第4話 王様に会いましてね。
うーむ。さすが王宮とでも言うべきか。
今、俺たちは近衛騎士に案内され、ながーい廊下を歩いているのだが、なんかすごい。
語彙力が失せるほど、王城は大きかったり派手だったり、とにかく凄いのだ。
しかし、母さんは王様に呼ばれたと言ったが、今でも信じられない俺がいる。
城門の衛兵に止められたときは、“とうとう夢から覚める時が来たのだね、母さん”と思ったが、母さんが名前を告げると、すんなり通してくれた。
まあ当たり前だが、仕事だし普通は一度止めるよな。
でもって、直ぐに現れたのが、今前を歩く近衛騎士だ――。
「皆様の案内を仰せつかりました、近衛騎士のフィル・グランゼと申します」
銀髪に切れ長の目、ニコリと白い歯がキザったい。
俺も思わず訛るほど、キザったい。
「あらヤダ、イケメン。でもベネットのほうが可愛いわね」
なんて会話が繰り広げられたのだが、本人の前で比べるのはやめてほしかったよママン。
彼がイケメンなのは認めよう。さらに母さんがイケメン好きなのも認めよう。
しかしだ、俺のほうがいいって、どうかしてるぜ?
さて置き、そんな流れで、フィルさんに案内をしてもらってる訳だが。
王城は凄い。二度目だ。
だってさ、あの壺、なんか分からないがきっと高い。
俺の中の鑑定士が言っている。
そして高そうな調度品ばかりだから目が回りそうだ。
「ごろにゃーん」
廊下で転がるパンサー。
やめなさい。赤い絨毯が毛まみれになっているじゃないか。
とは思いつつも、別に怒られないから放っておく。
「こちらの部屋でお待ちください」
と、案内された部屋のソファーに座る。
こういうソファーマットの隙間って、小銭落ちてたりするよな?
自問の後、漁る。
ちぃ、掃除が行き届いてやがる。だからしてチリ一つ無かった。
「なあ母さん。ここまで来て未だに信じられないぜ」
「ふふ、何が?」
「いや、何が? って……」
聞きたい事が山ほどあるから困るわけだよママン。
しかしまあ、出されたお茶もさることながら、カップもスプーンもきっと高い。それ以上の言葉が浮かばない程度に語彙力は失せたままだ。
程なくして、
『コンコン』
と、ノックの音。なんだかノックの音まで上品に聞こえる。
で、ノックの主はフィルさんで、その後ろに派手な爺さんが一人いた。
そんな爺さんは、フィルさんを押し退け、
「おぉ、リーゼロッテよ。久しいな。いつぶりだったか」
「久しぶりね、ガン坊。あれは、貴方のおしめを取り換えてた頃かしら?」
「ふはははは、馬鹿を申せ。とっくに成人しておったわ」
「そうだったかしら? ふふふ」
ガン坊と呼ばれた派手な爺さん、髭をしごきながら楽し気だな。
王冠に豪華そうなマントまで羽織りやがって。
王冠? マント? はて?
そして俺は、無表情になっている事だろう。
あまりにフランク過ぎて、思考が幻覚旅行しかけたぜ。
テーブルを挟んで正面のソファーに座る爺さん、じゃなくてガン坊。でも無くて王様。
「紹介するわ。私の一人息子のベネットよ」
しょっぱなに紹介されたので焦った俺だが、顔は固まったままなのでセーフ。
「おお、ベネットよ。私の名はガンシャンドラ・オクトーヌス7世じゃ。よろしくな」
が、ガン、ガンシャ……口に出すのはやめよう、きっと噛む。
「は、初めまして、こちらこそ、よ、よろしくお願いします」
何が、よろしくなのか、分からないのですがね?
