Ⅰ.再会がもたらすもの
あなたと出会って
愛の大切さを知った。
どんなに
大きなプレゼントより、
高価なプレゼントより、
あなたの愛が一番なの。
運命の悪戯。
神様がくれた贈り物。
生きていることに
あなたに出会えたことに
心からありがとう。
「ごめん…今は女の子にうつつ抜かしている場合じゃないんだよね。」
翼君。
わたし、あの事忘れてた…
あれから何年経ったのかな。
a trick of destiny
「亜紀ー?今日暇ー?」
「うん。バイト入ってないし。」
「今、注目されてるバンドのインストアイベントがあるんだよねー。一緒に行かない?」
大学に通い始めて、軽音楽サークルに入って、ヴィジュアル系のバンドが好きな友達がたくさんできた。
山下悠奈はその中の一人。
わたしはメジャーな人しか分からないけど、軽音楽サークルで文化祭に向けて色んな曲を練習をしはじめてから、勉強みたいな感じでマイナーのバンドも見に行くようになった。
「なんて言うバンド?」
「DIM-TAMっていうんだけど、メジャーデビュー決まったんだ。」
「へぇ〜!すごい人気なバンドなんだね!」
渋谷に向かっている電車の中で、悠奈から知識を植え付けられる。
「ドラムの玲架めっちゃかっこいいの!ギターの剣斗さんもかっこいいし、魅波くんはとっても歌が上手くて色んなバンドセッションに呼ばれてたり!何と言っても、リーダーの柳さんがとってもクールで寡黙で。みんなタイプが違ってて、結構ファンのタイプも似たり寄ったりの人がいるのよね〜。」
どうやらDIM-TAMというバンドは
ヴォーカル
魅波
ギター
剣斗
ベース
柳
ドラム
玲架
の4人らしい。
どうやら、悠奈はドラムの玲架がとりわけ好きらしい。
インストアイベントが始まって、トーク会が終わり、今から握手会。
「玲架まじかっこいい!握手会3回目だけど緊張する…!今日玲架にファンレター書いてきたんだ!」
「わたし、柳さん好きだなー。」
「クールだし、亜紀の好きなタイプだよね。」
ずっとトーク会の時も気になっていた。
違うよね?
あれは…きっと人違い。
そんなことを一人で考えていると、いつの間にかわたしの番。
魅波さん、剣斗さん、柳さん…そして、悠奈が好きな玲架さん。みんな悠奈が電車の中で見せてくれたアー写(アーティスト写真)とは全く違う。化粧をしてないからか、雰囲気が違う。
玲架さんと握手したとき、玲架さんの瞳の変化に気づいた。
「あれ、初めてかな?」
「あ、はい…。」
わたしのこと…覚えててくれてる…?
翼くん…。
「かっこよかった…最高だったよね!」
「………。」
「亜紀?どうかした?」
「なんもない。」
「柳さんに一目惚れしちゃった?それとも剣斗さん?今度LIVEがあるんだけど、最近人気でチケット取れないのよねー。チケット取れたら一緒に行かない?玲架のドラム、すっごくかっこいいから行きたいなー!」
隣で悠奈はまだ興奮している様子だった。
「ねぇ…」
「ん?」
「玲架の本名知ってる?」
「いやー、ヴィジュアル系のバンドマンって本名を基本的に隠してるからなあ…。」
「そっか…」
わたしの勘違いであってほしい…
幼馴染で、中学時代に振られた橋詰 翼(翼くん)でないことを祈っていたい。
「じゃ、また明日!バンド練習で!」
「あ、わたし、授業あるから遅れるかもだけどよろしく!」
「おっけー!じゃあね!」
悠奈とお茶して、買い物をして、帰りは22時。
地元の駅から家まで歩いて10分。
「谷沢!」
わたしを名字で呼ぶ男の声。
近付いてくる黒い影。
「やっぱ谷沢じゃん。」
「…翼くん。」
そう、昼間に握手した彼だった。
「びっくりしたよ。お前、V系好きなの?」
「あ…うん。大学で軽音部入ってて。メジャーなのしか聴かないけど…今日は友達に誘われて…」
「びっくりした?俺がバンドやってて、メジャーデビューなんてさ。」
「うん…。なんか…かなり変わったよね。」
「久々に会ったら話したくなって。」
「ずっと待ってたの?」
「だって、お前の連絡先知らねーし。」
そっか。
わたしが高校の時、スマホを落として電話番号もSNSのアカウントも変わってしまったんだった。
「飲みに行かねー?」
「今から?」
「うん。」
「良いけどさ…明日、学校あるからそこまでつき合えないよ?」
「いいよ。俺も明日仕事だし。」
中学ぶりの再会で2人で飲むことになった。
「翼くんがメジャーデビューなんてびっくりだよ。」
「まあなー。」
「一緒に居た友達、翼くんのファンなんだ。」
「一応、バンドじゃ玲架だからな!」
「そっか。でも、なんかすごいよ。わたしなんてなんとなく大学に入ってなんとなく軽音部入ってバンドやってて…って感じ。」
「でもさ、V系バンドってこともあって、昔からの仲間には胸張ってバンドでメジャーデビューするってこと言いにくくてさ。」
翼くんは少し伏し目がちに言った。
「そっか…。
でもさ、わたしはV系のバンドにしろ、音楽に対する思いがあるなら胸張ってていいんじゃないかな?
