一話 『口頭証言』
五日前 ティアミン中央エリア 白の部隊 隊長室
「隊長、こちら、ユディタ達の報告書をまとめたものになります」
「ああ、拝見しよう」
普段なら報告書は各隊員からまとめてデスクに置かれるだけだ。しかし、カルラがわざわざ手渡してきた報告書には重要な内容が含まれていた。そこには、ヒルダたちが任務で目撃した異常――波打つ空と、空間に響き渡る鐘の音について記されていた。
「エリア変動、なのか……」
「はい、当時の記録と酷似した状況といえます。といっても当時、生き残った村民達の口頭証言との照らし合わせにすぎませんが……」
十年前にカーララ村で起こったエリア変動の記録は、生き残った十人――子供を含む――の証言のみとなっている。
現在では、あらゆる計測器が各所に配置されているが、当時、魔粒子濃度を計るための計測器などは取り付けがされていなかった。
フィランダーは、カルラが用意していた当時の記録のコピーを読み始める。
そこには村民ごとにまとめられた証言の数々が記載されていた――。
『牛たちが急に地面にのまれちまった、何もなかったんだ。地面に穴なんかねえのに!』
『空が波打って、こっちに向かってくるのよ! それに化け物が急に現れて旦那が――』
『……わかんない、でも、こわい音がずっとなるの……ゴーン、ゴーンって……』
『怪物どもが押し寄せてきたんだ。皆、殺されちまった……』
『おかあさんが森にはしれって……おかあさんは、まだ、あえない?』
『走ってにげるしか、なかったんだ……後ろを向くなってオヤジが……』
『みずうみが、空にうかんでた。ゆらゆらしてるんだ、空が、みずうみみたいに』
どの証言も異質で信じがたい内容だったが、十人全員が同じものを見たとされる証言が多く、現場に急行したウィッチャーの隊員が目撃した情報とも大体が一致していたため、正式な記録として残された。
だが、その中でも、一人の女の子が話した内容には、他の証言にはないモノが記録されている。
その少女は保護された当時、ヴェイルグリーン症候群を発症し、意識不明だった。治療により命は取り留めたものの、ショックからか言葉を失い、話し始めたのは約二年後のことだった。
その話を担当医だったヘイケ・ベールが記録に残している。
『雨が、雨が、草や木をもやしたの。あたしはおぼれたの、息ができなかった。でもお姉ちゃんが突き飛ばして助けてくれて、でも、お姉ちゃんがかわりにおぼれちゃって……アルミロのおじいちゃんが、あたしをだっこして……』
ぽつり、ぽつりと語り出した女の子は、だんだんと息もつかずに話し続けた。
『雨が……おいかけてくるの。あたしが「雨がふってる」っていってもだれも止まらなかった。雨がみんなをこわしちゃって、牛も、草も、花も、木も……みんな……。あたしのむねも、緑色になったの、ほらこれ……雨がね、あたったの、ココにポツンって……』
女の子は、貯め込んだ二年間を吐き出すように話していたという。女の子が見せた胸の中央には黒い痣が十字架のように広がっており、それはヴェイルグリーン症候群の治療の跡だった。
そして終始、オレンジと白色でデザインされた一本の大人用の傘を握りしめていた。
その傘は保護されたときも両手に抱えており、現在でも手放さずに常に持ち歩いている。
「最後は過呼吸になり気絶した、か……」
「ヒルダの証言ですね。雨が降った……ですか。他の人達の証言では雨を確認していません。当時現場に急行したウィッチャーも同様ですね」
「怖い思いをしたときの子供はウソをつきまーせん! いや~あの頃のヒルちゃん、可愛かったんですよぉー? 写真、みます? みます?」
いつの間にか部屋に入ってきていた、灰色のドクターコートを羽織った男が会話に割り込んでくる。ドクターコートの肩には、ウィッチャーのロゴの意匠が施されていた。
医療部隊として活動する灰の部隊に所属する、ヘイケ・ベール。
白髪のツーブロックに、柔らかい顔つきが印象的な男。首に掛けた名札には、名前と顔写真、診療科として『魔療内科』と書いてあり、その風貌から医者であることがわかる。
そして、特徴的なオレンジフィルターの四角い眼鏡。その奥にある瞳は色素が失われ両目とも白く濁っている。
「……なんでヘイケの野郎が居やがる。診療所はどうした……くねくねするな」
