Ⅱ.幸せになる方法
「おはよー。」
「おはよ。」
「あれ?お父さんは?」
「今日は町内会の人たちとバーベキューで、朝からトラックに荷物積んでる。」
「そうなんだ。いいな、バーベキュー。」
「あ、有香ちゃんから手紙来てるわよ。」
「え?有香?」
封を開けると、結婚式の招待状みたいだった。
「何?有香ちゃん、結婚するの?」
「あ、手紙入ってる。」
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
亜紀へ
いきなり結婚とか驚かせてごめんね。
子供が出来ました(笑)
急に結婚式ということになって、わたしも正直
びっくり。
中学のメンツに成人式ぶりに会えるかな。
楽しみにしてるね。
小森有香
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
「おめでた婚だって。」
「あら。有子ちゃん、おばあちゃんになるの?あ〜、わたしにはいつ孫が出来るのかしら。」
「21歳でお母さんかあ。まだわたしには無理だなあ。」
「ま、亜紀をもらってくれる男性なんて相当な物好きじゃないと居ないわね。」
「ひどーい。まだ21歳なんだけど?」
朝から親友のおめでた婚の話。
わたしはいつ結婚するんだろ?
ま、わたしは教員になる夢を一番最初に叶えないと。
「行ってきまーす。」
今日も授業。頑張ろ。
授業が終わって、昼休み。
スマホを見ると3件の通知。
“亜紀ちゃん、今日時間ある?”
剣斗くんから。
あとの2件はセールのお知らせと悠奈からの明日の練習時間の変更メール。
“3限までで14:30以降は暇だけど、一人で買い物しようかなって。”
そう返信すると、剣斗君から電話。
「もしもし?」
「亜紀ちゃん?今、大丈夫?」
「うん。」
「良かったら、一緒に買い物しない?」
「えっ、いいの?」
「うん。」
「あ、練習用のアンプ買おうと思ってるんだけど、一緒に選んでもらおうかな。」
「アンプ?いいよ。俺のいつも行ってる店なら融通きくし。すこし安くしてもらえるかも。」
「本当?」
「うん。じゃあ、御茶ノ水で待ち合わせでいい?」
「うん。授業が14:30に終わるから、その後なら。」
「了解。じゃあ、15:00に御茶ノ水でいい?」
「うん。」
「じゃ、後でね。」
電話を切るといつの間にか、目の前に和哉が居る。
「誰と電話してたの?」
「和哉には関係ないっしょ。」
「彼氏?」
「うるさい。」
「ひどーい!」
「言っておくけど、しつこい男嫌いなの。」
「知ってる。だって、高校から一緒でしょ?亜紀がどんな奴が好きなのかも全部知ってるし。」
「和哉に知られたくないことだらけなんだけど。口軽いし。」
そう言い捨てて、席を立った。
本当に無神経な奴。
静かにしてればモテるのに。もったいないな。
本当は、和哉の気持ちなんて分かってる。
でも、やっぱり好きになれない。友達でいるのが楽なんだ。
わたしには、彼を本当に幸せな気持ちにすることなんて出来ない。
午後の授業も終わって、剣斗くんとの待ち合わせまで30分。
急がなきゃ。
スマホをチェックすると、和哉からメッセージが来ていた。
“ごめん。”
一言だけ。
どうせ、いつも許したって許さなくなって、次の日にはケロッとした顔で「亜紀〜、何ページ?」って聞いてくるから気にしない。
“御茶ノ水〜御茶ノ水〜”
剣斗くんとの待ち合わせ時間まであと5分ちょっと。
間に合って良かった…。