わたし、昔はそこまで好きじゃなかったけど、聴いてくうちにハマっていってV系っていってもその中でジャンルが分かれるし、楽しいんだよね。
わたしは、みんなにも分かってほしいんだ。外見だけで音楽の好き嫌いを決めちゃいけないってこともね。」
「なんか、ありがとな。自信ついたよ。」
「わたし、応援してる。」
久しぶりの再会で、初めて杯を交わした翼くんは、やっぱりDIM-TAMの玲架とは思えなかった。
「今度、ライブあるからさ、良かったら来て。」
「え!?いいの?悠奈がいきたいって言ってたから喜ぶと思う!」
チケット2枚。
しかも関係者用の指定席。
「あ、あと連絡先教えてもらっていい?」
「あ、そっか。QRでいいかな?」
「おっけー。」
「じゃ、またな!」
そして、久々の再会をしたわたし達は別れた。
恥ずかしくて同級生に言えない…か。
自分の夢を叶えることは素敵なことなのに…
講義が終わって部室に急ぐ。
悠奈が待ってるかな。
ライブに行きたいって言ってたし、悠奈にチケットも渡そう。
「お待たせ!」
「亜紀〜、教育実習事前演習だっけ?お疲れ様!」
「うん!悠奈、昨日はありがとね!」
「DIM-TAMかっこよかったよね〜!」
二人で話していると、
「DIM-TAMのインスト行ったの?いいなー!すぐ整理券なくなるんでしょ?」
と、バンド仲間の篠塚 泉が話に入ってきた。
DIM-TAMって意外と有名なんだ…。
「それでさ…これ。悠奈、行きたいって言ってたじゃん?」
「え、どうしたの?このチケット!しかも関係者席じゃん!」
予想通り、悠奈は飛びついた。
「実は、玲架…と小学校と中学校の同級生なの。昨日のイベントで薄化粧の彼を見て、気づいたんだけど、昨日悠奈と別れた後に、地元の駅で会って。チケットもらったの。」
「え?玲架と友達!?!?」
「わたしも昨日知ったんだ。幼馴染だってこと。握手会の後に悠奈に本名聞いたじゃない?」
「偶然すぎる…!」
「だよな…。」
2人はとてもびっくりした様子だった。
「どっちか暇だったら、一緒に行って!お願い…!」
「悠奈、お前一緒に行ってやれ。」
「え、いいの?」
「悠奈行きたがってたんだろ?それに、招待された亜紀が行かないと意味がないしな。」
「そっか。」
わたしは、はじめてのライブ参戦。悠奈が一緒に付いてきてくれるみたいだから安心した。
翼くんのライブに行くんだ…少しドキドキするな。
「じゃ、また練習日に。」
「うん、またね〜!あ、今度DIM-TAMの音源貸すね!」
「ありがとう!楽しみにしてるね!」
今は学祭の出し物で数曲練習している。
ギター、頑張ろ。
部室を出て携帯をチェックすると、メールが届いていた。
“昨日はありがとな。久々に会えて嬉しかった!”
翼くんは、まだ覚えているのかなあ?
