Ⅺ.過去の恋仲
亜紀が家を飛び出して呆然としていた。
ポケットに入れていた携帯が鳴り、無意識に電話に出ていた。
電話の向こうからは陽気な声が聞こえる。
「剣斗〜、戻ってこいよ!飲もうぜ〜。」
「ごめん。今日は飲む気になれない。」
楽屋から亜紀が出た直後、ライブを観に来ていた母親から電話があった。
「賢、あの子はダメよ。別れなさい。わかったわね?」
「ちょ、何言ってんだよ!亜紀と別れろってどういうことだよ!」
「あの人の子供なんて、私は認めませんから!」
そう言い残し、母親は電話を切った。
母親にどんな心情の変化があったのか自分にはわからない。
亜紀とはずっと一緒にいたい。でも、亜紀は母親と縁を切ることは絶対にやめてと言って出て行ってしまった。
「おい、剣斗聞いてんのか?あ、もしかして亜紀ちゃんと一緒なのか?」
「いや、さっき帰った。」
「剣斗〜、亜紀ちゃんのこと幸せにできねーんなら、俺がもらうからな!」
「そうだな…俺より魅波の方が亜紀のこと幸せに出来るかもな…。」
「なんだよー、いつもの剣斗じゃねえぞ?さては…亜紀ちゃんと喧嘩したのか?」
「喧嘩というか…うん…そうだな、喧嘩だな。」
「なんでだよ?」
「母親から亜紀と別れろって言われて…。」
「それで、別れようって言ったのか!?」
「いや…俺は母親と縁を切ってでも亜紀と居たいって言ったら…亜紀が怒っちゃって。」
「お前バカだな。亜紀ちゃんはお前に家族を大切にしてほしいからそういったんだろ?」
「そんなのわかってるよ…。」
「で、なんで別れろって言われたんだ?」
「理由を聞く前に電話切られてさ。」
「はあ?理由も知らねえのになんでそんなこと普通に言えるんだよ。理由を聞かないで母親と縁を切るなんて言ったからだな。とにかく、もう一回亜紀ちゃんとも自分の母親とも冷静になって話をしろ。」
魅波にそう言われ、俺は車のキーを手に持って家を出た。
亜紀が家を出てから10分…そう遠くまでは行ってないはずだ…車を走らせると大通りでタクシーを止めようとする亜紀を見つけた。土曜の夜。タクシーはなかなか止まらない。
俺は、亜紀の前に車を止めた。
「賢…どうして?」
「心配になって…。」
「ありがと…。」
亜紀は素直に助手席に乗った。
亜紀の家に戻ろうと車を走らせる。
「追いかけてくれないと思ってた」
そう、亜紀は口を開いた。
「さっきは、ごめん…。母さんがなんで亜紀と別れろって言ったのか分からないのにあんなこと言ったのは本当に自分が悪いと思う。でも…亜紀のこと諦めたくないから。魅波に理由も聞いてないのになんで亜紀にそんなこと言ったんだって怒られた。」
「魅波くんが…?」
「魅波ってさ…俺よりも複雑な家庭で育ったんだ。亜紀は魅波の母親にあったことあるだろ?」
「うん。」
「3人目の母親なんだ。」
「え…そうだったんだ…。だから双子ちゃんと歳離れてるの?」
「あの双子が生まれるまでの間も魅波のこと息子のように育ててくれたんだってさ。父親が社長だから、生みの母親には会えないし、相当苦労したみたいだよ。あいつが一番荒れてた時にも見放さないでいてくれたのが今の母親。」
「そうなんだ…。」
「俺、母さんと話してみるよ。どんな理由であんなこと言ったのか…。ただ…どんな理由であっても、俺は亜紀と一緒にいること、諦めないからな。」
「うん…。」
亜紀は少し不安げな表情を浮かべた。
翌日、新幹線に乗る母を見送りに来た。
「見送りなんていいのに。」
「わざわざ来てくれたんだから感謝しないと。」
「とにかく…昨日言ったことちゃんとしなさいよ。」
「母さんはどんな理由であんなこと言ったのか…俺には理解できない。理由だけでも教えてほしい。」
「………あの子のお父さんよ。」
俯きながら母は口を開いた。
「亜紀のお父さん?」
「一雄さん…。」
「亜紀のお父さんと何があったんだよ。」