「お待たせ。」
剣斗くんが到着したのは、待ち合わせ時間の3分前。
「じゃ、行こっか。」
「うん。」
剣斗くんがいつもお世話になっている楽器屋さんは歩いて5分。
「リッキー居る?」
「あ、剣斗か。今日は彼女連れかい?」
「いや、この子は玲架の同級生。この前、みんなで飲んで、それから仲良し。」
「谷沢亜紀です。」
「亜紀ちゃんね。で、今日は?」
「ベースの練習によさそうなアンプを選んでほしいんだ。」
「それならいいのあるよ。そこに座って待ってて。」
リッキーというお店の人は奥の方に行ってしまった。
「リッキー、元ギタリストなんだ。中学時代からお世話になっててさ。」
「そうなんだあ。」
「リッキーの機材選びは外れなしだからさ。」
リッキーの選ぶギターしか使ったことがないんだと剣斗くんが付け足した。
「亜紀ちゃん、これどうだい?試しにベース繋いで弾いてみて。」
「はい。」
剣斗くんの言うとおり。
リッキーさんが弾いたベースの音が綺麗に聞こえる。
「柳からもらったピックは?」
「持ってるよ。」
「あれ、ちょうどいい硬さになってるから、使ってみて。」
剣斗くんの指示に従って、柳くんからもらったピックで弾いてみる。
「めっちゃいい音!」
「だろ?柳のピックもリッキーが注文してくれてさ。」
「わたし、これにします!」
「そりゃ良かった。」
「じゃ、リッキー。このアンプ、うちのスタジオに運んどいて。今から買い物するからさ。」
「了解。亜紀ちゃん、後で受け取ってな!」
「はい!」
「じゃ、またよろしく!」
「おう!亜紀ちゃんも何か困ったこととか聞きたいことがあったら気軽に来てな!」
店先までリッキーさんがお見送りしてくれて、わたしたちはまた駅の方に向かった。
「すぐ決まって良かったな。」
「うん。ありがとう。練習も捗りそう!」
「よかった。喜んでもらえて。」
剣斗くんは同い年に見えないほど大人だった。
買い物も、楽しくて。
いつの間にか時間が経ってた。
「剣斗くんと居るとなんか、安心する。」
「そう言われると素直に嬉しい。」
「わたしさ、本当に子供で。今日も、同級生の男の子にひどいこと言っちゃった…。」
「誰だって子供だよ。嫉妬したり、競争したり、ケンカしたり。俺だって甘えたいことたくさんあるし。」
「甘えたいこと?」
「うん。本当は魅波みたいに甘えてみたい。」
剣斗くんからそんな言葉が出るなんて思ってなかった。
「剣斗くんは…。」
「賢。」
「えっ?」
「本名。黒澤 賢。亜紀ちゃんのことだけ知ってるのズルいかなって。」
「賢くんは…優しいね…。」
「優しい…かあ。優しさが人を傷つけるときもあるんだよ。」
「えっ?」
「俺は、優しすぎて大切な人を守れなかったから…。」
「………。」
わたしは、悲しげに話す剣斗くんを見てそれ以上聞けなかった…。
剣斗くんもそれ以上、なにも言わなかった。
「わたし、次で降りなきゃ。」
「翼と同じ駅だもんな。」
「うん。」
「荷物、重くない?」
「大丈夫だよ。」
「暗いし、家まで着いていこうか?」
「平気。」
「誘ったのは僕だから。」
「大丈夫!駅の近くの商店街だから。」
剣斗くんは一つ先の駅。
わたしは、荷物を持って電車を降りた。
「じゃ。またね。」
「また連絡する。」
剣斗くんを見送って、改札を出て、線路沿いを歩いていた。
部屋に入って、ベッドに横たわり、スマホのロックを解除すると、メッセージが届いた。
“着いたかな?”
