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物理特化型魔女  作者: ハピむら・R
二章 歩む先の希望
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二話 『希有な二人』

 カチャ――っと鈍い金属音が室内に響く。

 右手首に冷たい金属の感触を覚えながら目を開けると、最初に視界に入ってきたのは白い天井だった。

 毎日のように肌身に身につけていた装備は没収され、代わりにあてがわれたのは、病衣と右手に付けられた手錠だった。

 ベットの柵に繋がれた手錠は、引っ張ってみても取れる気配は微塵もない。

 諦めて周囲の状況を確認すると、白い天井と白い壁。色味を感じると言えば、横たわるベットの金属の色と、ベットを囲うように垂れ下がる水色のパーティション。そして、今着ている水色の病衣くらいだった。


「ヒマね……」


 ネラは、持て余す時間に憂鬱さを感じつつベッドから体を起こすと、足を床に下ろした。

 先日、保護という形でモースランドル共和国に入国したネラは、そのままティアミンにある診療所へと運ばれた、そこは、ヴェイルグリーン症候群を治療することができる設備と医師がいるくらいには大きい、中規模の診療所だった。

 その日のうちに、魔法による治療を受けたネラは、そのまま経過観察のための入院を強いられていた。

 だがネラの場合、入院を建前にした拘束に近い状態だった。他国の兵士、あまつさえウィッチャーの隊員と戦闘になった事を考えれば、当然の処置といえた。

 ネラは持て余す時間をボーッと過ごしながら足をぶらぶらとさせていると、担当医となったヘイケ・ベールの声が聞こえてきた。

 

「いやー大変ですねえー。パルスリートの兵士さんも、それにすみませんねえ、自由を与えられなくて。こちらも規則がいろいろあるので。あ、何かあれば遠慮無くいってくださいねー」


 パーテーション越しに話すヘイケは、軽い調子で話しているように感じるが、どこか安定したトーンだ。ふざけているわけではなく、平常運転とでもいうべきか、患者との距離感を軽やかに保っている口調だった。

 

「じゃあ、手錠の鎖を長くしてもらえないかしら? 伸びくらいしたいものだわ」

「たしかにそうですねえー。手配しておきましょう」

「で? また検査かしら?」

「いえー、今日は検査結果などをお伝えに、カーテン、開けますねー」


 パーテーションレールがスライドする音が鳴る。

 ヘイケがお茶と菓子をのせたお盆をサイドテーブルに置くと、自分とネラのお茶をカップに注いでいく。

 注がれたカップをネラに手渡すと、ヘイケは廊下から椅子を持ってきて「よっこいせ」の掛け声とともに座った。

 カルテを目に通すとヘイケは話し出した。


「検査結果は良好のようですね、ヴェイルグリーン症候群ももう心配ないでしょう、もうしばらくは入院を続けてもらいますが……そうですね、もう何度か検査もしますので、二週間くらいですかね?」


 後、二週間で自分の行く末が決まるのか、とネラは考えた。ここを出ればどこかの施設へ運ばれて、きっと、そこでパルスリートへ送還されるまでの期間を過ごすことになるのだろう……モースランドル共和国からパルスリート君主国へは海路のみ。国同士のやりとりや手続きを終えて、海路で自国に送還されるのに、三ヶ月から半年……もって一年。私の命運もそこまでか……とネラはヘイケが言葉をよそにそんなことを思った。


「さて、続けて現在のネラさんの状態についての話をしましょうか」

「? ……いま話していたじゃない」


 今、カルテを見ながら話したことが私の状態ではないのか……ネラは訝しんだ。ヴェイルグリーン症候群の治療後の検査結果以外に体の状態とはなんのことだろうと。

 先ほど渡されたお茶を口に含みながらヘイケを見る。

 