あの日のこと。
“ライブ、昨日一緒に行った子と一緒に行くね。”
そう返信して、駅で電車を待っていた。
カバンに入れた携帯のバイブに気づいて、携帯を取り出すと
【着信 橋詰 翼】
と画面に映し出されていた。
「もしもし。」
「今、大丈夫?」
「次の電車まであと3分だから、大丈夫だよ。」
「そっか。今から用事?」
「いや、もう家に帰るところだよ。」
「今から、渋谷に来れる?」
「渋谷?ま、大学から近いけど。」
「じゃ、よろしく。場所はLINEで送る!」
「えっ?」
「メンバーに谷沢のこと話したら会ってみたいって」
「え、わたしに?」
「来て欲しいんだけど、大丈夫?」
「うん。」
「じゃ、気をつけてこいよ。あとでな。」
電話が切れると、ちょうど電車が来るところだった。
練習帰りで背中に背負っているベースが邪魔に思えた。
「この姿で渋谷とか…大変。もうそろそろ家に練習用の買おうかな。」
そんなことを考えながら電車に乗った。
電車に乗ると、翼くんから駅から待ち合わせ場所までの行き方がかかれたメッセージが届いた。
今でも、翼くんはマメなところは変わらず…
だから、中学時代はみんな翼くんを狙っていた。
サッカー部のキャプテン。名前だけで選ばれたなんて言ってたけど、人望は厚かった。
わたしは、翼くんの兄の光くんが卒業してから、翼くんに恋い焦がれていたっけ。
渋谷に着くと、スマホの地図を頼りに道を曲がったり、横断歩道を渡って。
「もしもし?谷沢?」
「あ、もうすぐだと思うんだけど…。」
「今、何見える?」
「イタリアンレストラン。」
「あ、じゃああと少し。次の信号渡って左。あ、店の前で待ってるよ。」
「あ、うん。わかった。」
再会した翌日。
まだまだ中学生の男子と女子(って言うのも懐かしいけど…)のような会話が続いていた。
信号を渡って…左。
そこには昨日、再会した翼くんが立っていた。
「急にごめん。」
「バイトなかったから。」
「良かった。あ、それ持つよ。」
そう言うと手に持っていたベースのソフトケースを持ってくれた。
「…今日は飲み会とか?」
「あ、うん。昨日のこと言ったら会いたいって言われて、電話した。いきなり電話してごめんな?ま、メンバーだけだから。」
「うん。大丈夫。柳さんにベースのこと聞けたら聞いてみたいし!」
「これ、お前のなの?」
「そうだよ。」
「あ、昨日サークル入ってるって言ってたよな。」
「うん。」
店の表には
“本日貸切”という札。
「おー!れいちーん!可愛い女友達きた?」
「魅波、うるさいな!」
中に入ると、昨日イベントで握手をした3人がすでに座っていた。
「はじめまして。谷沢亜紀です!」
「あ!覚えてる!すごく可愛いから覚えてる!」
あのヴォーカルの人が気づいた。
「さすが、魅波だな。」
席に座るように催促されると、翼くんは耳元で“魅波には気をつけろよ”って言って、平然としていた。
「なんか、見たこと無い子だなーって。可愛いから気になっちゃった!あ、俺のこと分かる?」
昨日悠奈に教えてもらった後、バンドのホームページやYouTubeを見て覚えた。
「ヴォーカルの魅波さん!」
「覚えてくれてるー!嬉しい!」
「玲架が女連れてくるなんて初めてじゃね?」
「谷沢は、友達って感じだからさ。」
「玲架って、中学時代どんな感じだったの?」
「えっ…、まあ今と変わらないかな。昔からモテてたよ。」
柳さんは話を静かに聞いているだけで、何も話すことはないかと思ったけど…。
「これ…。」
柳さんが指差したのは、わたしのベースの入っているケース。
「亜紀ちゃんの?」
「あ、うん。大学のサークルで一応。安いのだけどベース。始めて3年で、学祭に向けて練習しなきゃいけなくて。」
「何の曲やるの?」
