Ⅷ.純愛のススメ
実習が終わり、以前よりも増して教師になりたいという思いに駆られた。
大学に戻ると、まだ和哉は実習中で学内では一人になることが多くなった。
しかし、あの一件でヴォーカルの魅波くんとではなくギターの剣斗と付き合ってると知った佐々木沙綾はいきなり静かになった。
剣斗の過去を知るファンたちは絶対に干渉してこない。
これで賢の戒厳令も緩和され、平穏な大学生活に戻ったのだ。
「亜紀、相沢くんは?」
「まだ実習中。あ、そういえば!そうちゃん翼のバンドのライブ行く?」
「7月7日!」
「七夕なのか。まあ、予定はないけど。亜紀の彼氏も見てみたいし、どんなバンドなのか気になるし行ってみようかな。」
「わたしも一回しか行ったことないんだけど、すっごくかっこいいよ。」
「中学の奴らは?」
「色々忙しいみたいで、来れないって言ってた。悠奈はDIM-TAMのファンだし、泉と圭吾も誘ってるから、翼には4枚チケット頼んでおくね。」
「亜紀の分は?あ、彼氏の方で頼むのか。」
「うん、うちのお父さんも行きたいって言うし。お母さんは相変わらず韓流スターの追っかけでいないみたいだけど。」
「なんか今日は元気だな、亜紀。」
「え、そうかな?」
「うん。彼氏に会えるとか?」
「今週は関東エリアだから、日帰りできる距離だしね。来週、大阪名古屋で、再来週がツアーファイナル。」
今日から一週間は賢の家で半同棲生活ができる。両親も承諾してくれた。
「じゃ、またねー!」
「おう!チケットの件よろしくな!」
わたしは、宗太郎とわかれて校門に向かった。
「あれ…あの車は…」
白の高級車…魅波くん…?
「亜紀ちゃん!」
「魅波くん、どうして?」
「剣斗がまだ撮影終わらなくてさ。俺が長引いちゃったからなんだけど…それで代わりに迎えに来た。さ、早く乗って!」
魅波くんの車の助手席は3ヶ月ぶりくらいだろうか…
「撮影って…今日は何の?」
「PVだよ。」
「もしかして、あの歌の?」
「そう。インディーズラストシングル。」
「聴いたよ。」
「剣斗から手紙受け取ったよ。ありがとね。」
「魅波くんに悪いことしちゃったなって…あの時からちゃんと話してなかったから…。」
「亜紀ちゃん、俺は本当に心から感謝してる。」
「え…?」
「亜紀ちゃんが居なかったら、俺はメジャーデビューしても適当な奴だったかもしれない。だから、あの詞を書いたんだ。剣斗と上手くいってるみたいだし、俺の出番は今はないかもって思ったらすごく寂しかったけど、でも…大切な人が幸せであることを願うって…今まで抱いたことがない感情だったから。」
あの日、賢に託した手紙には、あの歌を聴いて魅波くんに伝えたい想いがたくさん溢れてきたことを率直に書いた。
聖太くんへ
最近、元気がなさそうなので心配になって手紙を書くことにしました。
あの日くれた雑誌に書いてあった新しい曲…賢が聴かせてくれました。
本気で人を好きになった相手が私で良かったのかな…なんて思ったりしました。
最後の歌詞、本当に嬉しかったです。
いつか迎えに行く…
本気で私のことを大切に思ってくれてたんだと知って…聖太くんのこと傷つけちゃったなあって…
私も前に好きな人にフラれて、その後告白してきた好きでもない適当な人と付き合ってしまったことがあります。とっても心が虚しくて、自分が汚い存在だと思ってしまって、自己嫌悪に陥りました。
私のことを本気で好きになったと言ってくれた聖太くんなら、いつか本気で好きになった運命の人と結ばれるんじゃないかなと思います。
賢が私の運命の人なのかも正直わからないし…神様って意地悪。
でも、分かってたら人生つまらないよね。
聖太くんに惹かれていたのも事実です。お母さんに紹介された時はさすがにびっくりしたけどね。
でも…幸せになりたいという気持ちが誰よりも強いのは聖太くんだと思います。
私は、聖太くんの幸せを祈ってるよ。
亜紀
「あの手紙もらった時、亜紀ちゃんのこともっと好きになっちゃった。でも、自分が亜紀ちゃんのこと傷つけちゃったから…仕方ないかな、なんて思ってね…」