「ネラさん、あなた、今までとは違うものが見えていますよね、例えば、こんなもの」


 ヘイケの手の平の上にもやの塊が現われる。魔法で魔粒子を操作して滞留させたものだ。

 ネラには確かにヘイケが言う靄の塊が見えていた。

 先日、ユディタやヒルダが扱っていた魔法であろうものも、自国で受けた訓練内容にそうもので、特段驚くようなことは無かったし、初めて魔法を目の当たりにした先日の傘女との戦闘でも、魔法を行使する瞬間が見えていた。一瞬だったが、霧のような光の靄が収束していたからだ。

 魔法とは、そうやって見えるものなんだろう――そう、ネラは思っていた。


「通常、この靄は魔法を扱う者以外が見ることはできません。魔法の適正があっても訓練をしないと見れないものです」

「……」


 ネラはヘイケの言っている事と、何が言いたいのかが理解できなかった。

 ヘイケの言う靄は見えている。だが、私は魔法使いでは無くパルスリートの人間で、一般兵だ。魔法に関する理解が追いつかない。私に魔法の才があったというのだろうか。

 ヘイケの言葉を訝しんでいる間に、ヘイケの手のひらに集まっていた靄でしかなかったものが、さらに集まり収束していく。

 

「魔法使い以外が見える様になるのはこの段階です」

 

 ヘイケはそう言いながら創り出した銀色のブロックをネラに手渡した。

 受け取ったネラの手が一瞬、地面に引っ張られるように下がる。

 見た目以上に重たい――。


「物体創造魔法、クリエイションマジックといいます。空気中に漂う魔粒子を凝固させ、イメージを形にする魔法ですね。先日、ネラさんが戦ったユディタ君が使っていた矢、あれがそうです」

「ああ、あの……」


 ネラは、先日戦った弓使いの女、ユディタを思い出していた。

 容姿はぼんやり覚えているが、彼女が戦闘で放った矢なんて一本しかみていない。あれが魔法だったと戦闘中は認識すらしていなかった。

 ただ、傘女がユディと呼んでいたな……くらいにしかネラは思わなかった。

 ――傘女の方は、ヒルダ、だったか……。

 

「パルスリートでは見たことがある人は少ないでしょうねー。ネラさんくらいなんじゃ、ないですか?」


 ――きっとそうだろう……。

 ネラは考えた。今のパルスリート君主国の人間が魔法を見ることはほとんど無い。魔法使いがいないから当たり前だ。

 見たことがあるとすれば外交官や何かの偶然で魔法使いに遭遇した者くらいだ。そのくらい、パルスリートの人間は魔法を見ることがない。

 それに、誰かが見れば話題にあがる。この間、魔法を見たんだぜ、と。

 私達からすれば、魔法はコミックブックのヒーローが敵を倒すSpecial Moveだ。

 少なくとも私達の部隊には魔法使いを見たやつはいなかった。私は、今、目の当たりにしているけど――とネラは思った。


 モースランドル共和国が魔法によって国を発展させていったのに対し、パルスリート君主国は工業化を進め、機械と共に国が発展をしてきた。

 現在のパルスリート君主国には魔法使いは一人もおらず、国の外でしか魔法を見ることはない。今のネラのように。


「で、それ……その靄ってのが見えるから、なんなの?」

「ネラさんは、m(メツセンジヤー)RNAというものを知っていますか」

「知らないわ」

「mRNAは、遺伝子からの情報を細胞内でタンパク質に翻訳するための重要な…………まあ、細かい事はよいでしょう。簡単に言うと、人に限らずあらゆる生物にはmRNAというものが体内……細胞の中に存在して、生命活動において重要な役割を果たしています」


