Ⅴ.君がいれば…
「亜紀、早くしろー。」
「ちょっと!翼急かさないで!!」
「宗太郎迎えに行くんだろ?早くしろよー。」
「もうすぐ!」
今日は、有香と内村くんの結婚式。
初めてパーティードレスを着て出掛ける。
「亜紀〜、はいチーズ!」
「何してるの?」
「亜紀マニアの魅波と、彼氏くんに送ってやろうと思って。」
「ちょっと、やめてよー!」
「おい、ドレスが可哀想だから今日はおしとやかにしてろ。」
「何よ、その言い方!」
「早く行くぞー。」
翼の車に乗って、そうちゃんの家に行く。
「よ!翼。久しぶり〜」
「よ!元気してたか?てか、洒落たスーツだな!」
「そう?結婚式ってことで新調したんだけど。」
「翼には似合わないけど、宗太郎が着るとかっこいいね!」
「何?相変わらず、ケンカしてるのか?」
「亜紀が勝手に怒ってるだけだよ。」
私がむすっとする姿を見て、
「中学の時から変わらないな。お前らは。」
と、そうちゃんが言った。
「さ、宗太郎も亜紀も行くぞ。」
翼の車に乗って、結婚式場へ向かう。
そこは、チャペルと披露宴会場が一緒になった結婚式場だった。
式場に入ると、ロビーの受付のお姉さんが「内村様、小森様の会場は2階のGreen Graceになります。」と、案内され3人で会場に向かう。
Green Graceの扉を開けると、ゲスト控え室になっていた。
「亜紀っ!」
声のする方を向くと、佳奈と駿が立っていた。
「佳奈、久しぶり!」
「翼も、宗太郎も久しぶりだね!」
「お前ら、婚約したんだって?」
「あ、うん…まだまだ医大生なんだけどね…」
私たちの声が聞こえたのか、新郎新婦の控え室の扉が開いた。
「亜紀!佳奈!」
「有香ー!おめでとう!」
「ありがとう!」
「すっごく綺麗だね。」
「内村くんは?」
「今、お父さんと打ち合わせ中。」
成人式ぶりの再会にみんな笑顔だった。
「聞いたよ〜、佳奈と駿が婚約したんだって?」
「情報ってすぐ回るのな…」
「お母さんたちって本当に情報早いよね!」
「で、亜紀は?翼なの?宗太郎なの?」
「え…」
「どっちでもないよ。亜紀にはとってもイケメンで優しい彼氏さんが最近できたらしい。」
「宗太郎、詳しいわね!」
「大学がたまたま一緒でね。帰りが一緒になること多くて。」
「てっきり翼と付き合ってるのかと思った…」
「翼なんかと付き合わないわよ!」
「で、どんな人?写真ないの?」
「写真なら…」
と、言って翼がポケットからスマホを取り出す。
「ちょっと、翼!」
「おっと…そんな彼から電話だ。もしもし?剣斗?」
本当に電話だったらしく、翼は控え室の扉近くまで歩きながら話している。
「あ、今から式。飛行機で福岡着くのが18時かな。オッケー、じゃよろしく…あ、ちょっと待ってて。おい、亜紀。電話。剣斗だよ。」
「え…あ、うん…。」
翼のスマホを受け取ると、賢くんの声だけでなく、魅波くんの声も受話器から聞こえる。
「もしもし?」
「翼から写メ送られてきたよ。すっごく可愛い。」
「本当に送ったんだ…もう!」
「今日から福岡で会えないけど…」
「大丈夫。気をつけてね。」
「あ、それと…(ちょ、魅波!返せ!)」
「ん?」
「亜紀ちゃん!亜紀ちゃん!」
「魅波くん?」
「今日のドレスとっても可愛いね!待ち受けにしようかなと思って!」
「え!?待ち受け?ちょっと止めてよ!翼がいきなり撮ったから変な顔してるでしょ?」
「驚いた顔がとっても可愛いんだもん!あ、お土産何がいい?」
「お土産?うーん、なんでもいい。」
「じゃ、またご当地キティちゃん買っていくね。エセ彼氏さんが代われってうるさいから代わるね!」
「うん」
「おい、エセ彼氏ってなんだよ!魅波!」
「ふふ。じゃ、あとで連絡するね。」
「うん。結婚式、ちゃんと祝ってあげてね。」
「うん。」
電話を切り後ろを振り向くと、翼を除いた4人がニヤニヤして「亜紀〜!教えろー!」と追いかけてきた。
「ちょ、有香!妊婦さんなんだから!しかもウエディングドレスで走らない!」
「私たちが集まると結局中学生に戻っちゃうね」
「確かに。」
21歳で結婚なんてするとは思ってなかった、と有香は言っていたけど…
それはまだまだ人間として私たちが未熟なんだと思わされる。
結婚式と披露宴が終わり、翼は空港へ向かうため、わたしと宗太郎は駿の車に乗って帰宅することになった。
「じゃ、行ってくる。」
「いってらっしゃい。福岡着いたら連絡して。」
「うん。わかった。剣斗にも伝えておく。」
「翼、今度LIVE誘ってな!」
