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物理特化型魔女  作者: ハピむら・R
一章 危険の知らせは、波打つ空とともに
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九話 『前兆』

「ユディ! ばとんターッチ!」


 破裂音が響いた方向に駆けつけたヒルダは、ユディタが戦闘態勢になっているのを見て、無鉄砲に飛び出していた。

 ユディタの背後の岩陰から飛び出したヒルダが、ネラに一直線に突撃して行くと、ネラはヒルダに向かってハンドガンを撃ち込み応戦する。

 ネラが撃ち込んだ弾丸は、ヒルダが広げた傘によって全て弾き返される。


『硬化魔法リジディティ』

 対象の物体を硬くする魔法。重さはそのままに、硬度は鉄ほどになる。


 走りながら体を低く、開いた傘のろくろ――傘を開閉するために握る部分――を握り、短く持った傘に隠れるように突っ込んでいくヒルダ。

 防魔繊維の弾力と鉄の固さが合わさった傘は、ネラが撃ち込む弾丸を寄せ付けなかった。


「ムダじゃないかなっ!」

「チッ……」


 右手で傘を展開したまま、ヒルダは腰に装備していたサブのワンドに左手を添える。

 接敵するヒルダとネラ。

 ネラは弾切れのハンドガンを放り、腰に添えていたマチェットを鞘から取り出す動作のまま振り上げる。

 自分の腕を支えにして左手の傘でマチェットを受け止めたヒルダは、右手の傘を広げたまま振り下ろした。

 距離を取ろうとバックステップをしたネラを追うヒルダ。その足運びは、一定の距離を保つ卓越した足運びだった。


「ク、このっ……!」

「あんた、接近戦は苦手そうじゃん? あたしは、得意なんだよね!」 


 半棒術。

 二本の棒を扱った対人戦闘技術。

 ヒルダは傘を棒として操り、ネラがマチェットを操る軍隊式のブレードコンバットをことごとくなぎ払う。

 ネラが繰り出すブレードコンバットは、なぎ払いや突き、体術を駆使した連続的な攻撃に対して、ヒルダは半棒術と傘を使ったオリジナルの防御術。

 ネラの払いの攻撃は閉じた傘で、突きは開いた傘でいなし、体術は足運びで対応するヒルダ。

 防御主体の対応をするヒルダに、ネラの攻撃は届かなかった。


 苦しまぎれに突いたネラの一撃は、傘で器用に絡め取られ、マチェットが手元から外れて飛んでゆく。

 広げた傘の石突きで押し倒され、ネラは地面に横たわった。

 

