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物理特化型魔女  作者: ハピむら・R
一章 危険の知らせは、波打つ空とともに
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十話 『雨の通り道』

 ユゲル高原東部 汚染エリアポイントC―3

 ティアミンから南に約百キロメートル地点。


 

 足下に敷き詰められた一つ葉のクローバーが地面を覆うように群生し、踏みしめる感触は柔らかい。

 この場所は死の大地でも緑が目に付く数少ないエリア。

 グリーンスポットと呼ばれる、周囲が一キロメートルにも満たないこの場所では、木々も点々と生えており、魔スクを着用する必要もなく安全に呼吸をする事が出来る。


「この場所は、順調に育っていますわね……あと二分と言ったところ、ですわ」


 お嬢様口調で話し、上品にしゃがみ込む彼女は、ローラ・カルヴァート。

 ウィッチャー支給のショートコートを着用し、チェック柄のスカートと同じチェック柄のニーハイソックスがよく目立つ。

 覗き込むように一つ葉のクローバーを眺める彼女の長い銀髪がクローバーの葉をくすぐる。

 ローラは、順調に成長している一つ葉のクローバーを細い腕でゆっくりと払うように愛おしく撫でると、彼女の銀髪もまた一緒になでられ揺れ動く。


「この場所は、っすよ」

 

 少し離れた場所では、ガニ股座りのバトラがクローバーの経過観察を魔携端末(スマートデバイス)に記録していた。

 画面に表示されたチェックマークを定常作業のようにポチポチと押していくだけの記録作業に、バトラは備考欄に気付いたことの注釈をまめに添えていく。


「まぁまぁ、バトラくん、こういった場所から一つずつやっていかないとね……あと二分だって、バトラくん、間に合いそうかな」

「やってるっすよ。記録はもう少しで……」

 

 のんびりと話すコームの言葉に返答しながら、記録を取るのをやめないバトラの指は高速で魔携端末(スマートデバイス)をフリックしていく。


「アーモンドさん? 色艶(いろつや)の記載を忘れずに。とても「しずる感たっぷり」な成長具合だと」


 魔法で霧吹きのように水を飛ばしているローラの周囲には、光を反射する雫が艶めき、一つ葉のクローバーがしずる感満載に輝いていた。

 バトラは毎度のことだなと、半ばため息交じりで「うっす」とぶっきらぼうに返答しながら、もくもくと記録作業を進めていく。


「うっし、終わった。先輩達、記録付け終わったっすよ」

「いやー、いつもありがとうね、バトラくん」

「よくやりましたわ、バトラさん。「しずる感」もしっかり記載していますわね、上出来です。あと三十秒、南東ですわね」

「ま、下っ端の仕事っすから」


 本来、上下の関係はなくチームの誰かが記録をすれば良いのだが、バトラはいつも率先して記録付けをしている。

 彼曰く、「いざってーときに、経験不足の下っ端は判断をミスる。なら、周囲の警戒はパイセンが。雑務は俺が……」とコームとローラのチームに入ったときに言っていた。

 彼等のチームはバトラが入隊してきてから、記録はバトラが、魔法を使った大まかな周囲警戒をローラが行い、コームはいつも目視で周囲を警戒する。


「アーモンドさんが、記録を付けてくださいますので、私は索敵に集中できていいですわ。そろそろ見えてきますわよ」

 

 ローラが索敵で捉えていたプロティアンが木々の間から現れる。

 クマのような見た目のプロティアンがコーム達三人に気付くと、立ち上がって威嚇をするように咆哮する。立ち上がった姿は、四メートルはある木と同じくらいの高さがあった。

 奇妙に変異した後ろ足は、膝に当たる関節が一つ多く、まるで折りたたみ式のバネのような見た目をしている。

 

「グリーズフットだね。ここは僕が担当しようかな」

「俺じゃあ、周り、燃やしちゃうんでお願いします……ローラ先輩は……」


 チラッとローラを見るバトラ。だが、バトラはローラが戦う姿を今まで見たことがなかったので、全面的にコームに任せることにした。


「……戦い方、よく知らないんで」

「まあ、バトラさん、知らないなんて失礼ですわね」

「いや、先輩、いつも戦わないじゃないっすか」

「ローラくんが戦うと僕たちも危ないし、後が面倒だから、ここではやめておこうか」


 そう言いながら、コームが魔法展開杖(ワンド)――スティックタイプ――の先をくるくると宙で回すと、グリーズフットの周りに青白いサークルが出現する。

 魔粒子の収束を感知したグリーズフットが四つん這いになる。すると、後ろ足をバネのように使い、一瞬にして間合いを詰めてくる。それは、射出されたロケットのような突進だった。