「耳に合わないかもしれないけど…インディーズ最後のツアーのファイナルが渋谷であるから、来れたら来て。亜紀に言ってくれればチケット何枚でも渡しておくからさ」
「わかった。じゃ、頑張れよ。」
「うん、じゃあな。亜紀、くれぐれも気をつけるんだぞ」
「大丈夫、お前らがいない間は俺と相沢くんがSPしておくからさ」
「宗太郎、頼んだぞ!」
翼の黒い車が式場の駐車場を出ると、宗太郎と一緒に駿の車に乗った。
「亜紀、どうなの〜?彼氏がミュージシャンなんて、かっこよすぎでしょ!」
佳奈は車が出発すると助手席から声をかけてきた。
「え、あ…うん。でも、やっぱりファンは女性が多いから…色々嫉妬とか凄いんだよね…。」
「それで、他の奴と噂されて今嫌がらせにあってるんだ。」
「へえ〜、女の嫉妬って怖いな。」
「うん…宗太郎と高校時代からの男友達がそばにいてくれるからなんとかなってるんだけど…」
「そっかあ…大変だね…」
「佳奈もちゃっかり未来のお医者さんのお嫁さんになるんだもん、放って置けないね。」
「何年付き合ってるんだっけ?」
「中3からだから、7年かな」
「駿が佳奈に告白したんだっけ?」
「こんなに続くとは思ってなかったね、駿。」
「そうだな…母さんも父さんも佳奈のこともう娘みたいに思ってるからさ。」
「純愛を押し通した、ってなんだかロマンチック!」
「亜紀と宗太郎と有香と翼の4角関係はとっても見てて面白かったけどね。」
有香は宗太郎が好きで、宗太郎は私に恋をしていて、そんな私は翼が好きで…
「どこも両想いがいないっていうね」
「もう、時効だろ、それは。」
「そんなこと言って…宗太郎は亜紀に未練がありそうだけど?」
「そ、そんなことないよ…」
車内は中学からの恋愛事情で大盛り上がりだった。
「あれ、もう翼くんは?帰っちゃったの?」
「翼?あ、今日から福岡なんだよね。」
「そっか、じゃあ賢くんもか…」
「お父さん、今日はわたしが晩酌の相手をしてあげるよ」
「なんだ、珍しいな。」
「たまには親孝行しなきゃね。」
「ねえ、お父さん。明後日の夜、賢を家に呼んでいい?」
「賢くん来るのか?」
「夕方には帰ってくるはずだから。」
「賢くん、本当に誠実だよな。亜紀を嫁に貰ってほしいけども、婿に入るのもいいなと思うんだよな。」
お父さんは、お酒を一緒に飲めば大体どんな奴かわかる!と豪語する。
『賢くんは忍耐力があっていい男だ、亜紀に持ってこいだな』と言っていた。
あれ以来、お酒に酔った賢見たことないな…
「もしもし?亜紀?」
18時頃、賢から電話がきた。
「翼、無事に着いたよ。」
「そっか。よかった。あ、そうだ…」
「ん?」
「明後日って夕方に帰ってくるんだっけ?」
「ああ、多分それくらいかな。今日も今からインストアイベントで、明後日の昼も一本あるから、それが終わり次第飛行機で帰るよ。」
「あのね…お父さんのお酒の相手をして欲しいの。ご飯も作って待ってるから。」
「え、いいの?」
「うん。」
「じゃあ、ご飯楽しみにしてるね。」
「お仕事頑張って。」
「ありがと。」
「亜紀…俺らがいない間…気をつけろよ?」
「うん。バイトの行き帰りだけが少し心配だけど、日曜と祝日だからお父さんに送り迎えしてもらえそうだし、大丈夫。ありがとう。」
「じゃあ、仕事してくる。」
「うん、頑張って。」
だんだんと恋人らしくなってきたかな…なんて思っていてもなかなか会えない日々が続くと寂しくなってしまう。
連休中はお父さんがバイト先まで送り迎えしてくれて、佐々木沙綾に遭遇せずに済んだ。
もしかしたら、と思うことは多いんだけども…
「今日、賢くん来るんだろ?」
「うん。今日はハンバーグ作ろうと思って!」
「母さんは今日は友達と旅行に行ってくるってさ。連休中だとホテル代高く付くけど最後の日は泊まる人が少ないから安いんだと。」
「なるほどねー、主婦って賢いね。」
「賢くん、何時頃来るんだ?」
「16時に羽田に着くって言ってたから18時には着くんじゃないかな…?賢のことだから手ぶらではこなさそうだし…」
お父さんは何の酒にしようかな〜なんてつぶやきながら、泊まることを見越してお風呂掃除をしていた。
「そろそろ、孫の顔が見たいなあ」なんて愚痴をこぼしながら、賢がくるのを楽しみに待っていた。
普通、娘の彼氏なんて煙たがるのが父親だと思うのだが、お父さんのこういった気楽な感じがとっても心地がいい。
ハンバーグをこねて、焼いてデミグラスソースを作っている頃、スマホが鳴った。
「もしもし?亜紀?今、家に着いた。」
「もうすぐでご飯できるよ。あ、お父さん今日は賢ととことん飲むつもりみたいだから、お泊まりの準備忘れないでね?」
