Ⅻ.巡り合わせ
「亜紀、朝からどうしたんだ?」
「賢のお母さんが昨日倒れて入院したの。
「見舞いに行かないとな…」
「お父さん。賢のお母さんってどんな人か分かってる?」
「この前のライブの時に派手な格好してた人だろ?」
「そうだけど…。」
「今日会ったばかりだしな…。」
「賢のお母さんの初恋の人は…お父さんなの!」
「え、俺が?」
「由美って名前の人、覚えてない?」
「由美…」
「旧姓は石倉由美っていうみたいなんだけどさ」
「石倉…由美…。あ、思い出した!」
そう言ってお父さんは二階に駆け上がっていき、大きなアルバムを持って降りてきた。
「石倉は、高校の時の部活の後輩だったんだ。女子テニス部が廃部の危機だった頃、合同練習をいつもやっていたんだよ。石倉は中学からテニスをやっていて、都大会でも上位の成績だった。」
「由美さんはお父さんのこと、忘れてなかったみたいよ。」
「そうか、そんなこともあったかな。でも、後輩だったし、その頃父さん実家継ぎたくなかったから、いい大学行こうと思って入ったところが金持ちが通う学校で、そこで母さんに出会ったんだ。母さん昔は可愛かったんだぞ〜。
「じゃあ高校時代、どうして賢のお母さん振ったの?」
「好きな人がいたからな。」
「え、どんな人?!」
「百恵ちゃんだよ、山口百恵!」
「え…?芸能人に恋して賢のお母さんを振ったってこと?どんだけ純粋なの。芸能人と付き合えるわけないじゃん。」
「その頃の父さんは純粋だったんだよ。」
「呆れた。」
「それで、どうかしたのか?賢くんのお母さんがどーたらって。」
「お父さん…実はね、賢のお母さんから別れなさいって言われてて…その理由が昔好きだった人の娘だからみたいなの…。」
「え…?俺のせいってこと?」
「まだ意識が戻ってないんだけど…賢のお母さんと話し合って欲しいの…きっと、何か誤解してるのかもしれないし…ね?」
「ああ、分かったよ。俺は、賢くんが息子になってくれないと困るからな。」
「お父さんのお酒に付き合ってくれるの賢くらいだもんね〜。」
頭をポリポリ掻いて、「何をどう話せばいいかなあ…」とつぶやく父。
「じゃあ、面会行ってくる。賢にお弁当も作ったし。」
「気をつけてな〜。あ、賢くんによろしくな。」
「うん。じゃ、行ってきまーす。」
由美さんのための下着を数着購入して、病院に向かった。
病室に入ると、賢はベッドに顔を伏して寝ていた。
起こさないようにゆっくり近づくと、携帯のアラームが鳴った。
「あ、あれ?亜紀?」
「ずっとそばについてたんだね。」
「ああ。」
「お母さんの下着買ってきたよ。」
「ありがとう。」
「それと…昨日から何も食べてないと思って…お弁当。休憩室で休んできて。私がお母さん見てるから。」
「亜紀…ありがとう。」
賢は少し疲れた顔をしていたが、お弁当を受け取って病室を出て行った。
やっと社長の充さんとマネージャーの久山さんに自分から連絡したらしく、当分の練習は賢だけ休むことになった、と少し安心した顔で帰ってきた。
「お弁当、美味しかったよ。ありがとう。」
「よかった。本当はハンバーグ作ってあげたかったんだけど、お弁当いっぱいになっちゃうから今度ね。」
「ありがとう。今度は一緒に作ろっかな。」
2人で病室の窓から空を見上げていると、
「賢…」と少し力のない声で呼ぶ声が聞こえた。
「母さん!?分かるか?」
「心配かけてごめんなさい…」
「大丈夫だから。」
「亜紀さんにも…ご迷惑かけて…。」
「いいえ。大丈夫です。意識が戻ったら知らせるようにって言われてたのでナースステーション行ってきますね。」
そう言って、親子二人を残し病室を出た。
病室に主治医と看護師が駆けつけ、体の状態を診た。術後の経過は良好なようだった。
「先生、いつになったら退院できますか?」
「石倉さん絶対に無理はしてはいけません。まずは焦らずに体調が回復するのを待ちましょう。」
「田舎に母一人置いてきてしまったので…」
