第9話 そして歴史が動きましてね。
(SIDEアナザー)
「陛下、準備は全て滞りなく」
「くっくっく、まさかこれほどの電撃作戦とは、ガンシャンドラも思うまい」
「宣戦布告の使者を出せ。トリウス王国をマダキアの一部とするのだ!」
「ハッ!」
※※※※※※
(SIDEベネット)
「んー?」
「ベネットちゃん、どうかしたぁ?」
「いや、俺たちの知らないところで、オッサンたちが、何やら悪だくみをしてたような……?」
「あらぁ具体的ね。ベネットちゃん、新たな何かに目覚めたの?」
と言うのは、虫の知らせ的な何かだったのか、知らんけど。
夕暮れ時だ。
予定を半日ほど巻いて、俺たちの馬車はマダキア城下に到達していた。
石造りの立派な街だが、なんだか妙に活気が無い気がするんだが。
「この辺りで、宿を探して休みましょうか!」
と、母さんの大胆な提案。この辺りとは、つまり城下街の事だ。
俺たちにとって相当な危険地帯なのだが?
「賛成にゃー」
今まで空気だったパンサーがしゃしゃった。
休むも何も、お前は大体寝てただろう?
と、俺は視線だけで訴える。
パンサーは、キョトンとしやがって、猫であることを最大限利用している。
まあいいだろう。
俺も相当疲れが溜まって来た所だし、とにかく宿を探そう。
『ヒュンッ』
「ん?」
今、何かが前を横切ったような?
『ヒュンヒュン、トストスッ』
御者台に矢が突き刺さった。
なんと、射られているじゃないか。
「まさか、既に城下に私達の存在がばれたのですか?」
エリーが不安げに言った。
だが、それはない。
何故なら、衛兵は母さんに丸一日黙らされたし、それ以前に俺たちより早く伝令が着くわけがない。
「このままでは危険なのでは……」
と、エリーが心配している間にも、矢は結構飛んできている。
が、俺は御者にもかかわらず、かっこよく縁に足を置いてポーズを決める。
「問題ない。射手は物見台からだ。あんなところからでは、そうそう当たるものではない」
俺、超決まった。
『サクッ』
俺の尻にヒット。
「いてぇぇぇ!!」
弓の名手がいるのか、くそう。
何が“そうそう当たるものではない”だ? 俺超かっこ悪い。
「なんの警告も無く、よくも、私の可愛いベネットのお尻に当てたわね、お尻に当てるなんて絶対許さない……」
母さんがご立腹だが、それだとお尻以外だったらいいのか? って話になるぞ。
「ベネット、当てた射手は誰か分かる?」
「いや、ちょっと特定は無理かな」
たぶん、物見台の見張りだと思うが……、さすがに特定は無理だろうよ……。
「そう、いいわ。なら全部消し去ってあげるわ」
いやいやいや、よくないだろ。
「あ、まて母さん! それじゃ、一般人まで――」
なんて俺の言葉を聞かず、母さんは馬車から飛び出した。
と言うか、また飛んだように見えるんだが?
いや、今度は明らかに空中に留まってますねぇ、ええ。
だが、そんな事はどうでもいい!
俺は、半ば無理やりに馬車を止めた。
そして、自己記録を更新するような高速で馬車から飛び出していた。
「母さん、ダメだ! そんな簡単に、命を摘み取るんじゃない!」
そう俺は、両手を広げ、空中にある母さんを見上げていた。
その瞬間、母さんは俺を見て微笑んでいた。
……だよな。
俺が言うまでもなくさ、母さんだってわかってるんだ。
母さんの表情が全てを物語っていた。
「禍となる鉄よ、石よ、力を誇示するための器よ、兵器よ、争いを呼ぶそれらすべてを土に、砂に、そして大地に還れ、|大地の力《the power of Gaea》」
聞いた事も無い魔法の詠唱。母さんの詠唱自体初めて聞いた。
膨大な魔力の奔流。
それに対し、俺の中のアラームは一切鳴らなかった。
そしてあまりにも静かに、砂塵が舞った。
もう射手が、矢を放つことは無いだろう。
それは何故かって?
だって、矢も弓も、なんなら城すらも無くなっていたからだよ。
城があった場所はほぼ更地で、低い土山があるだけ。
鎧や剣を失った兵隊だった人々が突っ立っていた。
数百人ってところかな。
その中には、王様や大臣とかもいたんだろうけど、見分けがつかないからどうでもいい。
そしてやっぱり予想通りだ。
母さんは、魔力を使い過ぎたのだろう。俺が広げる両手に落ちて来た。
「ベネットちゃん、ありがとう」
「母さん、無茶が過ぎるよ」
「あら、解呪の時よりはマシよぉ?」
え、そうなのか……。それは予想外。
とにかくだ、此処にはもう用はない。
「じゃあ母さん宿でも、探そうか」
「ふふ、そうね」
この国の連中も、俺たちを追うどころではないだろうしね。
俺は、母さんをそっと馬車の荷台に下ろした。すると直ぐに寝息が聞こえた。
で、母さんをエリーに任せ、俺は、再び御者台に上がる。
そこへエリーが首を傾げて言った。
「あの、もしかして、これで戦争は無くなったのでは?」
ああ、確かに。
城と兵士がこんな状況では、戦争どころではないだろうな。
城があった場所では、未だに人々が茫然としている。
「かも知れないですね。じゃあ、グローシニア行きはやめます?」
俺は、肩を竦めながらエリーに問い掛けた。
「いえ、輿入れが無くなったわけではないので……」
ですよねぇ。
「ベネット、ところでにゃ」
と、パンサーがねぎらいの言葉でもかけたいのか、俺に声を投げてきた。
「なんだ?」
今日の俺、かっこよかったもんな。いいぞ、とくと称賛の声を浴びせるがいい。
「お尻、痛くないのかにゃ?」
忘れていたのだよ。そして思い出したのだよ。
「すっごく痛いですね。ええ」
母さんは、眠ってしまったし、俺は暫くケツに矢を刺したまま我慢する羽目になった。
余談だが、なぜ俺たちに矢が射られたのか。
あの時、マダキアは既に戒厳令が敷かれていたらしい。そこへ馬車なんが通ったもんだから、せっかちな衛兵が矢を射たのだ。
でもって、マダキア王国は、今回の一件で軍事力の大半を失った。
で、軍事再編もほぼ不可能となり、戦争どころではなくなった。
その後、どういう政治的取引が行われたかは知らないが、トリウス王国と恒久的不可侵条約が約束されたってのは、また別のお話。