Ⅲ.遊びと本気
「お待たせ!」
「悠奈遅いよ~」
「ごめん!バイト長引いちゃって。」
「ま、行こうか。」
今日はDIM-TAMのライブの日。
わたしたちは、翼がくれたチケットで関係者席に入った。
「亜紀、ありがとね!」
「それは翼…じゃなくて玲架に言って!」
「てか、あの子たちも関係者なんだね。」
悠奈の視線の先には、1人ずつ全く違う場所に居る4人の女の子が居た。
「魅波の遊び相手かな…」
「しっ!聞こえたらどうすんのよ!」
「魅波の女遊びは有名じゃん?」
「悠奈、うるさいよ!」
2人でサークルの話をしていると、
「あの…」
と、声をかけられた。
話しかけてきたのは一番近くにいた、清楚な雰囲気を醸し出していた女の子。
「はい…?」
「魅波くんの彼女さんですか?」
「いや、玲架の同級生です。」
「同級生?魅波くん以外招待するの珍しいです。」
「あなたは…?」
「魅波くんに誘われて…でも最近、連絡しても返ってこないし…捨てられたのかなって…。」
「もしかして…魅波くんの女癖悪いこと知ってて付き合ってるとか…?」
悠奈は誰に対しても率直に聞く。
「…はい。でもどんなに付き合う女の子が増えても、連絡はくれてたんです。」
「(もしかして、あの子たちも?)」
悠奈が今度は小さな声で彼女に聞いた。
「…はい。」
「最近…魅波くんに何かあったかな…?」
「亜紀、聞いてあげたら?」
「えっ?何でわたしが?」
「だって玲架と仲良いでしょ?」
「でも…」
「てかさ、魅波以外で関係者呼んでる人って玲架しか居ないんじゃない?…呼んでるとしても亜紀にチケット2枚だけじゃん。」
そう言えば…彼女の言っていることが本当ならわたしたち以外は魅波の関係者。
「魅波くん…本命でも出来たんじゃないかって…。」
「じゃあ、あの子達の誰かが本命ってこと?」
「それは無いです。」
「え?」
「彼女達はいつもライブに来てるから…だからわたしと同じだと思います。」
「もし、本命の人が他に居たら、彼女達はどうするの?」
「わたしは今更本命にはなれないだろうし、きっぱり諦めます。魅波くんが大好きだから、魅波くんが本命の人と幸せになってくれれば…でも、他のファンの人は分かりません。本命の人に嫌がらせをするかもしれない…。魅波くんが出入り禁止と言うまで本命の人に嫌がらせすると思います…。」
「そうなんだ…。」
「現に、わたしもファンの人からの嫌がらせで困ってます…。」
「剣斗の彼女の時なんて酷かったもんね。」
「そうなの?」
「この前言ったじゃん。」
「剣斗くんの元カノさん…嫌がらせが酷すぎて、自殺したんです。」
「え…。それって本当なの?」
「はい…。剣斗くんの元カノ、わたしの親友だったんです。」
本人から聞くはずだった過去が、耳に入ってきてしまった。
ライブが始まるまでずっと彼女と3人で話ていた。
彼女の名前は、榎本 瞳ちゃん。
剣斗くんの元カノ・加藤 舞ちゃんの親友だったという。
「剣斗くんは舞のこととても大切にしてたんです。でも…妊娠の話が噂になったとき、ファンの嫌がらせが今までより酷くなって…。妊娠の事実はなかったのに…剣斗の子供とか嘘つくなとか…。」
「酷い…酷すぎる…。」
「舞、剣斗くんのこと大好きだったから、ファンの嫌がらせのこと言えなくて…。自分から別れを切り出した後、手首切って自殺したんです。」
「だから…剣斗くん、守ってやれなかったって…。」
「剣斗くん、ファンの嫌がらせのこと、わたしが舞のお葬式で言うまで知らなかったんです。その後から、一切ブログも更新しなくなったし。プライベートが見えないようにしてるというか…彼女も作ることなく、ファンから距離をとってるみたいですけど…って…大丈夫ですか?」
わたしの頬に不意に涙が溢れてた。
舞ちゃんのことと、剣斗くんの想いを考えると胸が締め付けられた。
ライブが終わって、わたしは瞳ちゃんにお礼をした。
「瞳ちゃん、話してくれてありがとう。」
「剣斗くんには幸せになってほしいです。もちろん、魅波くんも。わたしは、今日のライブでDIM-TAMから身を引こうと思います…。」
「え?」
「魅波くんとの関係も終わったし…舞とわたしの思い出がDIM-TAMには詰まってるから…辛くなるだけかなって。」
「そっか…。」
「舞みたいな子が出なければいいんですけど…。舞を自殺まで追いやったファン達は、もう怖くなってDIM-TAMから手を引いてると思うんですけど…もしかしたら懲りずにやっていく人はいると思います。」
「怖いなあ…。」
「玲架さんのファンも熱烈な方多いので、気を付けてくださいね?」
「わたしは、彼女じゃないから大丈夫だよ。」
「亜紀さん、可愛いから心配です…!亜紀さんが魅波くんの本命だったら納得なんですけどね。」
「それはありえないよ。」
「でも、次の新曲…恋愛の歌にするって!」
「本命できたんだよ、きっと。」
「もし、本命の彼女ができても、わたしはその人に勝てるわけないし…。まあ…わたしは所詮ファンでしかないので…。じゃあ、わたしはこれで…DIM-TAMのことよろしくお願いします。」
「うん。瞳ちゃんも、元気でね。」
「はい。ありがとうございます!」
「悠奈、ありがとね。」
「ありがとうはこっちのセリフ。ライブに誘ってくれてありがと。」
「メンバーに会っていく?わたし、呼ばれてて。」
「いいよ、わたしは。純粋に玲架のファンで居たいから。」