「えっと…これ。」
カバンの中から楽譜を出して見せる。
「選曲は、友達が全部やってくれて。」
「有名どころのバンドだね。」
「柳、教えてやれば?」
そう、翼くんが言うと、
「………。」
柳さん…顔が強ばってる。
「俺が教えようか?」
そんな空気を変えてくれたのは剣斗くん。
「本当に?いいの?」
「いいなー。俺もヴォーカルじゃなくてベースやろうかな〜。」
剣斗くんの隣で魅波くんが拗ねている。
昨日は知らなかったけど、同い年でもこんなにキャラが違ってて、本当に面白いバンドだと思った。
「このコードから次のコードに移るとき、指が崩れやすいかも。」
「確かに…いつもそこで音外すんだよね。」
「女の子は手が小さいから仕方無いけど。」
「もう少し早く動けば大丈夫。」
柳さんが見かねて一言。
「貸してみ。」
柳さんが通しで全部弾いてくれる。
プロは違うなあ…。
「おい、分かったか?」
「あ、はい!柳さん、すごいです!」
柳さんの独特な雰囲気が醸し出す緊張感。
「あと…これ。やるよ。」
柳さんが渡してくれたのはピック。
「オーダーメイドだから弾きやすいよ。」
「あ、ありがとうございます!」
「(よかったね)」
剣斗くんがわたしの耳元で小声で言ってくれた。
わたしは笑顔で頷く。
ベースを教えてもらったり、学祭の曲のアドバイスを教えてもらったり…。
そんな楽しく、為になる時間はあっという間に過ぎていった。
「あ、ヤバい。もうすぐ終電が…。」
「俺、車だから大丈夫だよ。」
「え?」
「家近くだし送ってく。」
「あ、うん。ありがと。」
魅波くんは酔いつぶれて寝てしまった。
「こいつ、酒に弱いのにいつもこうなんだよ。」
「そういえば、亜紀ちゃん酒強くない?」
「こいつの実家、代々酒屋だもん。」
「翼くん、バラさないでよ!」
「アルコール分解酵素が代々多いとか?」
「酔いつぶれて迷惑かける女子よりマシでしょ!」
「あー、確かに結構引くときあるよなあ」
「泣く女とか無いよな。」
「酔っ払ったフリをすることはあるよ?」
「亜紀ちゃんって小悪魔だね」
4人で話していると、
「ぎゃっ!!」と
魅波くんが飛び起きる。
「魅波、どうした?二股がバレた夢でも見たのか?」
「……はっ!?…あ、夢か…。」
「こんな風に酔っ払う人初めて見たかも」
「こいつ、いつもだから」
「あきひゃん!あひでぃー、おひえてくだひゃい!」
「で、酔っ払ってもナンパね。多分、ID教えてって。」
剣斗くんが通訳してる。
「いいよー。」
そう言って連絡先を交換すると、魅波くんは携帯を見つめて、ニヤニヤしていた。
「亜紀ちゃん、気をつけてね。魅波、しつこいから。」
「え?あ、うん?」
そうだ…翼くんも気をつけろって。
「何かあったら電話して?」
そう言って、剣斗くんがQRコードをかざしてくれた。
「ついでに柳のも。」
「え、ダメですよね!?」
「いいよ。同じベーシストとして…な。」
「じゃあ、またベース教えてください!」
「あぁ。いいよ。」
「ありがとうございます。」
「てか、敬語止めろ。」
「あ、すみません。」
「亜紀ちゃん、敬語直ってないよ。」
柳さんは落ち着いているからか、同い年に感じられなくてついつい敬語で話してしまう…。
「じゃ、そろそろ帰るか。」
「竜ちゃん、貸切ありがとね!」
「おう。デビュー祝いだ!また来いよ!」
剣斗くんが精算してくれてるうちに、魅波くんを柳さんと翼くんが車に運ぶ。
「ごちそうさまでした!」
「亜紀ちゃんだっけ?いつでも安くするから来てね!」
「はい、ありがとうございます!」
剣斗くんと店を出ると、黒い車が目の前につけてある。
助手席の窓が開いて、
「谷沢は前に座れ。一番最後まで乗るし、後ろだと魅波に何されるか分かんねえから。」