「亜紀さんを紹介してくれた時、『谷沢』と聞いてまさかと思ってた。でも昨日、あなたのライブで亜紀さんが挨拶にきてくれた時に、一雄さんの娘さんってわかったの。もう30年近く経つのに、やっぱり変わってなかったわ。実は、一方的な片想いだったの。わたしは一つ年下だから、いつも妹のように扱われて相手にされなくて。」
「そんなの何十年前の話だろ?」
「何十年前だとしても…初恋が失恋で終わったという事実はこの歳になっても忘れられないわよ。」
「どんな理由でも亜紀とは別れない。そんなくだらない理由で俺たちの仲を切り裂こうなんて…。正直、失望したよ。母さん。」
そう言葉を吐き捨てて俺は待合室を出た。
駅の改札を出ようとした時、担架を持った駅員が待合室の方向に走っていった。
無線を手に持ち、慌てている。
「待合室で50代とみられる女性が突然倒れ、意識レベル低下。至急、救急車要請お願いします!!」
待合室に引き返すと、さっきまでしゃべっていたはずの母親がぐったりとしていた。
「母さん!!おい、しっかりしろ!」
「息子さんですか?」
「はい。さっきまで会話をしていたのですが…。」
「救急隊あと2分で着きます!」
俺は、救急車に一緒に乗り、搬送先の病院に行った。緊急手術となり、数枚の同意書にサインをした。
不安で仕方がなくて救急車に乗る前に亜紀に電話をしていた。
「どこの病院に運ばれるの!?わかったらメールして!」
と、亜紀も慌てた様子だった。
待合室で待っていると、扉が開いた。
「賢…。」
「亜紀…。」
「お母さん、どうだって?」
「心臓の発作みたいだ…」
「心臓病だったの…?」
「さっき知ったよ…心臓病ってこと。俺…母さんが倒れる前に啖呵を切って離れたんだ…もし…あれが最後の会話になったら、俺…。」
亜紀は隣に座り、俺の手を握ってくれた。
「賢。大丈夫…信じて待っていよう。賢が信じてあげないと…お母さんかわいそうじゃない?絶対に仲直りできるから。」
亜紀の手は今の自分にとってとても温かく、亜紀が聖母のような存在に感じる。
少し落ち着きを取り戻し、なぜ母さんが自分たちの交際に反対したのかを話した。
「お父さんと…賢のお母さんが…。」
「きっと…俺と舞のような関係性だったんじゃないかな…やっぱり、妹みたいに思ってる子と男女の関係になるのは怖いというか…。」
「そうだよね…あーもう、うちのお父さんったら、意外と昔はモテ男だったんだな!なんかムカつく!」
「意外とって…。」
いつの間にか俺たちは笑っていた。
「やっと笑った。賢が不安そうな顔してるとお母さんも心配しちゃうよ?」
「そうだな。亜紀の言う通りだ。亜紀がそばに居てくれて助かったよ。」
手術は無事に終わり、すぐに救急搬送されたことから、命に別状はないということだった。
すっかり日は暮れ、夜になっていた。
「賢、わたしそろそろ帰るね。あ、お母さんって下着とかそういうの持ってるのかなあ?」
「泊まりに来てたからきっとあるんだと思うけど…。」
「1〜2泊しかしてないし、明日買って持ってくるね。」
「ありがとう。」
「意識が戻ったら、連絡してね。」
「うん、分かった。母さんの体調が良くなったら、ちゃんと話そうな。」
「うん。賢、ちゃんと睡眠だけはとってね。ご飯もちゃんと食べるんだよ?久山さんには事情を話しておいたから、心配しないで。」
「うん。」
「じゃ、おやすみ。」
「気をつけて帰ってな。」
「うん。分かってる。」
親が倒れたということに、自分がこんなにも動揺し弱ることがくるなんて思っていなかった。
亜紀がそばにいてくれなかったら、きっと前向きに、冷静に考えられなかっただろう。
久しぶりすぎる(!)更新です。
樋山 蓮です。覚えてますかね?笑
去年の6月頃から就職活動のため休んでいたらこんなに時間が経っていました…(╹◡╹)笑
無事に採用が決まり、4月から正規職員として働いて半年!
怒涛の日々でした。
あと半年で一年目も終わりなんだなー、また一人新人が来るんだなーと思うと二年目に向けて頑張らないと、と思わされます。
また更新ラッシュにして行きたいです!
たくさん書き溜めていたので、お楽しみに(*´꒳`*)
樋山 蓮