わたしも、さっきの瞳ちゃんの話を聞いて、出来ることならファンで居たかったなあ…って思った。
「じゃ、またね!」
「うん。気をつけて帰ってね!」
悠奈と別れて、控え室に行くと、4人はもう衣装からわたし服に着替えていた。
「お疲れ様!」
「亜紀ちゃーん!」
「亜紀、これから打ち上げだから来いよ。」
翼が言い終わるか言い終わらないかの時に、控え室の扉が開いた。
「聖月さん!」
「よ、お疲れ。よかったじゃん。あれ、この前の魅波の彼女?」
「彼女?魅波と亜紀いつの間に?」
「あ、いや…この前BUTLERのLIVEに連れて行ったんだ。」
魅波くんはメンバーに言っていなかったようだ。
「打ち上げ、君も行くの?」
「あ、いえ…。申し訳ないのですが、明日は朝から授業なので、挨拶だけ…。」
「え、亜紀ちゃんが行かないなら俺も行かない!」
「お前、ヴォーカルだろ。バンドの顔が居なくてどうすんだよ。」
「俺が送ってくよ。」
「剣斗くん、大丈夫だから、打ち上げに出て!」
「いや、女の子1人じゃ危ないから。」
「剣斗に送ってもらえ。俺、事務所に車があるからさ。」
「いや、悪いから1人で帰る。」
「亜紀をライブに呼んだのは俺だからさ、1人で帰らせられねーから。だから、剣斗に送ってもらって。」
「…わかった。」
渋々、了解すると剣斗くんが荷物を持って、
「じゃ、行こうか。」
と控え室を出ようとすると
「なーんだ、みんなして亜紀ちゃんのこと狙ってるんだ」
と、聖月さんが言った。
「聖月さん、亜紀ちゃんは渡しませんからね」
と、魅波くんが聖月さんに可愛い顔をして言う。
「亜紀ちゃん、行くよ。」
剣斗くんは少し不機嫌そうにわたしの前を歩く。
「裏口はファンが待ってるから、表から出て、2本向こうの道まで歩いてて。」
「うん。」
表にはファンはあまり居なかったけど、メンバー目当てで裏口に行こうとしているファンが居た。
剣斗くんに言われた通り、少し離れた場所まで歩いて、わたしの歩いてる横に車が止まって、窓から剣斗くんが顔を出した。
剣斗くんの車に乗って、シートベルトを締めると、さっき瞳ちゃんから聞いたことを思い出し、気まずくなってしまった。
「魅波のセフレと一緒だったんだ?ステージから見えちゃった。」
「あ、瞳ちゃんだっけ?友達と一緒に居たら、話しかけられて。」
「あの子、色々手を出してるって聞いたことあるけどな。」
「魅波くん、最近連絡してくれないとか…。瞳ちゃん、DIM-TAMから手を引くって。」
「もしかして…俺の過去のこと聞いた?」
「えっ…あ、うん。友達から前に聞いたことあったんだけど…翼に言ったら、剣斗くんに直接聞けって怒られちゃった。」
「ごめん…。俺、ちゃんと亜紀ちゃんに話すべきだよな…。」
「いいよ。剣斗くんが言うまで待とうと思ってたから。」
「あの子からは?」
「自分からは聞いてないけど…全部話してくれた。」
「あの子の言ってくれた通りだよ。俺は、舞を守ってやれなかった。だから…俺には誰かを幸せにすることなんて出来ない…。」
「何で?何で…そう言うの?」
「一人の女を守ってやれなかった俺が、結婚したり家庭を持つ資格なんてないって思うんだ。」
「剣斗くんが悪いんじゃないから!もう…自分を責めないでほしい。わたし、剣斗くんには幸せになってほしい。」
「俺は幸せになれない。なっちゃいけない。」
「なんで?舞ちゃんは、きっと幸せだった。剣斗くんの彼女だもん。幸せだったに決まってる。」
「そうなのかな…。」
「だから、舞ちゃんは剣斗くんに何も言わずに幸せな二人のままでお別れしたかったんじゃないのかな…。わたしは、そう思う。」
そういうと、剣斗くんは消えそうな声で言った。
「幸せって何なのかな…。」
「舞ちゃんにとっては、剣斗くんがそばに居てくれたのが幸せだったんだと思う。」
「亜紀ちゃんは今、幸せ?」
「幸せだよ。友達たくさん居るもん。楽しいし。」
「…俺と居て、幸せ?」
「うん。」
ちょうど信号待ちの時だった。剣斗くんは優しくキスをした。
「ずっと一緒に居たら、離したくなくなる…好きなんだ…亜紀ちゃんのこと。」
「えっ…」
「謙虚な所も、素直な所も…時々見せる子供っぽいところも。でも…俺には亜紀ちゃんを幸せにする力がない。だから、舞のことも言わずに仲良くなろうとしてた…ズルいよな。」
その言葉はとても重く、わたしは何も言えなかった…
何も会話がないまま、剣斗くんは車を走らせていた。
車はもう既に最寄り駅付近だった。
「家、どこ?」
「いいよ、ここで。すぐ近くだから…」
「夜遅いし、送っていくよ。」
「…真っ直ぐ行って、次の交差点右…。」
剣斗くんは何も言わずに車を走らせた。
「ここで大丈夫だよ。」
「酒屋さん?」
「うん。谷沢酒屋店。」
「その人は?お父さん?」
「えっ…」
剣斗くんの目線の先には、店の中からこっちを見ているお父さん。
わたしが車から降りると、お父さんが案の定、小走りで出てくる。
「翼、また送ってきてくれたのかい?」
ちょうど、剣斗くんが車を降りた。
「あれ…翼じゃないのか?」
「あ、翼の友達。一緒にバンドをやってるの。」
「黒瀬 賢です。」
「賢くんか。亜紀を送ってくれてありがとね。」
「いえ…」
「今日、母さん居なくてね、一緒に一杯やらんか?」
「お母さん居ないの?」
「ほら、あれだよ。韓国の俳優に会いに韓国に行ったよ。」
「何やってんの…あの年になって。」
「ほら、早く入りなさい、賢くん!」
「あ、はい。」