剣斗くんからのメッセージだった。
“うん。着いたよ。今日はありがとう。”
今日の剣斗くんの言葉…
「俺は、優しすぎて大切な人を守れなかったから…。」
昔、何があったんだろ…。
「亜紀〜っ!おはよ。」
「…おはよ。」
昨日、ケンカしたのに、ほんとに空気読めない奴…。
「今日は早いね。」
「亜紀に迷惑かけないように頑張ろうかなって。」
「まー、それはありがたい。出来れば、隣に座らないで欲しいな〜。」
「今日は二つ隣にする!」
和哉は和哉なりに反省してるみたいだった。
「そういえば、一昨日、亜紀が話してた男と一緒に居た奴」
「あ〜、小林とか言ったかな。」
「あいつ、クスリの売人してるって。」
「悠奈からも聞いた。」
「それがさ、昨日見ちゃったんだよ。ヤバめの男の人から何か受け取るの。」
「え、本当?」
「うん。亜紀〜、気をつけてね?」
授業が始まって、約束通り二つ隣に座った和哉だが、
結局、隣で寝てやがる。
本当に反省してるかは不明。
「おはよー。」
「よっ!」
部室には同じバンド仲間の吉田 圭吾が居た。
「悠奈と泉は?」
「今、飲み物買いに行ったよ。」
「そっか。あ、昨日ね、新しいアンプ買ったんだ。」
「マジか〜。俺も新しいアンプ買おうかな。今の親父からのお古だし。」
「ただいまー。」
「おっ、亜紀も来たな。練習するぞ。」
「うん。」
この前、柳くんからもらったピックで、剣斗くんと柳くんに教えてもらったように弾くと、今までより、みんなで合わせる事が楽しくなった。
「なんか、亜紀のベース、よくなったね。」
「そう?」
「うん。よくベースが鳴ってるし。」
帰り道で、4人で話していると、携帯が鳴った。
「もしもし。」
「亜紀ちゃん?アンプ届いたからスタジオに取りに来て。」
「あ、うん。ありがとう。でも、スタジオってどこにあるの?」
「渋谷のあの店の近くなんだ。今から大丈夫?」
「平気だよ。」
「じゃあ、竜ちゃんの店まで迎えに行くね。」
「うん。」
「じゃあね。」
電話を切ると、3人がニヤニヤした目で
「新しい彼氏っすか〜?」
と言い寄る。
「秘密!」
そう言って3人から逃げる。
…が、すぐに捕まる。
「バンド仲間だろ〜?」
「亜紀〜、ちゃんと言えー!!」
「玲架と進展あったの?」
「ま、待って!玲架ってDIM-TAMの?」
「圭吾、知らなかったっけ?亜紀、玲架と同級生なんだよ。」
「えー!凄い偶然!」
2人は圭吾を気にしないで、尋問し始めた。
圭吾は話を理解しようと必死だった。
「で?玲架とは?」
「翼くんは友達!」
「さっきのは?」
「…剣斗くん。」
「えぇ!?剣斗!!」
「紹介してもらったの?」
「紹介…というか…この前、翼くんに誘われて、居酒屋に行ったらみんなと一緒で。仲良くなった。」
「えええええ!」
「みんなって柳も?魅波も?」
「うん。それで、昨日剣斗くんが楽器屋さんに連れて行ってくれて、新しいアンプを買ったんだけど、買い物するために剣斗くんがスタジオに送るように頼んでくれて、今から取りに行く。」
「だからか!」
「え?」
「ベース、教えてもらったんじゃない?」
「あ、うん。ちょっとだけ。柳さんにも」
「いいなー。わたしもドラム教えて欲しい!」
「教えてもらえば?」
「いや、止めとく!!」
「なんで?玲架のファンなんじゃねーの?」
「だってさ…わたしは、亜紀とは違って幼馴染じゃなくてファンなわけで…。その…やっぱファンのままで居て、夢見ていた方がいいな、って。」
確かに…悠奈が言ってることがわかる気がした。
わたしはそこまでDIM-TAMに詳しくないから、彼らを普通の男の子と同じように見れるけど…ファンにとっては彼らの素の姿なんだよね…。
「だからさー、バンドマンと繋がりたいとか思ってる人、よく分からない。」
「そういう奴らって、バンドマンの彼女とかお気に入りの子、イジメるんだろ?」
「ほんとかよ。女の嫉妬ってマジで怖い。」
「亜紀、気を付けろよ?」
「…えっ?」
「だから、ファンとかの目があるからさ。」
「DIM-TAM人気あるしな…。」
そんな話を圭吾と泉としていると、
「わたしはそこまで詳しくないんだけど…」
と、悠奈が口を開く。
それが、剣斗くんのあの言葉の意味だとはまだ、知らなかった。
「もしもし?亜紀ちゃん?」
