X.関係者席
開演一時間前。一階のスタンディング席の入場が始まったようだった。
「すごいな、みんなバンドのTシャツ着て軽装だな。」
「俺もTシャツ買おうかな。」
「え、お父さん買うの?」
「あれ、悠奈ちゃんじゃない?」
「あ!本当だ!悠奈〜!」
スタンディング席に入る、私のサークルで所属してるバンド『Milly』の仲間たち3人が入場列に並んでいた。
「もうチケット貰ったのね?」
「うん。ありがとね!楽しんでくる!」
「泉も圭吾も楽しんで。」
「亜紀は二階席なんだっけ?」
「うん。」
「あ、どうも…亜紀のお父さん?」
「あ、うん。剣斗くん見たいって言うからさ。」
「うちの娘がいつもお世話になってます。」
「いえいえ、こちらこそ。」
「おじさん、相変わらず元気ですね。」
「もー、みんなみたいにTシャツ買って着るってきかないの!」
「亜紀のお父さんおもしろいな!」
「じゃ、俺ら入場するわ。」
「念願のDIM-TAMのスタンディング席だから楽しんでくるよ!」
「悠奈も泉も圭吾もまた学校でね!」
「またなー!」
そう言うと、3人は入場列に戻っていった。
関係者受付をし、バックステージパスとチケットを貰う。
お父さんは会場に入ると、本当に物販に並んでTシャツを買って着ていた。
二階へはパスとチケットが無いと入れない。今日は二階は関係者のみらしい。
後ろの方の片隅に昨日初めて顔を合わせた賢のお母さんを見つけた。
サングラスをかけ、静かに座っている。
「賢さんのお母さんですよね?」
と声をかけると、サングラスを外しながらこちらを向いた。
「あら、亜紀さん。昨日はありがとうね。」
「こちらこそ、またお会いできて光栄です。」
「今日はお一人で?」
「いえ、幼馴染で翼くんの親友と、父と三人で来ました。」
「あら、そうなの。」
私が話しかけてる姿を確認したのか、お父さんがいつの間にか後ろにいた。
「どうも〜、うちの亜紀がお世話になっております。」
「お父さん、賢くんのお母さんの由美さん。」
お父さんと顔を合わせた賢のお母さんは、一瞬固まっていた。
「こちらこそ、うちの息子がお世話になっております。」
と俯き加減で返すが、すかさず外していたサングラスを再びかけた。
「では、失礼します。」
そう言って、私はお父さんを引っ張り、宗太郎が座っている隣の席に座った。
私の隣は翼のお父さんとお母さんが座っている。
「お父さん、亜紀ちゃんよ!」
「翼パパも翼ママも今日はおしゃれですね!」
「あれ?亜紀ちゃんパパも一緒じゃないか。」
「橋詰さん、久しぶりです〜!どうもどうも!」
「この前は翼の誕生日にワインをいただき有り難うございます〜!」
「いえいえ。こちらこそ、お世話になってるみたいで!お兄ちゃん達はまだ独身なんだってね?」
「そうなんですよ〜。」
「うちは博人が3年前に結婚したんだけどねえ〜。」
「博人くん、お嫁さんもらったの?」
「うちの海と年変わらないよね?」
「たしか海くんのひとつ上だったかな。」
「あれ?亜紀ちゃんのお隣は…たしか…。」
「ほらほら、風間さんの家の宗太郎くんだよ。亜紀と同じ大学みたいでね。」
「あら、宗太郎くん!久しぶりね。お父さんが四小の校長先生になられたわよね?」
そんな話をしていると、会場の灯りが消えた。
「あら、始まるのね〜!」
オーディエンスがメンバーの名前を呼ぶ。
会場はオーディエンスの声で響いている。前に悠奈に教えてもらったが、これがデスヴォイスというらしい。
体にまで響く重低音。音楽に合わせてオーディエンスは手拍子をしている。
一番最初に舞台袖から出てきたのは、ドラム・玲架だった。玲架が出てくると、「玲架ぁあああ!」と、名前を呼ぶ叫び声が四方八方から聴こえる。
ヴォーカルが立つステージに立ち、オーディエンスを煽り、メロディーに合わせてオーディエンスが声を揃えて「玲架ー!」と叫ぶ。
「お父さん、あれが翼くんだよ!」
「おお、化粧して衣装着ると別人に見えるな!」
と、耳のそばで話さないと聞こえないくらい、会場はOvertureの音楽とオーディエンスの声で包まれている。
ベース・柳くんはいつものようにクールに登場してくる。その姿が見えると共に、下手側のファンのボルテージが上がる。