くねくねと揺らしていた体をぴしゃりと止めたヘイケは、左手を腰に手を当て、右手で身振り手振りを加えながら堂々とした態度で自慢げに話し出す。
「なんでって、ヒルちゃんの話をしてたからですよ~。小さいころはね、大きな人形を引きずって歩いてたこともあるんですよ~? かーわいーですよねー」
「お前はヒルダの親かなにかか」
「担当医ですね~、ぬっはっはっは。ボクは可愛い子の味方です!」
「ヘイケ先生……お言葉ですが、なんだか犯罪の臭いしかしません」
「いやだなあ、カルラさん、ボクは子供がだーい好きなお医者さんなだけですよー、ぬっはっはっは。ほら、写真だってこんなに!」
ドクターコートの内側から分厚い手帳を取り出すと、溢れるように写真がバラバラと床に落ちる。その写真はどれも子供のもので、遊んでいる姿や、どアップの笑顔の写真、ピースをしている姿、元気よくご飯を食べている様子、何かに集中して取り組んでいる様子、中には入浴中の写真や水着姿の子供達の写真もあった。そして、その中には隠し撮りをしたようなアングルのものまで含まれていた。
それをみたフィランダーとカルラは顔を引きつらせる。
「……カルラ、ナヴィアを呼んどけ」
「もうすでに呼んでいます。ロリコン盗撮野郎がいると……」
「ちょ、カルラさん!?」
タイミング良くノックが部屋に鳴り響くと、扉向こうから快活な女性の声が聞こえてきた。
「ナヴィアです! メッセージが来たので、急行しました!」
「ご苦労、入ってくれ」
ガチャリと扉を開くと、灰色のナース服を身にまとう一人の女性が入室してきた。
彼女はナヴィア・ローク。
茶髪のショートヘアに茶色い瞳、そして腰に巻いている弾帯ベルトには、色とりどりの薬品が装着されている。
ヘイケの助手兼診療所の看護師であり、灰の部隊の隊員でもある彼女は、笑顔でヘイケに近づいていく。
「さあ! ヘイケ先生! 次の診療があるから帰りますよー!」
「ちょと早すぎません!?」
「ヘイケ先生がヌルッと入室してきたタイミングで連絡を入れておきましたので、時間的にはバッチリですね」
「カルラさん、優秀すぎませんか? これでモテないなんて……」
一言多いヘイケの言葉に、カルラは鋭い目つきを向けた。
ヘイケは顔を引きつらせて口に手を当てるが、その瞬間、腕と脇をガシッとナヴィアに拘束される。
「ナヴィアさん、ナヴィアさん、肩、はずれそ――オフッ」
「大丈夫です! 私、肩、はめられますから!」
「いや、そういう問題じゃ無くてですネ――ああああたあぁっ」
「連れて行ってくれ」
ナヴィアは敬礼しながら「了解しました! ほら、ヘイケ先生、足を動かして!」と笑顔でヘイケの腕を背負い投げするように肩にかける。
「いや、肩上がってて歩きにく――ナヴィアさん、力、つよいですよ!?」
がっしりホールドされたまま引きずられて部屋を後にするヘイケ。
ナヴィアは常に満面の笑みだった。
「デスクに資料、おいてますんでぇぇ――ぁー」
廊下からヘイケの声だけが反響して部屋までとどく。
カルラは床に散らばった写真を丁寧に集めると、フィランダーの机に置いた。
置かれた写真の一枚を手に取るフィランダー。
写真の中の女の子は、笑顔を浮かべて楽しそうに遊んでいる様子が写っていた。
フィランダーが写真を裏返すとヘイケのメモが記載されていた。
『○月○日 ヴェイルグリーン症候群の除去治療から百二十日目が経過。 異常なし、今日も施設のプールで遊んだ後、新しく友達を作って楽しそうにしていた。お母さんも安心しているようで、よかった――』
「あいつは真面目すぎる」
「この写真、どれも症状の経過観察で撮られた写真でしょう……複数枚、怪しいモノもありますが……」
「……ま、まあ、ティアミンの人間は皆ヘイケに助けられてる。俺達もな。ただ、居座ると長いからな、アイツは……」
写真を元に戻すとフィランダーは、いつの間にかヘイケが置いていた封筒を手に取る。
先ほど廊下で叫んでいたやつか――と思いながらフィランダーは、封筒の中身を取り出す。
「診断書……?」
少し厚みのある二つ折りの診断書で、確認すると、先日保護されたネラ・クベルカに関するものだった。診断書を見たフィランダーは眉をひそる。
「魔粒子過敏症……」
《毎週金曜日に更新予定》
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