と、翼くんが顔を出す。
素直に助手席に座って、後部座席には、魅波くんを間に挟んで3人が乗った。
「魅波、着いたぞ!」
着いたのは豪邸。
表札がどこにあるのか分からないくらい入り口が広い。
「じゃあ、また明日。」
柳くんは魅波くんを背負って、豪邸に入っていった。
「魅波と柳は幼なじみなんだ。魅波のお母さんも、柳が居るならバンドやっていいってなってさ。魅波んち、でけー会社の社長でさ。将来は会社を継がなきゃいけないみたいだぞ。」
「そうなんだあ。」
剣斗くんは、わたしたちの近所らしく、また色々話しはじめた。
剣斗くんと翼くんは高校が一緒で、前のバンドから一緒。
高校卒業と同時に前のバンドが解散して、二人で音楽の専門学校に進学して、そこで出会った柳さんの誘いをうけてDIM-TAMの結成となったらしい。
翼くんが男子校に行ったことは知ってたけど、その期間を知らないわたしにとっては、翼くんの相変わらずな行動が知れて良かった。
「じゃ、またね!亜紀ちゃん、今度遊ぼうね。」
「今日はベースの弾き方教えてくれて、ありがとうございました!」
剣斗くんは車から降りて、手を振って見送っている。
剣斗くん、良い人だなあ。
「剣斗のこと、良い人とか思ったでしょ。」
「え。」
「図星だな。」
「だって…剣斗くん、優しいじゃん。」
「まあな。うちのバンドでは一番モテるし。お前なら、剣斗の傷癒せるかもな。」
「え?傷…?」
「何もない。」
「そういえば、何でわたしのこと誘ったの?」
「お前しか、女友達いねーもん。男子校だったし。まあ、あとは昨日のこともあったしな。」
「そっか。でも、中学の時はモテてたじゃん。キャプテン翼だったわけだし。」
「よく覚えてるなー!昨日も言ったけど、お前ならバンドのこと理解してくれるしさ。それに、男に執着しねーから。いいかなって。」
「執着…確かにしないかも。だから彼氏できないのかな。」
「でも男って誰もが“わたしだけを愛して!”って女好きなわけじゃねーからさ。そう言う奴は男に遊ばれるだけ。魅波を好きになる奴はそんな奴。だから、あいつはファンであろうと客寄せのためなら遊んでるんだよな。」
「そうなんだ…。」
「柳は女嫌いだしさ。だから、さっき連絡先教えたのはびっくりだよ。」
翼くんは続けて
「今日一緒に飲んで、今のDIM-TAMには谷沢が必要な気がした。」
と付け足した。
「おは。」
「魅波大丈夫か?」
「頭いてぇ…。」
「昨日のこと覚えてる?」
「えっと…亜紀ちゃん!」
「お前、女のことだけは覚えてるんだな。」
「亜紀ちゃんにLINEしよ♪」
「今頃、大学の授業中なんじゃね?」
「誰が一番最初に亜紀ちゃんとデート出来るか競争!」
「手の早い魅波には負けるだろ。」
「俺ら、純情だから。」
「ま、亜紀ちゃんは別かな。」
「剣斗が本気出したら怖いぞー。」
「え〜、次は教育理論に関する育成環境の違いによる…」
おじいちゃん先生と呼ばれてる、山崎教授の授業。
わたしは、教育学部児童教育学科に通っている。
ま、教授の言う事なんて教科書を丸読みしてるだけなんだけど、おじいちゃん先生の講義は楽しくて好き。
「あーきっ!おはよ!」
こいつは、同じ学科の相沢和哉。高校から一緒の腐れ縁ってやつだ。
「今、何ページ?」
「ページ教えてもどうせ寝るだけでしょ。」
「亜紀の意地悪〜。」
和哉のことを無視しようと、前をむき直すと、わたしのスマホの待ち受け画面に通知が来ていた。
メッセージだ。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
亜紀ちゃんへ
昨日はありがとう!
楽しかったよ!
今度、デートに付き合ってねっ!
