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物理特化型魔女  作者: ハピむら・R
一章 危険の知らせは、波打つ空とともに
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一話 『起床』

 乳白色の煉瓦で出来た家々が立ち並ぶ、彩りと豊穣の町ティアミン。

 魔法大国モースランドル共和国。その首都ランドルから、南西に九百キロメートルほど離れたこの町の壁にはカラフルな文様や柄が描かれ、街全体がアートで埋め尽くされている。

 石畳が敷かれた大通りを歩けば、それはまるで絵画の中に入り込んだようで、朝日が昇ると絵が動き出すようにティアミンの町は少しずつ活動を始める。

 人々が起きて、住居の窓が開き、話し声が聞こえ出す。その喧噪は徐々に大きくなっていき、人々の一日が動き出す。


 ヴィー、ヴィー、ヴゥー……ヴィー、ヴィー、ヴゥー……。


「ん、んぅ……」


 カーテンを閉めた薄暗い部屋の中で、遠慮の知らない携帯端末(スマートデバイス)のバイブが枕元で鳴り響く。

 暫く放置してもバイブの鳴り止まない携帯端末(スマートデバイス)を寝たままの状態で手探りで手に取り、ディスプレイを覗くと『ユディ』と大きな文字が表示されていた。

 起きてすぐの、頭が全く働かない状態でコールを押して電話に応えると、こちらの第一声をまったく無視して、電話向こうのユディタが話し出す。

 今、目が覚めたばかりなのは絶対にわかっているはずなのに、遠慮もなく、むしろワザと起こすように大きめの声で。


『ヒルダ、仕事』

「眠い、今起こされたし……てか、今何時……ふぁ……」


 カーテン越しに見る外は明るくなっていて、風に揺れるカーテンの隙間から光が優しく入り込む。

 しかし、枕元の魔力時計に目を向ければ七時を回ったところ。今日の勤務は十時からだから、まだ寝ていてもいい時間なのに……上手く頭が回らないヒルダは大きな欠伸(あくび)を一つかいた。


『さっき、アルミロを向かわせたから二十分で準備して』

「そんなんムリじゃん……シャワーも――」

『南東門に集合。遅れないでね、じゃ』


 今、電話で起こされたばかりで――バッチリ寝間着に髪もボサボサ、ノーメイク。

 さらにいえば、低血圧の体に血が巡るのに二十分はかかるのに、二十分で準備しろとかムリ。

 だというのにヒルダの訴えは全く無視されて電話が切られた。いつもの事だけれどもう少しだけ、ゆとりがほしいとヒルダは思う。


「だる、体が……」


 ――ユディタめ。


 都会のランドルでは見られない、高さが五十メートルはある巨木な『ガオケレーナ』と呼ばれる木は、幹周(みきまわり)りが三十メートル以上あり、ティミアンの町周辺にはいくつか存在する。

 昔からこの近辺では、ガオケレーナの巨木を枯死させることなく魔法の力でくり抜き、居住スペースを作ることで集合住宅として利用してきた。


 細かな縦筋の木目が綺麗な壁。

 ガオケレーナ特有の優しい木の香りと、窓から差す光を反射させる室内は木のぬくもり。

 そして、少しだけ冷たい澄んだ空気。


 ガオケレーナと人とが互いを支え合い――主に人がもたれ掛かりながら――共に生きる。

 そんな昔からの自然との共生を感じることも、考えることもなく、ヒルダは布団から抜け出してベットを下りる。


 眠くても体は勝手に動く、もそもそと動きながらクローゼットから下着と今日一日を活動する洋服を用意してシャワー室へ向かう……とぼとぼと歩きながら。

 熱いシャワーを頭から浴びて体に無理矢理血を巡らせ、低血圧の体に活を入れた後は、脱衣所で体を拭いて下着を着て、ドライヤーのハンドルを握り、ドライヤーに魔力を多めに流せばターボの風が風口から吹き出す。


