法が戦闘には不向きなことはユディタ自身が一番良く分かっていた。
だが、バトラはヒルダやユディタが物体干渉魔法や物体創造魔法で戦っているのが許せなかった。
バトラにとって物体干渉魔法も物体創造魔法も、そこに戦術的要素がなければ、あくまで生産系の魔法であって戦うための魔法ではないと、そう考えていた。
バトラは気に食わなかった。命がけの戦場でわざわざ危険を冒すユディタやヒルダ達の戦いが――。
「……チッ、俺はお前の「分かってます」っていう目が嫌ぇだ」
「……知っているわ」
狭い廊下のすれ違いにイラついた眼孔を飛ばしてくるバトラの視線をユディタは合わせることなく澄ました表情で立ち尽くす。
隊長室へと入っていくバトラとコーム。
ユディタは無意識に拳を握りしめていた事に気付く。握りしめた右手をみると、先ほど作り出した矢が消えていることに気付いた。消したつもりはないのに……。
「はあ……隊長が釘を刺してくるわけね、まだまだだわ、私も」
《毎週金曜日に更新予定》
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