「(剣斗くん、大丈夫なの?)」
「(亜紀と一緒に居たいから。)」
確かに聞こえた。
剣斗くんが“亜紀”と呼ぶ声。
「翼のお友達って、あの男子校に通ってたのか?」
「はい。同じ部活で、バンド組んでました。」
「賢くんと翼、DIM-TAMっていうバンドのメンバーなの。」
「でんたむ?」
「DIM-TAMです。」
そう言うと、お父さんにチケットを見せた。
「今日、ライブだったんだよ?」
「ほ~、楽器は何やってるんだい?」
「ギターです。」
「ギター弾けるのか?俺も昔はギターに夢中になったもんだよ。」
「お父さん、ギターやっていらしたんですか?」
「この酒屋を継ぎたくなくてね。グレてた時もあったんだよ。亜紀、酒もってこい。」
「賢くん、車だから…」
「泊まっていきなさい!」
「えっ…」
わたしと剣斗くんは顔を合わせて固まった。
「早く持ってきなさい!」
お父さんの言うとおり、わたしはお酒とグラスを持ってくる。
晩酌を始めた剣斗くんとお父さんを置いてわたしはお風呂に入る。
お風呂を出て部屋に居ると、ドアをノックされた。
「どうぞ?」
「亜紀、お風呂入りたい。」
少し酔い気味の剣斗くんが立っている。
日本酒、弱かったのかな…。
「着替え…どうしよっか。お父さんの借りる?お兄ちゃんの部屋にあるかな…。」
「お兄ちゃん?」
「あ、うん。もう結婚して出て行ったけど。」
兄の部屋に入って、タンスから着替えを出す。
「はい、これ。お風呂はトイレの奥。」
「ありがと…」
「もう…剣斗くん、お酒臭いよ。」
「亜紀…」
「ん?」
「好きだ…」
剣斗くんが腰に手を回し、さっきとは全く違う…ディープキス。
「剣斗くん…ダメだよ。」
兄の部屋のベッドに押し倒される。
「嫌だ…賢くんっ!…止めて。」
本名で呼ぶと手が止まった。
「翼にも…聖太にも誰にも…渡したくない。亜紀が好き。愛してる…。」
「賢…くん……?」
「そばに居て…。」
「賢くん…」
剣斗くんは隣に寝転がって、いつの間にか寝息をたてていた。
翼が言ってた言葉…
―お前なら、剣斗の傷、癒せるかもな―
剣斗くん…わたしはあなたに何が出来ますか?―
「おはよー。」
「おはよ。」
「お父さんは?」
「あ、配達だって。」
剣斗くんはもう着替えてて、コーヒーを飲んでた。
「亜紀…昨日のこと…本当だから…」
「えっ…」
「いきなりあんなことしてごめんな。でも、本気だから…信じて」
「でも…」
「亜紀…あいつの代わりなんかじゃない…俺は、心から好きなんだ…。」
「賢くん…。わたしが賢くんに出来ることって何?」
「そばに居てほしい…ただ、それだけでいい。」
「ちょっと…考えさせて…」
わたしは朝ごはんの準備に戻り、剣斗くんはシャワーを浴びにお風呂に向かった。
「いただきます。」
二人だけのダイニング。賢くんと向かい合って座る。
「どう?美味しい?」
「美味しいよ。お嫁さんにしたいくらい。」
サラッとキザな言葉を言う賢くんに、少し目が合わせられなくなるわたし。
「賢くん、はやくもらってやって。」
いつのまにか配達からお父さんが帰ってきた。
「お父さん、配達終わったの?」
「朝は配達少ないからな。それよりも、父ちゃんは早く亜紀にも幸せになってほしいな。」
「亜紀さんの返事待ちですから。」
「亜紀。賢くんみたいないい男、逃したらあかんで。」
そんな話を朝からされて、少し気まずくなってしまった。
お父さんに見送られ、剣斗くんの車に乗った。
「賢くん、本当に昨日からごめんね?」
「いいよ。亜紀のお父さんに会えたし。」
「打ち上げ、参加しなくてよかったの?」
「亜紀の手料理も食べられたし、幸せだよ。」
「それなら、よかった。」
「ま、怖くてスマホ開けないけどな。」
そう言って賢くんは苦笑いした。
「じゃ、学校頑張って。」
「うん。ありがと。」
賢くんが大学の前まで送ってくれて、なんとか授業に間に合った。
「亜紀~っ」
「84ページ」
和哉のことだから、聞き終わる前にページを教えた。
「わかってるよー。」
「じゃあ、聞くな。」
「いや、さっきの誰かなーって。」
「さっきって?」
「車から降りてきた。」
「あ…見てたの?」
「朝帰り?」
「バカ!車で送ってもらったの。」
「へぇ~。ってことは公認?」
「付き合ってないよ?」
「顔赤くなってるよ?」
「うるさいなーっ!」
和哉から距離を置いて他の席に移動すると後ろから声をかけられた。
「あれ…?谷沢さんだっけ?」
「へっ?」
後ろを振り向くと、宗太郎と前に一緒に居た、小林 亮甫。
「あれ、そうちゃんは?」
「いつも一緒じゃないからさ。」
「そうなんだ…」
ちょっと安心した。
クスリの売人と言われてる小林のそばに居てほしくなかったから。
「大丈夫。あいつは関係ないからさ」
「え?」
「幼なじみなんだろ?心配するのは当たり前だよ。」
「あ、うん…。」
「宗太郎、君のこと好きらしいね。」
「過去の話でしょ。」
そう言い放って、わたしは彼から距離をとった。
「話しかけるな、的な?」
「犯罪者に話しかけられたくない。」
「まあ、そうだよな…。君、DIM-TAM好きなんっしょ?」
「え、あ…うん。」
「渋谷には近づくな。」
「渋谷ってマネージャーの?」
「俺だってバカじゃねえよ。使ったら一生の終わりだ。」
「じゃあ使ったことは…?」
「ない。売り子?っていうの?闇バイト的な感じで。正直、学費のためだったんだよね。」
「そうなんだ。」
衝撃の事実だった。学費のためって…
