Ⅵ.絡み合う想い
「亜紀?」
早く着いたため、教室に1人でいると、後ろから誰か声をかけてきた。
水城将…元カレだった。
「どうした?1人で。授業まで時間あるだろ?」
「早く来ちゃって…」
「最近、相沢とずっと一緒にいるから話しかけられなくて。お前ら付き合ってるの?」
「いや…」
「今年もミスコン出るんだろ?」
「誰かが推薦しちゃったみたい」
「あんなことしちゃったけど…ミスコンは亜紀に入れるからさ。いろいろごめんな。何か困ったことがあったら…」
「ありがとう…」
「じゃあな…」
将はそう言い残して教室から出て行った。
別れた理由は浮気だった。
その前の彼氏と別れた後に、いきなり告白されて適当に付き合ってたような気がする。
どうしても好きになれなかった、わたしがいけないんだと思うけど、浮気はかなり傷ついた。
授業が始まる5分前になると、わたしの前に和哉が座った。
「今日は大丈夫だったの?SPは?」
「賢が大学まで送ってくれたからね。」
「なんだ、スーパーSPと一緒だったのかあ。」
「昨日、福岡から帰ってきたの。」
「なんか、出張が多い旦那みたいだな」
「言われてみれば。来週は四国中国回るからほとんど居ないみたい…」
「ま、その間は俺とそうちゃんSPが居るから大丈夫だろ、な!そうちゃん!」
わたしの前に座ろうとしていた宗太郎に声をかけた。
「いつの間にそんなに仲良くなったの?」
「だって、そうちゃんも亜紀のこと昔好きだったんだろ?」
「その話は、時効だ。」
「ということで、僕とそうちゃんは亜紀に振られた同盟ってこと!」
「不名誉な同盟だ。」
そんなことを話していると、おじいちゃん先生が入ってきた。
講義の後、いつものように学食でお昼を食べる。
宗太郎は、小林くんが退学してから教職関係の教科はわたしたちとほとんど一緒にいる。
「そういえば…教育実習はそうちゃんどこ行くの?」
「どこって…中学だよ。」
「そうなの?わたしも副免、中学取るから2週間だけ行くよ」
「もしかしたら一緒かもな」
「あ、でも主免の方が先だから今年は小学校なんだ…」
「俺は小学校4週間!」
「もうすぐだな〜。」
「知ってる先生居たらいいよね。」
「中学は大体3〜4年で学校変わるっていうし、小学校もそんなに長くいないだろ…」
「まあ、そう考えてみれば。掃除のおばさんとか…庁務さんとか事務の人ならいるんじゃない?」
「居そうだな。小学校の掃除のおばさんすっごく怖かったよなあ。担任の先生より怖くてさ、掃除のゴミをゴミ庫に持って行くときゴミの分別が悪いと怒られるからさ、本当行くのが嫌だったよなあ。」
思い出話をしていると、あっという間で…すぐに授業の時間を迎える。
次の授業が終われば、賢に会える…
宗太郎は文学部の授業のため、午後の授業は一緒ではない。和哉は同じ学科だからほとんどずっと授業は一緒だ。
「来週は、ロールプレイングを行う。適当に4人くらいのチームに別れておくこと、ではまた来週。」
3限目が終わり、荷物をバッグの中にしまっていると和哉が慌てて言った。
「あ、亜紀!俺、先生に呼び出されてるんだった。待ってて!」
「でも…」
「あ、そっか…」
「大丈夫…今日の朝も何もなかったし、校門で賢が待ってるはずだから…」
「くれぐれも気をつけるんだぞ!」
和哉を置いて教室を出た。スマホには賢からのメッセージが来ていた。『授業終わった?』というメッセージに返信をしようとしていた途中…
「やざわさーん。」
と、振り向くと佐々木沙綾が不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「ねえ、いつまでDIM-TAMから離れないつもり?」
「え…いつって…」
「だから、魅波と別れろって言ってんの!」
「魅波くんとは付き合ってない!」
「じゃあ、新曲はなんなわけ?」
「新曲…?」
「あんたのことみたいだけど?」
「知らない…」
だんだんと距離を縮めてくる佐々木沙綾…何でこんなことになるの…
賢、助けて…
「はあ?とぼけてんじゃねえよ!魅波とのデート何回か目撃されてるんだぞ?BUTLERのLIVEにも一緒に居たんだって?」
「何でそんなこと…」
「早く魅波と別れろ。」
「だから、魅波くんとは付き合ってない!」
「本命ができたから繫がり全部切ったんだろ?お前しかいないだろ!」
そう声を荒げてわたしにスタンガンを向けてきた
「や、やめて!助けて…!誰か!」
もうだめだ…ボコボコにされる…
「おい!何やってるんだ!亜紀から離れろ!」
その声は、水城将だった。
「お前、みっともないぞ。そんな卑怯なことして…お前の味方する奴なんてこの学内に誰もいないんだよ、分かってるのか?」