「大丈夫だよ、母さん。ショートステイの方から電話が来たから、入院のことちゃんと話したら、回復するまで預かってくれるって言ってたよ。」
「しっかりした息子さんとお嫁さんが居て羨ましいですね。また何かあったらナースコールしてください。」
「先生、ありがとうございます。」
「くれぐれも、安静に。」
意識が戻った賢のお母さんと3人…少し気まずい雰囲気になってしまった。
「あ、あの…。わたし、何か足りないもの買ってきますね。コンビニが一階にあったよね?行ってきます。」
「亜紀。俺も行く。」
「賢はお母さんのそばに居てあげて。」
「ちょっと話したいことがあるから、下のカフェでお茶でもしよう。」
「で、でも…」
「亜紀さんいいのよ。私に遠慮しないで行ってきて。少し具合が悪いから、休みたいの。」
気を遣ってくれたお母さんに甘えて、2人で病室を出た。
「亜紀。色々ありがとう。なんか…感謝してもしきれないな。」
「困った時はお互い様でしょ?賢が助けてくれたじゃん、あの時も。」
「なんか、安心したら疲れがどっと来るな。」
「ちゃんと休んで、お母さんが元気になれるように頑張らないとね。バンドのことも今は忘れて、気をしっかり持たないとね!」
「亜紀…落ち着いたら…行こうな、平泉。」
「え、平泉?なんで?」
「亜紀、言ってたじゃん。中尊寺行ってみたいって。色々調べたんだからな!」
「ふふ。知ってた。賢の部屋掃除してた時にパンフレット見つけたの。」
「なんだよ〜!バレてたか!」
「それよりも前に…ちゃんとしなきゃいけないことあるでしょう?」
「俺の母さんと亜紀のお父さんのことだな。」
「お父さんに今日の朝話したんだけど、何で賢のお母さんのこと振ったかっていう理由がとってもくだらなくて。」
「なんだったの?」
「お父さん、山口百恵の大ファンでその頃は周りの女の子に興味がなかったんだって。」
賢はキョトンとしたあとに大爆笑した。
「でもさ、あの二人がくっついてて、もし仮に結婚していたとしたら、俺らは生まれてなかったわけだし、こうして出会うこともなかったんだな。」
「たしかに、そうだね。運命の悪戯だね。」
「母さんは亜紀のお父さんとは結ばれなかったけど、それも運命なんだな。」
「神様って何考えてるんだろ!」
「一人一人の人生が波瀾万丈であるように操ってんのかな。」
「波瀾万丈とか、なんか苦労するみたいに言わないでよ〜。」
「人間は、苦労して成長するんだよ。」
「それって、先生に言われた言葉?」
「そう。言われた時はさ、なんで俺だけこんな想いしなきゃいけないんだって思ったけど…大人になってわかってきた。苦労しないで大人になった奴はろくなやついねえって実感した。バンドマンってクズの集まりみたいなこと言われるけど、芯の強いやつは苦労してきてて、そういう奴ほど成功するんだって思ったんだ。充さんにしても、自分の信念は持ってるし。」
「その先生に一回会ってみたいなあ。」
「俺の結婚式には呼ぶって約束してるよ。」
「わたしも苦労しないと。」
「若い頃の苦労は買ってでもしろって言うしな。亜紀センセ。」
「隣に賢が居てくれれば、どんな困難も乗り越えられる気がする。」
「同じく。」
運命の悪戯。
それは、私たちが出会ったことだけではない。
お父さんと賢のお母さんが結ばれなかったことも運命。
お父さんとお母さんが出会ったこと、そして私が生まれたこと…
全てこの出会いのための運命だったんだ。
悪戯の意図なんてわからないけど
受け入れることしか選択肢はない。
タイムマシンがあったとしても
人生をやり直すことができるとしても
同じ運命になってしまうんだろう。
神様の機嫌が変わることがない限り。
そう、この運命の悪戯はまだまだ序章に過ぎなかった。
またまたお久しぶりです(^_^;)
樋山 蓮です。
書き溜めはしていたのですが、更新を怠っていました(・・;)
えーと、アクセス解析というのがあるんですが、こんな駄作なのにまだまだアクセス数が伸びていて嬉しいです。
これからもゆっくりペースかもしれませんが、楽しみにしていてください。
樋山 蓮