「それで、渋谷なことだけど。ある場所に頼まれて行ったら、あいつが居たんだ。多分、薬漬けだよ。」
「そうなんだ………分かった。気を付ける。」
この前、楽屋に行ったとき、初めて会った時より少し言動がおかしいなとは思ったけど…。
「ねぇ、辞めないの?」
「あ、もう辞めたよ。宗太郎にバレて。もう数ヶ月前かな。」
「そっか…よかった。」
「足を洗うのに少し金借りちまって。だから宗太郎には頭上がらねえよ。」
「そうちゃん、友達想いだから…裏切ったら許さないから。」
「ああ…分かってる。」
小林が売人を辞めたことを聞いて、安心した。
そうちゃんの友達想いな所が小林を犯罪から足を洗わせたんだ。
それと、小林が売人をやっていた理由も。
昼休み、珍しい人から電話が来た。
「駿?どうしたの?」
「うん。この前のこと。お礼言わないとと思って。」
「佳奈のこと?」
「佳奈、妊娠してなかったんだ。」
「そっか。」
「でも、この騒動があったからさ…付き合いも長いし、佳奈は社会人だし親が婚約しろ、って。」
「なんだ。よかったじゃん。あとは親次第、って感じだったしさ。」
「ま、あと3年は正式に結婚できないけど…婚約だけは済ました。」
「そっか。安心した。佳奈のこと、幸せにしてよ?」
「おう。」
2人の婚約。これはいい知らせだ。
「有香の結婚式、行くでしょ?」
「ああ、行くよ。」
「じゃ、その時にまたみんなで二次会しよう。」
「そうだな。翼も来るだろ?」
「翼?そうだね。」
「谷沢に連絡したのに、翼から連絡来たからさ。付き合ってるのかなって。」
「違うよ。ずーっと友達。」
「そっか。そのうちそんなことになるのかな?」
「いや、それはないと思う。」
「ま、有香の結婚式でな。今から授業だからさ。」
「わたしもそろそろだわ。お互いがんばろ。」
「おう。」
有香と内村くんの結婚に
佳奈と駿の婚約。
幸せの報告の連続。
「亜紀ちゃん!」
「魅波くん!どうしたの?」
バイト先を知ってからか、魅波くんはよく本屋に買い物に来る。
最近は難しそうな本を買っていく。
「近く通ったから、会いにきちゃった。」
「魅波くん、今日は1人なの?」
「うん。いつも誰かが保護者みたいにくっついてるけどね。」
「柳くんとは幼なじみなんでしょ?」
「うん。ね、亜紀ちゃん、何時に終わる?」
「19時かな~。」
「じゃ、この先のカフェで待ってるね?」
「えっ?でも…ファンとかに見つからない?」
「大丈夫。」
「あ…うん。分かった。」
魅波くん…話があるのかな…
色んな事を思いながら、19時を迎えた。
「あーきちゃん。」
「魅波くんっ!」
「お仕事お疲れ様!」
「お店、入らないの?」
「今からドライブ行こう。」
「えっ!?ドライブ!?」
「さ、乗って。」
魅波くんが白い外車の右ドアを開ける。
「2回目だね。僕の車に乗るの。」
「え?あ、そうだね。そういえば…どこ行くの?」
「秘密。」
「えー、意地悪。」
魅波くんは真剣に運転してるみたいで、なんだかいつもより大人の男って感じがした。
着いた場所は、
前に飲んだ帰りに翼が車を止めたあの豪邸。魅波くんの家。
かなり広い庭を魅波くんが先に歩く。
「ね、魅波くんってどんな人がタイプなの?」
「タイプ?」
「かわいい人?きれいな人?」
「うーん。素直な子。」
「へえ。なんか、魅波くんって見た目がきれいな子が好きそうだなーって思ってた。」
「確かに、見た目も大事だけど。でも、最近思うんだよね。見た目って歳を取れば変わっちゃうけど、性格ってなかなか変えられないじゃん。」
「確かに。魅波くんって考え方が大人だね。」
「亜紀ちゃんは?どんな人がタイプ?」
「うーん。優しい人…かな。裏切らないことはもちろんだけど。」
「優しい人かあ…。剣斗みたいな?」
「DIM-TAMのみんなは優しいじゃん。」
庭にあるベンチに腰をかける。周りには綺麗な花壇が広がっている。
「俺ね、今まで恋愛らしいことしたことなくてさ。本気で愛したり、自分から告白したことなくてさ。」
「そうなの?意外だね。」
「正直、勝手に言い寄られてきて、言葉は悪いけどたくさんの人と遊んできた。けど、今は本気で付き合いたい人が居て。」
「魅波くんの事だから本当に本気なんだね。」
「どうしたら、振り向いてもらえるのかな?」
「うーん。正直に好きだ、って言わないと相手には伝わらないよ。女の子って、行動だけじゃ嫌なの。やっぱ言葉にしてくれないと不安なの。付き合ってからも、好きだ、愛してる、って言ってあげないと、体だけなのかなって思われちゃうよ?」
「そっか。」
「魅波くん、頑張ってね。」
そうわたしが言うと魅波くんは伏し目がちになった。
「俺は、幸せにできるのかな…。」
「出来るよ。」
「亜紀ちゃんのこと。」
「…えっ?」
「好きなんだ。亜紀ちゃんのことが…初めてこんな気持ちになった。」
真剣な眼差しでわたしを見つめる魅波くん。
「魅波くん…」
「いい?南 聖太。お母さんの前では聖太だからね?」
「え!?お母さん?」
「亜紀ちゃんのこと話したら会いたいって。」
「今から?わたし、こんな格好だよ?バイト帰りだし…」
「大丈夫。」
かなり段階を飛ばしてるような気がするけど、それが彼なりの本気なのかな…そう感じて魅波くんの後ろをついて行った。
魅波くんが開ける大きな扉の先には、数名のメイドさん。
「お帰りなさいませ。」
「お邪魔します…。」
「亜紀ちゃん、上がって。」