「なんだよ、元彼にも守ってもらってるんだ、お前は…ただのアバズレだな!」
そう言い捨てて佐々木は逃げていった。
何も考えられず呆然とする中、スマホが着信を知らせる。
「賢…」
「どうした?」
「……け…ん…」
涙が溢れてきて言葉が出ない…
その時、わたしの手からスマホを取り、将が電話に出た
「経済学部の水城将です。今、佐々木沙綾に襲われていたところに遭遇して…はい、では校門まで付き添います。」
そう電話を切ると、わたしの腕を取りゆっくりと歩き出した
「怖かっただろ…でも、お前の新しい彼氏本当にいい人だな。お前のこと、すっげえ心配してたよ。亜紀を校門まで連れてきてくれって。多分校門から走ってきてるっぽい。」
無言のまま、わたしは涙が止まらなかった…
校舎を出て、桜の花びらが散り終わり、緑が生い茂る並木道に差し掛かったとき
「亜紀っ!」
と賢の声が聞こえた。
賢は必死に走ってきて、なんとか将に支えられて歩いてるわたしを抱きかかえた。
「賢さんでしたっけ…」
「ああ、助けてくれたんだって?ありがとう。」
「亜紀!!」
和哉も騒ぎを聞きつけ急いで追いかけてきたようだ。
「和哉さんも…」
「ごめんなさい、俺がついていながら…」
和哉は目に涙を溜めて言った。
「いや、和哉くんのせいではない。」
「和哉、ごめんなさい…」
「亜紀、賢さんに早く会いたくて仕方なかったみたいで…俺、教授に呼ばれてたから…」
「亜紀…守ってやれなくてごめんな…」
「将が来なかったら、わたしこれだけじゃ済まなかったとおもう…ありがとう。和哉もごめん…。」
「二人ともありがとう。亜紀、行こう。」
将から荷物を受け取って、賢は校門に向かってわたしを抱えながら歩き出す。
車に乗ると、賢は無言で車を走り出した。
「怒ってる…?」
「怒ってるよ。」
「ごめんなさい…」
「いや、佐々木って奴に。亜紀が俺に早く会いたいから一人で行動したってわかって抱きしめたくなった…あいつらいなければ、人目もはばからず抱きしめてたな…」
カーナビとスマホが接続されている賢の車。
電話の音が鳴り響いた。
「翼からだ。さっき連絡したんだった。」
通話ボタンを押し、
「もしもし?翼?」
と、賢が応答する。
「亜紀、大丈夫そうか?」
「ああ、亜紀の元彼がたまたま助けてくれたおかげで大事には至らなかった」
「魅波、亜紀の元彼が助けてくれたんだってよ!」
「(も、元彼!?今から亜紀ちゃんのこと助けに行こうと思ったのに)」
「魅波くん、心配かけてごめんね。翼も。」
「亜紀、無事でよかった。」
「どうやら、ファンは魅波との仲を疑ってるらしい。」
「面倒だな、それは。亜紀は望んでないだろうし。」
「とりあえず、事務所寄らないで家に送ってくる。俺もそのまま帰るわ。」
「ああ、気をつけてな。」
わたしは賢が電話を切ると、
「一緒にいたい」
と身体を寄せた。
「俺も。今日、俺の家に来る?」
「え…」
「一旦家に戻ってお父さんに話すからさ。どうしても、今日やらなきゃいけない仕事が一つあって家にいないと出来ないから…」
「うん…」
「今日、どこか連れて行ってやろうと思ってたのにごめんな…」
「そんなことないよ。賢と一緒に居られれば、それだけでいい。だって…また来週居なくなっちゃうし…」
「淋しい?」
「当たり前じゃん…」
家に戻り、賢がお父さんに学校であったことを詳しく説明して、今日は亜紀を預からせて下さいとお願いしていた。
わたしはお泊まりセットを用意して、すぐに玄関に戻ると、
「今日もうちに泊まればいいじゃないか」
とお父さんは呟いていた。
賢は、
「また今度泊まりに来る」
と約束して、実家を後にした。
「なんかお父さんに悪いことしちゃったような」
「悪いこと?」
「お母さん旅行中なんだろ?」
「今日帰ってくるはずだから大丈夫。たまには二人きりにさせてあげないと。」
「亜紀と二日連続で泊まるのは初めてだな」
「うん。あ、お仕事って…」
「あー…次のシングルの手直し。」
「賢が編曲してるんだっけ。」
「まあね。作詞はいつも柳と魅波がやってるんだけど、作曲はそれぞれ作ってみて提案してって感じかな。」
そんな話をしてると、20分も経たないうちにマンションに着いた。
「ここ?」
「そう。607号室。」
初めて知った賢の住んでるマンション。どうやら、分譲マンションらしい。
「母親と一緒に住んでたんだけどさ、今は実家でばあちゃんと暮らしてて。」
賢はわたしのことはもちろん、お父さんやお母さんの顔や結婚の経緯も知っているのに、わたしは賢の家の事情なんて一切知らなかったことに気づいた。