 だが、コームが作り出したサークルがそれよりも速い速度で一気に収束すると、羽交い締めにするように縛り上げる。

 急速な突進を急に止められたグリーズフットの肉体がぐにゃりとゆがみ、獣の叫びが周囲に響いた。


「先輩のそれ、グロいんすよ」

「ん? そうかな? 便利だよ?」


 戦闘中も常に笑顔を崩さないコームの表情は柔らかい。

 青白いサークルはグリーズフットを締め上げ、圧迫していく。

 グリーズフットは、サークルから抜け出そうと暴れるが、一本、また一本と追加されていくサークルに体が縛られていく。

 コームは釣りをするように、暴れるグリーズフットを見ながらタイミング良く締め上げていくと、次第にまったく動かなくなり、うめき声とミチミチと肉を圧迫する音だけが聞こえてくる。

 圧迫され続けたグリーズフットは声すら出せなくなり、閉じきったサークルによって身を裂き裂かれ切断された。

 

「ほら、グロいっす」


 バラバラになったグリーズフットの肉塊と周囲に広がる青緑色の血液。

 魔粒子の影響を大きく受けているプロティアンの血液は青緑色をしている。

 プロティアンに限らず、空や水なども魔粒子の影響を受けると青緑色に変化し、人間もまたヴェイルグリーン症候群の様に、魔粒子が過剰に体内に蓄積されると青緑色の痣となって浮き出てくる。

 まるで毒のようなそれは、一つ葉のクローバーに取っては栄養満点の肥料に過ぎない。

 

「まあ! いい具合にクローバーたちの肥料となってくれましたわね!」

 

 胸の前で手を合わせながら満面の笑みを浮かべるローラ。

 ローラはポーチからクローバーの種(クローバーシード)を取り出すと、骸となったグリーズフットに駆け寄り種をばらまく。

 

「はい、仕上げです」

 

 成長促進液(グロウウォーター)を魔法で霧状にして散布すると、ゆっくりと一つ葉のクローバーが芽を出してきた。

 ローラは肥料――プロティアンの死骸――を無駄にしないようにと、追加で種を蒔いていく。

 バラバラになった肉塊を見ながら嬉しそうに……。

 

「笑ってる……先輩って、クローバー好きっすよね」

「ああ、ローラ君? クローバーというか、彼女は植物全般好きだろうね。使う魔法も植物を操るし」

「まじっすか……植物、どんな魔法なんすか」

「まあ、なんていうか……こう、ね? 一気にくるんだよ。ドカンって」


 うまく説明できなさそうなコームの姿をみて、バトラは深く追求するのをやめた。


「まあ、ウィッチャーやってたら、そのうち嫌でも見るっすよ」

「そうだね。でも、その時は足下から来るから、気をつけないと死ぬよ?」


 ローラの魔法を警告してくるコームは笑顔だった。冗談交じりに聞こえるが、植物を操る魔法がそれほど危険なのかとバトラは少し戸惑った。

 引きつった表情で「うっす……」と返事をした瞬間、コームの笑顔がふと途切れる。


 それと同時に、離れた位置で種を撒いていたローラが、何かに気付いたようにコームとバトラの元へ駆け寄ってきていた。


「お二人とも、少し変ですわよ」


 ローラが指を指す方向を見ると、一つ葉のクローバーが端から枯れていっていた。

 一つ、二つが枯れているのではなく、進行するように一気に枯れていく。数十メートル先から枯れいく一つ葉のクローバーは、すぐに三人の足下にまでおよびだした。

 緑色の一つ葉のクローバーがうなだれるように萎れていき、根元から茶色に変化する。

 ローラがあわてて成長促進液(グロウウォーター)を散布しても変化はなかった。


 見たことのない光景を目の当たりにして、バトラはゾッとした。

 つい先ほどまで、全く問題はなく記録を取っていたのに、ここにきて数秒で広範囲の一つ葉のクローバーが枯れた。

 意味も無く、一歩後ずさる。

 

「なんすか、これ……」

「バトラくん、状況を支部に連絡して。ローラ君は引き続き周囲を索敵。撤退するよ」


 バトラとローラは、コームの指示に対して同時に口を開いた。


「了解」


 三人は、急ぎ足に支部へと撤退を始める。

 足下で枯れた一つ葉のクローバーは、グリーンスポットを東西に分断するように通過していた。


《毎週金曜日に更新予定》

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さあ、遠慮はいりませんよ。さあっ!

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