「うん…。」
履き替えたスリッパもかなり高級。
「あら、いらしたの?」
「お母さん…この子が谷沢 亜紀ちゃん。」
「はじめまして。」
「母の桜子です。ゆっくりしていってね。」
魅波くんのお母さんは優しく、大らかな方だった。
和やかな雰囲気が漂うヨーロッパ風のリビングのソファーに腰をかけていると、
ドタバタと階段を降りてくる足音が聞こえる。
「兄ちゃんが女連れてきたって!?」
「聖斗、聖矢静かにしなさい!」
魅波くんのお母様が2人の男の子に声をかけた。
「…弟さんたち?」
「あ、うん。双子なんだ。聖斗、聖矢、挨拶しなさい。」
「双子の兄の聖斗です。」
「双子の弟の聖矢です。」
「あ、谷沢 亜紀です。」
「兄ちゃんの彼女?」
「え…っ…彼女というか…」
「恋人だよ。」
「ちょっ…聖太くん!」
弟くんたち…そっくりだなあ…。
年離れてるみたいだけど…
「亜紀さん」
「は、はい!」
「聖太のこと、よろしくね。」
「えっ…あっ…はい。」
「亜紀さんはしっかりしてそうで安心だわ。」
「い、いや…まだまだ未熟者です…」
「大学に通っていらっしゃるの?」
「はい。四谷大学の教育学部3年です。」
「あら、じゃあ今年21歳?同い年なのね。」
「はい。」
「ご兄弟は?」
「上に兄が1人居ます。歳は5つ離れてて、3年前に結婚して自立してます。」
「じゃあ今は実家に?」
お母さんの質問が続いた。どうやら、魅波くん…いや、聖太くんは長男らしい。
「母さん。亜紀ちゃんは明日も学校なんだ。電車に1人乗せるのも心配だ。それに…」
「分かったわ。亜紀さん、またいらしてくださいね。」
「はい。夜分遅くにすみませんでした。」
「いいのよ、聖太が初めて女の子を連れてきたの。もう、亜紀さんは娘のような存在よ。」
初めて女の子を――?
魅波くんの話は本当だったんだ…。
車に乗ると、魅波くんは口を開いた。
「ごめんね?」
「え、あ…うん。でもお母さんも弟くんたちも良い人だね。」
「そう?」
「いつもの魅波くんとは違って、格好良かったよ。」
「亜紀…」
「ん?」
「俺、亜紀が彼女になってくれるまで禁欲するって決めたから。亜紀にも手を出さない。」
「魅波くん…。」
「亜紀…好きだ。」
魅波くんに包まれ、胸の鼓動が聞こえてくる。
「すごく…緊張してる…」
「バレた?」
魅波くんの決意は強かった。
それはいつもの魅波くんじゃなかった…わたしでも分かった。
「―今、返事しなきゃダメ?」
剣斗くんからの話の結論も出ないままだった。
「いいよ。いつでも。」
「でも条件がある。」
「条件?」
「さっき言ったこと…ちゃんと守って?」
「分かった。」
また魅波くんに抱きしめられて…魅波くんは約束を思い出しキスをしようとした手を止めた。
「亜紀…」
「なんか…恥ずかしい。」
「俺も…さっき聖太くんって言われたとき…嬉しかった。」
無邪気な笑顔で笑う所は、いつもの少年の魅波くんだった。
このときは…あの最悪な出来事に発展するなんて思ってなかった。
「谷沢さん。」
話しかけられたのは…一年の時、バンドを組んでいた仲間・佐々木 紗綾。
サークル内ではバンド壊しと有名だ。
「わたし、見ちゃったんだよね~、DIM-TAMの魅波と一緒に居るところ。」
「だから何?」
わたしが言う前に、悠奈が追い払うかのような勢いで、言った。
「あんたみたいなバンド壊しに用はないよ。」
「な、何よ!その言い方!頭きた。谷沢、何があっても知らないからな。」
そう言って、佐々木紗綾は練習室を去っていった。
「何だ?あいつ。マジでたち悪い。」
「亜紀、気を付けろよ?」
「何かあったら俺らに言えよ?」
泉と圭吾も、わたしのことを心配してくれた。
「そういえば、また最近佐々木のグループ解散したんだって?」
「あー、聞いた。」
「あいつと組むやつは居ないだろうな。」
「確か、BUTLERの聖月が好きなんじゃなかった?」
「聖月さんか…魅波くん仲良いんだよね…。事務所の先輩だし。」
「魅波くんは人気だから何やらかすかわからないね…。」
「ちょっと怖い…。」
不安は尽きなかった。
今日は魅波くんと映画。
あれから数日。
SNSのアカウントには毎日のように誹謗中傷のDMやコメントが何通もきている。
明らかに佐々木の仕業だ。
映画が終わって機内モードを解除するとたくさん通知が来ていた。
もちろん、SNSの誹謗中傷コメントだ。
「亜紀、どうした?」
「なんもないよ。」
「顔色、真っ青だよ。」
魅波くんはすぐに気付くんだ…
「聖太くん…わたし…付き合えないよ。」
「どうして?何かあった?」
魅波くんの顔を見ると泣きそうになる…。
「亜紀…?」
「ごめん、わたし…帰る。」
映画館からわたしは走り去っていった。
魅波くん…ごめんね?
わたし、まだまだ子供だね…。
佐々木がわたしのアカウントのURLを掲示板に載せたらしい。
悠奈がすぐに見つけ、掲示板の運営者に消去を依頼してくれたけど…
まだDMが来る。
「もう…何なのよ。」
魅波くんとは付き合ってない…。
でも、バンドマンと付き合うってこういうことなのかな…。
舞ちゃんも…瞳ちゃんも…こんなつらい思いをしたんだ。
舞ちゃんは命を落とすほど…。
怖いよ…。
もし、顔もバレて電話番号もってなったら…
これだけじゃ収まらない…
「亜紀?お客さんよ。」
魅波くんと別れてすぐに家に帰って部屋にずっと居た。
もうすぐ21時…
こんな時間に…誰かな…?