「あのことが無ければ…きっとそんな未来もあったかもしれない。」
「でもまだ、諦めてないからね?」
「賢に宣戦布告だね?」
「だって、いつチャンスが来るか分からないもんね!」
「ふふ。魅波くんって本気になるとかっこいいね。」
「え、俺かっこよくなかった?」
「ううん、可愛いというか、甘えん坊さんかと思ってたから。」
「亜紀ちゃんに出会えて変われたんだと思う。」
「わたし、そんなに人に影響を与えること少ないんだけどなー…」
「俺も、そんなに影響されるタイプじゃなかったんだけどな…」
そんな話をしていると、住宅街に車が入っていく。
「今日はどこで撮影してるの?」
「スタジオ。もうすぐで着くよ。」
「わたし、行っても大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。社長だって亜紀ちゃんのこと知ってるしね。」
「社長さん?どんな人?」
「あのRyuの店長の弟が事務所の社長だよ。」
「え!そうなんだ!」
「あとで紹介するね」
車を停めて、スタジオに案内されると、魅波くんの歌声が入った音楽がずっと流れていて、入口から近いところのテーブルに翼と柳さん、他に2人の男性が座っている。
「お、亜紀。久しぶりだな。小森の結婚式ぶり?」
「君が?」
「あ、充さん。紹介しますね。僕の彼女の、谷沢亜紀ちゃんです!」
「魅波の?最近女遊びが静まったと思ったら、こんな美人さんを彼女にしたのか。なるほどな!」
「おい、魅波。剣斗にあとで怒られても知らねーぞ。」
「純!それだけは勘弁だ!!」
「充さんに嘘ついたから、竜さんにも怒られるな。」
柳さんが魅波くんをからかってると、充さんがわたしの目の前にきた。
「谷沢亜紀さん。よろしくね。僕は西川 充。」
「わたしは、翼と同級生で…」
「聞いてるよ。賢と真剣に付き合ってるって。」
「え、あ…はい。」
「魅波も君に夢中だって聞いてたから、どんな子かと思ったけど、こんなに清純そうなお嬢さんで納得したよ。」
「魅波くんには悪いことしちゃったって思ってるんですけど…」
「事務所としては、今の関係が一番いいと思ってるよ。魅波のことで警察沙汰になるのは避けたいからね。君にも辛い思いをさせてしまったね。もっと早く君に会って謝罪をしなければと思っていたんだが…」
「いえ…今は嫌がらせも落ち着いたので、大丈夫です。」
「郁弥!ちょっと来い。」
「はい!」
「新しいマネージャー。」
「はじめまして。久山郁弥と言います。」
「谷沢亜紀です。」
「メジャーデビューに向けて色々と大変になるから、また何かあったら久山にすぐに相談してくれ。メンバーだけじゃ収まりきれないことも出てくるだろうから。」
「わかりました。」
そんな話をしていると、撮影してるスタッフさんが
「剣斗さんアップでーす、お疲れ様でした!」
という声が聞こえ、剣斗が私たちの元に走ってきた。
「亜紀、ごめんな。迎えにいけなくて。」
「ううん。魅波くんとも話せたし、よかったよ。」
「剣斗。亜紀さんを大切にしろよ。」
「充さんに言われなくても大切にしてますよ」
「なんか、お前も変わったよな。男って女の質で変わるって本当なんだな。」
「充さんも奥さんのこと大切にされてるし、見習わなきゃと思ってますからね。」
「そんなに褒めても何も出ないぞ?あ…これからBUTLERのマネージャーとミーティングなんだ。あとは郁弥頼んだぞ。」
「はい。」
「亜紀さん、剣斗のことよろしくね。剣斗も、活動も大事だけど亜紀さんのことも守ってやれよ。」
「はい!」
充さんはそう言ってスタジオを後にした。
賢の撮影が終わり、柳くんが撮影に 入って、わたしと賢は少し離れたところで二人で話していた。
「充さんって、あの竜さんの弟さんなんでしょ?」
「あの2人は伝説のバンドマンなんだ。」
「え…そうなんだ。」
「すっごく人気があってさ。でも、ある時メンバーの1人が暴力沙汰で捕まって、活動休止。それから、充さんは色んなバンドのプロデュースに回って、事務所を立ち上げたんだ。竜さんは元々充さんに誘われてバンドを始めたんだけど、料理が好きでさ。それで調理師免許取って店をやってるんだ」