「あ、もうすぐこの前のお店に着くよ。」
「分かった。今から迎えに行く。」
悠奈の言葉が離れなかった。
剣斗くんのことが不安で仕方ない。
「お待たせ。」
店の前で待っていると、すぐに剣斗くんがやってきた。
「ごめん、練習中だった…?」
「ちょっと抜けてきた。ま、でも亜紀ちゃんが来るの待ってる奴が居るから、練習頑張ってたよ。」
名前は言わないけど、すぐわかる。
「入って。」
剣斗くんに言われ、ドアを開けると
「亜紀ちゃ〜ん!!」
と、魅波くんが走ってくる。
「練習の邪魔しちゃってごめんね?」
「いいよ。どうせ、魅波は亜紀ちゃん亜紀ちゃんうるせーから。」
「わたし、すぐ帰るね?」
「あと少しで終わるから、そこのソファーに腰掛けてて良いよ。」
4人以外の声が後ろから聞こえる。
「お、渋谷さん!飲み物あざす!」
「おう。」
「あ、亜紀ちゃん、知らないよね?マネージャーの渋谷 慎二さん。」
と、剣斗くんが教えてくれる。
「何?剣斗の彼女?」
「彼女じゃないですよ。玲架の同級生。」
「谷沢 亜紀です。」
「玲架にこんな彼女が居たとはねぇ。」
「彼女じゃねーよ!本当に中学の同級生。」
「ま、よろしくね。」
渋谷さんは、一応スーツを着ているけど、少し怖い感じの印象。
「俺、会社戻らないといけないから、戸締まりしっかりして帰れよ?」
そう言うと、渋谷さんはスタジオを出て行った。
「じゃ、練習再開するぞー。」
剣斗くんの一言で練習は再開され、わたしは近くにあったソファーに腰掛けた。
練習の後は、結局ダイニングバー『Ryu』でこの前みたいに飲んで、翼くんの運転で帰宅することになった。
「いつもこうなんだ?」
「まあな。」
帰りの車内は、翼くんと2人になる。
「あの…さ。聞いてもいい?」
「何?」
「昨日、剣斗くんが買い物に付き合ってくれて…」
昨日、剣斗くんが言ってたこと…
―優しさが人を傷つけるときもあるんだよ。
―俺は、優しすぎて大切な人を守れなかったから…。
わたしは知っちゃいけないのかな。
「本人に…聞き辛くて。何があったの?なんて聞けない…でも、辛そうだったから…」
「本人に聞いたら?」
「えっ?」
「だって、知りたいんだろ?俺は、知ってるけど言えねえよ。あいつにとってはお前に、知られたくないことかもしれねえし。自分から改めて言いたいことかもしれねえじゃん。」
「そっか…そうだよね。」
「でも、剣斗は言ってくれると思うよ。」
「そうだよね…剣斗くんに聞いてみる。」
また2人きりの車内で沈黙が続く。
「あ、そういえば。」
「何?」
「そうちゃんに会ったの。」
「宗太郎?」
「大学が一緒なんだ。この前まで知らなかった。」
「元気だった?」
「元気そうだけど…いつも近くに居る友達に悪い噂があって、少し心配。」
「そうなのか…。」
「翼くんのことも心配してたよ。」
「それで?」
「そうちゃん、高校の時に翼のバンド見に行ったんだって?」
「あ、そういえば高校の文化祭きてくれたなあ。」
「デビューするって聞いて喜んでたよ。」
「そっか。宗太郎に会いたいな。」
「有香も結婚するみたいだしね。」
「あいつ、結婚するのかあ。」
「招待状来てないの?」
「内村からは来てたけど。」
「だから、内村くんと結婚するの!」
「え?マジ?内村と?」
「うん。なんか、おめでた婚らしいよ。」
「内村と小森が結婚ねえ…。」
内村くんはクラスの中ではあまり目立たない剣道部の主将だった。
「わたしも。有香は美人さんだから、芸能人とか経営者とかと結婚するのかと思ってた。」
「まあな。あいつ、宗太郎のこと好きだったよな。」
「そうそう。でも振られちゃったんだよね。」
「なんかさ、もうそんな年齢なんだな?」
「え?」
「21歳だぞ?成人式から一年も経ってねえじゃん。大学行ってる奴らはまだまだ学生だし、高卒で社会人やってる奴もまだ3年。俺は自由人だからさ、そんなの考えられねえし。まだ家族を養う力なんてねえし。」
「わたしだってまだ学生だしさ…本当に、有香の結婚の知らせを聞いたときは、そんな年になったんだな、って。」
「なんか、俺は子供じみたことしてんじゃねえのかなって。」
もう、とっくに家の前に着いてるのに、話に夢中になってしまう。
「子供じみたって…」