玄関に行くと…そこに居たのは…今、一番会いたくなかった人だった。
翼でも魅波くんでもない…
「賢くん…」
「亜紀…何があったんだよ。」
「何って…」
「魅波から聞いた。」
お父さんが、賢くんに気付いて玄関にやってくる。
「賢くんじゃないか。」
「こんばんは。」
「亜紀、玄関で立ち話は失礼だ、客間にお連れしなさい。」
「…はい。」
剣斗くんと客間で真剣な顔で話している姿を見て、いつも陽気なお父さんですら、静かにリビングでいつもは読まない新聞の政治面を読んでいた。
「何かあったんだろ?」
「何も…ないよ。」
「魅波…お前と出会ってから変わったんだよ。分かってんだろ?」
「………。」
「女遊びは止めたし、酒も…あんなに酔っ払ってたのに…最近じゃほとんど飲まない。練習も真剣に取り組むし…作詞も…お前のことばっかだ。」
溢れる涙は止まらず、魅波くんの気持ちが胸に痛いほど突き刺さる…。
何で…あんなこと…。
「亜紀、悠奈ちゃんよ。」
お母さんが客間に連れてきたのは、すべての事情を知る、悠奈だった。
「亜紀…大丈夫?DMは来てない?」
「悠奈…迷惑かけてごめんね。」
悠奈は、賢くんに全部話した。
全部…魅波くんにも賢くんにも知られたくないと思ってたこと…。
「亜紀…何で言わなかったんだよ?」
「だって…!」
「だってじゃない。俺らの責任なんだよ。ファンの行動を制御出来てない俺らの責任なんだよ。魅波の気持ち分かってるんだろ?」
「分かってる…けど…魅波くんに迷惑かけられないよ…。」
「迷惑なんかじゃない。それを言わずに心配させる方が迷惑だよ。俺らは1人守れなかったんだよ…お願いだから…ちゃんと本当のこと言ってくれ。」
剣斗くんの言葉は、舞ちゃんへの後悔の思いが込められていた。
剣斗くんの言葉が胸に鋭く突き刺さる。
「お願いだから…俺らの前から消えないでくれ。俺らに守らせてくれ。」
その言葉に、わたしは涙を止めることが出来なかった。
「魅波、玲架の家で待ってるからさ。俺も一緒に行くから。」
「…分かった。」
「悠奈ちゃん、説明してくれてありがとね。」
わたしたちは駅まで悠奈を見送り、翼の家まで歩いて向かった。
「あのさ…」
「うん…」
「俺、この前言ったろ。」
「………。」
「本当…亜紀を守りたいんだ。亜紀が誰かと付き合ってても、俺以外の人の事が好きでも…。」
「ありがとう…。」
「魅波にも言われたんだろ?好きだ、って。」
「うん…。」
「今日は…そんなこと考えなくて良いから。仲直りだけして。本当のこともちゃんと話そう。その先は俺たちも頑張るから。」
「わかった。」
小学生以来に来た、翼の家。
「亜紀ちゃん?」
インターホンを鳴らして出て来たのは、翼のお母さんだった。
「亜紀ちゃん、すっかり綺麗になって。」
「母さん、早く家に入れてやれって。」
「お邪魔します。」
「さあ、上がって。」
案内された部屋に行くと、柳くんと魅波くんが居た。
「…と言うことだ。」
賢くんが今までの経緯を3人に話してくれた。
「魅波、これから何があるか分かんねえぞ!遊んできた女どもが何し出すか…。」
「分かってるよ…。」
「剣斗のこともあっただろ。」
「あの事があってから、剣斗のファンは大人しくなったけどさ…魅波のファンはどうだかな…。」
「亜紀…とりあえずアカウントは削除しろ。本当に信頼してる奴にしか教えるなよ?」
「うん…」
「電話は着てない?」
「うん…電話は教えてないから…大丈夫。」
「よかった…でも、いつ誰にそいつが聞くか分からねえからな…。」
「俺らが時間合うときは一緒に居るからさ。」
「悪いよ、それは…。」
「俺らの責任だからさ。俺らが一緒なら何もしてこないよ。」
「あとは悠奈ちゃんと一緒に行動するしかねえな…女だけだと危ないな…」
「大丈夫…バンド仲間と高校からの同級生の男の子居るから…。バンド仲間はわたしたちのこと知ってるから…。」
「分かった。とりあえず佐々木って奴と二人になるなよ?」
「うん…」
「あー、転校したいな。」
「魅波、大学行ってるんだっけ?」
「通信だけど、経営学部に在籍中。とりあえず大学だけは出ろって親がね。」
「俺、知らなかった。」
「玲架に言ってなかったっけ?」
張り詰めていた空気が一気に和やかになった。
「母さんがご飯作ってくれたから、みんな食ってけってさ。」
「やったー!」
「亜紀も食べて帰れよ。」
「うん。」
翼のママが作ってくれたご飯を食べるのは何年ぶりだろう。
「亜紀ちゃん来てるって!?」
食事をしてると、勢いよく扉が開いた。
「オヤジ…」
「おじさん!お久しぶりです!」
「我が娘ー!」
翼のお父さんとは小さい頃によく遊んでもらった記憶がある。
「亜紀ってすぐ気に入られるよな。」
「俺のお母さんも亜紀のこと気に入ってるよ。」
「は?お前、亜紀を家に連れて行ったの?」
「あ、うん。」
「やっぱりな。お前の母さんからうちに電話あって、初めて聖太が女の子連れてきたって言ってたらしいからな。」
「え、純の家に電話したの?」
「お前が何かすると俺の家に電話来るの!全く…迷惑だよ。」
「そういえば、有香ちゃん結婚ですってね?」
「そうなんです!しかも、駿と佳奈も婚約して…。」
「あら、佳奈ちゃんも?」
「駿くんって安田総合病院の?」