 ピンク色をした髪を一気に乾かすと、そのまま歯磨きをした。

 先ほどクローゼットから取り出した洋服に袖を通すと姿見の前に立ち、肩甲骨まである髪を結ってサイドテールにする。


「んーー」


 姿見に映る自分を眺めて、服装と髪型のチェック。

 ピンク色に染めた髪、その一部は、染め漏れた黄色いラインが目立ちつ。ヒルダは偶然出来た黄色いラインがわりと気に入っていて、そのまま残してあった。

 フロントクロスしたブラックのキャミソール。その上に着る向日葵色のクロップトップは、激しい動きにも対応出来るように作られており、伸縮性と強度は折り紙付き。


 腰を捻って、背中やお尻周りを見れば、フワリと浮き上がるタータンチェック柄のプリーツスカートの裾。そして、少しだけ見えた黒いニーハイソックスの付け根。


「よし、バッチシ」


 ヒルダは壁に掛けられた一周が十四時間になっているアナログ時計に目を向ける。


「三十分たってんじゃん」


‡‡‡


 ヒルダが朝食を食べ終える頃にはすでに四十分は経過していた。

 ふと、ユディタに電話で起こされた事と、その内容も今頃思い出してアルミロが来ていない事にも気づく。


「あれ、アルミロ来てないし……」


 まぁいいかと思いながらパンの最後の一欠片を口に放り込み、咀嚼をして飲み込むと足早に玄関へ向かった。

 ウィッチャーで支給される灰色のボタンアップブーツを履き、肩にウィッチャーのロゴが添えられた白いジャンパーを羽織る。

 愛用の傘型のワンドを持って玄関の扉を開ければ、ガオケレーナの外周に作られた外階段の踊り場とティアミンの町が眼下に見える。


「今日もいい天気じゃん」


 見上げればガオケレーナの巨木が真上に伸びて、その巨大な枝木の間からは青と緑が混じった空が覗き込む。

 少し乾いた風が吹き抜けると、ヒルダの髪を揺らし、チャックを止めていないジャンパーがはためく。

 ガオケレーナの枝葉が作る陰と、その大きな枝から作られる大きめな木漏れ日を浴びて、ヒルダは日差しのぬくもりと、いつもの日常を感じた。

 ユディタに起こされていつもより早く起きた朝だったけれど、日差しを浴びればいつも通りの気分で階段を下りていた。

 徐々に地面が見えてくると同時に、階段の一番下に座る男性の背中が大きくなっていく。

 白い服に黒茶色の髪が目立つその後ろ姿は項垂れていて……それは、ヒルダがよく見知る人物の後ろ姿だった。


「アルミロ、待っててくれたん? ちょー優しいじゃん」

「おはよう、ヒルダ」


 ヒルダの声に反応してアルミロが立ち上がりながら振り向いて挨拶を返す。

 茶色い瞳、ショートヘアが似合う、細い顎と首筋、細身ながらも筋肉はシッカリ付いている細マッチョな体型は、襟付きのシャツの上に羽織る白いコートがよく似合う色男。

 いつも真面目に、コートの前のボタンを留めているアルミロだが、今日はボタンがあいていて、その事に珍しいなとヒルダは思う。

 わざわざ階段下で待っていてくれたのかと思い、先ほどは優しさを感じ取ったヒルダだったが、アルミロの表情を見ると額に汗があり、こめかみから頬に汗が伝って、息も少し荒く肩が上下している。

 全力飛行して、今ここに着いたのがよくわかる。


「……優しい撤回。ちょーお疲れ、んで、おはよう」

「うん。ありがとう。二十分じゃ無理だよね。ヒルダの家まで……いい運動になったよ」

「だよねー。ユディって頭いいのに、頭悪いよね……てか、朝から過剰な運動でしょ、それって」


 ヒルダは鞄から水筒を取り出すとアルミロに渡した。


「はぁっ……ありがとう生き返る」


 水を飲み、喉が潤うと体温も下がり呼吸も落ち着いてくる。ボタンを開けたシャツを少しだけパタつかせるアルミロの鎖骨を、ヒルダはジッと凝視する。


「ふむ……なかなかに……」

「え?」

「あ、いやなんでもない。こっちのこと。ムヒヒ」


 アルミロは呼吸を整え、携帯端末(スマートデバイス)型ワンドを取り出して『飛行系魔法エアフライト』の項目をタップする。


 すると、ふわりとアルミロの体が浮きあがり、足が地面から離れた。


「ヒルダ、リンクするから傘、寄せて」

「ん、あんがと。てか、さっきまで飛んでたんでしょ? だいじょぶなん?」

「ああ、集合場所にはゆっくり飛ぼうかな……もうどうせ間に合わないからね」


 アルミロは、携帯端末(スマートデバイス)型ワンドをヒルダの(ワンド)に近づけると、飛行系魔法エアフライトをリンクさせる。


 浮き上がる傘型ワンド。それに飛び乗るヒルダ。


「うーし、アルミロゆっくり行っちゃってー! ユディが怒るよー! ムハハ」

「はいはい、落ちないでよ」


 アルミロはゆっくりと上昇すると、リンクしたヒルダを乗せた傘も追従する。

 二人はゆっくりと遅刻することを笑いながら、いつも三人が集合場所にする南東門へ向けて飛び立った。

《毎週金曜日に更新予定》

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