柳くんがクールにステージに立ち「かかってこい!」と声を荒立てると、その煽りに「柳ぃいいいいい!」と叫ぶ声でいっぱいになる。
次に出てくるのは、ギター・剣斗だ。
剣斗はステージに立ち、会場全体を見渡しながら「お前ら、行くぞぉおおお!」と叫ぶと、「剣斗ぉおおおお!」と今度は上手側のファンのボルテージが上がった。
「お、賢くんか!?」
「そうだよ!」
「かっこいいな〜!人気あるね!」
そして、最後はヴォーカル・魅波くんが出て来る前には会場全体から「魅波ー!」と呼ぶ声が聞こえる。
魅波くんがステージ中央まで来て、マイクを取り「東京、かかってこい!」と言うと会場全体がオーディエンスの声で溢れる。
アルバムツアーということで、オープニング曲はアルバムのメイン曲から始まった。
とってもアップチューンな曲で、オーディエンスのテンションは急上昇する。
お父さんは賢からCDをもらったらしく、ノリノリで歌いながら拳をあげる。
たくさんの曲を演奏している剣斗は楽しそうで、ギターを弾くことが好きなんだということが心からわかる。
ライブは13曲が終わり、
「次の曲がラストの曲になります」
と魅波くんが寂しそうな声で言う。
続けて魅波くんが口を開く。
「来月発売のインディーズラストシングルです。こうしてDIM-TAMが成長してこれたのはみんなのおかげです。いつか武道館という舞台でライブをするためにメジャーデビューをしてからも突き進んでいきたいと思います。聴いて下さい『Precious』。」
ピアノの前奏で始まった曲は、魅波くんが初めて一人で作詞したという曲。
バラード曲はDIM-TAMには珍しく、さっきまで拳をあげていたオーディエンスは静かに聴いていた。
「永遠を…誓うよ、今」
魅波くんの声が響くライブハウス。
あの日、賢の家で聴いた完成したてだった曲。PV撮影でずっと流れていた曲。
二階席はステージからとっても遠いが、魅波くんがこちらに向かって歌っているのがわかった。
ステージの上手側の剣斗は一つ一つの音を丁寧に弾こうとしているのがわかる。
曲はクライマックスを迎える。
誓うよ 今
僕は君を守るため
弱い自分を捨てる
いつか迎えに行くから
その日まで
I will be happy you
会場は涙でいっぱいだった。
きっと誰しも辛い恋を一度は経験してきたはずだ。
魅波くんの想いがたくさん詰まったこの歌は、叶わない恋を追いかけるという一つのストーリーだ。
「いつか迎えに行くから」という言葉は何度聴いても胸に響く。
裏を返せば、賢への宣戦布告であるけども…ステージ上の“剣斗”の魅波くんの想いを表現するために全身を使って演奏している姿は、メンバーへの想いだけではなく、このライブを最高のものにしようという気持ちがそうさせているんだろうと思った。
ライブはアンコールを含め18曲。
アンコールはDIM-TAMの代表曲となっている4曲。会場は熱狂の渦のまま幕を閉じた。
「さ、帰ろうか。」
「お父さん、楽屋に挨拶行ってくるね。招待してもらったんだから。」
「ああ、そうか。」
お父さんと話していると、私のスカートの裾を後ろから引っ張られた。
「亜紀おねーちゃん!」
「聖斗くんと聖矢くん、久しぶりだね。」
「ねえねえ、なんでまた遊びに来てくれないのー!」
「こら!聖斗!聖矢!亜紀さん、ごめんなさいね。」
「いえいえ…あ、あれ?お父さん?」
魅波くんのお母さんと話していると、お父さんが双子を両手に抱っこしていた。
「おじちゃん、もっとー!」
「こ、こら!二人ともダメでしょ!すみません…。」
「いやいや、なかなか子供と遊ぶ機会がないので…」
「聖斗、お兄ちゃんのところに行こうぜ」
「うん!亜紀ちゃんも行こー!」
「え、あ!ちょ、ちょっと!待ってー!」
聖斗くんと聖矢くんに連れられて、楽屋口まで超特急…。
「も〜、二人とも足が速い…」
「亜紀ちゃん早くー!」
そう言うと勢いよく、楽屋の扉を開けた。
「お兄ちゃーん!亜紀ちゃん連れてきたよー!」
「お、お前らよくやった!いい子だ!」
「魅波くんお疲れ様。」
「亜紀ちゃんもすごく疲れてるみたいだけど?」
「双子に走らされましたからね…」
「お前ら!亜紀ちゃんをいじめたらダメだぞ!」
「いじめてないもーん!」
楽屋には魅波くんと柳くんが居た。