「そうです。まあ、中学の時から付き合ってるから…結婚すると思っていたんですけどね。」
「あら、みんな幸せ者になって。亜紀ちゃんは?良い人居ないの?」
「まだ21歳だろ?そんな急がなくてもね。もし、亜紀ちゃんが娘だったら、一生お嫁に出さないよ。」
「あら、お父さんはお嫁さんに来てほしいんじゃないの?」
「亜紀ちゃんがお嫁さんで来たら、絶対同居だな。」
「亜紀ちゃん幼稚園の頃からずーっと光のお嫁さんになるって言ってたわよね?」
「光くん(ひっくん)とはもう何年も会ってないですね。元気ですか?」
「元気よ。海も。今度、海がニューヨークから帰ってくるから、その時に光も帰ってくるの。」
「そっかあ。2人に会いたいなあ。」
「光くんって?海くんって???」
魅波くんが涙ぐみながら聞いてくる。
「ああ、言ってなかったっけ?俺の兄貴たち。長男の海がニューヨークで仕事してて。次男の光は関西の方の国立大学の医学部生。」
「玲架の兄ちゃんたちって優秀なんだな。」
「そう、俺以外ね。」
「何言ってんだよ、お前は四谷大の推薦蹴っただろ。」
高校の同級生・賢くんの一言にわたしと魅波くんがびっくりした。
「え?じゃあ通ってたら亜紀ちゃんと一緒だったの?」
「亜紀が行くとは知らなかったけどな。」
食事を終えてそんな話をしていると、剣斗くんがわたしの隣に来て帰る合図をした。
「亜紀、帰るよ。送っていくから。」
「あ、うん。」
「賢くんなんてどうかしら?」
「え?」
「かっこいいし、優しいし、翼より紳士的よ。」
「亜紀からの返事待ちなんですよ。」
「は?何!お前も亜紀ちゃんに告白したの?」
「ま、魅波より先にな。」
「えー!?」
魅波くんを柳くんと翼が慰める。
「仕方ないよ、剣斗には勝てない。」
「亜紀ちゃん、モテモテなのね。」
「亜紀ちゃんなら仕方がない。まだ光にもチャンスは…俺にも…」
「オヤジ…」
「じゃ、亜紀のこと送ってくるわ。」
「剣斗、よろしくな!」
今日は…みんなに助けられたな…
おじさんとおばさんにも会えたし。
「行ってきまーす」
「気を付けろよ!」
お父さんに見送られ、家を出ると、そこには…
「翼」
「おはよ。送っていく。」
「いいよ、迷惑じゃん。」
「スタジオ近いんだからついでだよ、ついで。早く乗れ。」
昨日、みんなで話し合ったばかりだ。
連帯責任、って決めてるらしい。
「昨日、亜紀が帰った後大変だったんだからな。」
「何かあったの?」
「オヤジが“亜紀ちゃんをうちの嫁にしたい"って泣きながら酒飲んでた。」
「わたし、翼よりおじさんに愛されてるね?」
「昔からだよな。いつも亜紀ちゃん亜紀ちゃん可愛がって。でも、その愛情が俺に向かってこなくてよかったって思ってたんだけどね。」
「いいお父さんじゃん。うちの家はお母さんがずっと仕事で家にいなくて、お父さんは店番だから、翼の家の子だったらどれだけ幸せなんだろうって思ってた。」
「俺は逆だな。亜紀のお父さんの自由奔放なところが好きだった。」
お互いがお互いの家を好きだなんて知らなかった。
「お前はどっちを選ぶんだ?」
「えっ?」
「魅波と剣斗。」
「どっちって言われても…。」
「あいつら、本気みたいだな…女に本気なの初めてみた。」
「わたしでいいのかな、って。」
「いきなり2人に言い寄られちゃ困るよな」
「生まれて初めてだよ。」
「そうか?中学の時、宗太郎と一個上の先輩に同時に告られたよな。」
「な、何で覚えてるの!もう忘れてたのに。」
光くんが卒業して、中3の頃は翼が好きだったから…断っちゃったんだよね。
そうちゃんもわたしが翼のことが好きだって知ってたし…。
いろんな話をしてる間に、もう大学の前に着いていた。
「じゃあな」
「うん。ありがと。」
翼が居なくなると、いつもの声が後ろから聞こえる。
「亜紀ー!」
「和哉、早くない?」
「最近、亜紀が浮気するから早く来た。」
「浮気って何よ?付き合ってもいないっつーの」
「で、さっきのは?新しい男?」
「え?」
「この前と違う車だなーって。」
「あー、親友だよ。」
「そういえば、佐々木だっけ?なんか言いふらしてるよ。」
「何?和哉にも言ったの?」
「なんとかのみなみ?と付き合ってるって言ってた。」
「いい?あの人に何言われても、電話番号とか教えないで!」
「うん。分かってるよ。」
「和哉…あとで事情話すから、軽音の練習室来て。」
「ん…分かった。」
泉と圭吾と和哉にも昨日の一件を一緒に話すことにした。
「揃った?」
「みんな、集まってくれてありがとう。」
「いいの。亜紀のこと守りたいからさ。それで…」
「佐々木の事だろ?また何かあったのか?」
「うん…。あいつ、亜紀のSNSを掲示板に載せたみたいでさ。誹謗中傷のDMが何通も来てるの。」
「マジか…。」
「いつ佐々木が仕掛けてくるか分からないから、3人には、亜紀と行動してほしいの。」
「本当に関係ないのに…ごめんね?」
「大丈夫だよ。バンドの練習の帰りは一緒に居るよ。」
「俺も、トイレ以外はくっついてる!」
「相沢、トイレにも付いてきいきそう…。」
「行かないよっ!」
「登校する時は?」
「今日は玲架が送ってくれたんでしょ?」
「うん。でも、DIM-TAMは今月末からツアーで…。」
「大丈夫だよ。行きと帰りくらいは。」
「1人にするなって言われてるんだから!」