 医学や生物学に精通していないネラにとって、ヘイケが話し出したmRNAの話は、興味の薄い話だった。

 だが、話を続けるヘイケに、ネラは話を首をかしげながらも、耳を傾けてきいた。


「いくつか種類があるのですが、生物が死んだ後につくられる不思議なmRNAがあります。ゾンビ遺伝子、なんても言われますね」

「ゾンビ? まるでSFパニックだわ」

「ええ、そうですね。ただ、映画などで描かれているゾンビとは違い、ただの別称にすぎません。噛まれて、腐った肉塊が徘徊する……なんてことはないから安心してください」

「分かってるわ、ジョークよ」


 ヘイケは手振りを加えながら話を続けた。

 だが、ヘイケの表情が、先ほどまで軽やかに喋っていた表情とは違い、段々と目つきも鋭く、声も真剣に話すようなトーンに変わってくる。


「この死後に活性化するmRNAに魔粒子が注ぎ込まれると、どうなると思いますか?」


 ネラはまるで検討がつかなかった。今までそんなことを勉強したこともなければ、考えたこともない。ネラは肩をすくめる。


「ネラさんもよく知る生物の細胞に変化します。私達は、これを便宜上、PCT細胞とよんでいます」

「PCT……?」

Protean(プロティアン)-Changed(チェンジド) Tissue(ティツシユ)……プロティアンですよ。プロティアンの構成する細胞組織へと変化するんです」

「え……?」


 ヘイケの色素の抜け落ちた白い瞳で見つめられたネラは、息をのむようにピクリと体を震わせた。

 すごく不快で不安な感情がよぎる。この先の話は、きっとろくでもない結果を聞かされる――ネラはそんな風になぜか感じた。

 

「ヒルダ・メルタネンくんを覚えていますか? 傘を持った、女の子です」


 ――私を負かした女か。

「ええ、覚えているわ」


「彼女は、幼少期に重度のヴェイルグリーン症候群にかかり、一命を取り留めました。その後、彼女は、この靄……いえ、靄にする前の魔粒子すら、時折見えるようになりました。ネラさんと似ていますね……」

「なに、その頃から魔法が使えるようになったってわけ? で、続きは?」

「魔法は先天的な素質により行使できるものです。ヴェイルグリーン症候群が発症する前、彼女は、魔法の資質は無かったと聞いています。でも、この靄を見て感じるようになった彼女を私達は検査しました。そして、驚いた」

「……」


 ヘイケが話す内容が見えてこないネラは、先ほどの不快と不安感が増していく。

 ――さっきから遠回しに、何かに気付かせるように……この医者の話し方は、嫌な感じしかしない。


「ヒルダ君の構成する細胞の約七割はこのPCT細胞に侵されていたんですよ」

「……は?」


――人が、プロティアンに……? いや違う、この医者はなんて言った。靄が、見えなかったはずの靄が、見えるようになった……なぜ? 細胞が、変化、したから…………じゃあ、私がさっき見たやつは…………。

 

「そして、ネラさん……あなたもヒルダ君と同じなんですよ」

 

 その言葉の意味を理解した瞬間、反射的に立ち上がったネラは、ベットを押しのけながら後ずさる。

 その衝撃でベットに置いていた銀のブロックが床に落ちて硬質な金属音を鳴り響かせる。

 

 ――死んだ生物の細胞から創られるプロティアンの細胞……?


 ネラは震える左手を胸元に当てながら、自分の心臓が動いているのを確認すると、叫ぶように声を上げた。


「ウソよ、ウソよ、ウソよ、ウソよ! ウソよ!! 私は、生きているわ! あんな、あんな化け物になるなんてありえない!!!」


 ヘイケは、ネラに一枚の紙を手渡した。それは、医療用語や専門用語が羅列され、あらゆる数値とグラフが記載されている。

 ほとんど、なんのことなのか分からないネラも、ある一文に目がとまる。

《ネラ・クベルカ PCT細胞侵食率、五十一パーセント》


「先日、あなたの血液データ、皮膚を少し取り、検査をさせていただきました……あなたを構成する細胞の五十一パーセントがPCT細胞に侵食、または変質している」


 ネラの耳にはヘイケの声が通過するだけだった。自身の検査結果の資料を片手に虚空を見つめつづける。


「ネラさん、あなたは一度死んでいる、そしてプロティアンとして蘇った希有な人間です。モースランドルで確認された、二人目の実例ですよ――」



《ここから不定期更新》

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さあ、遠慮はいりませんよ。お待ちしております。

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