「メジャーデビューするからって、そこまで売れるとは限らねえだろ。ましてや、ヴィジュアル系ときたら、みんな苦い顔するだろ。」
「でも…メジャーデビューするってすごいことじゃん。そうちゃんも、音楽のジャンルなんて関係ないって言ってたよ。」
わたしが喋ってるのに翼くんは誰かと目があったらしく、車の中から会釈する。
翼くんの目線を辿ると、
「お父さん…」
そこには、店の中から手招きしている、わたしの父・一雄が居る。
車のドアを開け、外に出ると玄関から、
一雄が出てきた。
「翼くんか?!見ない間に男前になったもんだ。」
「そうですか?」
「家に上がっていかないか?」
「いえ、夜遅いし、迷惑になりますから、やめときます。」
「そんなこと言わずに…」
「お父さん。翼くんは仕事帰りでわたしを送ってきてくれたの。渋谷からずっと運転してきて疲れてるだろうから、帰らせてあげて。」
「そうかそうか。残念だな。今度、ゆっくり酒でも飲もうな。」
「はい。じゃ、また。」
お父さんは「翼くん、絶対だぞ!」と言って、家に入っていった。
「ほら、アンプ。玄関に置いておくぞ?」
「ありがと。」
「お前の親父も相変わらず元気だな。」
「暇なんだよ。酒屋なんて近所に行くだけだし。」
「つか、」
「ん?」
「お前が翼くんって呼ぶの恥ずかしいな。」
「そう?まあ、バンドメンバーのみんなの前だからね。自分だって、小さい頃は亜紀ちゃんだの亜紀だの言ってたくせに。」
「恥ずかしくなっただけだろ。お前も。」
「じゃあ、これからも翼くんって呼んであげるよ。」
「いや、くん付けはやめろ。」
「翼は?」
「なんだよ、亜紀。」
「恥ずかしい!」
「魅波達から亜紀ちゃんって言われて恥ずかしくねえの?」
「いや、魅波くん達は…」
次の言葉を言おうとした時、
「亜紀、どうでもいいから早く家に入れ。」
翼くんが慌てて言った。
「え?言って来たのはそっちでしょ?」
「ほら、お前の母ちゃんが店の中から覗いてる。」
「はあ…絶対、男出来たとか大騒ぎされる。今日の朝もうるさかったし。」
「勘違いされる前に帰るぞ。」
「うん。今日はありがとね。」
「あぁ。ま、また近いうちに会いそうな気がするけど。」
「そう?練習、頑張ってね。」
「お前もな。」
そう言うと、翼くんは車に乗って自宅方面に行ってしまった。
家に入って、お母さんに問い詰められたのは言うまでもない。
翼くんと良い雰囲気、ということになってしまったみたいだ。
「そう言えば、佐藤さんから電話来てたわよ。」
「佐藤さんって佳奈?」
佳奈は有香同様、小さい頃からの仲良し。
彼氏は安田 駿。中学時代の同級生で現在、医大生。
あいつらも結婚か?と有香の一件もあり、一瞬思わせられる。
「うん。なんか、小森さんちの有香ちゃんの結婚式のことで相談がある、って。急いでたみたいなんだけど、あんたの携帯に電話しても繋がらないって。」
「えっ?電話中だったのかな…連絡くれればいいのに。あとで連絡してみる。」
彼らと飲んで帰ってきたため、時計は23時をすぎていた。
「明日連絡しよう…」
今日は木曜日。
毎週、早番の後に午後から授業。
「行ってきまーす。」
家を出て、バイト先に向かう。
携帯がカバンの中で鳴った。
画面には、佐藤佳奈と表示されていた。
「もしもし?」
「亜紀?」
「昨日はごめん!遅くに帰ってきたから連絡できなくて…!」
「大丈夫…今日、会えないかな…。」
「今日?」
「うん。相談したいことがあって…。」
「あ〜…今日はバイトの後、授業だから厳しいな…。電話じゃ厳しい?」
「うん…でも…驚かないでね?」
「うん?」
「もしかしたら…わたし、妊娠したかもしれない…。」
「え!?妊娠!?」
わたしの大声に周りを歩く人々がこちらを向く。
「駿には言ったの?」
「…言ってない。」
「言ってないって…。佳奈、あなた一人の問題じゃないでしょ?」
「だって…駿まだ医大の3年生だし…研修医にもなってないのに、結婚なんて…無理だよ…」
佳奈は短大を卒業し、今年保育士一年目。
「わたし、16時に学校終わるから、病院終わっちゃうよ?」
「…そっか。」
「ちょっと電車乗るからまた連絡する。」
電話を切ると、自然とため息が出てしまった。
有香といい、佳奈といい…早いよ。
わたし、やっぱり置いて行かれるのかな?
