第8話 爆走しましてね。
トンデモねぇ。
馬車ってこんなに早く走れるんだ? ……おっと軽く現実逃避しかけたぜ。
今、これでもかってくらいのスピードで俺たちを乗せた幌馬車は爆走していた。
ちなみに御者は俺なんだが。
車輪やら、軸棒やらが悲鳴を上げてる。
「これが限界だよ、母さん」
というか、よくここまで馬車のポテンシャルを引き出せたな俺。
うむ、自画自賛。
「何よ、こっちが下手に出てれば、追ってきて!」
ママンの言葉の意味は良く分からないんだが、実際俺たちは追われていた。
ちなみに母さんは下手に出てなど、微塵もなかった。
どうしてこうなったのか、時間は少し前に遡る――。
マダキア王国。
俺たちの住むトリウス王国の西側に接する王国である。
流通が盛んで、中継都市を多く持ち、財政状態も相当良い。
トリウス王国とは、先々代の王の頃からあまりいい関係ではなかったらしい。
そして切っ掛けは分からんが、昨今、例の戦争の噂が立ち始めたのだ。
利権絡みなのか知らんが、潤った国なら別に戦争なんてしなくていいじゃん。と思うのは、俺が一般人だからだろう。政の話は良く分からん。
で、そんなマダキア王国の国境、まもなく関所に到着するってところ。
今日は快晴。絶好の旅日和であるが、
「で、母さん、関所には、旅人のフリでいいのか?」
実際、旅ではあるからフリでは無いのだが。
「商人のフリをして関税と一緒に、少し袖の下を掴ませてはいかがでしょう?」
姫が少し悪い顔をして言った。
袖の下ねぇ。まあ、甘めの検閲で済むなら、時短にもなるし無難だ。
幸い、幌馬車は商人っぽくも見えなくない。
それに商人なら大体、握らせるのが常識だし?
「姫がそう言うなら。では、それでいきますか」
ま、財布のひもを解くのが姫なら、俺としてはなにも文句はない。
「姫ではありません、私はただのエリーです」
ニコリと微笑んんだエリー嬢、表情が悪いままですよ。
そんな悪い笑顔でも美人である。
だが上手くいかないもので、予定外のことが発生しやがったのだ。
「なんですかこれはぁ? 賄賂ですかぁ? 何かやましい事でもあるんですかぁ? そんなこと許せるわけないじゃないですかぁ? ちょっと馬車を路肩に寄せてくださぃ? 怪しいですねぇ?」
語尾を伸ばして全部“疑問符”つけるんじゃねぇ。この衛兵、凄くうざい。
と、姫の作戦が、まんまと裏目に出たのだ。
関所の衛兵、真面目か? いや、むしろ正しい衛兵なんだが。
言葉遣いが生理的に無理。
むしろ殴りたい。
が、良識ある俺は思うだけで、行動にはうつさない。
「ベネットちゃん突破するわ。時は金なりよ」
母さん、関所破りは流石にまずい――
「火炎嵐」
『ドカァーン』
と、俺が言い切る暇もなく、母さんから放たれた一発。
綺麗に関所だけ、木端微塵じゃないか。
唖然とする衛兵。当たり前である。
俺も一瞬固まっていたが、
「行くぞ!!」
と、即行で手綱を打った。
と、こんな具合で、追われる羽目に、そしていきなりお尋ね人になってしまったのだ――。
俺の駆る暴走馬車は、街中へと特攻した。
もちろん馬車は最高速のままだ。この馬車すごいよ。
「しかしさ、何とかまけないもんかな?」
詰所にいた衛兵が、総勢でめっちゃ追って来る。
いくら馬車が速いと言っても、単独の馬には勝てないのだ。
「追いつかれるのは時間の問題ですね」
エリー嬢よ、分かっているから聞いているんだが?
さてどうするか、わりと万事休すな局面だ。
「じゃあ、あの人たち黙らせてくるわね」
母さん、何を言ってるんだい?
爆走中ですが? “黙らせてくる”って言いましたか? ねぇ。
俺が、振り返ったタイミングで、母さんはひょいっと馬車から飛び降りた。
高速で走る馬車なんですが?
というか、母さんや、少し飛んでないか。
思わず二度見する俺。
いやいや、それ以前に、
「母さん! 悪いのは俺たちだぞ!?」
殺ッちまうんではないかと、俺、思わず叫ぶ。
「分かってるわぁ。そろそろ昼食にしたいのよぉ。だから、少し黙ってもらうだけよぉ! 拘束、 からのぉ睡眠、ダメ押しで、沈黙!」
連続状態異常魔法だと? 騎馬衛兵たちは、光の鎖で拘束されて、そのうえで眠らされた……しかも黙らされたのか。
「リーゼロッテ様、凄い!」
エリー嬢、大歓喜。
確かに凄いんだが、驚きの方が勝る俺がいる。
俺は、馬車の速度を無意識に緩めていた。
「さ、これで静かになったわ。ベネットちゃん、レストランを探してくれる?」
「母さん? ちなみにだけどさ、あの状態異常はいつまで?」
「丸一日だけよぉ」
不憫すぎる。
道の真ん中で、眠っている衛兵。街の人はどう思うのか。
いや、困惑するだけだな。
そして俺たちはレストランでゆっくり食事をしたのだ。
「あら、このオムレツ美味しいわぁ」
母さんの、この素晴らしい笑顔である。
店の人は、心なしか怯えている気がするんだが?
さて、今後の予定だが、俺たちは一路、マダキア城下を目指す事になった。
敵国になるかもしれない城下町を堂々と通過する計画なのだ。
どうかしている。
時は金なり、の最短ルートらしい。
ちなみに発案は母さんだ。もはや何も言うまい。
これがトンデモねぇ事態に発展するとは、この時の俺はまだ知らない。
と言うか、知るわけがないし、むしろ予想できるわけがないだろう? ねぇ。