「そうだったんだ…」
「今日はたまたま魅波の撮影時間が押して、俺の撮影が遅くなって、それだったら迎えに行ってやれって充さんがね。」
「充さんってメンバー想いなんだね。」
「だから、事務所としても社長としても成功してるんだと思う。奥さんとのこともバンド組んでた頃からの付き合いだったらしくてさ。そりゃ、守るのは大変だったって言ってた。」
「なんか、バンドマンって過去の魅波くんみたいな遊んでる人が普通だと思ってた。」
「なんだよ、その偏見。」
「…賢は、充さんのこと尊敬してるんだね。」
「まあな。充さんには逆らえねえよ。」
二人で話していると、翼が近づいてきた。
「賢。オフショットのインタビューだけ撮るらしーから、それだけよろしくな。」
「翼も撮るの?」
「当たり前だろ!」
「見たい!」
「亜紀は見なくていいから。」
「翼の意地悪!」
「はは!お前ら…やっぱりずっと中学の同級生だな」
「賢、うるさい!もう!」
「ごめんごめん。翼も俺の奥さんにちょっかい出すのやめてくれよ?」
「亜紀の旦那、過保護すぎるからな。」
「こんな可愛い奥さん持ったら不安になるよ、ねー、亜紀ちゃん!」
と、唯一化粧を落としてる魅波くんが抱きついてきた
「魅波…お前は何やってるんだ!」
「いいじゃん。亜紀ちゃんはまだ剣斗の所有物でもないし。」
「ほら、柳がそろそろ撮影終わるから、インタビューだけ行ってこい。」
「いいか、魅波!亜紀に変なことしたら許さないからな!」
そう言って、賢はカメラの前に置かれたイスに座り、インタビューを受けていた。
ーインディーズラストシングル、ファンにはどんなところを注目して欲しいですか?
んー、初めて魅波が全部書いた歌詞で、いつもなら曲から作って歌詞は後からなんですけどね。この曲だけは魅波が先に歌詞を書いて、玲架が曲を後から作ったので、シングルで初めてのバラードになりました。歌詞はもちろんですけど、曲もインディーズラストということで書いたんで、色んな部分に注目して聴いて欲しいです
ーメジャーデビューが決まりましたが、意気込みは?
もちろん、活動の幅は広がると思うし、チャンスだと思ってます。でも、DIM-TAMを守っていくためには、初心を忘れないでやっていくことかもしれないですね。そのための、このインディーズラストシングルであって、色んな意見ありましたけど、忘れちゃいけない想いとかファンに対しての想いとか全て詰まっている曲だと思うので。この曲から次のメジャー第一弾が始まると僕は思ってます。
ー最後に、ファンに一言お願いします
いつも応援してくれてありがとう。これが、インディーズでのラストシングルになります。
これからもみんなが求める音楽を追求していこうと思うので、メジャーデビューしても俺らについてきてください。
いつもの賢もかっこいいけど…
間近で見るアーティスト・剣斗は引き込まれるようで…なんだかファンの気持ちがわかったような気がする。
ファンに対しても、優しい剣斗。
わたしにはもったいないくらい…
時には厳しいことを言ってくれたりする。それが、賢なりの愛なんだとわたしは分かってる。
「亜紀、帰るよ。」
「うん。じゃ、翼頑張ってね!」
「うわー、俺みんなのこと待ってたのに先に帰るなんて酷いぞ」
「魅波と柳がいるからいいだろ?それとも亜紀に居て欲しいのか?」
「馬鹿か!ほら、そこのバカップル、とっとと帰れ!」
「もー、翼は素直じゃないもんね!」
「じゃ、あとはよろしくな。」
翼たちと別れ、賢の車に乗り込み、
「いいこと考えたんだけど」
と賢がいたずらっ子の顔をした。
「いいね!翼のお母さんに連絡してみる!」
…と電話をし、翼の家に行くことになった。
「亜紀ちゃーん!剣斗くんも!久しぶりね。」
「はい!」
「剣斗くんとお付き合いしてるんだってね。」
「おかげさまで。翼には感謝しなきゃです。」
「さ、早く準備始めましょ!電話もらってたくさん買って来ちゃった!」