みなみ。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
魅波くんからだ。
デートって…直球すぎる。
でも、可愛くて憎めない。
魅波くんって、女遊び激しいって言ってたけど…。
「亜紀、ニヤニヤしてて気持ち悪いよ。」
「うるさい!ばかずや。」
ばかずやとは、高校から呼んでるあだ名。
「彼氏出来たん?」
「そっ!和哉よりかっこいいの!」
和哉を避けるように隣の席に移動する。
すると、隣に人が座っていることを忘れて、誰かにぶつかった。
「痛っ」
「ごめんなさいっ」
「あれ?亜紀?」
「そうちゃん!?」
そうちゃんとは、中学の仲間で風間 宗太郎。
「何?宗太郎、知り合い?」
「うん。中学の時の友達。」
そうちゃんの隣には、男の人が座っている。
「なんだ、同じ大学だったの?入学して3年経つのに知らなかった!」
「いや、文学部。一応、教員免許取ろうと思ってさ。」
「そうなんだあ〜。そうちゃんのお父さんとお母さんも先生だもんね。」
「まあ、教師になるかどうかはわからないけどね。亜紀、元気そうだね。」
「うん。そうちゃんも。あ、一昨日、翼くんに会って。」
「翼?今、何してんの?」
「あ、うん。バンドやってるみたい。」
「まだバンド続けてるんだ!高校の文化祭に呼ばれたんだよね。」
「え!そうちゃん、翼くんのライブ観たことあるの?」
「うん、前はラルク?とかシド?のコピーやってたかな。」
「亜紀〜っ、消しゴム貸して〜。」
と、和哉が少し離れた場所から嫉妬している態度でわたしを呼んでいる。
「彼氏が呼んでるよ?」
そうちゃんの隣に座ってる男の人が声をかけてきた。
「彼氏じゃないです!!」
「亜紀、相変わらず言うねー。あ、こいつ。小林 亮甫。」
「ども。小林です。」
「谷沢 亜紀です。」
「亜紀、学部は?」
「教育学部だよ。」
「じゃあ、教育理論とか理論演習、一緒かもな。」
「小林くんも文学部?」
「そう。英文学科。よろしく。」
「また、中学の仲間で集まりたいな。」
「ねー。有香とか佳奈とか。あと、橋詰に安田。」
「あ、亜紀。連絡先教えて。」
「あ、うん。」
それから教科書と黒板に向かっているおじいちゃん先生に気づかれないように、二人で中学の話をしていた。
授業が終わって、そうちゃんと小林くんと一緒に歩いていると、悠奈に声をかけられた。
「亜紀〜」
「あ、悠奈!」
悠奈が駆け寄ってくると、次の講義があるからとそうちゃんと小林さんは他の教室に向かった。
「じゃ、またね。」
「うん。バイバイ!」
「知り合い?」
「あ、うん。中学の時の友達と、その友達。」
「あの小林って奴、クスリの売人やってるって噂だよ。」
「マジ?そうちゃん大丈夫かな。」
「近くに居るのは怪しいけど。」
「てか、何かあったの?」
「あ、うん。バンドの次の練習いつにするか相談したくて、メッセージ送ろうと思ったんだけど、亜紀見つけたからさ。明後日の午後平気?」
「明後日?いいよ。」
「じゃ、明後日ね!」
「うん!」
駅へ向かう道を歩いていると、スマホがなった。剣斗くんからの通話だった。
「もしもし。」
「亜紀ちゃん?俺。剣斗。」
「剣斗くん、どうしたの?」
「今から時間ある?」
「ごめん。これからバイトなんだ〜」
「そっかー。残念。」
「ごめんね?」
「亜紀ちゃん、バイトだって。」
「ん?今、誰かと一緒なの?」
「魅波と一緒。」
「魅波くん?」
「うるさいから代わるね。」
“すぐ返せよ”と言って、魅波くんに剣斗くんがスマホをわたしてる様子が聞こえる。
「亜紀ちゃん!」
「連絡ありがとう!返事返してなくてごめんね。」
「今からバイト?」
「うん。池袋の本屋さん。」
「マジ?本屋?会いに行こうかな。」
「(おい、お前!本なんて読まないだろ。)」
「うるせーな!これから読書家になるの!」
「(魅波には無理だよ。)」
二人の会話が聞こえてきて、笑ってしまう。
「ごめん!魅波くん、電車来ちゃうから切るね?」
「あ、うん!忙しいのにごめんね!」
「じゃ、また連絡するね。」
「うん!じゃ。」
剣斗くんからの電話が…魅波くんの電話になっていた。バイト前に二人の声が聞けて少し嬉しかった。
“まもなく池袋〜池袋〜”
バイト先に到着すると、エプロンをつけてバイトの始まる時間になるまでスマホをいじっていた。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
バイト頑張ってね!
みなみ。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
よし、ラストまで頑張ろ。
髪の毛を結い直して、休憩室を出た。