「俺、家近いよね?どこにあるかは分からないけど。」
「亜紀、相沢と高校一緒だもんな?」
「でも…。」
「いいよ。亜紀の最寄り駅なら定期券内だし。」
「じゃ、相沢くんよろしくね。」
「ラジャー!」
「ま、俺らの出来ることなら何でもやるからさ!」
「うん…ありがと。」
DIM-TAMのメンバーと大学の仲間たちのおかげで、わたしの不安な心が少し落ち着いた。
「もしもし…」
「亜紀?今日は何もなかったか?」
剣斗くんの声はやっぱり安心する…
「うん…」
「何時に終わる?」
「もう授業はないよ?」
「じゃあ、今から迎えにいく。」
「えっ、いいよ。悪いし。友達に送ってもらうから。」
「いや…亜紀に話したいことがあるからさ。」
「じゃあスタジオに行こうか?」
「迎えにいくよ。」
「…分かった。待ってるね。」
電話を切ると、悠奈たちが一緒に帰るためにわたしの講義があった教室まで迎えに来てくれてた。
「玲架?」
「ううん。剣斗くん。」
「剣斗くん、亜紀のこと大切にしてくれてるね。」
「えっ…あ…うん。」
昨日の翼の家での話を思い出すと、少し恥ずかしくなる。
「俺ら、今から教授の所行かなきゃなんだ。」
「泉も圭吾もごめんね?」
「いいよ。気を付けてな。」
「うん。ありがとね。」
2人と別れ、電気が消されはじめて薄暗くなる教室に悠奈と和哉と3人になった。
「迎えに来るまでもう少し時間あるね」
「渋谷のスタジオだと思うけど15分はかかるかな…」
「わたし、バイトがあるからさ…」
「ごめんね?付き合わせて。」
「大丈夫。俺が付いてるよ。」
「和哉、バイトしてないもんね?」
「そう、ニート!って一応学生だから!」
「じゃあ、相沢くんよろしくね。」
「うん。」
「気を付けて帰ってね。」
「亜紀もね!」
和哉と二人、練習室を出て、校門へと歩いていく。
「亜紀は幸せなの?バンドの人たちと一緒に居て。」
「うん。幸せ。みんな大切にしてくれてる。」
「そっか。俺も大切にしなきゃな。」
「そうだよ。いつもわたしにページを聞いたり、授業妨害するし。」
「もう、遅いかな。」
「何が?」
「俺が、亜紀を幸せにする。」
「前から、知ってるよ。和哉の気持ち。」
「井上怜太、松尾祐人、坂本秀太、水城将。」
「え、いきなりどうしたのよ!」
「亜紀が高校と大学で付き合ってた奴。」
「和哉の意地悪。」
「俺、ずーっと友達じゃん。何で、言ってくれなかったの?俺、亜紀に好きな人が出来ても全然平気なのに。」
「何で?」
「亜紀は理想の相手だから。何でも出来るし、面倒見がいいし。付き合えたら最高だけど、俺、ダメになりそう。」
「ダメになる?」
「理想だから頑張れる。けど…それが手に入ったら、天狗になって、大切さを忘れて、いつか手元から離れていく。だから、亜紀はずっと理想でいい。友達でいい。」
「和哉、意外と大人なんだね」
「意外って何だよ。」
「今の和哉が一番いい。」
「だから、何でも言えって。俺、案外口堅いからな?この長い片思いから分かるとおり、かなり頑固だし。だから、これからも俺の理想で居てほしい。」
「うん。ありがとう。」
「ま、亜紀が幸せであることが一番幸せ。」
校門で二人で待って5分もしないうちに、賢くんの車が来た。
「相沢くん、ありがとうね。」
「いえ!大丈夫です!」
「和哉、またね。」
「うん。またな~。」
車に乗ると、賢くんは渋谷方面に車を走らせた。
「バンドの練習中だった?」
「いや、ミーティング。」
「…そう。」
「昨日、マネージャーが捕まったらしい。社長から連絡あって。」
「そうだったんだ…。」
「新しいマネージャー、決まるのに時間かかりそうでさ…。」
「ツアー、もうすぐ始まるんでしょ?」
「まあね…でも、良かったよ。メジャーデビューする前で。」
「あと4ヶ月なんでしょ?」
「うん。」
「応援してるから。」
「あんまり会えなくなるのは辛いけどな。」
「ファイナル、東京でしょ?」
「ま、ツアーって言っても毎日じゃないからさ。ほとんど、東京に居るよ。」
「でもさ、いつかもーっと有名になって、ワールドツアーとかになったら無理だよね。」
「そしたら、亜紀を連れてくよ。」
「本当に?」
「うん。きっと魅波の抱き枕になるだろうね。」
「それは遠慮しておこうかな…」
賢くんと一緒に居ると安心出来て、一緒にいて楽しい。
「さっき、和哉に元カレの名前全部覚えられてて…かなりびっくりした。」
「和哉くんって、さっきの?」
「うん。高校から一緒で。自分ですら忘れてたのに。」
「亜紀のことずっと好きなんだな。」
「分かってる。でも、ずーっと友達として隣に居るのがいいんだって。」
「なんか、面白いな。」
「わたし、本当にバカだからさ。最悪な奴と付き合って。浮気もされた。その心に漬け込んで来た人もいた。体目当ての人もいた。カタチだけの恋愛しかしない奴も。なんか…恋愛が怖くなった。心から愛してくれる人なんて居るのかな…って。」
「だから…今は慎重なんだ?」
「うん…そうなのかも。」
「亜紀…あんな時に言ったし、そんなに出会って時間経ってないから、出任せかと思ってるかもしれないけどさ、俺は本気だから。」
「分かってるよ。まだ、わたしにはわからないんだ。幸せになれる方法。」
「待つよ。見つかるまで。」
「見つからなかったら?」
「見つかるまで、一緒に探す。」