もうすぐ翼の誕生日。ちょうど遠征中になるから、と翼の家で急遽パーティをすることにした。
「賢は部屋の飾りお願いね!あと、魅波くんにも連絡しておいて!」
「了解!」
「なんだか、お二人お似合いね。」
「亜紀はモテるから心配なんですよ」
「あら、亜紀ちゃん大変ね。」
「そんなことないですよ!」
ケーキは1時間で作れるように翼のお母さんがスポンジのたねを作っていてくれて、あとは焼くだけ。
「亜紀ちゃん、やっぱり料理上手ね。」
「お母さんが下手くそだから。」
「あら、そうなの?瑠美子さん面白いものね。」
「毎回、韓流スターのイベントで家にいないの。本当に昔はお嬢様だったのかわからないくらい!」
「料理は誰に習ったの?」
「お父さんかなぁ。お酒が好きだから、お酒に合うおつまみ作るの好きで。」
「うちのお父さんにも見習ってほしいわ。」
「あ、おじさんは今日は?」
「今日は早めに帰ってこれそうって。亜紀ちゃんが来るって言ったら、飲み会も断って来るって。」
「亜紀、翼のお父さんに愛されてるよな。」
「うちは娘がいないからね。三人兄弟でね」
「そういえば、海ちゃんとひっくんは元気にしてるの?」
「海と光もまだ結婚しなくてね、本当何やってるんだか。」
「海ちゃんはまだニューヨークにいるの?」
「そうなのよ。光は薬剤師になるために京都の大学にね。」
「ひっくんは5年生だっけ?薬剤師になったら戻ってくるの?」
「まあ、そのつもりみたいだけどね。海なんてもう30歳なのに結婚の話はないし。翼はどうなのかしらね?」
「翼はまだまだかな。」
「亜紀ちゃん、いい人紹介してあげて。」
「いい人…翼というか、玲架のことが好きな友達なら居ますよ!でも、ファンで居たいって会いたがらないんですよね」
「あら、もったいない!」
「悠奈ちゃん?」
「うん。」
「俺とは普通に喋るのにな。あ、携帯鳴ってる。魅波からだ。…もしもし?ああ、こっちはもう準備終わるよ。ああ、よろしくな。」
電話を切ると
「亜紀、お父さんに会いに行かないと」
と時計を見て言った。
「え、お父さん?うちの?一雄に?」
「今日のことまだ言ってないしさ。」
「言っておいたよ。」
「俺が挨拶してないってこと!」
「もう、賢は過保護すぎるの!」
「亜紀!何言ってるんだ!」
二人が少し言い合いになると、翼のママが間に入った。
「二人とも落ち着いて。亜紀ちゃん、剣斗くんはあなたのことを本当に大切に思ってるのよ。付き合っているからってそこまではやらないわよ、普通。さ、行って来なさい。亜紀ちゃん、パパによろしくね。」
「おばちゃん…」
「亜紀ちゃん、早く行かないと翼が来ちゃうよ。剣斗くん、ほら連れてって。」
「亜紀、行くよ。」
「うん…」
賢は後ろを振り返ることなく私の前を歩いてる
「賢…ごめんね…」
「何?」
「過保護とか言っちゃって…」
「怒ってないよ」
「本当?」
「本当。亜紀、おいで。」
賢の背中に抱きつくと、
「亜紀、大胆すぎるよ」
と賢は言った。
「さ、早くお父さんに挨拶して翼の家に戻らないと。」
賢はわたしの手を取り、走り出した。
「ちょ、賢!早い!」
お父さんに挨拶をし、「翼くんの誕生日のお祝いに」と、ワインを持たされ、私たちは翼の家に戻り、テーブルの準備をしていると、魅波くんから「もうすぐ着くよ」と、連絡が来た。
「もうすぐ着くって!」
「ふふ!なんかウキウキするわね!」
魅波くんを先頭にリビングに入ってきて、「ハッピーバースデー!!」とみんなで翼の誕生日を祝った。
21歳。夏生まれの翼は、いつもわたしのことをガキ呼ばわりしてたっけ。
「な、なんだよ!お前ら先に帰ったと思ったらこんな事を!?」
「賢が考えたんだよ!」
「ありがとな。」
「あたりまえだろ?亜紀を紹介してくれたお礼に毎年やらなきゃだしな。」
久しぶりに翼の家に集まり、みんなでわたしと翼のお母さんとで作った料理を食べた。
少し経っておじさんが帰ってきて、賢と付き合っていることを知り、嘆いていたのは言うまでもない。