まだ21歳。
いや、もう…21歳なのかなあ…とバイト中も考えてしまった。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ。お次のお客様こちらのレジへどうぞ。」
前のお客がいなくなって、レジ待ち列の先頭のお客を誘導するために手を上げながら先頭を見ると、ニコッと笑ってこっちを見てる子猫のような男の子。
「あーきちゃん!」
「魅波くん!?」
「へへ、来ちゃった!」
「来ちゃったじゃねえだろ…」
「翼も何しに来たの?」
「亜紀に会いたいって言うからお前の家まで行って親父にバイト先聞いて、こいつ連れてきた。」
「亜紀ちゃん、お仕事すごい頑張ってるなーって思って!」
「お仕事してるの見てたの?恥ずかしいな!」
「うん。見てたよ!可愛かった!」
「お買い物は?魅波くん。」
「あ、これこれ!」
魅波くんは、表紙がほとんど黒い雑誌をカウンターに置いた。
「これ、俺たちが独占インタビュー受けてる記事が載っててさ。」
「え、凄い!売ってるの知らなかった!」
「おい、魅波…早く会計しろ。亜紀は仕事中なんだからな。」
「はーい。」
「えーと、980円です!」
会計が終わると、魅波くんが「何時に終わる?」と聞いてきた。
「12時なんだけど、13時から大学行かなきゃいけなくて。でも16時には終わる。」
「わかった、迎えに行くね。」
「え…?」
「ほら、魅波!行くぞ!」
「じゃ、亜紀ちゃん、お仕事頑張ってね!」
魅波くんに気を取られていたら、
「谷沢さん、お仕事お疲れ様。レジ閉めていいよ」
とチーフが言ってくれた。
授業まであと1時間。
まあ、時間はあるんだけど…部室に忘れ物とりに行かなきゃだから急がなきゃ。
従業員出入り口から出ると魅波くんが立っていて、
「今からスタジオだから、大学まで玲架が送るってさ!」
と言うことで翼の車に乗った。
「何時から授業なんだ?」
「13時から。」
「じゃあ間に合うな。」
「うん。あ、そういえば…翼に相談があって。」
「何?剣斗のこと?」
「いや…佳奈のことなんだけど。」
「ああ、安田の彼女?佐藤だっけ?まだ付き合ってんの?」
「うん。朝、電話きてもしかしたら妊娠したかもしれないって…駿には言えないって言ってて…。」
「まじかよ。妊娠って…佐藤だけの問題じゃねえだろ…」
「そうだよね。わたしもそう言ったんだけど、駿がまだ医大生だからどうしようって言ってるんだ。」
「安田の連絡先教えろ。俺が連絡する。」
「え…でも。」
「本人が言えないっていうなら、誰が言うんだよ。」
「わかった…連絡先教える。」
余計なお世話かもと思いながらも、親友のために人肌脱ぐことに決めた。
魅波くんは静かにわたしたちの話を聞いていたようだった。
「ごめんね、魅波くん。身内の話でつまらなかったよね。」
「ううん。でも、少し嫉妬しちゃった。」
「え?」
「だって、玲架は亜紀ちゃんの幼馴染で、剣斗とはデートして。嫉妬しちゃうよ。」
可愛い声で迫られる。これにはわたしも抗えない。
「亜紀ちゃん、これ。あげる。」
「え、これさっき買った本じゃないの?」
「読んで欲しいんだ。亜紀ちゃんに。」
「ありがとう。読むね。」
そう言って真っ黒に赤い文字で「DEEP ROCK」と書いてある雑誌を受け取った。
大学の前に着くと、「亜紀ちゃんまたね!」と魅波くんが車の後部座席から手を振ってくれた。
3限の授業が終わってスマホをチェックすると、メッセージが2件届いていた。
1人は佳奈、もう1人は魅波くんだった。
翼から連絡がいったらしく、駿の親が院長を務める安田総合病院で検査することになった…と。
怒ってないかなあ…ごめんね、佳奈。
「亜紀、どうかした?」
「いや、何も。あ、和哉。コーヒー買ってきてくれない?」
「ん。いいよ。俺もジュース買いに行こうと思ってたところ。」
財布をかばんから出そうとした時、自分のバイト先の本屋の袋が入っているのに気がついた。
和哉にお金を渡し、魅波くんからもらった雑誌を読むことにした。
「なんだかんだ、ヴィジュアル系雑誌って初めて見るなあ…。」
目次でDIM-TAMのページを探し、開いてみると、何度か会ったみんなとは違ったクールなみんなが写っている。
写真の下にたくさんの文章。とりあえず、魅波くんからもらったんだし、魅波くんのページ読んでおこうかな。
ー最近、ハマっていることは何ですか?