双子の次の遊び相手は柳くんに決まったようだ。
「純兄ちゃん、あそぼー!」
「剣斗は化粧落としてる最中かな。」
「そっか、じゃあここで待ってる。」
「あ、酒饅頭美味しかったよ!」
「本当?あれね、実はうちの親戚が作ってるの。」
「そうなの?亜紀ちゃんの家って酒屋さんだって聞いてたからさ。」
「うちのおじいちゃんは酒蔵の息子だったんだけど、次男だから後を継がないで自分の家の酒を売る酒屋さんをやり始めたらしくて。」
そんな話をしていると、賢が楽屋に戻ってきた。
「亜紀、来てくれてありがとう。」
「かっこよかったよ。」
「本当?それと差し入れと手紙ありがとね。」
「今日はこの後打ち上げなんでしょ?」
「BUTLERも後輩バンドも観に来てたし、多分な。」
「飲みすぎないでよ?」
「わかってるよ。ありがとう。」
「じゃあ…きっと片付けもあるだろうし、帰るね。」
「うん。気をつけて帰れよ。」
「ありがと。聖斗くん、聖矢くん!ママのところに戻るよ!」
「亜紀ちゃん、ありがとう。聖斗も聖矢も亜紀ちゃんの言うこと聞くんだぞ?」
「はーい!」
「みんな、ライブ終わりで疲れてるのにごめんね?じゃあ、またね!打ち上げ楽しんできてね〜」
小学2年生の双子を連れて、関係者入り口で立ち話をしているお父さんと魅波くんのお母さんの方に向かった。
ライブが終わり、帰ってきたのは22時。
部屋に入ると、打ち上げに行ってるはずの賢から電話が来た。
「もしもし?どうしたの?」
「亜紀。会って話したいことがあって…」
「え…あ、うん。今から?」
「うん。早めに話しておきたいんだ。」
「賢の家に行ったほうがいいかな?」
「今、家に帰るから迎えに行くよ。」
「うん…分かった。用意して待ってるね。」
電話では話せないことって…なんだろう…。
最悪のことしか考えられなかった。
別れよう…とか?
他に好きな人ができたとか…?
時間が進むたび、マイナスな考えしか出てこない。
家の前に着いたよという連絡があり23時過ぎに家をこっそり出た。
「お疲れ様。」
「こんな時間にごめんな。」
「ううん。大事な話…なんでしょう?」
「うん。俺の家で話したい。」
「分かった。」
そう言うと、賢は車を走らせた。
家からいつもなら20分かかるが、深夜の道はとても空いていて、早く着いた。
相変わらず殺風景な部屋…賢の香水の匂いがほのかに香る。
「座ってて。紅茶でいいかな?」
「あ、うん。」
わたしはテレビの前にあるソファに腰掛け、賢が紅茶を持ってくると隣に座った。
「夜に、ごめんな?」
賢の顔はかなり深刻そうだった。
やはり…別れよう…なのかな…。
「母さんがLIVE終わる前に帰ったんだ。」
「あ、確かに…。あいさつしようと思ったら帰ってて…。
「電話があって…亜紀と別れろって…。」
「え…お母さんが?」
「昨日は認めてくれたのに…意味わかんねえ…。」
「何か…あったのかなあ…。」
「俺、亜紀とは別れたくないし…俺が絶対幸せにしたいからさ…」
「嬉しいけど…お母さんの気持ちも考えてあげないと…。」
「俺のこと本当はどうでもいいくせに…」
「そんなわけないじゃん。自分がお腹痛めて産んだ子供がどんな人と付き合ってるかなんて心配に決まってるじゃない!」
「亜紀…」
「もし、わたしが賢のお母さんだったら、どんな女の人と付き合ってるのか心配になるよ。だって…自分の子供には幸せでいてほしいじゃん。」
「俺は、今は母さんより亜紀の方が大事だ。縁を切ったって亜紀と一緒にいる方が幸せに思う。」
「縁を切るなんて…何を言ってるの?わたし、そんなことしてまで賢に愛されたくないよ!わたしと賢は赤の他人かもしれないけど、賢とお母さんは血が繋がった親子でしょ?賢のたった一人のお母さんでしょ?たった一人の家族なんじゃなないの?」
「………。」
「わたし、帰る。」
「送っていくよ…」
「いい!タクシー拾って帰るから!」
わたしは勢いで賢の家を出てしまった。
外は真っ暗で人も車も通っていない…まるでわたしの心を表現しているようだった。
賢が追いかけてくれるという少しの期待
と、本気で別れようと言われるんじゃないかという不安。
「もっと、優しく言ってあげればよかったのかな…。」
なんて後悔しながら車通りが多い国道を目指し歩く。