「はあ……はぁ……プロティアンを相手にするウィッチャーが、対人戦闘が得意なんて……あんた……はぁはぁ……おかしいんじゃないの……」

「意外といるよ? 強い人、私以外にも」


 ネラが所属していた軍隊は本来、プロティアンを相手にするのではなく対人間を目的として訓練されている。

 相手が魔法を使っているとはいえ、対人戦闘に自身のあったネラにとって、傘二本で圧倒してくるヒルダは誤算でしかなかった。 

 そして、ヴェイルグリーン症候群の影響で、少し動いただけで体力の大半が奪われる状態では、立ち上がって徒手格闘をする力はもうなかった。

 傘の石突きを突きつけてヒルダはネラを見下ろした。


「ヒルダ! 保護対象よ」

「ほご……?」


 首元の痣の色と苦しそうに息をする姿。

 拘束ではなく、保護対象とユディタに声を掛けられたヒルダはネラを注視して理解する。


「ほーん、あんた、手遅れになる前にヘイケ先生に見てもらわなきゃじゃん?」


 モースランドル共和国内でヴェイルグリーン症候群にかかった人間は、国民、非国民を問わず、保護対象として適切な治療を無償で受ける事ができる。

 医療機関で体内から魔粒子を抜く魔法をかけるだけで、治療自体はすぐに終わる。

 だが、ネラは保護されるのをよしとしなかった。


「……」


 ヒルダを睨むネラの呼吸は荒い。


「何日、死の大地(ここ)を歩いてたのかしらないけど、それ、治さなきゃ帰れなくなっちゃうよ?」

「は、ッハハハ……」


 ヒルダの言葉に、ネラは笑いだす。苦しそうにしながらも、笑わずにはいられなかった。


「な、なによ……」

「……私はね、パルスリートの人間よ。帰還は……できないわ、そういう国だもの」


 言っている意味が分からないと、ヒルダは言葉を詰まらせる。

 だが、ユディタはネラの言わんとすることが理解できた。


「生存戦略、だったわね……たしか、パルスリートではヴェイルグリーン症候群は……」

「ええ、滑稽なことに忌諱される存在よ、ヴェイルグリーン症候群にかかったら最後……処分の対象。我が国ながら笑えるわ……」

「処分ってなにそれ……まだそんなに――」

「ヒルダ、私達の国と違ってパルスリートでは症状の進行度は関係ないわ、ヴェイルグリーンの発症者となった時点で危険因子と見なす……そうよね?」

「詳しいじゃない」


 ユディタの言葉を否定しないネラは、小さく溜め息をこぼす。何かを諦めたように笑いだし、額を手で覆った。

 それを見たヒルダは、ネラの不可解な行動が解せなかった。

 モースランドル共和国では治療が出来るんだし、ユディタやアタシと戦わずに保護されてしっかり治療を受けて、帰ればいいじゃんか、と。

 懐の探り合いが出来ないヒルダは、思った事を口にする。

 

「それなら、あんた、なんで保護を求めなかったし! おかしいじゃん」

「分からないの? ……あなたって見た目通り頭が悪いのね」

「はあ?」

 

 生存戦略――ネラにとっての生存戦略はモースランドル共和国の人間……特に捕虜や保護対象として捕まるわけにはいかなかった。あくまで、一般市民として偽りながら潜入する手段が望ましかった。

 ネラはパスポートを持った旅行客ではない。

 兵士の服を着て、軍人として任務を遂行していた。原因や理由はどうあれ、保護された他国の兵士の扱いは決まっている。


「ヒルダ、私達が保護をしてヴェイルグリーンを治せても、旅行者でない限り、他国の人間は強制送還よ」

「あ……」

 

 ネラが必死に抵抗してきた理由が分かった瞬間だった。

 保護されればヴェイルグリーン症候群は治るだろう。しかし、その後は強制的に帰国の途につかなければならない。であるならば、不法入国をして、闇医者でも見つけてヴェイルグリーン症候群を治した後、モースランドル共和国に潜伏したままの方が生き残れる望みはまだある。

 パルスリート君主国に帰ってしまえば、待っているのは処分という死だけだ。

 

「……傘女、覚えておくといいわ、パルスリートではね、危険因子は排除するのよ。合理的で機械的で効率を追求する……あの機械どもは、化け物のタネを持ち込んだりなんてしないわ」

 

 ゴーンゴーンゴーンゴーン…………――――。

 突如として空間を覆うように空がうめきをあげだした。

 聞き覚えのある音にヒルダは体を硬直させ、目を見開く。

 鳴り続けるその音は、低音の不気味な鐘の音のようで、ユディタは急な出来事に戸惑う。


「この音は……なに……」

「あんた達も逃げなきゃ、のまれるわよ、あの化け物に――」


 その時、ユディタはこの状況の不自然さに気付いた。

 国境付近まで現れたパルスリート君主国の兵士。たった一人で、しかも、自国側に逃げずに、わざわざ死の大地を横断してまで、こんな場所にいる理由。

 

「あの化け物ってなに!? あなた、いったい何から逃げてきたの!」

「そんな叫ばなくても、もう分かってんじゃないの?」

「わからないわ。どんなプロティアンから逃げてきたの……」

「プロティアン? まあ、そうだけど、そんなものではないわ……私達はね、北へ北へと逃げるしか手がなかったのよ……それももう、必要なくなったけどね」

「……プロティアンじゃ、ない……?」

「そこの傘女は、何かわかってるみたいよ?」

 

 呼吸の落ち着いたネラは体を起こすと、先ほどから異常な反応を示すヒルダを見ていた。

 ヒルダは空を見つめていた。震える体に力を込め、恐怖で歪みそうになる表情を抑えようと、歯を食いしばっていた。

 

「また……なんで……――」

 

 それは、ヒルダが小さい頃に経験した前兆そのものだった。

 空が波打つように揺れ動き、その波が押し寄せるようにこちらへと向かってくる。

 その空を見続けるヒルダの呼吸は次第に荒くなり、やがて過呼吸に陥りそうになる。

 普段見ないヒルダの様子に困惑したユディタは、彼女の肩にそっと手を置いた。その瞬間、ヒルダはハッと我に返った。


「……ヒルダ、撤退するわよ」

「うん、了解……」

「あなたも、保護されなさい。いいわね?」

「…………ええ」


『エリア変動』

 その前触れを彼女たちは、確かにその目で確認した。

《毎週金曜日に更新予定》

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さあ、遠慮はいりませんよ。よしなにお待ちしております。

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