「これが兄貴たちだよ。で、隣で泣いてるのが亜紀。」
「ちょっと!何見せてるの!」
「昔の写真をな。亜紀、めちゃくちゃ可愛いんだもん。」
「博人くんとよく5人で遊んだよな。いつもさ、亜紀は海ちゃん!ひっくん!って言って後ろついて行ってたよな。」
「海ちゃんもひっくんも翼とは違って昔から優しいの。」
「ま、俺らだけが同い年だからな。」
「なんか、憧れるよな。幼なじみなんてさ。」
「え、そうかな?」
「俺は一人っ子だし、いとこも居ないし羨ましいな。」
「亜紀の初恋は海兄だもんな。」
「翼じゃないの?」
「あたりまえじゃん!海くんってね、昔から頭が良くて、それでいて紳士で、泣いてるとすぐに慰めにきてくれたし、光くんも翼とは違って本当に優秀なの!」
「この写真は翼に泣かされてお兄さんたちが慰めてくれた写真なのかな?」
「博人と翼がいじめたんだと思う。」
「その写真のことは覚えてないけど、亜紀が泣く原因はいつも博人くんと俺だったかな。」
「女の子は泣かせちゃだめでしょ、翼。」
「だから彼女も出来ないのかー。」
「うるさいなー、俺は彼女を作らないだけ!」
そんな話をしていると、時計は22時を回っていた。
「さ、俺らは帰りますかね。」
「亜紀ちゃん、今日から剣斗と同棲するんだって?」
「一週間だけね。」
「亜紀の実習も終わったし、今週は家に帰れるしな。寂しい思いさせてるし、たまにはいいかなって。」
「今週は埼玉、神奈川、千葉か。」
「再来週でツアーが終わるなんて、不思議だな。」
「もう亜紀と付き合って3ヶ月ってことになるな。」
「そっか、ツアー始まる前のファンクラブ限定ライブに来たんだよね?」
「じゃ、亜紀の家に荷物だけ取りに行かなきゃ行けないから帰るわ。」
「亜紀ちゃん、剣斗に何かされたらすぐに電話するんだよ?」
「魅波、何もしないわけないだろ?今夜はあんなことやこんなことをするに決まってる。」
「こら、翼!だから彼女出来ないのよ!」
「さ、行くか。亜紀。」
「亜紀ちゃん、じゃあね!」
「魅波くん、今日はありがとね!」
「剣斗!明日のインストアだけは忘れんなよー。」
「翼、お誕生日おめでとう!またね!」
翼の家に止めてある車に乗り、家にお泊まり用の荷物を取りに行き、賢の家に着いた。
「おじゃまします。」
「一週間、よろしくね。」
「こちらこそ。」
「亜紀…愛してるよ」
「わたしも、大好き。」
賢と一緒に居られる時間がとっても幸せで、1日…24時間がこんなにも短いと思わなかった。
家に着いてから、お風呂が沸くまで2人でテレビでお笑い番組を見たり、そんなことでも幸せに思えた。
「あ、そうだ。」
「どうしたの?」
「亜紀に渡したいものがあって。」
「渡したいもの?」
そう言って、ソファから離れ小さな引き出しから何かを取り出しわたしに手渡した。
それは、鍵とキーホルダーだった。
「え、どこの鍵?」
「亜紀、普通に考えてこの家の鍵だろ。」
「このキーホルダーは?」
「竜ちゃんから、亜紀と俺にって。ほら、これお揃いなんだ」
「竜さんも充さんもメンバー想いだね。」
「これからは、いつでも来ていいからさ。」
「じゃあ、仕事の時はご飯作って待ってるね?」
「そんな嬉しいこと言うなよ…早く帰ってきたくなるだろ。」
と、ぎゅっとわたしを抱きしめた。
「お風呂、入ろっか。」
「恥ずかしい…」
「もう、俺我慢できないんだけど。」
「実習中から我慢してたもんね。」
「今日から一週間は幸せだな。」
「え、毎日するつもり?」
「亜紀、可愛いんだもん。」
半同棲生活の始まり。
幸せな時間が過ぎるのはとっても早い。
どんなに公演で遅くなってもその日には帰ってくることに幸せを感じる。
「ずっと一緒に居られるな」
「仕事以外はね。」
「明日は川口でインストアだから、すぐに帰ってこられるよ。」
「明日は何食べたい?」
「うーん、亜紀が作るものならなんでも食べるよ。」
結婚したらこんな感じかのかな、とか。
いや、いつかはお父さんお母さんみたいな関係になっちゃうのかな、とか。
そんな未来を夢見て、眠りについた。