「わかってるよ。」
「だって、自分からお風呂掃除してるんだもん。本当に楽しみみたい。」
「俺も、楽しみだよ。亜紀の手料理もね。」
「じゃ、気をつけてきてね。」
「うん。安全運転で行くよ。」
電話を切ると、お父さんがウキウキしながらダイニングテーブルを拭いていた。
「お父さん、もうすぐ家出るって。」
「賢くんのグラス用意しとかないとな。」
30分すると家の前に車が止まり、お父さんが外に出て行った。駐車スペースを空けておいたらしい。
「亜紀ー、賢くん来たぞ。」
店の入り口まで出迎えると、賢が両手に紙袋とトートバッグを持って来た。
「ただいま、亜紀。」
「おかえり。」
なんだか、この一言だけでとっても幸せに感じる。
「亜紀がな、賢くんのために張り切って料理作ってたぞ。」
「お父さんもお風呂掃除したり、何のお酒にしようかなーとか、賢のグラス用意したりしてたじゃない。」
「お父さんも亜紀もありがとうございます。」
わたしが作ったハンバーグを美味しそうに食べてくれ、ご飯を食べ終わると賢が買ってきた博多土産の明太子をつまみに3人で日本酒を飲んでいた。
「あ、酔いつぶれる前にお風呂はいったら?」
「賢くん、長旅で疲れただろう?」
「じゃ、お先にお風呂いただきます。」
賢に続いてお風呂に入り、部屋に入って髪を乾かしていると、ノックする音がした。
「亜紀、開けるよ」
「どうぞ。」
「お父さん、気分良く寝ちゃったみたいだね。」
「本当に嬉しかったみたい。ありがとう。」
ベッドに座っているわたしの隣に座ると、わたしの手からドライヤーを取るとスイッチを入れ、わたしの髪の毛を乾かしてくれた。
「亜紀の髪の毛、サラサラ。」
「そうかな…」
「あんまり傷んでなくてうらやましい。」
「高校の時はね、茶髪だったの。校則も厳しくなくて。大学に入ってもそのままだったんだけど、失恋した時に黒髪にしたの。なんか…自分が汚れてる気がして…成人式の前に黒髪にしたんだ。」
「亜紀、黒髪のほうが似合うと思う。顔がはっきりしてるから。でも俺は、どんな亜紀でも好きになると思う。」
いつから髪の毛は自分で乾かすようになったんだろう?いつもお母さんやお兄ちゃんが乾かしてくれていた気がする。
「はい、乾いたよ」
と賢はドライヤーをわたしに手渡した。
「ありがとう。」
ドライヤーをしまい、賢の隣に座ると乾かしたばかりのわたしの頭を優しく撫で、体を引き寄せた。
「亜紀…ずっとこうしたかった…」
「わたしも…会いたかった。」
「亜紀…好きだよ。」
「わたしも。好き。」
優しいキスのあと、相手を求める激しいキスにかわった。
お互いに求めることがこんなにも幸せなことだと改めて気づかされた。
「亜紀…君となら幸せになれる…そう強く思ってるんだ」
「賢とならそうなれると思って…わたしは付いて行くって決めたの」
「亜紀…」
「賢…」
私たちは、とても熱い夜を2人で初めて過ごした。
SEXは義務のようなものに感じていたわたしにとって、賢を受け入れる瞬間がこんなに気持ちよくて幸せだということを知った。
寝ている間も互いに腕を重ね合い、向き合って寝ていた。
「亜紀…おはよう」
「賢…そっか一緒に寝ちゃったんだ」
「幸せな夜だったよ…」
「わたしも…」
ベッドの中でもう一度強く抱き合った。
賢がいれば、何でもできるような気がした。
「亜紀…学校は?」
「んー…今日は休もうかな…賢と一緒にいたいよ…」
「俺も一緒にいたいけど…2人だから頑張れる関係だいたい。」
「そうだね。今日、14時半には授業終わるから…」
「わかった。今日俺も事務所で打ち合わせがあるから…とりあえずその時間に迎えに行く。」
「うん。」
賢の車に乗り、大学に向かった。
「俺も大学通いたくなっちゃうな。」
「今度、一緒に授業受けよっか!」
「え、バレない?」
「小さい教室だとバレるかもだけど、大きな教室でやる授業は出欠とらないし。」
「なるほど。」
「でも…DIM-TAMの剣斗だって知ってる人に見つかったら…大変なことになりそうだよね…。」
「亜紀に迷惑が掛からないようにしないとね。」
「わたし、賢がいれば…何も怖くないよ。」
そう言うと、賢は私の手を取り、
「俺が負けるわけにはいかないな。」
と私の額に口づけをした。
「ほら、あとで迎えに来るから、授業頑張れよ。」
「うん。行ってくる。」
そう言って、賢の車から降りた。
「何かあったらすぐ連絡するんだぞ?」
と、賢は扉を閉める前に私に言った。
賢の顔はとても不安げで…離れるのが辛くなった。