お母さんはシングルマザーで、賢は父親の顔は知らない。いわゆる未婚の母。
このマンションは長年高級クラブのママをやっていた母が買ったのだという。
「こんなの初めて彼女に話した」
「賢ってわたしが想像つかないくらい苦労してきたんだね」
「そうかな?」
「いつも学校の先生には心配されてたなあ。特に小学生の時なんて一人で夜に留守番してると、担任の先生が心配して電話かけてきたり、プリンを差し入れにきたり」
「素敵な先生だね。わたしもそんな先生になりたいな」
一人暮らしには大きい冷蔵庫にはほとんど何も入っていなかった
「ごめんな、ツアー中はどうしても冷蔵庫に何も入れられなくてね。そろそろ柳から音源送られてくるから、すぐに終わらせてスーパーにでも行こうか。」
「わたし、買ってくるよ。」
「一人で行動しちゃだめだろ。」
「はーい。」
わたしはパソコンを開いてる賢の隣で、初めて編曲作業を静かに見守ってる事にした。
「よし、終わった!亜紀、聴いてみる?今度のツアーファイナルで初めて発表するんだけど、インディーズの最後のシングルに決まったんだ」
「それって…魅波くんが一人で初めて作詞したって言ってた曲?」
「なんだ。魅波が言ってたのか。」
賢は魅波の歌声が入った収録された曲を流し始めた。
永遠を…
誓うよ 今
泣かせることもあるかもしれないけれど
こんな不器用な愛を
受け止めてくれないか
You are my treasure
初めて会った 春の夜
君は聖母(MARIA)のように
僕の心を洗い流して
微笑む君を
見てるだけで心が熱くなった
本気で人を好きになるなんて
馬鹿らしいと思ってた
それが間違いだってわかった日
今までの僕にさよならした
誓うよ 今
君と約束したこと守り抜いてみせるから
信じてくれ この愛を
この心臓尽きるまで
You are my treasure
あの日からどれくらいの
時間が経ったんだろう
僕の過去が
君を傷つけて
僕は相応しくないと思ったんだ
本気で人を好きになることが
簡単だって思ってた
僕には君を幸せにする
権利は出来ないんだ
誓うよ 今
君のような人は見つからないんだ
どんなに彼が好きでも
僕は君を待ち続ける
君の心 振り向くまで
You are my treasure
君と約束したあの言葉
僕はずっと守るから
帰ってきてくれないか
僕の胸に
誓うよ 今
僕は君を守るため
弱い自分を捨てる
いつか迎えに行くから
その日まで
I will be happy you
魅波くんの歌詞は紛れもなくわたしへの手紙であった。
彼って賢のことだよね…
「待ってるって、亜紀のこと」
と口を開いたのは賢だった
「こんな歌だしてどうするんだってみんな反対したんだ。でも、魅波の意思は固くて…いつか亜紀を守れる時が来た時に、今のこと忘れたら同じこと繰り返しそうってさ…。
「そっか。」
「亜紀…」
「ん?」
「俺が言うのはおかしいかもしれないけど…魅波の方がお前のこと幸せにできるんじゃねえかなって。亜紀に対する想いが強いなってさ。」
「え…。」
「でも、俺は魅波に取られないように亜紀のこと幸せにすることを俺は第一に考えるからさ。」
「賢…。」
「亜紀への嫌がらせ…無くなるように努力するからさ。もう俺の嫁にするっていう手もあるけど、亜紀は学生だしな…今は、先生になりたいって気持ち…大切にしろよ。」
こんなにも愛しくて、ずっと一緒にいたいという気持ちになったのは初めてだ。
ツアーは夏前に終わり、8月は他のバンドの主催イベントに出て、9月にはメジャーデビュー。
わたしは6月には教育実習だ。
「亜紀、来月は教育実習なんだろ?」
「うん。3週間だけどね」
「なかなか会えなくなりそうだな」
「賢もツアーで忙しいでしょ?」
「お互い様、ってことかな。」
「でも、ツアーから帰ったら家に遊びに来てね?わたし19時には帰れるようにするから。」
「亜紀が帰ってくる前にお父さんに飲まされて酔っ払ってそうだな。」
2人は2人でいる時間が大切だと感じていた。
「ツアーファイナル、絶対来いよ。」
「うん。悠奈と行こうかな。」
「亜紀のお父さんも来てもらおうかな。」
「ふふ。お父さん、きっと喜ぶよ。」
「それと…俺の母さんに会ってほしい。」
「お母さんに…?」
「新潟にいるんだけどさ、なかなか会えなくてな。ツアーファイナルには来る予定だから。」
「ツアーファイナルに来るんだ…。」
「ツアーファイナル前日に来るはずだからさ。母さんにも会わせたい人がいるって言ってあるから。」
賢のお母さんか…どんな人なんだろう。
わたしは期待と不安に包まれるのだった。