【魅波】最近は、歌詞を書くことですかね。いつもは柳と一緒に書くんですけど。
ー自分だけの想いを書きたかったんですね。次の新曲になりそうですか?
【魅波】そうですね。メンバーには書いたものを見せて、共感を得られたので次のシングルかアルバムに入れられたらと思います。
ーズバリ、どんな歌ですか?
【魅波】うーん、恋愛ですかね。DIM-TAMにはあまりそんな曲がなかったので。挑戦してみました。
ー期待してていいですか?
【魅波】はい。期待しててください。
ふーん。新曲かあ。
そういえばDIM-TAMの曲、悠奈が部室で流してた時しか聴いたことないかも…少し暴れ曲?というのが多いバンドなんだなあって思ってたけど…恋愛ってことはバラードかなあ?
「亜紀、ブラックでいいんだよね?」
「あ、うん。ありがとう。」
「何?この雑誌。亜紀、好きなの?」
「え、あ…うん…というか悠奈が元々好きでね、それでたまたまドラムの人がわたしの友達で。」
「え!?どの人!」
「和哉には関係ないでしょ?ほら、授業始まるから席つけ!」
授業が終わり、校門を出ると、白い車が停まっていた。
窓が開き、「亜紀ちゃん!迎えに来たよ!」と、魅波くんが顔を出した。
あ、そうだ。
本屋から出る時に、確かに言ってた。
「迎えに行くね。」って。
「魅波くん、待っててくれたの?」
「あ、うん。約束したでしょ?」
「練習は?」
「今日は雑誌の取材だけだったから。ほら、乗って!」
魅波くんの車は、免許のないわたしでもわかるくらい…高級車だ。左ハンドル…ということは、外車か…と思いながら、魅波くんに誘導され助手席に乗り込んだ。
「凄いね…びっくり。高級車乗ったの初めて。」
「そうなの?じゃ、初めてのベンツ記念日だね!」
「たしかに。」
「僕にとっては、初めて亜紀ちゃんが助手席に座ってくれた記念日かな。」
魅波くんは、わたしの目を見てニコッとした。
「そういえば、雑誌見てくれた?」
「うん。さっき読ませてもらったよ。ありがとう。」
「そっか、よかった。」
「新曲、楽しみにしてるね。」
「まだデモも録ってないんだけど、一応音源として出す予定。」
「そうなんだ。楽しみにしてる!」
「うん。ありがとう。亜紀ちゃんに応援してもらうとやる気になる!」
「そういえば、どこに行くの?」
「あ、言ってなかったね。事務所の先輩のLIVEなんだけど…やめよっか?」
「え、わたしも一緒について行っていいの?」
「亜紀ちゃんのバンドの参考になるかなって。それに、亜紀ちゃんに会いたかったからね。」
その素直さが、わたしには羨ましく思える。
「亜紀ちゃんとの初デート。もっとロマンチックなところが良かったかな?」
「ううん。そんなことないよ。でも、わたしヴィジュアル系って詳しくないからあんまりメンバーも曲も知らないかもしれないんだけど…」
「大丈夫。」
「ずっと隣にいてね?」
「亜紀ちゃん、そんな可愛いこと言っちゃうと…僕、野獣になっちゃうよ。」
「そ、そんなつもりで言ったんじゃないよ!」
「ふふ。わかってるよ。亜紀ちゃん可愛いな。」
会場に近づくと、開場待ちのファンでごった返していた。
「うわぁ、凄い!」
「見つかるとやばいから、裏の関係者通路通っていこう。」
ライブハウスの前を車で通り抜け、裏口にある駐車場に車を停めた。
「ここのライブハウスでDIM-TAMもLIVEやったことあるの?」
「まあね。同じ事務所だと融通が利くんだ。さ、行こう。」
車から降りると、わたしの手を引いて魅波くんが裏の窓口に
「DIM-TAMの魅波です、招待でもう一人パスお願いします。」
と言って、今日の日付と先輩のバンドの名前らしいものと整理番号が書かれた布製のシールが渡される。
