第6話 悪い魔女がいましてね。
猫魔王パンデモニウム事件なんてなかったんや。
と、言われてもおかしくない程、平和な朝だった。
王宮の豪華な朝食を終え、豪華な食後のお茶を飲み、豪華な何やかんやを済ませた。
そして母さんは、窓辺の椅子に座って、膝の上で昼寝をするパンサーの毛づくろいをしている。
「パンサーちゃんの黒い毛は綺麗ねぇ。ベネットの髪のほうが綺麗だけど」
そこで猫と比べるの件に関して、異議申し立てはしたいところだが、俺は無駄だと分かっている事はしない。
「うにゃーん」
俺の気も知らず、パンサーは麗らかな陽射しを浴びながら、甘えた声を出しやがっている。
それは唐突だった。
『――、――ますか?』
ん? いや何か、声が聞こえたような気がしたのだが。
「母さん、なにか言った?」
「ベネットちゃんが可愛いって、心で74回言ったわ」
「いや、ごめん母さん。心の声は除外するよ」
74回の意味は気になるけどね。
「じゃあ、パンサー?」
「にゃ? きもてぃにゃぁ」
そうか、きもてぃのか、良かったな。だが感想は聞いてない。
ふむ。気のせいか?
と、思った矢先だ。
『聞こえますか? 今、貴方の心に話しかけています』
おお、はっきり聞こえたぞ。
俺のシーフスキルはとうとう心の声まで捉えるに至ったらしい。
いや、この場合は、語り掛けられたのだから違うか?
まあ、それはさて置き、耳を澄ます。この場合は心だが。
『聞こえますか? 私はこの猫に取りついているノミです』
な、なに?
ノミが心に語り掛けて来る事態に、俺は困惑が隠せない。
『私は悪い魔女によってノミの姿に変えられたリン国の姫なのです』
と、そう言う事なら話が違うぞ。
確かに、リン国の姫は、数年前に行方不明になっているが……。
『どうか助けてください。この声が聞こえる貴方だけが頼りなのです』
見れば、母さんもパンサーも転寝しているではないか。
話すなら、今しかない。
「た、助けたら何をしてくれるんだ?」
俺、かなり小声。
そして見返りから入るスタイル。
『巨万の富を、父からも報奨が出ると思います。それに……お望みなら私も……ぽっ』
ぽっ、は良く分からんが。
リン国の姫は相当な美人だという噂もありけり。
違ったとしても、財宝ゲットなら悪くはない話だ。
後は方法だが?
「どうしたら助けられるんだ? 何か情報はないのか?」
俺、相変わらず小声。
『魔女は言いました。お前にキスをしてくれるような男性が現れたなら呪いは解けるだろう。と』
母さんやパンサーに聞こえてない時点で、聞こえる側にも何か条件があるようだし、確かに難易度は高そうだ。
それに聞こえたとしても、まずは自分の頭を疑うに違いない。
しかも、ノミにキスって、ねぇ?
「ふむ、ノミにキスか」
いろんな意味で難しい。第一にサイズ感だ。
そもそもノミの口とは何処を指すのか。
『ノミではありません。私は姫です。 こう見えてまだ16歳で、恋もしたことがない純情乙女です」
ノミって言ったのはアンタや。
そしてだ、”こう見えて“って、まず、そもそもが見えてない。
あと自分で純情乙女って言っちゃうアレな感じなのも分かった。
「いや、しかし、ノミじゃ小さすぎる。第一、どこにいるのか分からない」
『そこを何とか。私はこの猫の、ほらここ』
「だからここって、どこだよ」
と、思わず声を荒げてしまった俺。
「むにゃむにゃ、王城よ、ベネットちゃん……、寝ぼけた――? すやぁ」
そうじゃない。そう言う意味じゃない。
なんか、記憶がヤバい主人公みたいな事を言った感じになったじゃないか。
と言うか、寝ぼけているのは母さんだよ?
と、言いたいが、また眠った様子だから言わない。
「とにかく、もっと分かる方法はないのか?」
再び俺、細心の注意を払って小声。
『ここです、ぴょーん。ここですよ、ぴょーん』
ぴょーんは、心の声にする必要あるか謎なんだが……。
うむ、確かにパンサーの首元で、ちっこい粒が跳ねている。
まごう事なきノミである。
『どうかキスを、愛しの王子さま』
“愛しい王子さま”とかランクアップも甚だしい。こっちは今認識したところなんだが? と言うか、リン国の姫、必死だな。
「まあ、やるだけはやってみる。じゃあ、いくぞ」
取りあえず、ノミに向けキスをするべく顔をタコのように……。
「何をするにゃあ! フシャアアアア」
バッドタイミングでパンサーが起きた。結果、猫爪炸裂。
頬に四本線が刻まれた。
「パンサーちゃんどうかした? あら、ベネットが悪戯したの?」
そう見えるのは致し方ない。
まあ、悪戯というか、猫にキスしようとしました的状況だ。
そして母さんも目を覚ましてしまった。
さすがにもう難しい。
『諦めないで』
いや無理だろ。
俺にしか聞こえてないから非常に難易度は高いのだ。
此処は一つ、二人に事情を話してだな、合意の上でミッションに挑もう。
「どうしたのベネット?」
「ああ、母さん、実は――」
「あ、ノミだわ」
『プチッ』
「あっ……」
リン国の姫……?
反応が無い。ただのノミの死骸のようだ。というか、見えないが。
「パンサーちゃん、ノミがいたわ。後でキレイキレイしましょうねぇ」
「はーいにゃぁ」
今、不慮の事故により、一つの尊い命が失われた……のか?
いや、そもそも、本当に姫だったのか?
俺が寝ぼけていた線も無くはない。
「で、なあに? ベネットちゃん」
「……いや、もういいんだ」
うむ、忘れよう。
何だかドっと疲れた気がする。
俺はソファーに寝ころんだ。
『聞こえますか? 勇者よ、私はダニに変えられたヨコノ国の姫です』
いい加減にしろ。