「はっはっは、そう固くなるでない。そなたの母、リーゼロッテは私の恩師なのだ。宮廷魔術師兼私の専属教師でな。このとおり今でも頭が上がらん」
初耳すぎて怖い。初出しの経歴が重いよママン。
「ふふふ、あまり優秀な生徒では無かったけどね」
「ふはは、こりゃ参った。しかし水臭い。息子が出来たなら、一言連絡をくれてもよかろう」
「あの時は、普通に暮らしたかったのよ」
母さん、意味深すぎるよ。
「ふむ、では旦那は?」
「可愛い人だったわ。『リゼ、君の作ったごはんはとても美味しいね。だから御小遣いちょうだい』って。うふふ、つい嬉しくて渡しちゃったの」
母さんごめん、意味が分からない。
そして王様が聞きたいのは、そう言う事じゃ無いと思うんだ。
と、思ったら導入だったらしい。
母さんは窓の外を眺めながら言った。
「あれは、ベネットが産まれる少し前だったわ『ちょっと酒屋で酒買ってくるわ』って出ていったまま、まだ帰ってきてないの。どこまで買いに行ったのかしらね」
酒屋で酒って無駄に当たり前なんだが……。
最近で一番、母さんの笑顔が切ない。
そして父さんの事も初耳なんだが、クズだな父さん。
「そ、そうか、早く帰ってくるといいな」
王様も、なんか言葉に困ってる感が凄い。
「私にはベネットがいるからいいの」
突然、母さんの攻撃、俺、普通に照れるよ?
取りあえず俺のスキル、ポーカーフェイスを発動してターンエンドだ。
で、母さんは傍らで寝ているパンサーを撫でながら、
「そろそろ用件を、聞かせてくれるかしら?」
「……そうだな。入ってきなさい」
王様の声で部屋の扉が開き、一人の女性が入ってきた。
部屋の外で待たせてたのか。この演出いるか? とは思っても言わない。
黒髪で琥珀色の瞳。肌は白い、いや青白いと表現したほうが近いかもしれない。
まごう事なき美少女だ。美少女なのだ。
「娘のエリーだ」
「皆様、お初にお目にかかります」
「とっても綺麗なお嬢さんね」
母さんの言う通り、綺麗なのだ。
だが、なんとなく影があるような気がする。
だから何かあると、俺の中で、なにかがキュピーンしている。
「単刀直入に言おう。娘にかけられた呪いを解いてほしい」
ほぉら来た。
「なぜ、呪いがかけられたと? そして呪いの内容は?」
俺は思わず問い掛けた。美少女前なので、少し格好つけた感じでだ。
よし、美少女姫の琥珀の瞳が俺に向けられた。
「ある日、私の胸に文様が浮かび上がりました。宮廷魔術師がいうには、呪いの刻印であると。そして刻印の呪いは、二十歳で死ぬ呪いなのだと告げられたのです」
俺は、出来る限り、自分比100%のいい声で問いかけた。
「解呪方法は、その宮廷魔術士はなんと?」
姫は、悲し気に首を横に振った。
「手に負えない、とだけ」
「エリー姫は、お幾つなんです?」
「もうすぐ十九になります」
人族が一番輝く年齢なのに。ちなみに俺の主観だ。
つまりは、もう時間がないわけか。
正直、俺は何とかしてあげたいと思った。
たとえそれが困難な旅の始まりだったとしてもだ。
俺は、いい顔のまま問いかけた。
「母さん、解呪には何が必要?」
「出来るわよ~」
解呪の為に、必要な物を求め、これが旅の始まりなのだ……、ん?
「直ぐに頼む」
王様、話が早い。
「消えろぉ~」
と、母さんはもっと早い。むしろ軽い。
姫の胸の辺りで、バリバリして、ボンってなって、シュッって刻印が消えた。
「すごい! 国中の魔術師や祈祷師、魔女や占い師なんかも挑戦したけど、ダメだったのに!」
なんかすごく説明調でエリー姫が言った。うん、嬉しいのは伝わった。
でもなあ、俺も自分のことのように嬉しくはある。
口にはし辛いが、自慢の母さんの手柄なのだ。
「ふふ、朝飯前よ――」
と、言った瞬間、母さんがフラついた。
俺は、人生でもっとも高速な動きで、倒れ込む母さんを抱き留めた。
「母さん?」
「ふふ、大丈夫。少し疲れただけよ。それより……」
「うん?」
「ベネット、本当に立派になったのね」
「まあね、母さんを抱き上げるくらい、朝飯前さ」
なんて、俺は小柄な母さんを抱き上げた。
そしてそのまま、用意されていた客間のベッドに運んだ。
母さんの過去も、こんなに凄いって事も、俺は何も知らなかった。
俺は、眠る母さんの頭を撫でた。
そしてしばらく、幸せそうな寝顔を眺めていた。