「亜紀ちゃん、これ貼ってあげるね。」
と、わたしの洋服にサッと貼った。
「じゃ、行こうか」
またわたしの手を取って歩いていく。
関係者通路には様々なスタッフがごった返していた。
「わあ、凄い。」
予備で壊れたりした時のためのギターやベースがズラリと並んでいる。
すると、「おい、魅波!」と
目の当たりが黒く灰色のカラーコンタクトを着け、ステージ衣装と思われるいかにもヴィジュアル系というような服を着てる男の人が魅波くんを呼び止めた。
「聖月さん!なんだ、見つかっちゃったかー!」
「魅波がBUTLERのLIVEに彼女連れてくるなんて初めてじゃね?」
「あ、初めまして。谷沢亜紀と申します」
「いいねぇ、黒髪少女。」
「亜紀ちゃんは玲架の幼なじみなんですよ。」
「玲架の幼なじみに手を出したのか。魅波は放って置けねーな。」
「まだ彼女じゃないっすよ。じゃ、聖月さん。LIVE頑張ってください!3階で観てますから。」
「ああ、来てくれてありがとな。」
わたし達は聖月さんの元を離れ、裏口から3階の客席に入った。
「3階はプレスとか家族、友人しか入れないから安心して。」
「う、うん。」
「いきなり連れて来ちゃったから、分からないか。」
「ライブハウス初めて来たから…。」
悠奈とDIM-TAMのライブに行くことになっていたけど、それより前に来てしまったので、初めてのライブハウスだ。
「ここは1階がオールスタンディングで、2階は座席があって大体キャパは3000かな。3階は基本的にVIPだけなんだけど、それ含めると3400位。」
「そうなんだ。さっきの聖月さんっていうのは?」
「BUTLERというバンドのヴォーカル。」
「BUTLERって聞いたことある。サークルの仲間で好きな人いた気がする。」
BUTLERというのは、英語で執事という意味。メンバーは他に4人いるらしく、ギター2人のバンドらしい。
「尊敬する先輩なんだ。作詞もすごく心に響くものを書くんだ。」
「そうなんだ。」
「俺も聖月さんみたいな歌詞が書けるようになりたいなって思ってる。」
「新曲、楽しみだね。」
そんな話をしていると、会場が暗くなった。
LIVEが始まると、会場は湧き上がる。
オープニングの曲が流れると、激しい声がファンから聞こえる。他のメンバーが出てきて、一人一人の名前が叫ばれる。
最後に出てきた聖月がステージの中央に立つと、
「聖月ぃいいいい!」
と会場のヴォルテージが上がる。
LIVEはあっという間に終わってしまった。
「凄かったね、魅波くん。」
「亜紀ちゃん、早く出るよ。」
「え…」
「感づかれたかもしれない。」
「ん…?感づかれた?」
「早く、出るよ!」
と、急いで魅波くんの車に乗り込む。
「よかった、早めに出てきて。」
「どうしたの?」
「BUTLERのファン(バンギャ)は、DIM-TAMと並行して応援してることが多くて…」
「そうなんだ…」
「系統が一緒だからね…女の子と一緒にいたら、亜紀ちゃんに迷惑がかかるかもしれないし…。」
「そうなんだ…やっぱりミュージシャンと付き合うって大変なんだね…。」
「僕は、亜紀ちゃんと付き合えたら…ミュージシャン辞めてもいいかな。亜紀ちゃんに嫌な思いさせたくないから。」
「それって、剣斗くんの過去と何か関係あるの…?」
「亜紀ちゃん、剣斗から聞いたの…?」
「ううん…知らない方がいいかなあ…。」
「そっか。じゃあ俺からは言わないほうがいいかな。剣斗から話す時が来ると思うから。」
「そうだよね…。」
「ねえ、僕は亜紀ちゃんにとって…特別な存在になれないかな…」
「特別な存在…?」
「まだ、分からないよね…ごめんね。いきなりこんなこと言って。忘れて。」
魅波くんの横顔は、とても寂しそうだった…。